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黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-02『宿命の二人‐Double Executer‐』
64/125

第四章:Princess of Azur/05

 ――――それから、更にもう少し後のこと。

 特に何事もないまま、香華の経営する企業の創業記念パーティーが始まっていた。

 会場は船内にある大きなパーティーホール。形式はよくある立食パーティーだ。

 つい先ごろ、前方にあるステージで香華の挨拶が終わり、今は楽団がクラシック音楽を奏でている真っ最中。一流の奏者たちの奏でる優雅なメロディを背景に、集まった多くの客人たちがワイングラスを片手に歓談を楽しんでいた。

 そんなパーティー真っ最中の大ホールには、立食形式だけあって多くの料理が並べられている。

 自分で好きな分を自由に取り分ける、いわゆるビュッフェ方式だ。どれも船の厨房で超一流の料理人たちが手がけた料理で、見ているだけでも満足してしまいそうなものばかり。更に会場の後ろにはバーカウンターもあるから、取り揃えられた多種多様なアルコール類も楽しめる。

「……本当に、なんだか場違いな気がしてしまいますね」

 そんなパーティー会場の中で、遥が気後(きおく)れした様子で呟く。

「堂々としてりゃいいんだよ、こういうのは変に身構える方が却って浮くってもんだ」

 と、戒斗はそんな彼女に向かって普段のぶっきらぼうな態度で言いながら、フォークを動かして手元の皿に乗った料理を口に運ぶ。

「おお、これも結構イケるな……遥も取ってきたらどうだ? 美味いぞこれ」

「……貴方はむしろ、堂々とし過ぎているような気もしますけれど……」

 戒斗は護衛そっちのけ……というわけではないのだろうが、完全にリラックスした様子で料理を楽しんでいる。

 そんな、ある意味で呑気な彼を見上げながら、遥は小さく肩を揺らしつつ。

「一応、これもお仕事なのですが……忘れて、ないですよね?」

 なんてことを、訊いてみる。

 すると戒斗は「当たり前だろ」と――料理を頬張りながらコクコクと頷いて。

「こう見えて、ちゃあんと気は張ってるんだぜ?」

 と言って、チラリと遠くの方を横目で見た。

 そんな彼の視線の先には――――客人たちと談笑を交わす、香華の姿が。

 ワイングラスを片手に、香華は周りに集まったゲストたちと笑顔で話している最中のようだ。

 が……その笑顔も、きっとただの愛想笑いだ。

 彼女の周りに居るゲストたちは、パッと見ただけでも政治家やら大企業の社長に会長、それに有名な芸能人といった……まあ、言ってしまえば地位のある者ばかり。遠くて会話内容までは聞き取れないが、社交辞令と愛想笑いだけが交わされる、どこまでもビジネスライクな談笑なのは間違いないだろう。

 そんな彼女の姿を――戒斗は常に視界の隅に捉え続けていた。

 こんな風に呑気に料理を楽しんでいる最中も、だ。目立たないように遠巻きに、しかし常に護衛対象からは目を離さない……そんな要人警護の鉄則を、戒斗はちゃんと守っていた。

「……そのようですね、少し安心しました」

「なんだよ、俺がそんな間抜けにでも見えたか?」

「いえ、そうではありませんが……戒斗は意外に少し抜けているところがある、というのは……最近、少しずつ分かってきましたから」

「おいおい……」

「ふふっ、冗談です」

「俺の耳にゃマジに聞こえたんだがな……」

 薄い無表情の上で、悪戯っぽい感じのささやかな笑顔を浮かべる遥。

 そんな傍らの彼女に向かって肩を竦めつつ、戒斗はフォークを動かしながら……改めて、会場の中を見渡してみる。

(今のところ、怪しいヤツは見当たらないが)

 少し離れたところには香華が居て、その周りには彼女と談笑するゲストたちと……一歩引いた位置に執事の高野も控えている。

 それ以外にパーティー会場に居る人間といえば、大勢の客人たちと給仕するウェイターの群れ。後は……主に壁際でさりげなく監視している、特命零課の公安刑事たちぐらいか。

 客人は政治家や芸能人といったテレビで見知った顔も多く、誰も怪しい雰囲気はない。ウェイターたちも同じような感じで、不審な行動を取っている人物は見たところ居ないようだ。

 それ以外の、会場に混ざっている公安刑事たちだが……まあ、こちらは大丈夫だろう。

 ひとつ問題があるとすれば、このパーティーの雰囲気から少し浮いているぐらいか。

 格好は全員が黒いスーツ姿――さっき会った佐藤たちと同じような姿だし、表情や態度はどこかピリピリとした緊張感を隠しきれていない。

 何よりも、時たま袖を口元にやる仕草が目立って仕方なかった。

 スーツの袖に仕込んだマイクを使って、仲間たちと通信でやり取りをしているのだろう。片耳には分かりやすくイヤホンも差しているし、誰が見たってSPやガードマンの類だと一目で分かるような感じだ。

 まあ、バレバレなこと自体は問題ない。

 わざと分かりやすい格好で立っていれば、それ自体が襲撃者に対する抑止力になる。それに他の来客からしてみれば、警備もちゃんとしているのだ……と、安心感を与えることも出来る。

 だが……それにしたって、ピリピリしすぎだ。

 これが彼らにとって大変な重要任務だってことは、戒斗も理解している。なにせ世界規模の影響力を持つ西園寺財閥、その跡取り娘たる香華の護衛だ。遥から聞いた話だと、これは特命零課が始まって以来の大仕事だと智里は言っていたという。ならば彼らがこうも緊張するのも……仕方ない、といえば仕方ない話だ。

 が、肩に力が入りすぎているのはよくない。

 あまりに緊張しすぎて、あまりに肩の力を張りすぎていれば……万が一の事態が起こった時に、パッと動きにくくなるというもの。それに極度のプレッシャーは判断力も鈍らせる。適度な緊張は良いことだが、ここまでピリピリするのは逆効果だ。

 だから……今の戒斗ぐらいの方が、却って丁度いいのだ。

(気ぃ張りすぎて、無茶しなきゃいいがな……)

 フォークに刺した料理を口に運びながら、戒斗が何気なしにそう思っていた時。

『――――いいなあー、お兄ちゃんたちばーっかり。私も行きたかったなー』

 左耳に差したインカムから、琴音の間延びした声が聞こえてきた。

 ちなみに遥も同じものを着けている。インカム自体は小振りなもので、二人とも横髪で耳を隠しているため外からは見えない。零課の連中とは別の周波数での通信だから、話せる相手はサポート役の琴音だけだ。

「あのなあ、一応ここは危険地帯なんだぜ? いつドンパチが始まってもおかしくねえような場所に、お前まで連れて来られるわけないだろ?」

 聞こえてきた琴音の声に向かって、戒斗は小さくした声でさりげなく返答をしてやる。

『むー、それは分かってるんだけどさー。でも豪華客船だよ豪華客船っ、やっぱり一度は乗ってみたいじゃない?』

「そんなに乗りたいんなら、全部片付いた後で香華にお願いしてみたらどうだ? 意外にすんなり乗せてくれるかもだぜ」

『ほうほう……それは良いアイディアっぽい! お兄ちゃん良いこと言うじゃんっ!』

「……おい、冗談だからな?」

『えっへへー、このお仕事終わったら香華ちゃんにお願いしてみよーっと』

「あー……これは、聞こえてませんね……」

「ったく、琴音はこれだから……」

 微妙な表情で呟いた遥と顔を合わせつつ、戒斗はやれやれと肩を竦める。

『――――カイト、今のところ問題なさそうかい?』

 そうした時にインカムから聞こえてくるのは、マリアの声だ。

 それに戒斗は「おう」とまた小声で返すと、

「このまま、なーんにもなく終わってくれるなら、それがベストなんだがな」

『ま、それはそうだね。僕らが給料泥棒になるのが、結末としては一番のハッピーエンドなのは間違いない。だけど――』

 続くマリアの言葉を遮るように「分かってるよ」と戒斗は言って、

「智里の見解じゃあ、ドンパチになる確率は七割なんだろ? 大丈夫だ、気は抜いてねえよ」

 と、インカム越しにそう彼女に言ってやる。

 するとマリアはふふっ……と、どこか安堵した風に小さく笑い。

『なら安心した。カイトに遥ちゃん、今は君たち二人だけが頼りだ。香華ちゃんのこと、しっかり守ってあげるんだよ』

「……ええ、心得ました」

「皆まで言うなよ。それよりマリア、琴音のことは頼んだからな?」

『大丈夫、琴音ちゃんのことなら僕に任せて。それじゃあ二人とも、引き続き彼女のこと、よろしく頼んだよ』

『お兄ちゃん、遥ちゃん、何かあったらすぐ呼んでねっ! 私が全力でサポートするからっ!』

「オーライ、期待はしてねえがな」

『あーっ、お兄ちゃんってばひっどーい!』

「……なんてな、冗談だ。万が一の時は頼んだぜ、琴音」

 最後にフッと笑って、戒斗は通信を切る。

 その後で、傍らに立つ遥をチラリと見下ろしてみれば……彼女もこちらを見上げていて。互いに顔を見合わせると、戒斗はフッと表情を緩めて一言。

「よし、次の料理取りに行こうぜ」

 と言って、空になった皿を片手に新しい料理を取りに行こうと歩いていく。

 遥はそんな彼の後についていきながら、

「本当に、大丈夫なのでしょうか……?」

 なんともいえない微妙な表情で、ポツリと独り言を呟くのだった。





「ケッ、良いご身分だこって」

 そんな中、パーティー会場の壁際にもたれ掛かる彼――零課の公安刑事・野上遼一はチッと不愉快そうに舌を打つ。

 彼の視線の先には、一見すると呑気に立食パーティーを楽しんでいるように見える戒斗の姿が。そんな彼を遠巻きに眺めながら、野上は不機嫌な顔を浮かべていた。

「野上くん、今日の君は少し様子がおかしいように思えます。一体何がそんなに気に入らないんでしょうか」

 そんな彼に、すぐ隣に立つ佐藤が問いかける。

 実際、今日の野上は少し変だった。普段から血の気が多いというか、暴走しがちな側面はあったが……しかし、こんな風にやたらめったらと噛みつくような奴ではなかった。

「そんなもん、あの野良犬に決まってますよ」

 佐藤の問いかけに、野上は尚も不満げな顔で答える。

「そもそもがおかしいんすよ、あんなのをお嬢さんの護衛に付けるなんて……悪人をとっ捕まえるのも殺すのも、全部俺らの仕事なんだ。スイーパーなんて連中、本来なら許しちゃならない存在なんすよ?」

「……まあ、君の言い分は尤もです」

「マジで西園寺のご当主様とやら、一体何考えてるんだ……お嬢さんの護衛なら、俺らだけで十分にこなせますよ」

「君隆氏も、西園寺のご当主である以前に一人の親です。自分の娘を心配に思う気持ち、君にだって分かるでしょう?」

「それはそうっすけど……でも!」

 声を荒げかけた野上の肩に、佐藤はポンッと手を置く。

「野上くん、君の気持ちは僕だって分かっているつもりです。スイーパーの存在そのものは、僕も決して快くは思っていませんからねぇ」

「なら……センパイ!」

 ですが、と佐藤はチラリと野上を横目に見ながら続けて。

「それでも、彼らは必要悪として居て貰った方が都合がいいのです」

「っ……」

「公僕がどれだけ面倒な手続きの上で成り立っている存在かは、君だって骨身に沁みているはず。誰が見ても悪人だと言うような人間を一人捕まえるだけでも、確実な根拠と証拠を揃えた上で、お役所の面倒な手続きを踏む必要がありますからねぇ。それは我々の特命零課だって……他よりは飛び越えられるとしても、根本のところは同じですよ」

「だから……だから、あんな野良犬どもが必要だって。そう言いたいんですか、センパイは」

 不満げな野上の言葉に、はいと佐藤は頷いて肯定する。

「スイーパーはフリーランスの傭兵、法の外側に立っている存在です。誰を相手にどれだけ撃とうが、我々のような役人と同じ手続きは必要ない。僕らが手を出せないような悪党にだって、彼らは立ち向かうことが出来る。それがどれだけ得難い力か……野上くん、それが分からない君じゃないはずです」

「ッ……」

「君の気持ちは分かりますし、本来許すべきでないことも理解しています。ですが……それでも彼らの力が必要なのが現実でしょう。だから割り切れ……と言っても、君はまだ若いですからねぇ。まして正義感の強い野上くんのことですから、理屈で割り切れないのは分かっています。だから実際にその目で見て理解してください。彼らスイーパーの存在意義を、彼らがその存在を許されている理由(わけ)を」

 佐藤の諭すような言葉に、野上は押し黙ったまま返事をしなかった。

 ただ少しうつむいて、唇の端を小さく噛んでいるだけ。そんな彼の心情を理解しているからこそ、佐藤はもうこれ以上何かを言って彼を諭そうとは思わなかった。

「……何より、彼らは我々とは踏んできた場数が違う」

 でも、たった一言だけ。

「もしも何かあった時、最後に西園寺さんを守り抜けるとすれば……それはきっと我々じゃなく、彼らなんでしょうねぇ」

 何気なく感じたことを、誰に向けるでもなく……ただ虚空に向かって、佐藤はひとりごちていた。





『――――時間だ、各員はドレスコードを確認しろ』

 時を同じくして、無線から聞こえるのは無機質な声での短い指示。それに従い、船倉ではいくつもの影が音もなく動き始めていた。

 船倉の一角、乗客たちは立ち入らない乗組員専用のバックヤードに居たその人影たちは、着ていた乗組員の制服を脱ぎ捨てて、一様に黒い戦闘服へと着替えていく。

 皆、船の乗組員になりすまして潜り込んでいたのだ。

 偽装用の制服から戦闘服に着替えた彼らは、次々とヘルメットや防弾ベストといった装具類を身に着ける。すぐに黒い目出しバラクラバも被ってしまったから、彼らの人相は分からなくなった。

 そうして身支度を整えた後で、船の各所に隠していた武器を装備し、点検し、弾を装填して戦闘に備える。

「手筈は?」

「配電盤に仕掛けた爆薬を起爆し、停電を起こす。そこから非常電源に切り替わるまでがおよそ三分半。その間に俺たちがパーティーホールを襲撃し、中に居るターゲット……西園寺香華を確保する作戦だ」

「でも、護衛っぽいのが大勢居るんだろ?」

「警察のSPか、それとも公安か。そんな様子の連中が潜んでいるのは確認されているな」

「マジかよ、じゃあやっぱ戦闘にはなるのか」

「所詮、相手の装備はハンドガン程度が関の山だ。停電で視界を奪っておけば、楽に制圧できるはずだ。……暗視ゴーグルの点検は忘れるんじゃないぞ」

「了解。んで交戦規定は……」

「出来る限り手を出さないのが、俺たちの雇い主のご意向だ。撃っていいのは歯向かってくる連中……それこそ、さっき話した護衛の奴らぐらいだと思っておけ。ホール内に居る客やスタッフ、船の乗組員たちに手出しは無用だ」

「オーケィ、これまた紳士的な感じっすね」

「違いない」

 ガシャッ、とライフルに弾を装填する音が響く。

『アルファチームは予定通りにホールを襲撃、ブラボーチームはブリッジを制圧し船の制御を確保しろ。他のチームは船の各所に分散配置、ターゲットが逃走した際に備える。各員は現時刻を以て作戦行動を開始、スマートにいくぞ』

 各員が耳に着けたインカムや大きなヘッドセットから、作戦開始を告げる無機質な声の指示が聞こえてくる。

 音もなく、静かにひっそりと。誰に悟られることもなく、事態は急展開を迎えようとしていた。

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