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黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-02『宿命の二人‐Double Executer‐』
71/125

第六章:暗闇の向こう側から/03

 それと、時を同じくして。

「我が妹ながら、詰めが甘いな」

「ッ……!」

長月蒼天流ながつきそうてんりゅう抜刀術一之型ばっとうじゅつ・いちのかた――――紫電一閃(しでんいっせん)!」

「くっ……!?」

 船の九階、船尾にあるロイヤルスウィートルーム。その豪華絢爛な客室で今、遥は見知った銀髪の青年との斬り合いの真っただ中にあった。

 長月(ながつき)八雲(やぐも)――――。

 言わずと知れた、遥の実兄。宗賀衆を離反し、ミディエイターについた裏切り者の抜け忍……。

 遥はそんな彼と今まさに、激しい剣戟を繰り広げている真っ最中だった。

「この……っ!」

 忍者刀で斬り結ぶこと数十回。八雲が繰り出した神速の抜刀術をどうにか防ぎ、バッと一度飛び退いて間合いを取った遥は、閃かせた左手から三本の棒手裏剣を放つ。

「ほう、そう来るか」

 だが八雲も瞬時に左手を振るえば、同じく棒手裏剣を三本、バッと投げつけてきた。

 遥と八雲の棒手裏剣、互いが放った三本の鉄杭のようなそれがガキンと空中でぶつかり合い、小さな火花を散らし……弾き飛ばされる。

 八雲は、手裏剣を手裏剣で打ち落としたのだ。

 そうするのが最適解と瞬時に悟る判断力と、それを即座に実行できるだけの腕前……その二つが両立していなければ、不可能な芸当だ。

(やはり、強い……!)

 だから遥は棒手裏剣が迎撃されたのを見た瞬間、ギッと小さく歯噛みしていた。

 悔しいが――――やっぱり兄は、八雲は強い。

 こうして時間を稼ぐだけでも精いっぱいだ。せめて彼が戻ってくるまでの間だけでも、自分が持たせないと……その一心で、遥は八雲と戦っていた。

「……狙うなら、このタイミングですか……!」

 そうして遥と八雲が斬り結ぶ最中、静かにピストルの狙いを定める者が一人。

 佐藤だ。少し離れた場所で香華たちと一緒に身を隠しながら、両手で構えたP229の照準を――今まさに八雲に向けようとしていた。

 素早く、しかし冷静に……遥と剣戟を交わす八雲へと、佐藤は照準を合わせる。

 そして、人差し指をゆっくりと動かしてトリガーを引き絞った。

 ――――瞬間、鋭い銃声が部屋に木霊する。

「む……!?」

 寸前に殺気を感じていた八雲がサッと半身を引けば、同時に放たれた9ミリ弾が……彼の頬を、ごく浅く掠めて飛んでいく。

 八雲の頬に走るのは、横一文字のごく浅い傷。ほんの薄皮一枚が捲れた程度の傷から、じんわりと赤い血が微かに滲む。

「ほう、中々によいタイミングでの一撃であったぞ。……しかし!」

 八雲はフッと小さく笑うと、振り向きざまに閃かせた左手で――佐藤に向かって、何かを投げつけた。

「っ!?」

 突然飛んできた何かに、佐藤の右手からピストルが弾き飛ばされる。

 ガキンと鋭い金属音がするのと同時に、まるで蹴っ飛ばされたような勢いでP229が彼方に吹っ飛んでいく。

 そのあまりの衝撃に、右手がじんと痺れる。

 何が起こったか分からずに、佐藤が吹っ飛んだ自分のピストルに目を向けると――床に転がったP229には、細長い鉄の杭が突き刺さっていた。

 それは棒手裏剣だった。言うまでもなく、八雲がたった今投げたものだ。

「そなたに用はない、故にその生命(いのち)までは取らぬ。そこで大人しくしているがよい」

 キッと静かに睨み付ける佐藤に向かってそう言うと、八雲は彼に向けていた視線を元に戻し……また、遥との戦いに意識を向ける。

「どうした、我が妹よ……そなたの実力、その程度ではないはずだ!」

「っ、勝手なことを……っ!!」

 太刀と忍者刀、互いの刃をぶつけては離れ、また正面からぶつけ合う。

 刃同士が――高周波ブレード同士がギィィンっと甲高い音を立てて擦れ合い、火花を散らす。

(兄様は……八雲は確かに強い。知っていたことだけれど……私よりも、ずっとずっと強い)

 遥はそうして幾度となく刃の応酬を繰り返しながら、

(でも、それ以上に不気味なのが……あの男)

 そんな二人の戦いを、愉しげに眺めている――もう一人の、正体不明の青年をチラリと横目に見た。

 ……本当に、不気味な青年だった。

 八雲と一緒にここに現れてから今まで、彼自身は一切手出しすることなく……ただじっと、こちらを見つめているだけ。

 何もしてこない以上、今のところは脅威ではない。

 が……それが却って不気味だった。

 どんな意図があるにせよ、八雲と一緒に現れたということは、彼もミディエイターに何らかの関わりがあると見ていいだろう。それを思えばこそ、遥はただただ彼の存在が不気味で、そしてどうしようもなく恐ろしく思えていた。

(それに、あの顔立ち……気のせいか、似ている気がする)

 同時に遥は、そんな青年の容姿に不思議な既視感も覚えていた。

 背丈は174センチ、肩甲骨辺りまで延びた髪の色は黒緑……ブラックグリーン、と言えばいいのだろうか。ほっそりとした切れ長の瞳は真っ赤な色をしていて、顔立ちはかなり整った部類だ。男前というよりも端正というか、甘いマスクという喩えが一番しっくりくる。

 格好はネイビーのジャケットに黒いTシャツ、下は細身なスキニージーンズといった具合。今でこそ武器の類は手にしていないが、しかしジャケットの下にピストルを隠し持っているのは一目で分かった。

 と、そんな青年の容姿に――――遥は何故だか、既視感を覚えていたのだ。

 顔立ちや背格好、なんとなくの雰囲気……そういったものが、どことなく彼と似ているような……。

「よそ見など、している場合ではないぞ」

「くっ……!?」

 が、そんな奇妙な感覚もすぐに忘れてしまう。

 遥がその青年に気を取られた一瞬、パッと閃いた八雲の刃が迫る。

 すぐに意識を戻した遥は、神速の勢いで迫る八雲の刀を間一髪のところで防御。忍者刀で上手く受け流せば、ひとまず飛び退いて間合いを取る。

 さて、ここからどう反撃に打って出ようか――――。

 飛び退いた遥がカチッと忍者刀を逆手に構え直し、再び踏み込もうとした時だった。

「えっと、こうだったわよね……当たりなさいよね、っ!!」

 全く予期せぬ方向から、タァンっと軽い銃声が響いたのは。

 部屋の隅に居た香華が、ピストルを撃ったのだ。

 ほっそりとした両手で向けるのは、戒斗から護身用にと預かっていたワルサーPPK。慣れない手つきで狙うのは、八雲――ではなく、その向こうに立っていたあの不気味な青年。

 空気を切り裂いて飛ぶ32口径の弾丸は、そのまま青年を撃ち抜くかに思われたが――――。

「いかん……!」

 しかし、寸前で間に割って入った八雲がザンッと太刀を振るい、迫っていた弾丸を空中で斬り払ってしまった。

 ガキィンッと激しい金属音が鳴り、空中で小さな火花がパッと散る。

 そうすれば、二つの欠片が床に落ちる。

 カランコロンと転がったそれは……真っ二つに叩き斬られた、32口径の弾丸だった。

「ちょっ……冗談じゃないわ、なんなのよアイツ……っ!!」

 必殺のタイミングで放ったはずの弾丸が、空中で斬り払われた。

 香華はその事実に目を見開いて驚きつつも、しかし負けじとピストルを連射。戒斗から預かったPPKの全弾を一気に叩き込む。

 が、やはりその全てを八雲は刀一本で斬り払ってみせた。

「このっ……って嘘、弾切れなのっ……!?」

「香華さん、下がってっ!!」

 尚も撃とうとする香華だったが、しかし弾切れを起こしたPPKのトリガーは何度引いたって空を切るのみ。

 そんな彼女の前に滑り込み、背に庇うようにしながら遥が叫ぶ。

「佐藤さん、高野さんっ! 早く香華さんを安全な場所にっ!」

「ここはお願いします、長月さん!」

「か、かしこまりました! さあお嬢様、こちらへ……っ!」

「……ごめんなさいね、私じゃ役に立てなかったみたい……!」

「いえ、そのお気持ちだけで充分です……!」

 佐藤と高野に連れられながら後ろに下がっていく香華に、遥はそう答えながら……カチッと忍者刀を構え直し、眼前の二人を静かに睨みつける。

「間一髪だったね、八雲」

 とした時に口を開くのは、例のあの青年だ。

「うむ、冷や汗ものであった……そなたなら万が一にも大丈夫だとは踏んでいたが、しかしな」

「あはは、僕もびっくりしたよ。予想外の相手から、まさかまさかのタイミングだったもんね。奇襲としては完璧すぎるぐらいだったよ」

「……その感想、実にそなたらしいな」

 呆れっぽく肩を揺らす八雲の傍ら、青年は嬉しそうに小さな拍手なんかして笑っている。

 そんな風に拍手をする青年は、真っ赤な瞳を香華に向けて――――。

「いやあ、実に見事なタイミングだったよ。すごくガッツのあるお嬢さんだ、僕は好きだよ? そういうの」

 と、心底から感心したような笑顔を彼女に向ける。

 一見すると爽やかな、好青年っぽい笑顔だ。

 しかし、その裏に何かこう……得体の知れない、ドス黒い何かを秘めている。

「……あらそう、お褒めにあずかり光栄だわ。でも残念、私はあんたみたいな人間は大っ嫌いなのよ……! だからどれだけラブコールされたって、あんたなんかお断りよ!」

 無論、それに気付かぬ香華ではなく。多少は怖がる素振りを見せながらも、彼女は気丈にそう吠え返していた。

 それを聞いた青年は「あらら、それは残念」とわざとらしく肩を竦めてみせて。

「ま、でも気に入ったのは本当だよ。それに君は一応、彼らの確保対象でもあるからね……だから安心していいよ、君には手出ししないから。そこの執事さん共々、丁重に扱うことを約束してあげるよ」

 と、また爽やかな笑顔を浮かべてそう言っていた。

「……で、八雲はまだ彼女と遊ぶつもりかい?」

「皆まで言うな、我が妹なのだからな」

「ふぅん、まあいいけどね。折角の兄妹水入らずだ、君の気が済むまでやるといいさ」

 チャキッ、と刀を構え直して答える八雲に、青年は微かな笑みを浮かべてそう言う。

「うむ、そうさせて貰おうか――――!」

「ッ……!!」

 それにフッと小さく笑い返して、八雲が踏み込もうとした――遥が迎撃の構えを取ろうとした、その時だった。

 ――――突如として、頭上から銃声が木霊したのは。

「むっ……!?」

 ダダダダ、と響くのはサブマシンガンの銃声。

 瞬時に反応した八雲はすぐに防御態勢を取り、頭上から降ってくる弾丸を全て刀で斬り払って己を、そして背にした青年の身を守る。

「――――マジかよ、今のに反応するかね普通……」

「いんや、あんたの奇襲は完璧だったぜ。ただし相手が忍者だっただけの話だ」

 けたたましい銃声が止んだ時、頭上から聞こえてくるのはそんな二人の話し声で。ハッとした遥が見上げてみると、するとそこに居たのは――――。

「戒斗……!」

「どうやら、間一髪で間に合ったみてえだな」

 吹き抜けになったスウィートルームの螺旋階段、そこから野上と一緒に顔を覗かせる彼の――戒斗の姿だった。





「戒斗……!」

「遅くなっちまったな、遥。香華もじいさんも旦那も、全員無事で何よりだぜ」

「ふふっ……本当に美味しいところで来てくれたのね。でも、ちゃんと私との約束守ってくれて、嬉しいわ」

「俺は約束はちゃあんと守る主義なのさ、特にレディとの約束はな」

「ほんと、嬉しいこと言ってくれるんだから……でも、ありがと戒斗」

「良いタイミングです、野上くん……!」

「無事っすね、センパイ! ……さて、奇襲はものの見事に失敗しちまったが、この後はどうすんだよ?」

 隣でマガジン交換しながら言う野上に「んなもん、知るわきゃねえだろ」と戒斗は肩を竦めて返しつつ、

「とりあえず、目の前にある特大級の脅威をどうにかするしかねえんだ」

 そう言いながら、携えていたMCXの銃口をガシャッと八雲たちに向ける。

「ケッ、そう言うと思ったぜ……」

 同時に野上も、リロードを終えたベクターを階下に向かって構えた。

 八雲はそんな二人をチラリと横目に見上げながら、

「ふむ……お(ぬし)ら、一体どこから入ってきた?」

 と、何気ない疑問を口にする。

 それに戒斗は「なあに、簡単な話さね」とニヤリとして返し、

「堂々と入らせて貰ったぜ、一個上のドアからな」

 クッと親指で背中の方を――吹き抜けの向こう、十階フロアの方を示して答えた。

 ……船尾にあるこのロイヤルスウィートルームは、九階と十階の二フロアに跨ぐ吹き抜け構造だ。

 運用上の都合なのか、出入りするドアは九階側と十階側の両方にある。戒斗たちはその十階側のドアから、堂々と入ってきただけのことだ。別にこれといって特別なことは何もしていない。

「……なるほど、これは盲点だったな」

 が、敵はそのことを知らなかったようで。八雲は少し驚いた顔でそう、納得したように頷いていた。

 その傍らで――例の謎の青年が、あはははと笑いながらパンパンと手を叩く。

「あはははっ、言われてみればその通りだ。僕らはイマイチこの船の構造を理解していなかったらしい……下調べはやっぱり大事だね、八雲?」

「仕方あるまい、我らがここへ来るのはちと予定外だったが故な」

「ま、それはそうなんだけどね……」

 淡々とした八雲の言葉に、青年はスッと小さく肩を竦めて返す。

 そんな彼にMCXの銃口を向けながら、野上と一緒に螺旋階段を降りつつ……目を細めた戒斗は一言。

「遥の兄貴はともかくとして……てめえは、一体何者だ?」

 と、警戒心を露わに問いかけていた。

「ふふっ、なんだ……僕が分からない?」

 そんな彼を見つめながら、青年は小さく笑って言葉を返す。

「分かるかよ。てめえなんか知らねえし、会ったこともねえ。ソイツと一緒に居るってことは……ミディエイターと関わってる、ってのは間違いないだろうがな」

「うん、正解だよ。その考えは正しい。僕はミディエイターの使者としてここに居るからね」

「オーライ、ならもう一度訊かせてもらうぜ。――――てめえは、一体どこの誰だ?」

 遥たちの居る階下に降りて、青年たちと間近に正対しながら……戒斗はMCXを構えたまま、静かな語気で問う。

 すると、青年はふふっと小さく笑って。

「まだ気づかない? 僕だよ……兄さん(・・・)?」

 そう、笑顔で彼に言った。

 戒斗のことを、確かに――――兄さん、と呼んで。

「…………何、言ってやがる?」

 それに戒斗は、戸惑った声で返す。

「俺に、てめえみたいな弟は居ねえ。それに俺の弟は――――」

「もうとっくに死んでる、って言いたいんだよね? 全部分かってるよ、兄さんの言いたいことは全部……ね」

「っ、そこまで……!」

「調べたわけじゃないよ? だって最初から知っているから。……ああ、そうだ。雪乃姉さんは元気かな?」

「馬鹿、言ってんじゃねえ……まさか、てめえは…………っ!?」

 ライフルを構える両手が、いつの間にか震えている。

 まさか、そんなはずはない。あり得ない、あり得るはずがないのだ。だって弟は、弟はずっと昔、あの時に――――!

「そう、兄さんの考えている通りだよ」

 そんな戒斗の動揺を知ってか知らずか、青年はふふっとまた微笑みながら……。

「僕は――――僕は、戦部(いくさべ)暁斗(あきと)

 久しぶりだね、会いたかったよ――――――兄さん?」

 あの爽やかな、底知れない笑顔を浮かべて……彼はそう、名乗ってみせた。

 自分が戒斗の弟だと――――死んだはずの、戦部(いくさべ)暁斗(あきと)なのだ、と。





(第六章『暗闇の向こう側から』了)

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