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黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-03『オペレーション・スノーブレード‐Operation Snow Blade‐』
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プロローグ:Smooth Criminal

 プロローグ:Smooth Criminal



 眠りを知らない不夜の街、摩天楼ひしめく東京の街の穢れを、静かに降り注ぐ雨粒がそっと洗い流す――――そんな、雨模様の夜更け頃のこと。戦部(いくさべ)戒斗(かいと)はサイドシートに身体を預けながら、ただ黙って車に揺られていた。

 走るのは黒いボディに白のレーシングストライプが二本走った大柄なアメ車、1970年型のシボレー・シェベルSS。

 そのハンドルを握るのは、もちろん成宮(なるみや)マリアだ。

 だが今夜はもう一人、シェベルの後部座席にちょこんと腰掛ける少女の姿が。それは戒斗にとっても見知った顔で……でも最近では顔を合わせる機会も無かった、そんなちょっぴり懐かしい相手だった。

「紅音、お前と組んでの仕事なんて随分と久し振りだな」

 キュッキュッと窓ガラスをワイパーが撫でる音が微かに響く中、チラリと後ろに振り向いた戒斗はリアシートの彼女に言う。

 すると、その少女――深見(ふかみ)紅音(あかね)は窓の外を眺めていた視線を彼に向けて。

「そうだね、なんだか久しぶりかも」

 と、微かな笑みを浮かべながら返した。

 ――――深見(ふかみ)紅音(あかね)

 戒斗と同じスイーパーの少女で、マリアが戒斗以外で特に厚い信頼を寄せている一人。まさに成宮マリアの懐刀といえる存在で、少し前には彼女の相棒・神谷(かみや)千景(ちかげ)と一緒に――戒斗たちが不在の折、琴音の護衛をしてくれていた。

 そんな彼女の背丈は156センチで、マリアと大して変わりない。髪は栗色のショートボブ、鋭い眼光を湛えた瞳は琥珀色。格好は黒いブラウスに履き古したタイトジーンズ、更にその上から茶色のダスターコートを羽織るという……まあ、戒斗とよく似た感じのものだ。

 そんな紅音は戒斗と昔馴染みの間柄。以前はよく一緒に組んで仕事をしていたものだ。

 で、この三人がこんな夜更けに一緒に乗り合わせているということは――――やることは、ひとつしかない。

「改めて、状況を確認しておこうか」

 シェベルを走らせながら、マリアが二人に話しかける。

「今日のお仕事だけれど、依頼人はこの辺り一帯を仕切っているガンスミスのおじさん。内容は……最近になって彼のシマを荒らし始めた、礼儀知らずのよそ者。どこからか流れついた木っ端の武器商人(ウェポン・ディーラー)と、その一味の殲滅だ。相手の生死は問わない、とにかく叩きのめせばそれでいいってのが先方のご意向でね。ここの流儀を存分に叩き込んでやれ、だそうだ」

 ……そう、それが今日のお仕事だ。

 今回は政府機関も警察組織も何も関わっていない、個人からの依頼で動く完全にアウトローな仕事。こういう依頼が舞い込むことも、スイーパーなんて稼業をやっていればしょっちゅうだ。

 最近は公的組織からの依頼が多かったから忘れがちだったが、スイーパーは何も正義の味方ってわけじゃない。むしろ、本質はそれとは正反対……金のために動く、明確な悪党なのだ。あくまで持ちつ持たれつの関係で見逃がされているだけで、本質的にはアウトローに違いない。

 とにかく、これが今日の仕事内容だった。

「びっくりするぐらいの野暮仕事、こんなのに私と戒斗の二人で組む必要があるの?」

「いやまあ、必要があるか無いかで言えば正直ないんだけどね。本当は千景ちゃんにお願いしようと思ってたんだけれど……ほら、今日は用事があるって言ってただろう?」

「……で、暇そうにしてた俺が駆り出される羽目になった、と」

 ボヤく戒斗に「そういうことだよ」とマリアは苦笑い気味に頷いて。

「先方からはもう二人分の料金を貰っちゃってるし、紅音ちゃんは一人だとすぐ暴走するからね。千景ちゃんの代わりのお目付け役が必要なのさ」

「……だ、そうだぜ紅音」

「うーん、私ってマリアにあんまり信用されてないのかな……?」

「そういうわけじゃないよ、でも転ばぬ先の杖って言葉もあるだろう? ――さて、着いたよ」

 なんて風に話し込んでいる内に、いつの間にか車は目的地に着いたようだ。

 場所は東京湾に面した埋め立て地、人気(ひとけ)のない倉庫街の一角だ。

 その隅っこにシェベルを停めると、マリアは戒斗たちの方に振り返る。

「じゃ、後は二人で頑張ってくれ。僕はここでのんびり待ってるから」

「へいへい、分かりましたよっと。じゃあ行こうぜ、紅音」

「ほんと、野暮仕事もいいところだよね……今日はさ」

 肩を揺らしながら、戒斗は助手席の床に置いていたダッフルバッグから取り出した武器を手に、ドアを開けてシェベルから降りていく。

 それに続き、紅音も呟きながら一緒に車を降りた。

「場所は38番倉庫だ。敵の数はおおよそ十五人、中に居るのは確認済み。二人とも、好きに暴れてくれて構わないよ」

「オーライ、任せな」

 開けた窓越しに呼びかけてくるマリアに頷きながら、戒斗は手にした武器――ライフル型の自動ショットガン・オリジン‐12を肩に担ぐと、紅音を連れて(くだん)の38番倉庫へと歩いていく。

 シェベルが停まった場所からほど近いところに、その38番倉庫はあった。

 正面の大きな扉は半開きになっていて、隙間からは灯かりが漏れ出ている。どうやら中に人がいるのは間違いないようだ。

「っていうかよ紅音、お前の得物はどうしたよ? 用意してあったのに、持ってこなかったのか?」

 その半開きになった扉の傍に張り付きながら、戒斗が問いかける。

 すると、彼の反対側に張り付いていた紅音はフフッと小さく笑い。

「いいの、私はこれで十分だから」

 と、両手に持ったピストルを彼に見せつけながら、自信ありげな顔で言った。

 ――――ベレッタ・M92G。

 それが彼女の武器だ。スライド側面にあるレバーから安全装置を廃し、デコッキング――撃鉄を安全位置に戻す機能だけを残した、名機ベレッタM92シリーズの中でも特にプロ仕様のピストル。ローズウッド材のカスタムグリップを装着したそれを両手に持ち、二挺拳銃で振り回すのが彼女のスタイルなのだ。

 あのフィクサーにして、このスイーパーあり。紅音もかつてのマリアと同じく、二挺拳銃の使い手だった。

「……相変わらず、よくやるよなお前も」

 そんな彼女を見て、戒斗は呆れっぽく肩を竦める。

「で、どうするの?」

「なあに、俺たちはSWATじゃねえんだ。警告なんて必要ねえだろ?」

「それはそうだけどさ、どうやってカチ込むかって話だよ」

「どうやって、って? それはな――――こうするのさ!」

 ニヤリとして言って、戒斗は懐から出した手榴弾をひょいっと倉庫に投げ入れた。

 口で安全ピンを抜いたそれを、左手でドアの隙間から放り込んでやる。

 すると、カランコロンと床を転がった手榴弾が弾けて――爆発じゃなく、眩い閃光と爆音が辺り一面にまき散らされた。

 ――――フラッシュ・グレネード。

 別の言い方をすればスタングレネードだとか、フラッシュバンという名前もある。主に特殊部隊が突入するときに使うもので、強烈な光と凄まじい大音量を放つことで、相手の感覚を麻痺させる効果のある……要は、殺傷能力のない手榴弾だ。

「っ、相変わらず戒斗ってば派手だよね……!」

「一発目の花火はド派手に上げなきゃ、だろ? ――突っ込むぜ、遅れんなよ!」

「はいはい、貴方もドジ踏まないようにね――――!!」

 フラッシュ・グレネードの爆発で倉庫内の敵が混乱した隙に、戒斗と紅音は一気に倉庫の中へと飛び込んでいった。

 倉庫の内部は……思った通り、武器弾薬が詰まっていると思しき木箱やコンテナでぎゅう詰めになっている。

 そんな倉庫の中に飛び込んですぐ、戒斗は構えたオリジン‐12をブッ放した。

 瞬時に狙いを定めて、一人、また一人とバックショット散弾で薙ぎ倒していく。

「野郎ッ……!」

 そんな彼に向かって、倉庫内に居た別の男たちが反撃しようとピストルを向けるが。

「あははっ! よそ見なんかしちゃ駄目駄目っ!!」

 しかし彼らがトリガーを引くより早く、紅音のベレッタが火を噴いていた。

 タタタタン、と両手のピストルでそれぞれ別の標的に向かって、正確に9ミリ弾を叩き込んでいく。

 一人につき二発から三発。右手と左手、二挺のピストルがまるで別の生き物のように動けば、目にも留まらぬ早業で次から次へと敵が撃ち倒されていく。

「さあ、もっと踊ってみせてよ――――!」

 キュッと靴底を鳴らして地を蹴り、宙を舞いながら両手のベレッタを撃ちまくる紅音。

 空中を飛びながら、四人。着地すれば振り向きざまに二人、そのまま更に正面に居た敵を三人……。

 まるで踊るように軽快なステップを踏みながら、紅音は恐るべき勢いで次々と(かばね)の山を築いていく。

「おいおい、派手なのはどっちだよ……?」

 そんな暴風のような勢いで暴れまくる紅音を横目に、戒斗は弾切れを起こしたショットガンのマガジンを取り外す。

 オリジン‐12はその見た目と同じく、マガジンもライフルと同じような箱型だ。故にガシャッと八発装填の新しいマガジンを突っ込めば、それでリロードは完了。普通のショットガンみたいに一発ずつ入れる手間が無くて楽だ。

「あらよ……っと!」

 そうして瞬時にリロードを終えれば、高い位置にあるキャットウォークから紅音に狙いを定めていた奴にズドンと一発お見舞いしてやる。

 バックショット散弾で胸を撃たれた男が、その強い衝撃にたたらを踏んでキャットウォークから滑り落ちる。

「紅音よ、お前ちょいと迂闊じゃないのかい!?」

「かも知れないね、確かにマリアの言う通りかも!」

 でもね――――。

 振り向いた紅音が戒斗の方に銃口を向けたかと思えば、タァンッと銃声が響いて。

「迂闊なのは、そっちも同じじゃないのかな?」

 すると、戒斗の背中の向こう側で――今まさに彼にアサルトライフルを向けていた男が、バタッと倒れた。

「……みてえだな、俺も似たようなもんだ」

「貴方も色々と訳アリみたいだもんね、ここはお互い様ってことでいいんじゃない?」

「ソイツは助かるぜ、また琴音の件でお前らの世話になるかもだしな」

「そういうこと! ――――さてと、ならさっさと残りを片付けるよ!」

「あいよ!」

 戒斗と紅音、背中合わせになった二人はそのままの勢いで、倉庫内に残る武器商人(ウェポン・ディーラー)の一味をすぐさま殲滅。ものの三分と経たない内に、この中で動くものは……二人を除き、誰もいなくなっていた。

「ひい、ふう、みい……っと。オーライ、倒した数の勘定は合ってるぜ」

「そういえば、例の武器商人(ウェポン・ディーラー)は……あ、居た居た」

「あーらら……完全に死んじまってるな」

「なんにも考えずに撃っちゃったんだけど、良かったのかな?」

「あー……良いんじゃねえか? 生死は問わないってのがクライアントの仰せだしな」

「じゃあいっか。これで仕事はおしまいだよね?」

「だな、とっとと帰るか」

「そうだね。にしても……ホントに、野暮仕事だったね……」

「俺と紅音の二人で出張るにゃ、ちぃとばかし張り合いが無さ過ぎたな」

 そんな言葉を交わし合いながら、用を終えた二人はそそくさと38番倉庫を後にしていく。

 ――――これが、彼らの生業。これが、スイーパーという稼業なのだ。

 一仕事を終えた二人のスイーパーが、夜の闇の中に消えていく。しかし街の誰もが、ほんのひとときの銃撃戦のことなんて知るよしもなく。ただ静かな雨が降る中、夜は更けていった。何事も無かったかのように……ただいつものように、街は降りしきる雨粒に濡れていた。





(プロローグ『Smooth Criminal』了)

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