第八章:RIDERS ON THE STORM/01
第八章:RIDERS ON THE STORM
『カイト、もうそろそろ現着だ。そっちの状況はどうだい?』
「色々あって説明しきれねえが、とにかく最悪だってことは間違いねえな!」
「……詳しいことは後でお話しますが、この件にもミディエイターが関わっているようです。尤も……既に切り捨てたようですが」
『ミディエイターが? ……それは意外だな。とにかくカイトに遥ちゃん、甲板に出られそうかな?』
「出るしか選択肢はねえんだろ!? だったら最初から訊くなっ!」
『ま、そうなんだけれどね。……とにかく、あと五分で到着する。周りに敵のヘリも居るんなら、こんな悪天候でもそう長くは誤魔化しきれない。だから無理は承知で急いでくれ』
「オーライ、やってみるさ……!」
インカム越しにマリアと話している最中も、戒斗たちは敵と交戦の真っ最中だった。
暁斗たちに見逃がされ、香華のスウィートルームを出てほどなく接敵したのだ。今は迫る敵の集団を退けながら、上部甲板まであと一歩というところまで辿り着いたという状況だった。
「っ、センパイ、後ろからも敵が……!」
「野上くんっ!」
「心配すんな、あんたらは前だけ見てろ! ――遥!」
「ええ、お任せを……!!」
そんな中、曲がり角に隠れながら銃撃戦を繰り広げていた戒斗たちの後方から、更に別の一団が迫ってくる。
それに気付いた野上は、佐藤と一緒に応戦しようと構えたが……しかし、戒斗の指示を受けた遥がそんな彼の前に飛び出した。
忍者刀を一旦鞘に収め、右手で自前のピストル――XDM‐40を抜くと、遥はそれを構えて連射。タタタタンと銃声を響かせて、背後から迫る敵の一団を牽制する。
そうすれば、銃撃を受けた後方の連中は――今まさに戒斗たちを撃たんとしていた彼らは、思わぬタイミングの銃撃に驚いて思わず顔を引っ込めた。
奴らが身を隠した、今がチャンスだ。
遥はピストルを収めて、タンっと地を蹴って走り出す。
身を低くして駆けながら、背中から再び抜いた忍者刀をグッと逆手に握り締める。ダンッと地を蹴り、三角飛びの要領で壁を蹴ってより高く飛び上がれば――曲がり角に隠れた敵の頭上から、一気に斬り掛かった。
「はっ……!」
飛び込みざまに、まずは一閃で斬り捨てる。
着地と同時に刃を返し、もう一人をザンッと叩き斬り、更なる一人には刺突で対処。突き立てた切っ先で深く刺し貫き、素早く……しかし確実に息の根を止めてやる。
「は、早すぎる……!?」
「このっ!」
と、その段階になってやっと敵は反撃を仕掛けてきた。
遥の居る曲がり角の反対側、そちらに居た三人が慄きながらも一斉にライフルを撃ってくる。
「…………!」
だが、その程度で倒せるような遥じゃない。
迫りくる銃撃に対し、遥は冷静に対処。振り向きざまに忍者刀に素早く空を切らせ、飛んでくる弾丸全てを空中で斬り払うことで防いだ。
カンカンカン、と甲高い音が響き、遥の目の前で小さな火花が何度も散る。
その度に、彼女の周りには両断された弾丸の欠片が散らばっていく。当然――遥には一発だって掠りもしていない。
「なんなんだ……なんなんだよ、一体っ!?」
「化け物……っ!?」
撃っても撃っても、刀に弾かれるだけで一向に当たらない。
そのわけの分からない光景に敵の傭兵たちが混乱する中、遥はその隙を見逃がさなかった。
「まずは、その武器を頂きます……!」
バッと伸ばした遥の左手から、バシュンっと細長いワイヤーが射出される。
手首の裏に着けたワイヤーショットだ。遥は射出したそのワイヤーで敵のアサルトライフルを絡め取り、傭兵の手から取り上げる。
そのままワイヤーを引き戻せば、奪ったライフルは彼女の元へ。空いた左手でグリップを握り込めば、遥はそれを使って傭兵たちを薙ぎ払った。
ストックを脇に挟み、腰だめの構えで片手でライフルを掃射する。
左から右に弾丸の雨を降らせるように、タタタタンとありったけの弾丸を横薙ぎに撃ちまくる。
そうすれば――遥と違って防ぐ手段のない敵の傭兵たちは、至近距離からの銃撃を喰らい倒れていく。
ほぼ全員が、遥の掃射を喰らって床に倒れていた。
これで……ひとまず、背後の敵は殲滅完了だ。
「よし……! 戒斗、こちらは片付きましたっ!」
「オーライ、こっちも進路クリアだ! とっとと甲板に上がろうぜ、マリアがすぐそこまで来てる!」
弾切れのライフルを投げ捨てた遥が合流すると、ちょうど戒斗が行く手を遮っていた敵の一団を片付け終えたところだった。
「おたくら、まだ付いてこれるな?」
「ったり前だ! 俺たちを誰だと思ってやがる!?」
「私の銃は壊されてしまったので、今は野上くんに任せる他ありませんが」
「香華さん、高野さん、お二人は私から離れないでください」
「分かってるわよ、ここまで来て捕まるなんて御免ですもの」
「よろしくお願いします、長月さん」
野上も佐藤も、香華たちも全員無事だ。香華と高野の顔には多少の疲労感が滲んでいるが、少なくともヘリポートまではちゃんと付いてきてくれるだろう。
「よし……じゃあ、行くぜ!」
そんな皆の様子を一度見渡した後、戒斗は出口に向かって駆け出していった。
閉じられていた重い水密扉を開けて、船の上部甲板へ。
すると――分かっていたことだが、外は激しい雨が降っていた。
月と星空を覆い隠す分厚い雲から降り注ぐ雨が、船の甲板――板張りのデッキを激しく叩く。
本当なら傘でも欲しいような空模様だが、今はそんなことを言っている場合じゃない。戒斗たちは雨でずぶ濡れになるのも構わず、雨の降りしきる甲板に飛び出していく。
『あと六〇秒! もうすぐ到着だっ!』
インカムに聞こえるのは、マリアの声。
戒斗たちも、船の甲板にあるヘリポートまではもうすぐといった距離だった。
が――――事態はそう都合よくは運んでくれないようで。
「居たぞ、こっちで見つけたぁっ!」
「撃ちまくれっ、とにかく足を止めろぉっ!!」
背後から聞こえてくるのは傭兵たちの叫び声と、同時に轟く無数の銃声。
降り注ぐ雨を切り裂いて飛ぶ弾丸が、ちゅんっと甲高い音を立てて板張りの甲板を浅く抉っていく。
「くそっ……! 俺が対処する、遥は香華たちを連れて先に行けっ!」
「っ、承知しました……!」
香華たちを遥に任せて、立ち止まった戒斗は背後に迫る敵の傭兵たちへの応戦を開始。膝立ちに構えたMCXを撃ちまくり、次々と返り討ちにしていく。
バスッ、バスッとくぐもったサイレンサー越しの銃声を鳴らして、300ブラックアウト弾を撃ちまくる。
重く速度の遅い弾丸といえ、大口径のライフル弾だ。それを一度に何発も喰らった傭兵たちは、一人また一人と甲板に倒れていく。
「よし、今だ……っ!!」
ものの五秒足らずで、ひとまず敵全員を倒せていた。
動くなら今が好機だ。ほぼ間違いなく、あと少しもすれば敵の増援が押し寄せてくるだろうが……ヘリポートに向かうなら、今しかチャンスはない。
そう思うと、戒斗はすぐに立ち上がって走り出していた。
走りながらMCXのマガジンを捨て、新しいものを装填。残る予備マガジンはあと僅かだが……迎えのヘリに乗るまで持ってくれれば、それでいい!
『間もなく到着する、準備してくれっ!!』
そして遥たちに追いついた戒斗が、ちょうどヘリポートに到着した時――インカム越しに聞こえるマリアの声とともに、けたたましいヘリのローター音が聞こえてきた。
その音が聞こえてきた方を見上げてみれば、船に近づいてくる機影がひとつ。
まるで嵐のような空模様の中、それをものともせずに接近してくるのは……さっきブリッジで襲われた時に見た敵の機体とはまた別の、黒い軍用ヘリコプターだった。
――――MH‐60ブラックホーク。
アメリカ製の汎用ヘリコプター、中でも特殊作戦仕様のものだ。機首に着いた長い空中給油プローブの存在で、あれが特殊作戦機だと分かる。
そんなブラックホークの尻尾の部分には『UNITED STATES ARMY』の文字が。
つまり、あの機体は……正式なアメリカ陸軍の所属機ということだ。
「軍のブラックホークかよ……おいマリア、一体こんなのどうやって用意しやがった!?」
『転ばぬ先の杖ってね、昔のツテを使って一応手配しておいたんだ! ……さあ、早く乗ってくれ!』
驚いた戒斗の声にそう返しつつ、マリアはそのブラックホークを滑るように飛ばし……ヘリポート、戒斗たちの眼前にふわりと着地させる。
「よし、まずは香華とじいさんだ!」
「え、ええ!」
「お嬢様、足元にお気をつけて」
「ありがと、高野。……乗ったわ、皆も早くこっちに!」
戒斗がブラックホーク後部のスライドドアを開けて、まずは保護対象の香華と高野を乗り込ませる。
『お兄ちゃん、急いでっ! すんごい量の敵がそっちに向かってるっ!』
『琴音ちゃんの言う通りだ、急いでカイトっ!』
インカムから聞こえる二人の声に「分かってるよ、んなこたぁっ!」と叫び返しながら、戒斗も遥と一緒にブラックホークの機内に飛び込む。
「おい、あんたらも早く乗れよ!」
が、野上と佐藤は乗り込もうとしない。
それを妙に思った戒斗がキャビンから手を差し伸べるが、しかし野上はいや、と首を横に振り。
「行くならとっとと行けよ、俺とセンパイは居残りだっ!」
と、機上の皆を見上げながら言った。
「残るって、正気かよあんたら!?」
「無茶なのは百も承知です。しかし……船にはまだ、私の部下が大勢残っていますから。ここで我々だけが逃げ出すわけにもいきません」
「……本気、なのか?」
訊き返す戒斗に、野上と佐藤はコクリと頷き返す。
彼らの意志は、固い。それは彼と視線を交わす戒斗によく伝わっていて。そんな二人の――覚悟を決めた瞳を前に、戒斗は「……分かったよ」と頷き。
「もうじき、あんたらの要請したSSTも来てくれるはずだ。……だから、死ぬなよ」
と言いながら、自分のアサルトライフル――MCXを、そっと佐藤に差し出した。
佐藤は戒斗のMCXを受け取りながら「無論です」と頷き返し、その横でベクターを撃ちまくる野上も「死ねるかよ!」と吠え返す。
「お嬢さんのこと、てめえに預けたからな!」
「後のことは我々にお任せを。西園寺さんのこと、頼みました」
「心配すんなよ、香華は俺たちが責任もって送り届けてやる!」
「どうかお願いします。……さて野上くん、覚悟はいいですか」
「センパイこそ、ビビらないでくださいよ! ここを切り抜けたら室長から特別ボーナスをふんだくってやるんだ……!!」
「……死ぬんじゃねえぞ、二人ともっ!」
『――――もういいかな!? そろそろ離脱するよ!?』
「ああ、出してくれマリア!」
戒斗の叫び声に呼応するかのように、マリアの操縦するブラックホークは勢いよく飛び上がる。
眼下のヘリポートに立ち、こちらに背を向けた二人の姿が……だんだんと、小さくなっていく。
そんな彼らの元には、大勢の敵がもうじき押し寄せるだろう。頼れる味方も居ない中、それはあまりにも無謀に思える戦いだった。
……が、あの二人なら大丈夫だろうと戒斗は思っていた。
それは、短い間といえ共に背中を預け合って戦ったが故のこと。特に野上の実力はよく知っている。彼や佐藤ならきっと……どうにか切り抜けてくれるだろうと、そう思ったからこそ戒斗は引き留めなかった。同時に切り抜けろよ、という願いも込めて……自分のライフルを譲り渡したのだ。
とにかく、これで脱出は完了だ。
零課の二人を船に残してきてしまったが、何にしても無事にプリンセス・オブ・アズール号から香華を連れて脱出することが出来た。
そう思うと、一気に肩の力が抜けていく。今にもドッと疲れが押し寄せてきそうな感じだ。
開けていたスライドドアを閉じてから、機内の粗末なシートによっこいしょと戒斗が腰を落とそうとした――――その矢先。
「ああくそ、やっぱ気付かれるよね……!? 悪いニュースだよカイト、追っ手らしい三機のヘリに求愛されちゃってる!」
聞こえてくるのは、珍しく焦燥感を滲ませたマリアの声。
それに反応した戒斗が窓の外を見てみると、するとそこにあったのは――――。
「ったく、休む暇もねえのかよ……!」
船から離脱していくブラックホークの背後から迫りくる、三機のヘリコプター……敵の追っ手の機影だった。




