第四章:Princess of Azur/01
第四章:Princess of Azur
――――そして、来たるパーティー当日。
自宅マンションの前で待っていた戒斗の目の前に、いつかのように黒いリムジンがやって来ていた。
「おお……」
静かに滑り込んできたのはリムジン仕様のロールスロイス・ファントム。こうして見るのは二回目だが、やっぱりその風格に圧倒されてしまう。
そんなリムジンの運転席から、例によって誰か降りてくる。
が、それは以前の運転手ではなく――――。
「お待たせして申し訳ありません、戦部様」
「あんたは……確かあの時、香華と一緒に居た執事さんか」
戒斗の前に立ち、ペコリと恭しく頭を垂れる初老の男性。白髪交じりの髪とちょび髭で、ビシッとした皺のない燕尾服を着た彼は――あの時、香華と一緒に居た執事だ。
「申し遅れました、わたくし高野進と申します。先日は誠にありがとうございました」
思いもよらぬ彼の登場に驚く戒斗に、その執事――高野進と名乗った彼はペコリ、とまた深く頭を下げる。
「戦部様、そちらのお荷物をお預かりしましょうか?」
「あ、ああ……頼むよ、高野さん」
戒斗が手に持っていた荷物を預けると、高野はそれをリムジンのトランクへ丁重に収める。
「では、お乗りください」
その後で高野は言って、後部座席のドアを丁寧に開けた。
「ごきげんよう、今日はよろしくね」
「……おはようございます、戒斗」
すると、開いたドアの向こうから香華と遥が出迎えてくれる。
「やっぱり俺が最後なんだな」
「ルートの都合上、どうしてもね。……さ、早く乗りなさいな」
香華に手招きされるまま、戒斗はリムジンの中へ。
例によって配置は戒斗と遥、その向かい合わせに香華が座るといった感じだ。
戒斗がシートに座ると、高野がドアを静かに閉めて運転席へ。ちなみに今日は前方の仕切り板が下がっているから、運転席の様子はよく見えていた。
「高野、出してちょうだい」
「かしこまりました。では出発いたします」
振り向いた香華が言うと、高野はリムジンを発進させた。
「……今日は正装、なんですね」
「タキシードってのも悪くねえな、ジェームズ・ボンドみたいでキマってるだろ?」
そうして車が走り出した直後、遥がポツリと呟く。
――――というのも、今の戒斗の格好はタキシードなのだ。
流石にいつものロングコート姿では、国内外のVIPが集まる船上パーティーの場にはあまりにも似つかわしくないということで、今日の戒斗は珍しくビシッとした正装なのだ。
ちなみに、そう言う遥もパーティードレス姿だ。黒と白のゴシック調なドレスが綺麗な銀髪に映えて、よく似合っている。
また対面に座る香華も似たようなもので、こちらは青いパーティードレスを見事に着こなしていた。
「ふふっ、そうね……まるでピアース・ブロスナンみたい」
ニヤリと笑って言った戒斗の冗談に、微笑んでそう返すのは香華だ。
「なんだ、あんたも分かるクチかい?」
それに戒斗が少し驚いた顔で訊き返せば、香華は「ええ」と肯定し。
「007なら、最新作まで全部観てるわよ?」
ニッコリと笑いながら、続けてそう言った。
「へえ、意外だな……あんたみたいなお嬢様がボンドファンとはね」
「そうでもないわよ? 結構居るもの、私の周りには」
「ふぅん……?」
「貴方も知っての通り、私はこういう家柄だからね。子供の頃からしょっちゅう海外を飛び回ってたのよ。飛行機だから移動時間も長くってね……よく映画を見て暇を潰してたの」
「とことん趣味が合うみたいだな、俺とあんたとは」
「ええ、そうみたいね」
ニヤリと笑って言う戒斗に、香華もふふっと微笑んで返す。
「ところで戒斗、貴方はどのボンドが一番好きかしら?」
「俺か? 俺は……やっぱりショーン・コネリーのボンドが一番だな」
「あー、分かるわ。でも私の一番はロジャー・ムーアかしら」
「いいねえ、俺もムーア時代のボンドは大好きだ。……そうだ、遥はどうなんだ?」
「……私、ですか?」
二人で楽しそうに007談義に花を咲かせる最中、急に話を振ってきた戒斗にきょとんとする遥。
遥は突然訊かれて少しうーんと思い悩んだ後、
「私はあまり知らなくて……以前、テレビで流れていたものを少し見た程度ですが」
「っていうと……多分『カジノ・ロワイヤル』かしら」
「あっ、そんな感じのタイトルでした」
「ダニエル・クレイグの初主演か。あれはあれでボンドって感じが凄くて、俺は好きだぜ」
「私もクレイグ時代のボンドはかなり気に入っているわ。……ねえ、開会式の演出って覚えてるかしら? あれは最高だったわね……」
「開会式ってえと、ロンドンオリンピックのか? 確かにありゃ心底痺れたぜ……」
微笑む香華に共感し、うーんと唸る戒斗。
そんな目の前の彼を眺めながら、香華はふと何かを思い立ち。
「……そうだ戒斗、今度ウチ来なさいよ」
と、急にそう彼に言ってみた。
「来いって、前にも行っただろ?」
「仕事じゃなくて、プライベートでよ。趣味でボンドカーをコレクションしてるの、折角だし見に来ない?」
「マジかよ! DB5もあるのか!?」
「当然よ。アストンマーティンは当たり前、歴代のを全部ちゃあんと揃えてるわ。生憎と2000GTはオープンカーじゃないけれどね……」
「ありゃあ元から改造車だからな。……そういえば、撮影で使った本物の2000GTが博物館に保管されてるんだ。前に名古屋で見たことあるぜ」
「私は無いのよね、いつか見てみたいとは思っているけれど」
「常設じゃないからな、運が良ければ見られるんじゃないか?」
「ふふっ、見れたらいいわね。……とにかく、この仕事が落ち着いたら一度来てみなさいよ。なんなら運転してみる?」
「おいおいマジかよ……良いのか!?」
「ウチの庭の中でよければ、ね」
共通の話題で盛り上がり、楽しそうに話に花を咲かせる香華と戒斗。
そんな二人の様子を――特に、隣の戒斗をチラリと横目に見つめながら、独り話題に入れずにいる遥は……。
(二人とも、楽しそうでいいな……)
と、楽しそうに香華と話す戒斗を見ながら――――遥はそう、思っていた。




