第八章:RIDERS ON THE STORM/02
逃げるブラックホークの背後から迫る機影は三機、いずれもUH‐1ヒューイ――ブリッジで叩き落としてやったのと同機種だ。
その三機のドアガンが火を噴き、機銃掃射が始まったのが見える。いっそ逃げられてしまうぐらいなら、香華ごとこのヘリを叩き落としてやろう……といった魂胆なのか。
いずれにせよ、敵はもう香華なんてお構いなしにこのブラックホークを撃墜しようと、側面のドアガンを使っての攻撃を仕掛けてきていた。
「おい、どうするよマリアっ!?」
慌てた戒斗がコクピットの方に顔を出すと、操縦桿を握るマリアは「大丈夫、どうにかなるさ!」と小さく振り向いて言うと。
「この機体にもちゃあんとドアガンは付いてる! 右側のミニガンを使ってくれ、上手く横付けするから……叩き落としてやるんだ、出来るね?」
と言って、すぐ後ろを親指で指し示した。
見ると――確かにマリアの言う通り、コクピットのすぐ後方……ドアガンナー用の小窓の部分に小型のガトリングガンが装備されている。
M134ミニガン。これを使って応戦しろということらしい。
戒斗は「オーライ、任せな!」とマリアに応えながら、右側のミニガンに着く。
ミニガン後端のグリップ――操縦桿のようなそれを両手で握り締めて、発射体制を整える。
「さあカイト、お手並み拝見だ!」
そうして戒斗が位置に着いたのを見て、マリアはブラックホークを急減速。背後に迫っていた追っ手のヘリとの距離を一気に詰める。
お互いの機体どころか、パイロットやドアガンナーの顔も見えるぐらいの距離感だ。
見ると、向こうのドアガンも同じミニガンらしい。ブリッジでの戦いで既に分かっていたことだけに、戒斗は別に驚かなかったが……五分の勝負、というのは確かだ。
「任せな、雨を降らせるぜ!」
そんな敵機が見えた瞬間、戒斗は迷わず攻撃を仕掛けた。
押しボタン式のトリガーを押し込み、射撃開始。シュイイン……と音を立てて六銃身が回転し始めれば、少し後にミニガンが火を噴き始める。
ミニガンの銃声は、もはや銃声というより単なる爆音だ。
バアアアッと絶え間ない銃声を響かせて、ミニガンは高速回転する銃身からスコールのような勢いで弾丸を吐き出していく。
その速さ、一秒間におよそ百発。
突然横付けしてきたブラックホークからの、予想外の斉射だ。これには相手のヘリも反応し切れず、回避を試みる間もなくミニガンの掃射をモロに浴びてしまう。
機体中が穴だらけになった目の前のヘリが、火を噴きながら海に墜落していく。
「よし、まずは一機!」
「次だよカイト、皆も揺れるから掴まってて!」
そうして一機を叩き落とした時、マリアはそう言うとブラックホークを激しく揺らした。
ぐわんっと機体の向きが大きく変わり、機体が派手に揺れる。
キャビンでは遥や香華、それに高野が必死にシートにしがみついている。それを横目にチラリと見つつ、戒斗は次の獲物に意識を向けた。
マリアの操縦するブラックホークが激しい機動を繰り返すことしばらく。やがて戒斗の前に――ブラックホークの右側に、新たな敵機が現れた。
さっきよりも距離は遠いが、射撃ポジションとしてはピッタリだ。どうやらマリアが敵の機銃掃射を避けつつ、上手く位置を調整してくれたらしい。
「ヘヘッ、いい腕してるぜ……!」
そんな彼女の腕前を独り言で賞賛しつつ、戒斗は二機目のヘリに向かってガシャッとミニガンを向けた。
無論、向こうもやられっ放しではいられないと言わんばかりにミニガンを撃ちまくってくる。直撃はしていないが、何発かがブラックホークの表面を掠めていく音がした。
このまま黙って見ていれば、いずれ直撃弾を喰らって落とされるだろう。そうなれば一巻の終わりだ。
「喰らいやがれ……!」
その前に叩き落としてやる、そう思いながら戒斗は再び手元のトリガーを押し込んだ。
戒斗の持つミニガンが、バアアアッと爆音を上げて火を噴き始める。
こちらのミニガンと敵のミニガン、互いのヘリに装備されたドアガン同士で撃ち合い、互いの間で曳光弾の火線が交錯し合う。
雨模様の夜空に尾を引く曳光弾の瞬きは、一見するとまるで花火みたく綺麗にも見える。
……が、空中に描く光の軌跡の一本一本が、必殺の威力を持つ大口径ライフル弾だ。それに曳光弾の他にも、無数の弾丸が超音速で行き交っている。見た目は綺麗でも、空中に描くその軌跡は……あまりにも恐ろしいものなのだ。
「逃がすかよ!」
そんな撃ち合いも、実際の時間にしてみれば数秒足らずの出来事で。戒斗の持つミニガンの方が先に敵機を射抜き、全身を穴あきチーズみたいにボロボロに砕かれた敵のヘリが……やはり、火だるまになりながら海面に落下していく。
「これで二つ……! マリア、あと何機だ!?」
「次でラストだ!」
戒斗が二機目も叩き落としたのを見て、マリアは再びブラックホークに急激な機動を取らせる。
右に左に、縦横無尽に空中を飛び回ったブラックホーク。やがて姿勢が安定したかと思えば……そのすぐ目の前に、迫りくる最後の敵機の姿が。
「すれ違いざまに叩き込んでやるんだ、カイト!」
「オーライ、任せな!」
同方向に進みながらの銃撃戦だったこれまでの二機と違い、今度のチャンスは一瞬しかない。
互いに互いが向かい合う中、すれ違いざまに交差する僅かな一瞬――――。
だが、一瞬もあれば十分だ。ミニガンの発射速度でなら、その一瞬で十分に仕留められる……!
「よおし……今だ、カイトっ!!」
「勝負だ……!!」
マリアのブラックホークと敵のヒューイ、互いのヘリがごく至近距離ですれ違う。
目の前に敵の機影が現れる、ほんの刹那。
その刹那に狙い澄まし、戒斗はミニガンのトリガーを押し込んでいた。
……が、向こうのドアガンナーは突然の接近戦に対応しきれず、まだ機関銃の向きを整えられていない。
火を噴くブラックホークのミニガンと、間に合わず沈黙したままの敵のミニガン。
勝敗がどちらに傾くかは、結果を見るまでもなく明らかだった。
すれ違いざま、ほんの一瞬の交差で叩き込んだ機銃掃射。それをごく至近距離から浴びた敵のヘリは――途端に煙を吹き出してコントロールを失い、ぐるぐるとコマのように回転しながら墜落し……眼下の海面に叩きつけられて、バラバラに砕け散っていった。
「よし、これで三機だ……マリア、まだ居るって言わねえよな!?」
「大丈夫、全部片付いたよ。いい腕だったよカイト、流石は僕の自慢の息子だけあるね」
「あんたもスゲえテクニックだったぜ。……それと、息子言うな」
やれやれと肩を揺らしつつミニガンから離れた戒斗は、再びコクピットに顔を出す。
シートの背もたれに肘を掛けながら、機長席のマリアを覗き込む。計器類を見た感じ、どうやら機体にこれといった損傷もなく、無事に陸地まで帰りつけそうだ。
「で、随分と深刻そうな顔してるけれど……何があったんだい?」
そんな風に覗き込んでくる戒斗の横顔をチラリと見たマリアが、何かを悟ったような口振りで言う。
……どうやら、知らない内に顔に出ていたらしい。
戒斗は小さく息をつくと、訊いてきたマリアに一言。
「…………暁斗が、生きてたんだ」
と、シリアスな声でポツリと呟いた。
「暁斗……っていうと、確かカイトの弟くん……だったっけ」
「ああ、あの時に死んだはずの弟だ。それが……生きて、八雲と一緒に居た」
「……つまり、ミディエイターの手先ってことか」
コクリ、と戒斗は無言で頷き返す。
「浅倉の野郎が、拾って育てたらしい。自分の後継者に……ってな」
「……ほんと、死んだ後も厄介事を持ち込むね、あの男は」
「どこまでもしつこい野郎だ……最後にこんな置き土産を残していきやがって」
「ま、詳しいことは帰ってからゆっくり訊かせて貰うよ。しかし、カイトの弟くんが敵か……これは君にとって、あまりにも残酷が過ぎるってものだよ」
「…………かもな」
分厚い雨雲が覆う夜空を、漆黒のヘリコプターが風を切って飛んでいく。
それに揺られる戒斗の胸に去来するのは、静かな困惑と大きな動揺。死んだはずだった弟との望まぬ形での再会に、彼の心は大きく揺れていた。
それでも、今は――――。
今はただ、香華を無事に守り抜けたことを喜びたい。そう思いながら、コクピットを離れた戒斗は静かに席に着く。
「……戒斗」
そんな彼の手を、隣に座っていた香華が静かに握る。
「ありがと、守ってくれて。それに……ちゃんと約束も、守ってくれた」
「さっきも言ったろ? 俺はレディとの約束は守る主義なんだ。……だが、それにしたって今日は……ハードな夜だった、かもな……」
ぎゅっと握ってくる彼女の華奢な指の、少し小さな手のひらの感触を感じながら、呟いた戒斗は座席の背もたれにゆっくりと体を預けて……そっと、瞼を閉じる。
「……お疲れさま。そんな貴方だから、私は――――」
間もなく寝息を立て始めた戒斗に、香華はそっと呟いてみる。バタバタとやかましいヘリコプターの飛行音に掻き消されるまでもなく、眠りに落ちた彼の耳には届かないだろうと……分かりつつも、彼女は呟かずにはいられなかった。
「本当に……ありがとね、戒斗。私を守ってくれて」
マリアの操縦するブラックホークは、戒斗たちを乗せて……陸地を目指し、雨模様の夜空を飛んでいくのだった。
(第八章『RIDERS ON THE STORM』了)




