表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-03『オペレーション・スノーブレード‐Operation Snow Blade‐』
79/125

第一章:Early Summer Days/03

「……うん、美味しいわね!」

「お口に合ったみたいで嬉しいですっ♪ よろしければ、後で一緒にチェキも撮りませんか?」

「チェキ……って、何なの?」

「要は記念写真みたいなものですっ。お越しになった記念に……どうですか?」

「へえ、いいじゃない! 後で撮りましょうっ!」

「……何度も言うが、お代はマリア持ちな?」

「大丈夫ですよー♪ ちゃーんと店長にツケておきますから、戒斗さんもご心配なくっ♪」

「いいのいいの! アレだったら別に私が出すからっ!」

「そ、そうか……まあ、なんだ……好きにしな」

 その後も、香華はこんな調子だった。

 意外に美味いオムライスに舌鼓を打ちつつ、メイドさんと楽しそうに話す香華。そんな彼女を、戒斗は例によってティーカップ片手になんとも言えない顔で眺めていた。

 ……しかし、彼女にこんな無邪気な一面があったとは。

 元気いっぱいなメイドさんと一緒にはしゃぐ香華を眺めながら、ふと戒斗はそんなことを考えていた。

 意外といえば意外だが、でも納得できる部分もある。きっとこれが西園寺香華という女の子の、本当の顔なのだ。西園寺財閥のご令嬢なんて肩書きも関係ない、これが……きっと、彼女の素顔なのだろう。

 そう思えば、楽しそうに笑う香華を眺める戒斗の表情も自然と(ほころ)んでいた。

「ん、なによ戒斗。私の顔に何かついてる?」

 そんな緩んだ顔で眺める彼の視線に気づいたのか、香華がそう問うてくる。

 戒斗はそれに対し、フッと微かに表情を緩めて。

「ここ、ほっぺに米粒ついてるぜ」

 と、ティーカップを傾けながら冗談っぽく返してやるのだった。

「えっ? ……あら、私としたことが。失礼したわ」

「気にしなさんな。それより早く食べてやれ、折角のオムライスが冷めちまう」

「ふふっ……ええ、そうさせて貰うわ」

 と、そんなこんなで香華がオムライスを完食した頃。戒斗の注文した紅茶のおかわりを持ってきたメイドさんが、さっき話していたチェキを一緒に撮ろうと言ってきた。

「はい、こっちですよお嬢様っ♪」

「えっと、こうかしら?」

 席を立った香華は、メイドさんに手を引かれて店の片隅にあるチェキの撮影スペースへ。既に待っていたもう一人のメイドさんがニコニコ笑顔でインスタントカメラを構える中、香華はメイドさんに言われるままにポーズを取る。

「いい感じですっ♪ それじゃあ……せーのっ!」

 パシャッ、とシャッターが切られる。

 すると、直後にカメラから印刷された小さな写真が出てきた。

「写真撮られるのなんて久しぶりね……って、もう出来たの!?」

「はいっ、チェキですから♪」

「要はインスタントカメラだからな」

「へえー……こんな感じなんだ。私初めて見たわ」

「ま、今時インスタントなんてそう滅多に使う機会もないからな」

「ここにちょいちょいちょい……っと、はいお嬢様、どうぞーっ♪」

 出てきた写真にメイドさんがマーカーペンで何かを書き込んで、それを香華にプレゼント。受け取った香華は「わぁっ、ありがと!」と子供みたいに嬉しそうな顔を浮かべていた。

 そんな彼女を、やっぱりティーカップ片手に戒斗が眺めていると――カランコロン、と店のベルが鳴る。

 入り口のドアの方を見ると、誰かが入店してきたようで――――。

「はいはい、皆の店長が帰ってきたよ。いやあ今日は大漁だった……」

 それは他でもない二人の待ち人、成宮マリアだった。

 両手いっぱいに大きな紙袋を抱えて、ホクホク顔で店に帰ってきたマリア。それをメイドさんたちが「店長、お帰りなさいー」と出迎える中、マリアは戒斗たちの存在に気付き。

「ん、ただいま。……おっと、来てたのかいカイト」

 いつも通りの調子で、二人に挨拶をした。

「来てたのかい、ってお前なあ……自分で呼び出しといてそりゃねえだろ」

「あはは、ごめんごめん。来る前に用事を済ませておこうと思ったんだけれど、予想外に時間が掛かっちゃってね」

「ったく……」

 いつものように、飄々とした調子で笑うマリア。

 そんな彼女を見ながら、戒斗は呆れたように大きく肩を竦める。

 マリアの抱えた紙袋の中身は……まあ、敢えて訊くまでもないだろう。きっと紙袋の中には大量の同人誌だとかアニメグッズだとか、再販されたプラモデルとかでいっぱいのはずだ。なにせここはサブカルチャーの総本山たる秋葉原、そういった物には事欠かない街だ。

 無論、これは全てマリアの趣味の物。かつては最強と呼ばれた伝説のスイーパー、今は名の知れた大物フィクサーの彼女だが、これでいて意外に俗っぽいのが成宮マリアという女なのだ。

「ん、香華ちゃんも一緒なのかい?」

 そんな紙袋を両手に抱えて近寄ってきたマリアは、香華も一緒に居ることに気付くときょとん、と意外そうな顔を浮かべる。

 それに香華は「ええ」と満足そうな顔で応えて、

「戒斗を送るついでに、ね。前から興味があったの、マリアさんのお店には。もう楽しくって……! こんないいお店なら、もっと早くに来ればよかったわ!」

「ふふっ、楽しんでくれたのなら何よりだ。今日だけとは言わず、いつでもおいでよ?」

「ちなみに今日のお代はあんたにツケてあるぜ、マリア」

「えっ、ホントに? ……ま、いいけど」

「人をこんだけ待たせた埋め合わせだ、安いもんだろ?」

 ニヤッと笑って戒斗が言ってやると、マリアもフッと小さく肩を揺らして返す。

「まあ何はともあれ、話は奥でしようか。ついておいで」

 その後でそう言うと、マリアは両手いっぱいに紙袋を抱えたまま――戒斗たちを店のバックヤードにある、彼女の私室へと(いざな)うのだった。





「よいしょ、っと」

 例の私室に入ってすぐ、マリアは抱えていた紙袋を部屋の隅に置く。

 チラリと中身が見えたが、やっぱり予想通りな感じだ。山ほどある紙袋の半分はグッズに同人誌、もう半分は再販品のプラモデルでパンパンになっている。

「ああカイト、中が気になるのかい? これはつい最近になってやっと再版された――」

「分かった分かった、それにしたってまた随分と買い込んできたな……本当に作り切れるのか?」

「ふふっ、知らないのかい? プラモはひとつ組む間に積みプラが五個は増えていくものなのさ」

「あ、そう……」

 聞いた俺が馬鹿だった。

 そう思いつつ、戒斗はマリアに言われるまでもなく丸椅子に腰掛ける。一緒についてきた香華も別の丸椅子を引っ張ってきて、戒斗の隣にちょこんと座った。

「ああ二人とも、お茶でも……って、お店でもう飲んでるか」

「そういうことだ、俺は遠慮しとく」

「私も別にいいかな、今は」

 返事をする二人に「分かったよ」とマリアは頷きつつ、自分の分だけ淹れたコーヒーのカップを片手に、デスクの前にあるゲーミングチェアに腰掛けた。

 話に入る前に、まずはカップに口をつけてコーヒーを少しだけ飲む。そして持っていたカップをコトン、とソーサーの上に置けば、マリアはやっと話を切り出した。

「――――依頼だよ、カイト」

「んなこたあ分かってる、んで相手は誰だ?」

「サイファー、それが相手の名前だよ」

「……意味としてはゼロ、ってところか。どう考えても本名じゃねえわな……何者だ、そのサイファーって奴は」

「詳しくは話せない、ただ信頼できる人物ってことだけは確かだ。それはこの僕が保証する」

「なんだか、キナくせえ話だな……」

「そう言うとは思ったよ、ただ彼女については僕を信用してくれ、としか君には言えないんだ」

 彼女、ということは――――そのサイファーってのは女か。

 思わず口を滑らせたのか、それとも意図的な情報の開示か。どちらにせよマリアの言葉の端から、戒斗はそれを察した。

 ……が、分かっているのはそれだけだ。

 どうもマリアはサイファーという依頼人について、その素性を何かしら知っているようだが……恐らくそれを話す気はないだろう。話せない事情がマリアとサイファー、双方にあると言った方が正しいか。

 正直、信じていいものか迷う。

 が、他ならぬマリアが持ってきた話だ。それなら乗っても問題はあるまい。

「……分かったよ、お前の言うことなら信じてやる」

 だから戒斗は疑念を抱きつつも、そう言って頷いた。

 それにマリアは「ありがと、君ならそう言ってくれると思ってたよ」と笑って言うと、

「サイファーの依頼は、ある少女をミディエイターから助け出すことだ」

 と、本題に入った。

「なんだよ、ミディエイター絡みの話だったのかよ……遥たちも連れてくれば良かったな」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「言ってねえよ。――――それで? その女の子ってのは?」

 訊いた戒斗に「この()だ」と言って、マリアは目の前のパソコン――の、モニターにある写真を表示させる。

 無論、それは(くだん)の少女の顔写真だ。

「この()の名前は(あおい)瑠梨(るり)。なんでもMITに飛び級で入って、しかも首席で卒業しちゃった稀代の天才少女ちゃんみたいだね」

 MIT――アメリカのマサチューセッツ工科大学のことだ。世界でもトップクラスの権威と実力を持つ超難関大学として知られている、あの大学だ。

 そこに飛び級で入った上で、しかも首席卒業ともなると……この葵瑠梨という少女、頭の出来は相当なものらしい。

「あんたのことだ、自分ほどじゃないけどって付け加えるんだろ?」

「あれ、分かっちゃった?」

 ニヤニヤと笑うマリアに「お互い長い付き合いだからな」と戒斗も笑い返し、話を続けてくれと言う。

 するとマリアは分かったよと頷き、その少女についての話を続けた。

「端的に言うと、彼女はミディエイターに拉致されたんだ」

「……ま、だろうな。どうも連中に自分から関わるようなタイプにゃ見えない」

「で、瑠梨ちゃんはミディエイターのとある計画に関わっている。彼女を救出し、その計画を妨害するのが今回の目標だ」

 説明するマリアになるほどな、と戒斗は相槌を打ち。

「それで、その計画ってのは?」

 続けてそう、彼女に問うた。

 するとマリアは頷き、パソコンを操作。カチカチと手元のマウスを何度かクリックし、あるファイルを画面に呼び出した。

「百聞は一見に如かず、これを見てくれ」

「これは……『プロジェクト・エインヘリアル』?」

 それは、どうやら何らかの計画の詳細について記載されたPDFファイルだった。

 パッと見ただけでは、一体それが何なのかは当然分からない。ただ1ページ目のタイトルにそう、計画の名前が書かれていたのだ。

「まあ、とりあえず読んでみるといい」

 何が何やら、全く分からない。

 戒斗がきょとんとする傍ら、マリアは彼にそう言ってPDFを読み進めるように促す。

 それに戒斗は頷いて――後ろから覗き込んできた香華も一緒に、そのプロジェクト・エインヘリアルとやらの詳細を読み始めた。

「――――『本計画の主目的は、圧倒的な力を以てあらゆる脅威を制圧する、不死の軍隊を創造することにある。なお本計画は複数の段階に分けられる。第一段階として自立行動型のロボット兵士『スレイヤー』を開発し、これを大量配備。そして並行する第二段階として、高性能の完全義体サイボーグ兵士『サイバーギア』の開発も再開する』。

 ……なんだ、これ?」

「とても現実とは思えないわね。ねえマリアさん、これって本当に本物なの?」

 読み上げながら唖然とする戒斗の横で、香華がそう疑問を口にする。

 それにマリアは「ああ」と頷き、

「嘘みたいな話だが、どうやら本当らしい。特にサイバーギアというものは……そこに書かれている通り、完全義体のサイボーグみたいだね。脳みたいな部分を除く、身体のほぼ全てを戦闘用のインプラントに置き換えた……文字通りの改造人間だそうだ」

「そんな、完全義体だなんて……不可能だわ、実現したなんて聞いたことない」

「おいおい……マリア、冗談キツいぜ? 確かに『攻殻機動隊』は俺も好きだが、今はそんなSFの話をしてる場合じゃねえだろ? まして完全義体だなんて……そんなの無理だし、やる意味ないってのは世界の常識じゃあないのか?」

 戸惑った顔でそう言う戒斗の言い分は、至極尤もなことだった。

 マリアの言うような完全義体――即ち、脳を除いた身体のほぼ全てを機械に置き換えるというのは、技術的に不可能だというのが世間一般の常識なのだ。

 無論、今のような高度なサイバネティクス技術――義肢といったテクノロジーが急速に発達した黎明期には、そういった完全義体化の実験は何度も行われた。

 が、その全てが失敗に終わっているのだ。

 その理由は至極単純で、ただただ――施術を受けた本人が、人間性を保てなかったが故のこと。

 生身の身体をインプラントに置き換えるというのは、本人が想像しているよりもずっと違和感があるものなのだ。多少の部位をインプラントに置き換えるならともかく、身体のほとんどを機械化することは……当人にはあまりに、精神負荷が大きすぎたのだ。

 それでも、研究次第でやりようはあったのかも知れない。

 が、サイバネティクス技術と同時に再生医療も飛躍的に発達した今では、わざわざ大きなリスクを冒してまで完全義体化をする必要もなくなった。

 だから完全義体というのは不可能だし、そうする必要もない。それが少なくとも、戒斗たちの知る世界の常識だった。

「――――それに、彼女が関わっているとしたら?」

 そんな戸惑う戒斗に向かって、マリアは言う。

「確かに今の技術レベルでさえ、完全義体のサイボーグというのは実現が難しいことだ。実際ミディエイターですら、一度は不可能だと判断してサイバーギアの開発計画を途中で放棄しているらしいね」

「……が、その瑠梨って()がどうにかしちまったと?」

 そういうことだ、とマリアは頷き肯定する。

「無論、彼女が一人で実現したわけじゃない。ただ……サイバーギアの改良に大きな貢献をした、いや……させられたってことは間違いないんだ。つまり彼女はサイバーギア開発計画の重要なファクターで、彼女を奪還することが――――」

「そのままミディエイターに大打撃を与えることにもなる、と……そう言いてえんだろ、マリア?」

 先読みして言った戒斗に、マリアはふふっと小さく笑って「その通りだ」と答える。

「しかし、解せねえな……ここまでの情報をホイと出すなんざ、サイファーってのは一体何者なんだ?」

「だから詳しくは話せないって、さっき言ったじゃないか」

「それは、そうだけどよ……」

「とにかく、サイファーは信頼できる人物だ。それだけは誓って言える。それに……ミディエイターと敵対している立場なのも事実だ。ならこの情報、信じるだけの価値はあるんじゃないかい?」

「……分かったよ、今はこれ以上にサイファーのことは訊かない。それで? 事情は分かったが……その()をどうやって助け出すんだ? というか居場所は分かってるのか?」

 溜息交じりに頷いた後、そう質問した戒斗に「ああ」とマリアは頷き返しはするものの。

「その辺りも抜かりはないよ。彼女の居場所も何もかも、サイファーが全部突き止めてくれている」

「オーライ、ならとっとと乗り込む手筈を整えようぜ」

「ちょっと待ちなよ、話はそう焦るものじゃない。瑠梨ちゃんの居場所とか、救出プランはひとまず横に置いておいて……その前に、カイトにはある人物に接触を図ってほしいんだ」

 と、急に話を別方向に持っていった。

「……話が見えねえな、俺に何をどうしろって?」

「言い忘れていたけれど、サイファーが僕に送ってきたプロジェクト・エインヘリアルのデータは完全じゃない。この先にもまだ何かあるようだけれど、そこまでは分からないんだ。それに何よりも……サイバーギアについての情報も、イマイチ欠けてしまっている。だから君には、それを知る人物にコンタクトを図って欲しいんだ」

「っていうと、一体どこの誰に?」

 訊き返した戒斗に「それは――彼女だよ」と言って、瑠梨とは別の誰かの顔写真をモニタに表示させる。

「あら、月詠(つくよみ)先生じゃない?」

 すると、それが誰かをマリアが言うよりも早く――香華がそう、きょとんとした顔で呟いた。

「なんだい香華ちゃん、知り合いなのかい?」

 驚いた顔をするマリアに「まあね」と香華は頷き返して。

「私が経営している企業のひとつに、義肢を扱っている医療器具メーカーがあるのよ。西園寺メディカルテクノロジーって知らない? その関係で月詠先生とは面識があるの。色々とアドバイスして貰っているから」

「……あーなるほど、そういうことか。なら君と知り合いでも不思議じゃないか」

 どうやら二人の間では、話が通じている様子。

 しかしただ一人、この写真の女――月詠先生とかいう人物を知らない戒斗にはちんぷんかんぷんだ。

「おい、俺を置いてけぼりにするな」

 だから戒斗が微妙な顔でそう言うと、マリアは「ああ、ごめんごめん」と苦笑いしつつ詫びて――(くだん)の月詠先生とやらのことを、戒斗に説明してくれた。

「彼女は月詠(つくよみ)(すみれ)。お医者さんなのに機械工学の博士号も持ってる変わり者のスーパードクターさ。今は国立の医大病院に勤めているらしいけれど、同時にサイバネティクス技術の権威として知られているんだ。今日これだけ高性能なインプラントが普及しているのも、彼女の尽力あってこそと言っても過言じゃない」

「……そんなのと、今回の件にどう関係があるってんだ?」

「それ、私も気になるわ。月詠先生のことはよく知ってるけれど……変わり者ではあっても、ミディエイターに関わるような人じゃないわよ?」

「――――だが、そうじゃないとしたら?」

 スッと目を細めて言うマリアに、二人は怪訝そうな顔を浮かべる。

「サイファーの情報によれば、彼女……過去にこのプロジェクト・エインヘリアルに協力していたらしいんだ。特にサイバーギアの開発に、ね」

「……マリアさん、それって本当なの?」

「それも含めて、本人に直接確かめてみて欲しいんだ。もしも彼女の協力が得られるとしたら……それは僕らにとって大きなアドヴァンテージになるからね」

「なるほどね……分かったわ、ちょっと待ってて頂戴」

 言うと、香華は傍らに置いていたスクールバッグの中を探り始める。

「えっと、こっちは……違う違う、仕事用はこっちだったわね」

 独り言を呟きながら、取り出したのは見慣れないスマートフォン。いつも彼女が使っているものとは全く別物だ。

 どうやら彼女、仕事とプライベートは分けるタイプらしい。普段ああして学園で一緒に過ごしていると忘れがちだが、この若さで既に複数企業の経営に携わっている才女なのだ、彼女は。

 そんな仕事用のスマートフォンを取り出した香華は、どこかに電話をかけ始める。

「……あーもしもし、月詠先生ですか? ご無沙汰してます、西園寺香華です。実はちょっと先生にお会いしたいって人が居まして――――」

 どうやら、(くだん)の月詠菫に直接連絡を取ってくれたらしい。

 そうして香華が、例の彼女と電話越しに話すことしばらく。

「はい、ではそういうことで。よろしくお願いしますね。――――大丈夫よ戒斗、ちゃんとアポは取れたわ。来週の月曜に会ってくださるって」

 香華は電話を切りながら振り向くと、そう戒斗たちに言った。

「ありがと、助かるよ香華ちゃん。これで話が早く進む……偶然といえ、君が一緒に来てくれて助かったよ」

「悪いな香華、手間掛けさせちまって」

「いいのよ、気にしないで。私が好きでやってることだから。でも……来週の月曜っていうと、確か期末テストだったわよね?」

 今更それを思い出してきょとんとする香華に、戒斗はああと頷き。

「来週いっぱいはテスト期間だったはずだが、それがどうかしたか?」

「あー……ちょっとマズかったかなって。別の日にズラした方が良いかしら」

「いや、別にいいんじゃないか? 期末テストぐらい、俺はそう大して深刻に捉えちゃいねえからな。むしろ午前中に切り上げられる分、余裕持って会いに行けていいと思うぐらいだ」

「そう? 戒斗がそれでいいなら、別にいいんだけれど。テストぐらいは私もどうってことないわ」

「……ちょっと待て、君も一緒に行くつもりか?」

 きょとんとして訊いた戒斗に「当たり前じゃない?」と香華もきょとんと首を傾げて返し、

「私の知り合いで、私が段取りをしたんですもの。私が居なきゃ話にならないじゃない?」

「ま、そりゃそうなんだが……良いのか? あんまり君をミディエイターの件に深入りさせるのも、俺としちゃあ……どうかって思うんだが」

「良いのよ、さっきも言ったけれど私がしたくてやってることだから」

 それに、と香華は続けて。

「貴方が心配してくれるのは嬉しいけれど、でも今更なのよ。この間の件にだってミディエイターは絡んでいた。最終的に向こうから手を引いたとはいえ……間接的にだけれど、私も狙われたってことじゃない? だからとうの昔に関わり合っているのよ、私だってね」

「ま、香華ちゃん本人がそう言うなら良いんじゃないかな? 僕らとしても香華ちゃん……というか、西園寺財閥のサポートを得られるのなら、これ以上に心強いことはないからさ」

「マリア、お前はそう言うがな……でも、あんまり頼りすぎるのも気が引けるだろ?」

「ねえ戒斗、引け目を感じているのならその必要はないわ。だって今言ったように、私だってもう当事者なんですもの。毒を食らわば皿まで、どこまでだって付き合うわよ」

 それに――――。

「――――それに、私が貴方のことを放っておけるわけないじゃない。私にとって戒斗、貴方はもう単なるスイーパーじゃないの。もっと……大切な存在になってしまったのよ、私にとっての貴方は」

「ふふっ、乙女心だね。モテる男は辛いねえ、カイト?」

「うるせえ、こんな時に茶化すなっ」

 横からニヤニヤしながら言うマリアにそう軽く怒鳴り返しつつ、戒斗はやれやれと小さく肩を竦める。

「……君がそう言うなら、俺も止めないし頼りにさせてもらう。だが……ヤバいと思ったら、いつでも手を引いてくれて構わない。これは俺たちの個人的な戦いだからな」

「ふふっ、ありがと戒斗。貴方のそういう優しいところ、好きよ?」

「あのな香華……こんな時にまで」

「あら、冗談で言ってるつもりはないわよ?」

 得意げな顔で微笑んで言う香華に、戒斗はまた参ったように小さく肩を竦めて。

「……ま、とにかく頼んだぜ」

 そう、彼女にそっと目配せをするのだった。

「ふふっ、私に全部任せなさいっ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ