第三章:SHADOW DISTANCE/01
第三章:SHADOW DISTANCE
「ふーん、豪華客船での護衛っスか」
西園寺邸に招かれた、その翌日のこと。
街の片隅にある一誠の修理工場にやって来た戒斗は、そこで彼と例の依頼について話していた。
ちなみに場所はいつもの地下にある隠し部屋……ではなく、一階の事務所スペースだ。そこで背の低いテーブルを挟む形でソファに座り、二人は向かい合って話していた。
「……ホント、前から思ってましたけど映画の主人公みたいッスね、戒斗さん」
「どういう意味だよ、そりゃあ」
「言葉通りッスよ。大金持ちのお嬢様を守って豪華客船でドンパチなんて、まるでスパイ映画みたいじゃないッスか。その前は女の子を守るために、謎の秘密結社と大立ち回り……話だけならマジでハリウッド級ッスよ」
「おいおい、大袈裟すぎるぜ」
「それにマリアさんから聞きましたよぉー? なんでも戒斗さん、対戦車ミサイルを空中で撃ち落としたらしいじゃないッスか。相変わらず滅茶苦茶な人っスねえホントに……」
「マリアの奴め、余計なことを吹き込みやがって……」
「とにかく、今回もド派手にドンパチになるんじゃないッスか」
「別に、必ずしも戦闘になるってわけじゃない」
「でも確率的にはかなり高いんスよね?」
一誠に言われて、戒斗は「……まあ、な」と頷く。
「だったら武器の備えもちゃんとしないとッスね。というかその為に来たんスよね?」
「お前の意見も聞いておきたくてな。用意できる武器と弾にも限りがあるだろ?」
「まー、そうッスねえ。状況的には船内でのドンパチですよね?」
「なるとしたら確実に、な」
肯定する戒斗の前でうーん、と一誠は少しだけ思案し。
「だったら、300ブラックアウト弾のライフルが最適ッスね」
そう言って、とりあえずの答えを出す。
「船の中ですし、射程は短くても構わないんスよね?」
「そうだな。どう足掻いたって近接戦になる」
「だったら、5.56ミリよりもパンチのある300ブラックアウト弾が一番と考えるッス。7.62ミリのAKでも良いとは思いますけど……どうせ使うならAR‐15系の方が扱いやすいですもんね」
「用意できるか?」
確認する戒斗に「もちろんッスよ」と一誠は即答する。
「とりあえず今すぐお出しできるのはSIGのMCXッスね。他にご要望があるなら……限界はあるッスけど、可能な限りは当日までにどうにか用意してみせますよ」
「いや、MCXでいい。サイレンサー内蔵型の短いので頼む。アタッチメントの選択はお前に任せた」
「おっけーッスよ」
「後は……遥も使うって考えたら、他にもいくつか必要だな……」
「んえ、遥ちゃんも一緒に行くんスか?」
きょとんとした一誠に、戒斗はああと短く肯定を返す。
「直接の護衛は俺と遥の二人でやる。琴音は残って遠隔でサポートだ。アイツのお守はマリアに任せておけばいいしな」
続く言葉に、一誠は「へえーえ……」と興味深そうに相槌を打つ。
すると、一誠は彼の顔をじっと見ながら一言。
「で、戒斗さん的には遥ちゃんと琴音ちゃん、どっちが好みなんスか?」
なんて――――突拍子もないにも程がある台詞を、ニヤニヤしながら投げかけてきた。
「………………はぁ?」
当然、対する戒斗の反応といえばこんな感じ。完全に呆れ返ったような声と表情だ。
「お前な……急に何言い出すかと思えば」
「またまたぁー、とぼけちゃってぇー。あんな超可愛い美少女二人と常に一緒なんスよぉー? 戒斗さんだってぇー、色々と思うところがあるんじゃないッスかぁー?」
あんぐりと口を開けて呆れ返る戒斗に、一誠はニタニタと笑いながら詰め寄ってくる。
テーブルから身を乗り出して、ぐいぐいと顔を近づけてくる一誠。
戒斗はうっとうしいにも程がある一誠の顔をぐいっと押し退けつつ、参ったように大きな溜息をつく。
「あのなあ……琴音は俺の幼馴染で護衛対象、遥は純粋に仲間ってだけだ。お前は一体何をどう勘違いしたらそうなるんだよ?」
全力で呆れながら、諭すように言った戒斗。
しかし一誠といえば、そんな彼の台詞もどこ吹く風。まだニヤニヤと笑いながら戒斗の顔を眺めている。
「んー、俺の見立てだと遥ちゃんッスかねー」
しかも眺めるだけに留まらず、そんな憶測まで口にし始めた。
「そりゃあ一誠、お前の好みだろうがよ」
戒斗がジトーっとした目で見ながらそう返すと、
「それもあるッスけど、そうじゃないッスよ」
と、腕組みをした一誠はうんうんと一人で頷きながらそう答える。
「……一応、根拠だけは聞いておいてやるよ」
「んー、根拠は色々とあるんスけど……一番は、遥ちゃんが雪乃さんにどことなく似てる感じがするからッスかねー」
「……遥が、姉ちゃんに?」
彼の言う雪乃さんというのは、他でもない戒斗の実姉――今は行方知れずになっている戦部雪乃のことだ。
しかし、記憶にある雪乃のイメージと遥とでは全く合致しない。
「冗談抜かせ、一ミリたりとも似てねえよ」
だから戒斗は、フッと鼻で笑いながらそう言った。
しかし一誠は「いやいや、そんなことないッスよ」と手をぶんぶんと横に振り。
「見た目はよく似てるッスよー。おんなじ銀髪だし、目の色も真っ赤だし。まあ雪乃さんはもうちょい長い、腰ぐらいのロングヘアでしたけど」
「そんだけかよ?」
「まあまあ、話は最後まで聞いてくださいッスよ」
「ったく……いいぜ、聞かせろよ」
呆れながらソファに深くもたれ掛かる戒斗に、一誠は「はいッス」と頷いて、その根拠とやらを説明し始めた。
「今言った通り、外見もまあまあ似てるのは間違いないッス。でもそれよりも何よりも……遥ちゃん、あれでいて意外と面倒見いいタイプですからねえ。そこが雪乃さんと似てるって思った、一番のポイントですかねー」
「……そうか? 俺にはそうは見えねえんだが」
ふふーんと胸を張って言う一誠に、戒斗はきょとんとした顔で言う。
……実際、遥にそんなイメージはない。
戒斗の思い浮かべる遥のイメージといえば、いつも物静かで無表情で……なんというか、掴みどころのない感じ。でも感情希薄だとかそういうわけじゃなくて、よく見ると無表情の中にちゃんと感情の起伏が読み取れる、そんな少女といったイメージだ。
喩えるなら、月のような少女といったところか。
だから、一誠が言うように……彼女が面倒見のいいタイプ、それこそ姉の雪乃みたいなタイプとは、とても思えなかったのだ。
確かに以前、自分よりひとつ年上だと知った時……遥は頼っていい、とは言ってくれた。
だが、それとこれとは別だ。少なくとも戒斗には、彼女に対してそんな……それこそ姉のように面倒見がいい、というイメージは抱いていなかった。
「ま、まあ雪乃さんは面倒見がいいっつーより、どっちかってえと過保護っていうか……言っちゃ悪いっすけど強烈なブラコンでしたから、遥ちゃんとイメージ重ねにくいのは認めるッスけど……」
一誠はすごく微妙な表情でそう付け加えた後、少しの間を置いてから戒斗に続けてこう言った。
「でも、俺には分かるッスよ。遥ちゃんはああ見えてかなり面倒見がいいタイプッス。この俺が言うんだから間違いないッスよ」
「おいおい……お前のその自信はどっから出てくるんだよ」
「とにかく、俺の見立て通りなら戒斗さんの好みは遥ちゃんで間違いないッス」
「一誠、お前なあ……」
と、戒斗がまた本日何度目かという全力の呆れ顔を浮かべたとき。事務所のドアをコンコン、と誰かがノックした。
一誠が「入っていいッスよー」と言うと、ガチャッとドアを開けて入ってきたのは……ツナギ姿のメカニックだ。
「すんません社長、お話し中に。……戒斗さんもどーもです」
顔を出したメカニックの彼――この修理工場の社員な彼はそう言うと、恐縮した風にぺこりと二人に会釈をする。
それに一誠は「あー、気にしなくていいッスよ」と気さくに返した後、
「で、どうしたんスか?」
続けてそう、顔を出してきた彼に問う。
「あー、こっちの作業がひと段落したんでその報告です。最終チェックは社長にお願いした方がいいと思って」
「ん、朝に入庫したS2000のことッスか?」
「いえ、そっちじゃなくて車検整備の方です」
「あーそっちッスか。おっけーおっけー、すぐに行くからチョイ待ってて頂戴ッスよー」
一誠が手を振りながら言うと、メカニックの彼はまたぺこりと会釈をして去っていく。
これでいて、一誠はこの修理工場の社長なのだ。
裏のガンスミスの方は当然として、表の自動車修理工場も割と繁盛しているらしい。普通の点検整備は当然として、改造車のチューナーとしても……特に足回りのセッティングに定評があるそうだ。
普段のお気楽な一誠を見ているとなんとも想像しづらいが、これでも彼だっていっぱしの経営者なのだ。
――――閑話休題。
「あーすんません戒斗さん、俺行かないと」
「いいぜ、気にすんな。大体の方向性は固まったからな、後は電話でゆっくり相談すりゃいい」
申し訳なさそうに言う一誠に返して、戒斗はソファから立ち上がる。
「んじゃあ、当日までにキッチリ用意しといてくれよ」
最後にそう言ってから、戒斗はドアの方に歩いていく。
「おっけーッス、後でまた電話するッスよー」
背中越しに聞こえてくる、そんな一誠に見送られて……戒斗は事務所を去っていくのだった。
(遥が姉ちゃんと似てる……か。そうは思えねえがな、俺には)
さっきの彼との会話を――――ふと、何気なく思い出しながら。




