第二章:深窓の令嬢/05
「さ、どうぞ」
部屋のソファに腰掛けた四人の前に、香華が紅茶のティーカップをコトンと置く。
流石は名家のお嬢様だけあって、中々に本格的なものだ。部屋に備え付けてあったティーセットで手ずから淹れていた辺り、趣味なのだろうか。
まず先にお湯でカップやポットを温めてから、しっかり蒸らした紅茶をポットからティーカップへ丁寧に注ぐ。
お嬢様らしく気品のある所作で、手慣れた様子で注いだ紅茶のティーカップが今、こうして戒斗たちの前、テーブルの上にコトンと置かれていた。
「紅茶だけでごめんなさいね。生憎とコーヒーは好みじゃないものだから」
と言って、香華も自分のカップを持ってソファに座る。
配置的には戒斗と遥に琴音が座り、テーブルを挟んだ対面に西園寺の親子とマリアが一緒に座るといった形だ。
「おや、じゃあカイトと一緒だね」
と、ソファに腰掛けた香華にマリアが言う。
そうすれば香華は「そうなの?」と意外そうな顔をするから、戒斗は小さく頷き返してやった。
「意外だわ。貴方みたいな稼業の人って、なんだかコーヒーばっかり飲んでるイメージだったから」
「イメージと実際とは、案外違うもんだぜ?」
言って、戒斗は出されたカップを手に取ると。
「……アンティークか」
その上品なティーカップを見ながら、ポツリと呟く。
「あら、分かるのね?」
「多少はな。そこまで詳しいわけじゃないが」
「ふふっ、なんだか嬉しいわね……同じ趣味の方と出会えるなんて」
「同感だ」
嬉しそうに微笑む香華に小さく笑い返しながら、戒斗はカップに口をつけて、まず少しだけ口に含む。
じっくり味わった後、喉を潤した戒斗はふむ、と唸る。
「これはセイロンティー……じゃないな。もしかして国産か?」
「ふふっ、正解よ。意外かもしれないけれど、日本産もすごく美味しいの。私は好きでよく淹れてるわ」
「そうか……なるほどな」
「でも貴方、よく分かったわね?」
「そこまで凝ってるわけじゃないからな、半分は山勘だ」
「嬉しいわ、そこまで見抜く人って中々居ないから。違いが分かるのね、貴方って」
「君のチョイスの素晴らしさがあってこそ、だ」
「ふふっ……なんだか私たち、気が合いそうね」
よっぽど嬉しかったのか、香華はまた微笑みを浮かべる。
それに戒斗もフッと小さく表情を緩ませながら、またカップに口をつけた。
――――それにしても、本当に美しい少女だ。
ティーカップ片手に微笑む香華を見ながら、戒斗は改めてそう認識する。
こうしてじっくり見るのは初めてだが、本当に可憐という言葉がぴったりな少女だ。
背丈は173センチと、戒斗より2センチほど低いだけの高身長。スラリと長いおみ足に、起伏に富んだモデル体型。腰まで伸びたストレートロングの髪は金糸のように透き通っていて、魅惑の瞳は宝石のようなエメラルドブルー……。
その美しさときたら、美少女そのものな琴音や遥にだって負けていない。
まさに絶世の美女と呼ぶべきな美貌と、それに相応しいだけの気品を兼ね備えた……まさに絵にかいたような名家の美少女、深窓の令嬢――――。
それが、今まさに戒斗たちの前で紅茶を愉しんでいる彼女、西園寺香華という少女なのだ。
「わー、ホントに美味しいね」
「……ええ、とても味わい深いです」
「へえ、なるほど……ちょっと参考にさせて貰おうかな。お店でも紅茶は出してるからね」
と、戒斗が何気なく思っている傍らで、琴音と遥にマリアも紅茶の美味しさに舌鼓を打つ。
そんな皆の反応に表情を綻ばせながら――同じようにティーカップを持っていた君隆は「そうだ」と何かを思い出すと。
「マリア、これ覚えてるかい?」
カップを置いて、懐から取り出した写真をスッと隣のマリアに見せてきた。
「これは……ああ、確か香華ちゃんのお誕生日の時だったっけ?」
「そうそう、懐かしいだろう。折角こうして16年振りに会うんだからと思ってね、用意しておいたんだ」
どうやらそれは、香華の記念写真らしい。
昔を懐かしむ親友二人と、その横で「ちょ、ちょっと……」とどこか照れくさそうな顔の香華。
そんな三人の反応で興味を持ったのか、琴音が「へー! 私たちにも見せてくださいよっ」と言う。
こういう素直な行動力に溢れたところは、やっぱり琴音だ。
「ああ、いいとも」
そんな琴音に笑いかけながら、君隆がスッと写真を見せてくれる。
「わーっ! 香華ちゃんかーわいいーっ!」
「……ふふっ、本当ですね」
「でも雰囲気は今とそんなに変わらねえな」
「うぅ、なんだか恥ずかしいわね……」
テーブルの上に置かれた写真を、三人一緒に見てみると。そこに写っていたのは幼い香華と――――そして、成宮マリアだ。
二人の話を聞く限り、どうやらお誕生日会でのツーショット写真らしい。
綺麗なドレスに身を包んだ5歳の香華はまだまだ幼く、どこか緊張した面持ちで写っている。
その横で、マリアが目線を揃えるようにしゃがみこんで写っているのだが……しかし、おかしな点がひとつ。
「……っていうか、マリアさん今と全く変わんないね」
感じる違和感の正体は、まさに琴音が呟いた通り。
――――マリアの外見が、今と全く変わっていないのだ。
雑な一本結びに結った金髪や、トレードマークなよれよれの白衣。ニヒルな笑みを浮かべる顔つきも、何もかもが……今こうして目の前に居る彼女と、写真の中の彼女は全く違わないのだ。
「えっと、この写真って16年前に撮ったものですよね……?」
普通に考えて、おかしな話だ。
だから遥が戸惑いながら問うてみると、君隆は「ああ」と頷いて肯定する。
「マリアは本当に変わらないからね。出会った時からずっと同じ見た目なんだ」
「そう言う君隆くんは、昔よりも随分と老けちゃったね?」
「おいおい……ま、事実なんだがなあ」
「うへー……マリアさんって一体おいくつなんですかぁ……?」
「琴音ちゃん、レディに歳は訊くものじゃないよ?」
「レディって歳でもねえだろうが、あんたは」
唖然とする琴音にニヤリとして言うマリアに、戒斗はティーカップ片手に皮肉で返す。
「おやおや、手厳しいねカイトは」
「……ま、二人とも聞かねえ方がいいと思うぜ。一応言っておくと、俺が拾われた時から外見は一切変わってねえ」
「嘘ぉ……」
「なんと……本当なんですか、戒斗?」
「遥、嘘みたいなホントの話って奴だ。第一、これが嘘ついてる顔に見えるか?」
「割と見えるね?」
「マリアは余計なこと言うんじゃねえっ!」
ふふん、と笑って皮肉を返してくるマリアに、怒鳴り返す戒斗。
そんな彼らのやり取りを苦笑いしながら眺めていた香華は、こほんと小さく咳払いをすると。
「ま、積もる話はあるでしょうけれど……それは後の楽しみに取っておいて、そろそろ仕事の話に入りましょうか」
と言って、手にしていたティーカップをコトン、とソーサーの上に置いた。




