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黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-03『オペレーション・スノーブレード‐Operation Snow Blade‐』
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第一章:Early Summer Days/01

 第一章:Early Summer Days



「ふわーあ……」

 それは、なんてことないある初夏の一日のこと。

 休み時間の最中、私立神代学園は二年E組の教室。その窓際最後尾の席に座る戒斗は――とてつもなく気怠そうに、眠たげなあくびをしていた。

「どーしたのお兄ちゃん、昨日夜更かしでもしたの?」

 と、そんな彼に話しかけてくるのは前席に座る青い髪の少女、幼馴染の折鶴(おりづる)琴音(ことね)だ。

「……そういえば、昨日は急な依頼があったそうですね。多分そのせいじゃないでしょうか」

 続けてポツリと呟くのは更にその隣の少女。146センチの小柄な体格に、セミショート丈の銀髪を揺らす……長月(ながつき)(はるか)だった。

 そんな二人に戒斗は「まあな……」と眠そうな目で視線を向けて。

「仕事自体はそう大したもんじゃなかったんだが、いかんせん寝不足でな……ふわーあ」

 そう言えば、また特大のあくびをする。

「ふーん、スイーパーのお仕事ってのも大変なんだねー」

「琴音も知っての通り、な。……ふわーあ」

「本当に眠たそうですね……期末テストも近いですし、仕事もある程度はセーブされては?」

「ま、そうするつもりだ。マリアもそれは承知しているしな」

 眠たそうな顔をしながら、案じた様子の遥にそう戒斗は答える。

 そう、期末テストだ。

 なんだかんだと初夏に入ったこの時期、もう期末テストも間近に迫っていた。これが終われば待望の夏休みがやって来るのだが……テストはその前の関門といったところか。

 ちなみに、そんな時期だからか皆はいつの間にか夏服に衣替えしていた。

 女子の場合はブレザーだった冬服から打って変わって、夏は涼しげな薄手のセーラースタイル。冬はブレザーに夏はセーラー服と、二種類の可愛らしい制服が楽しめるというのも……この学園の女子人気が高い理由のひとつだったりする。

 また遥に限っては、冬服の時と同じように白い薄手のマフラーを首に巻いている。暑くないのか不思議に思って前に訊いてみたのだが、これで意外に平気らしい。

 ……閑話休題。

 ちなみに男子の方はというと、上が半袖カッターシャツになっただけという何とも適当な感じの変化に過ぎない。一応はズボンも薄手のものにチェンジしているのだが……ま、外見上の差異はほぼ無いに等しかった。

「――――なーによ、そんなに期末が心配なの?」

 と、そんな戒斗の後ろから急接近してくる影がひとつ。

 そう言いながら、背中に覆い被さるみたく急に抱き着いてきた彼女は……西園寺(さいおんじ)香華(きょうか)だった。

「ばっ、急に乗っかるんじゃねえよっ!?」

「そんなこと言って、実は嬉しいんじゃない?」

「んなわけ……っ!」

「ふふん、嬉しくて当然よね? だってこの私がぎゅーってしてあげてるんだもの」

 驚いた戒斗は、突然覆い被さってきた彼女を振りほどこうとするが……しかし意外に彼女の力が強くて、どうにも身動きが取れない。

 金糸みたいに透き通った金色の長髪がふわりと揺れて、微かに漂うのはほんのり甘い匂い。ぎゅーっと強く抱き締めてくる腕の感触だけじゃなく、背中にはもっとふわふわというか、ふにふにした柔らかいものも触れていて。下手に動けば余計に密着しかねないこの状況下、戒斗はどうすることも出来ずに、ただ香華のされるがままになっていた。

「あはは……香華ちゃんってば相変わらずだね」

「その、戒斗も困っていますし、その辺りで……」

 そんな香華を見て琴音は苦笑いを浮かべ、遥はおどおどと戸惑った顔で言う。

 すると、言われた香華は「ふふっ、遥ちゃんが言うなら仕方ないか」と微笑むと、抱き着いていた戒斗からやっと離れてくれる。

 香華の脱出不可能な拘束からようやく解放された戒斗は「ったく……」と肩を大きく竦めながら、後ろに振り返って彼女の顔を見上げてみた。

 ――――西園寺(さいおんじ)香華(きょうか)

 知っての通り、護衛依頼を通して知り合った金髪の少女だ。世界的な影響力を持つ西園寺財閥のご令嬢で、戒斗の護衛対象だった少女。それが香華だった。

 豪華客船プリンセス・オブ・アズール号での熾烈な戦いからどうにか生還した後は、何を思ったのか急にこの学園に転入してきた彼女。やってきた当初はあの西園寺財閥の跡取り娘――しかも、本来なら学園に通わないようなずっと年上のお姉さんというだけあって、クラスだけじゃなく学園中の注目の的だった。

 が、そこはセレブ層の社交界での実戦経験が豊富な香華だ。ものの数日と経たない内に学園に馴染みきって、今じゃ神代学園きっての人気者。誰もの心を掴んで離さない、まさに憧れの的といった立場を瞬く間に築き上げてしまった。

 ……でも、そんな香華が意識を向けるのはたった一人だけ。

 言うまでもなく、それは戒斗のことだ。

 彼女が急にこの学園にやって来たその日の朝に突然、彼の頬にキスをしてきたのが何よりもの証明。今の過剰すぎるスキンシップだってそうだ。誰もが憧れの視線を向ける、学園一の高嶺の花……西園寺香華が意識を向けるのはただ一人、戒斗だけだった。

 どうして香華がここまでの熱視線を向けてくるのか、その理由は実のところ向けられている戒斗本人にもイマイチよく分かっていない。

 だから、分かることはふたつだけ。

 西園寺香華という少女はいつだって自信たっぷりで、思い立ったら一直線に突き進む、そんな性格の少女だってこと。

 そして、もうひとつは――――こうして彼女にやたら至近距離であれこれされる度に、あちこちから羨望と嫉妬の入り混じった視線が戒斗に向けられるということだ。

 前者はプリンセス・オブ・アズール号での時から何となく分かっていたし、後者に関しては……もう慣れてしまった。

 突然の転入からこっち、香華はずっとこんな感じだ。だから戒斗も最初の内は勘弁してくれと思っていたが、今となってはもうすっかり慣れ切ってしまっていた。

「で、実際のところはどうなのよ?」

 そんな香華は、後ろから戒斗を見下ろしながら改めてそう訊いてくる。

 戒斗はそれに「別に、これといって問題はない」と普段通りの調子で返す。

「これぐらいのレベルなら、正直言って軽いもんだ」

「貴方ならそうでしょうけれどね。だったら別に仕事をセーブする必要もないんじゃない? マリアさんとしても、その方が嬉しいんじゃないかしら」

「ま……転ばぬ先の杖って言葉もある。それに最近は色々と立て込んでたしな、テストにかこつけた休暇って感じだ」

「ふーん、戒斗らしい答えって感じね」

 彼の答えに、香華は感心したんだかそうじゃないんだか、そんな風な反応を見せた後で……今度は遥たちの方にチラリと視線を向ける。

「じゃあ、遥ちゃんたちは……って、訊くまでもなく大丈夫そうね」

「……ええ、私も大丈夫そうです」

「えへへー、これでも一応は研究室に入ってる身だからね、私は」

「ふふっ、そうだったわよね。訊くだけ野暮だったわ」

 遥と琴音、それぞれの反応を見せる二人に言った後で、香華はふと何かを思いついたらしく。

「……そうだ、なら今日の放課後、皆でウチに来ない?」

 と、また急なお誘いを持ち掛けてきた。

「ウチ……っていうと、あのお屋敷か?」

 きょとんとして訊いた戒斗に「ええ、そうよ」と香華は頷いて。

「私ね、お友達を家に呼んで一緒に遊ぶって、実は前からやってみたいなーって思ってたのよね。ちょっとした夢みたいなものかしら。だから、さ……今日、どうかしら?」

「んー、私なら全然おっけーだけど、二人はどーする?」

「……構いませんよ、私も。戒斗はどうですか?」

「二人が行くってんなら、俺だけ行かねえ選択肢もないだろうよ。丁度よく今日はフリーだしな」

「よし、じゃあ決まりね! ふふっ、楽しみだわ……どんなおもてなしをしてあげようかしら?」

「あー……やりすぎない程度に頼むぜ?」

「あははー……香華ちゃんって、なんかこうやたらスケール大きくなりそうなイメージあるからね……」

「それは、その……はい、私も同意です」

「あら、そうかしら? 私は普通にしているつもりなんだけど」

 なんて話をしている内に、チャイムの音色が聞こえてくる。

 次の授業の始まりだ。楽しいおしゃべりも一旦ここでおしまい。続きはまた次の休み時間が来てからだ。

「あら、もうこんな時間なのね。それじゃあ、詳しいことは後で話しましょう?」

 香華はそう言って、自分の席に戻っていく。

 ……といっても、座る場所は戒斗のすぐ右隣だ。

 ふたつだけはみ出した、窓際の一番うしろの席。戒斗のすぐ隣にまた新たに用意された席が、彼女に割り振られた座席だった。

 窓際から数えて戒斗と香華、その前に琴音と遥の二人が座っているといった位置関係だ。

 と、そんな席に香華が戻っていって間もなく、ガラリと引き戸を開けて入ってきた数学教師が教壇に立つ。次の授業時間のスタートだ。

 …………と、これが今の戒斗たちの過ごす日常の一幕。

 神代学園で過ごす毎日、傍から見ればごくありふれた青春の一ページ。琴音をミディエイターから守るために居ることも、忘れてしまいそうなぐらいに平和な日々の繰り返し。香華も加えた四人で過ごすこんな時間が、今の戒斗たちにとっての当たり前だった。

 ――――窓の外に見えるのは、青々と透き通った空と背の高い入道雲。

 蒸し暑いが、セミはまだ鳴き出さないぐらいの……そんな初夏のある日のこと。じりじりとした日差しが照りつける中、今日も平和な一日が当たり前のように過ぎていく――――。

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