第三章:SHADOW DISTANCE/02
それから、数日後のことだった。
「ねえお兄ちゃん、今日は一緒に遊びに行こうよっ!」
昼休み、学園校舎の屋上で昼食を食べている最中、急に琴音がそんなことを言い出した。
「今日、ってお前な……今日はマリアと一緒に智里と……あー、例の公安のお偉いさんと会う予定があるって言ったろ?」
「あれー? そうだっけ?」
「そうだっけ、って……お前の記憶力なら覚えてるに決まってるだろうが。さてはお前わざと言ったな?」
「えへへ、バレた?」
「バレるに決まってんだろうが……お前の完全記憶能力が伊達じゃねえことぐらい、散々思い知ってるってえの」
「んー、だってさー、最近あんまりお兄ちゃんと遊ぶ機会なんて無かったし。もしかしたら予定が変わってるかもなーって、訊いてみただけだったり?」
「そりゃあそうだけどよ、悪いが今日は無理だ、諦めろ琴音」
「えーっ!」
ぶらぶらと軽く手を振って断る戒斗に、琴音はぷくーっと頬を膨らませてどこか不満げな様子。
理解はしているし納得もしているが、それはそれとして不満は不満といった感じだ。
まあ、彼女のこんな反応もさもありなん。いつものように琴音たちと一緒に放課後を遊び歩く機会なんて、最近は本当にめっきり少なくなってしまったのだから。
それこそ、あの日が――街でたまたま香華と出くわした、あの日が久しぶりの機会だったぐらい。それ以降は一度も無いまま、ご無沙汰なままで今日まで過ごしてきた。
ともすれば、猫みたいに気分屋な彼女がこんな不満そうな顔を浮かべるのも、当然といえば当然のことだった。
今日は無理だという理由に納得しているだけに、余計に不満に思えてしまうのだろう。納得したからこそ余計にモヤモヤしてしまうその気持ちは分かる気がする。
……が、無理なものは無理だ。
今まさに戒斗本人が言ったように、今日の放課後はマリアと一緒に智里と――例の公安のお偉いさん、特務零課の室長・桐原智里と会合の予定があるのだ。仕事に直接関わる大事な用件だけに、流石にこちらを優先したい。
だから、戒斗は心の端で申し訳なく思いつつも、すっぱりと琴音の誘いを断っていた。
「――――でしたら、会合には私が行きましょうか?」
と、話はそこでおしまいのはずだった。
だが横から遥がそう、意外なことを提案してきたのだ。
「それは悪い、だったら君が琴音に付き合ってやった方が合理的だ」
戒斗は当然ながらそう返すのだが、しかし遥はいえ、と首を横に振り。
「どのみち、私か貴方のどちらかは琴音さんの護衛に着く必要があります。それに……私はその桐原智里という方と面識はありません。ですから少し興味があるんです。戒斗はその智里という方、ご存知なんですよね?」
「あ、ああ。マリアの昔馴染みだからな。俺も知らない間柄じゃないが」
「でしたら、今日は私が参りましょう。戒斗は折角ですから、琴音さんと一緒に楽しんできてください」
「そ、それは流石に遥ちゃんに悪いよ……言い出しっぺの私が言うのもなんだけどさ」
薄い無表情の上で微かな笑みを浮かべて言った遥に、琴音はなんだか申し訳なさそうに言う。
しかし遥は「いえ、本当にいいんです」と柔な口調で彼女に返し。
「本当に、智里さんという方に興味がありますから。なので琴音さん、今日は戒斗を存分に振り回してあげてください」
「んー……なんかごめんね? 私のわがままで遥ちゃんに気を遣わせちゃって」
「……すまんな、遥」
「いえ、いえ。本当に気にしないでください。むしろ私が便乗したような形ですから」
申し訳なさそうに言う二人に、遥は逆に恐縮したように言って。
「とにかく戒斗、今日は琴音さんのこと、よろしくお願いしますね――――?」
ふふっと薄く笑いかけると、戒斗に向かってそう……まさにこの間の彼の台詞みたいに言うのだった。




