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黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-02『宿命の二人‐Double Executer‐』
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第六章:暗闇の向こう側から/02

 ブリッジの窓ガラスを突き破り、殺到するのは大口径ライフル弾の豪雨。

 それは何も比喩なんかじゃない。文字通りにスコールのような勢いで、弾丸の雨が横殴りに飛び込んできたのだ。

「うわああああっ!?」

 伏せた船員たちの悲鳴が、断続的な銃声に混じって聞こえてくる。

「んだよ畜生、今度は一体何だってんだよ……!?」

 床を這って無線機のコンソールの裏に隠れた野上は、マイク片手にコンソールへもたれ掛かりながら舌を打つ。

「ヘリだよ、敵のヘリだ!」

 そんな彼に向かって、戒斗は床に伏せたまま――背中に降ってきたガラスの破片を払い除けながら、大声で叫ぶ。

「あぁっ!? ヘリって……どういうこったよ、説明しろ野良犬っ!」

「んなもん俺が知るかよ、だが敵なのは間違いねえ! 敵のヘリからの機銃掃射だっ!!」

「っ、マジかよ、冗談なら殴るぞてめえ……!?」

「冗談だと思うんなら、窓の外見てみやがれ!」

 戒斗に言われて、野上はチラリとコンソールの陰から顔を出してみる。

 ……が、すぐに引っ込めた。

「嘘だろ、なんだってんだ畜生……っ!?」

 顔を真っ青にした野上が、割れた窓の外に見たもの。

 それは――滞空するヘリコプターと、そこからブリッジに放たれる機銃掃射の閃光に他ならなかった。

 ブリッジの近くをホバリングしているのは、軍用ヘリコプターに間違いない。

 UH‐1ヒューイ。もしかしたら民間モデルがベースの改造機かもしれないが、とにかく敵であることは確かだった。

 そして、この銃弾の雨を降らせているものの正体は――ヘリのドアガンだ。

 ヘリの側面、扉の辺りに装備された機関銃のことだ。あのヒューイに装備されているのはM134ミニガン機関銃。簡単に言えばガトリングガン――ミニサイズのバルカン砲と言えば分かりやすいか。

 が、ミニガンと言っても撃つのは7.62ミリの大口径ライフル弾だ。それを一秒間に百発という冗談みたいな速度で撃ちまくっている……と言えば、どれだけマズい事態かはよく理解できるだろう。

 いくら戒斗が直前に叫んだといえ、野上はともかく船員たちも全員無傷なのは……ほとんど奇跡としか言いようがない。

 それほどまでに、今の状況は最悪だった。

 船内での近接戦闘ならともかく、機銃掃射してくるヘリコプター相手の戦いなんて流石の戒斗も想定していない。これは……どう考えたって、最悪のシチュエーションだ。

「マリア、マリア聞こえるかっ!!」

 そんなヘリからの機銃掃射に晒されながら、戒斗はインカムに向かって叫んでいた。

『どうしたんだいカイト、そんなに慌てて?』

「マズいことになった、敵はヘリまで持ち出して来やがったぞ!」

『ヘリだって? ……確かにマズい状況だね』

「野郎ども、バカスカ撃ちまくりやがる! とりあえずどうにかして切り抜ける……けどあんたも気を付けろよ! 不用心に近づいたら墜とされちまうぞっ!!」

『了解、ご忠告に感謝するよ。大丈夫、君なら上手く切り抜けられるさ』

「そうだといいがな……!」

 と、ひとまずマリアに状況を伝え終わった時だった。

『――――ヤバいよ、お兄ちゃんっ!』

 マリアと入れ替わりに、今度は琴音の焦った声が飛び込んできたのは。

「なんだよ、今度は何が起こった!?」

『香華ちゃんたちが襲われてるっ! 変な二人組で、一人は遥ちゃんのお兄さん……あの時会った、八雲って人だよっ!』

「冗談だろ……!?」

 八雲が――――長月八雲が、この船に居る。

 それはつまり、この騒動にミディエイターが何らかの形で関わっているということだ。香華たちが襲われていることもそうだが、何よりも戒斗は……全く予期していなかった八雲の存在に、ただただ驚いていた。

『あと、もう一人……こっちは誰だか分かんないけど、今は何もしてないっぽい。でも八雲さんと遥ちゃんたちが戦ってるっ! 急いで戻ってあげて、お兄ちゃんっ!』

「っ、出来るもんならそうしたい! だがこっちの状況も知ってるだろ!?」

『でも、このままだと遥ちゃんたちが……っ!』

「ああくそ……分かったよ、どうにかして切り抜ける! ――遥、聞こえてるんだろ!? こっちも手いっぱいだ……後もう少しだけ持たせてくれっ!!」

 無論、その言葉に遥からの返答は返ってこない。

 相手はあの長月八雲だ。いくら遥とて、奴との剣戟の最中に返事をしている余裕なんて無いに違いない。

 それぐらい、戒斗にだって分かる。だから彼は返答が返ってこないのを承知の上で、一方通行で構わないからと叫んでいたのだ。せめてあと少しだけ、ここを切り抜けて部屋に戻るまでの間だけでは……どうやったって、彼女に耐えてもらうしかないのだから。

「それで琴音、敵はソイツらだけなんだな!?」

『う、うん。遥ちゃんたちが戦ってるのはその二人だけ。でも他のところに居る敵は、なんか急に増えてるよっ!?』

「っ、ヘリから降りた連中だな……」

 琴音の戸惑った声を聞いて、すぐに戒斗はピンときていた。

 恐らく他のヘリから乗り移った連中だろう。あの時、機銃掃射が始まる直前に戒斗が見た機影は一機じゃなかった。複数のヘリコプターらしき機影を、一瞬だが戒斗は確かに見ていたのだ。

 このプリンセス・オブ・アズール号の甲板にはヘリポートがある。きっとそこに降りたヘリから乗り込んできたに違いない。

「奴らが言ってた、本隊ってのはこのことだったのか……!」

 そういえば、警備室に居た連中が言っていた。もうじき本隊が来てくれる、と。

 あの時は気にも留めていなかったが、きっと奴らの言っていた本隊というのが……琴音の言うように、急に増えた連中なのだろう。

 八雲が現れて、直後にそんな追加の傭兵たちが現れた。

 ということは――――八雲も一緒にヘリで乗り込んできた、と考えられる。

 更に考えるなら、恐らく敵の傭兵たち……もっと言えば、その雇い主たる反西園寺派の連中はミディエイターと何らかの関わりがあるのだろう。今の状況を考えれば、そうとしか思えない。

 八雲たちミディエイターが、連中とどういう繋がりがあるのか。それは分からないが……少なくとも、今やるべきことは分かった。

 ――――今は、一秒でも早く香華たちの元に戻らなければ!

「とにかくヤバい状況なんだ、とっとと救援に――ああくそっ、無線機がイカれやがった!」

 今の今までマイクに向かって叫んでいた野上が、舌を打ちながらマイクを投げ捨てる。

 どうやら機銃掃射のせいで無線機が壊れたらしい。マイクに何を叫んだところでもう無駄だ。

「ああくそ……どうするよ、このクソッタレな状況でよ!?」

 続けてそう問うてくる野上の近くに、戒斗はずりずりと床を這い寄りながら。

「切り抜けるっきゃねえだろ! あのヘリを叩き落とす……今はそれしか道はない!」

 と、同じようにコンソールへもたれ掛かりながら返す。

「叩き落とすって……ヘリコプターをか!? てめえ正気かっ!?」

「安心しな、手はないわけじゃねえんだ……!」

 言いながら、戒斗はMCXのマガジンを抜いて残弾確認。まだ十分に弾が入っているのを確かめてから、マガジンを銃に戻す。

「メインローターの付け根、そこを狙う!」

「狙う、って……無茶だろ、いくらなんでも!」

「なあに、丁度おあつらえ向きに窓ガラスは全部砕けてやがる。弾道計算は楽な方だ」

「だが……ああいう部品って頑丈に出来てるんだろ? ライフル程度でどうにかなるわけねえよ!?」

「頑丈なのは違いねえが、撃たれることなんざ想定してるわけがねえ。そこがポイントだ。ヘリコプターってのは存外脆い乗り物でな……メインでもテールでも、ローターに不調があればすぐにバランスを崩して落ちちまうのさ。原理的には飛行機よりよっぽど不安定なんだ」

「……言うは易く、行うは難しって言葉もある。口で言えば簡単なんだろうが、実際できるかは別だろ?」

「ハッ、あんまり俺を見くびってくれるなよ? 対戦車ミサイルを撃ち落とすのに比べりゃ、ホバリング中のヘリぐらいどうってことねえよ」

 言って、戒斗はチラリと傍らの野上を見る。

「だが、この機銃掃射の中じゃ無理だ。どうしても狙いをつける間の、ほんの少しの時間が要る……」

「……ああくそ、分かったよ。つまり俺がてめえの囮を買って出ればいい、そういうことだよな!?」

 戒斗の言わんとしていることを悟った野上が、言いづらそうな彼の言葉を遮ってそう言う。

 ――――そう、ほんの少しだけ時間が必要なのだ。

 求めるのは、コンマ数秒。その間だけでも機銃掃射を続けるヘリのドアガンナーの注意が戒斗から逸れれば、彼ならその間にメインローターの付け根に向かって弾丸を叩き込める。

 ……が、それにはどうしても囮役が必要だ。

 敵の注意を自分に引き付ける、危険な役回り。それをまさか彼にやってくれとは言いにくくて、戒斗は言葉を濁していたのだ。

「……悪いな、かなりの危険を強いることになる」

「何もしなけりゃ、どのみちここでハチの巣になるのが関の山よ。ならいっそ賭けに出る方が俺好みだぜ……ったく、そうとなったら覚悟決めたぜっ! 俺がどうにか奴の注意を引いてやる、その間に上手くやってみせろよ!?」

「ああ、任せろ」

「よおし、それじゃあ度胸一発――――やってみるかぁっ!」

 野上は言うと、パンパンっと自分の頬を軽く叩いてから……隠れていたコンソールの陰から飛び出した。

 バッと飛び出した野上は、全力疾走しながらベクターを窓の外に向かって撃ちまくる。

 無論、当てようなんて考えていない。全ては敵の注意を引くためだ。

 すると――案の定、ヘリのドアガンナーは彼に反応。走り抜ける野上に向かって、ミニガンの向きを合わせる。

 バァァァァッとけたたましい音を立てるミニガンから放たれた火線、弾丸の豪雨がじりじりと背後から彼に迫っていく。

「今だ――――やっちまえ、野良犬っ!!」

 すぐ後ろに死が迫る中、野上は力いっぱい叫んだ。

 それに呼応し、バッと戒斗はコンソールの裏から躍り出て――――。

「さあ、イチかバチかの勝負だ……!」

 滞空するヘリコプターに向かって、構えたライフルを発砲した。

 狙い定めたMCXの銃口から、続けざまに300ブラックアウトの弾丸が放たれる。

 サイレンサーで押さえつけられた銃声は、轟くミニガンの爆音に遮られて。ほとんど音もなく飛翔した弾丸は――ヘリのメインローター、その付け根の回転部分を正確に撃ち貫いた。

 バキィンッと甲高い金属音が雨降る夜の海に響き、そして次の瞬間……今まで安定したヘリコプターが、途端にバランスを崩す。

 ゆらゆらとヘリは不安定に激しく揺れて、今までミニガンを撃っていたドアガンナーは思わず海に落下してしまう。

 やがて、付け根が破壊されたメインローターは……バラバラに分離して砕け散り。巨大なローターブレードがあちこちに吹っ飛び飛散する中、完全に制御を失ったヘリコプターは激しく回転しながら――叩きつけられるように、海に落ちていった。

「よし……!」

 船のすぐ傍で、巨大な水柱がばしゃんと上がる。

 たかがアサルトライフル一本で、見事にヘリコプターを撃墜してみせた。

 上がる水柱を見て確かな手ごたえを感じた戒斗は、小さくガッツポーズをしつつ……ハッと我に返ると、ブリッジの中を見渡して野上の姿を探す。

 果たして、彼は無事なのだろうか。

 案じる戒斗だったが、しかしその心配はすぐに杞憂と分かった。

「ヒューッ……本当にやりやがった、マジにやりやがったぜこの野郎……」

 窓際に立って、巻き上がる水柱を見つめながら呆然とする野上。

 そんな彼の後ろ姿を、戒斗はすぐに視界に捉えていた。

 とりあえず、彼は無事らしい。

「……あんたらも、大丈夫みたいだな」

 ホッと胸を撫で下ろしつつ、戒斗は床に伏せていた船員たちに手を差し伸べる。

 見たところ、誰一人として死んでいる者は居ないようだ。あれだけの機銃掃射を受けて、誰も死んでいないというのは……本当に奇跡に等しい。

 が、奇跡だろうが何だろうが、それが一番だ。

「とりあえず、船を元の航路に戻しておいてくれ。後は救難信号も発信し続けるんだ。そうしたら、その内に助けが来てくれる……だよな、犬っころ?」

「誰が犬っころだ! ……ああ、そのはずだぜ」

 チラリと横目に見て問う戒斗に、野上はそう頷き返す。

「とりあえず連絡はついた、手筈通りにSSTが乗り込んでくれるはずだ。尤も……まだまだ先の話だろうけどよ」

「何にせよ、ブリッジは取り戻したんだ。さっさと戻るとしようぜ、どうも香華たちが襲われてるらしい」

「……おい、今なんつった?」

「説明は後だ、とにかく戻ろうぜ――琴音、今の状況は?」

『マズいよ、遥ちゃんが押されてる……急いで、お兄ちゃんっ!』

「だろうな……俺たちもすぐに戻る、遥ももう少しだけ耐えてくれ!」

「畜生……センパイが危ないんだろ!? ここから先は野良犬……てめえに任せてやるよ!」

「おうよ、ついてきな犬っころ!」

 頷き合い、戒斗は野上と一緒に急いでブリッジを後にする。

 そうして元来た道を全力疾走で戻りながら、ふとインカムに聞こえてきたのは。

『でも、八雲さんじゃないもう一人の方……どこかで、見たことあるような……』

 という琴音の、ポツリと呟いた独り言だった。

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