第二章:深窓の令嬢/04
「――――改めて、私は当主の西園寺君隆だ。今回は世話になるよ」
「マリアから色々と聞いちゃいると思うが、戦部戒斗だ」
「会えて光栄だよ、よろしく頼む」
「こちらこそ」
応接用のソファに腰掛けて、使用人が四人にそれぞれお茶を出した後――対面に座る君隆と、戒斗は握手を交わしていた。
「それで、そちらのお嬢さんたちは……?」
と、戒斗と握手を交わした後で君隆が二人を――遥と琴音を見ながら首を傾げる。
それに戒斗は「あー……助手みたいなもんだ」と答えると、二人に名乗るよう視線で合図をする。
「……長月遥、と申します。宗賀衆は上忍、忍名は『雪華』……以後、お見知りおきを」
「えーっと、私は折鶴琴音っていいますっ。二人みたいに実際戦うわけじゃないんですけど、まあサポート役? みたいな感じで……えっと、その、よろしくお願いしますっ!」
すると遥はいつも通りの薄い無表情で、琴音はどこか緊張した様子でしどろもどろになりながら、二人とも君隆に名乗った。
「ああ、そういえばマリアが言っていたね……うん、二人ともよろしく頼むよ」
そんな少女二人に、君隆は薄く微笑んで返す。
「さあさあ、形式ばったことはこの辺にして。君隆くん、早速だけど仕事の話に入ろうか」
としたタイミングで、そう言ってマリアは話を本題に移した。
それに君隆はうむ、と頷くと。
「今回、戒斗くんたちにお願いする仕事について……概要はマリアを通して既に伝わっていると思う。だからその辺りの説明は抜きにして、詳細から話すとしよう」
そう言って、今回の仕事についての――彼の愛娘・西園寺香華の護衛依頼についての話を始めた。
「……切っ掛けは、一ヶ月ほど前だった。私の元に届いた脅迫、それが全ての始まりだった」
深刻な表情で話す君隆の言葉に、戒斗たちは黙って耳を傾ける。
「内容は、私及び西園寺の血族全てのグループからの退陣要求だ。これが受け入れられない場合、私の娘に……香華に危害が及ぶことになる、と」
「だが、あんたはそれを跳ね除けたんだろ?」
戒斗の言葉に、君隆はああと頷く。
「当然だ、そんな要求を受け入れられるはずもない。私は西園寺財閥を預かる当主として、脅しに屈することは出来なかった」
「……結局、その後はどうなったんだ?」
「香華が狙われたよ、予告通りにね」
「ま、だろうな」
「要求が届いてから数日経った後だ、香華が何者かに襲われたのは。その時はロサンゼルスに居たから、ウチの警備部門のガードマンと……現地で雇った腕利きのスイーパーがどうにか守り抜いたがね」
「……で、その後も終わらなかったと」
先読みして言った戒斗に、君隆はコクリと頷いて肯定する。
「香華がアメリカに居る間、五度の襲撃を退けた。すると向こうは遂に痺れを切らしたのか……最終勧告とも取れる、次の脅迫を私に送りつけてきたんだ。
期日までに要求が受け入れられない場合、香華の身柄を貰い受けるという脅迫だ。ちょうど、その期日というのが――――」
「例の、船上パーティーの当日だってことか」
うむ、と君隆は深刻な顔で答えた。
「……で、肝心の犯人の目星は付いているのかい?」
と、そんな彼にマリアが問う。
すると君隆は「ある程度はね」と肯定して、
「首謀者は、恐らく身内……グループ内の、いわば反西園寺派の何者かといったところか」
「ふぅん、なるほどね。西園寺財閥ほどの巨大な組織なら、やっぱり一枚岩ってわけにはいかないか」
「恥ずかしながら、マリアの言う通りだ」
「で、具体的に誰が犯人かまでは分かっていないんだね?」
「残念ながら、ね。彼らが仕掛けたという明確な証拠もない。ただ要求が要求だけに、私にはそれしか思い当たる節がない。つまり……私の推測の域を出ていない、とも言えてしまうね」
ははは、と自嘲気味に笑いながら、君隆は言う。
そんな彼の顔を見ながら――しかし間違いないだろう、とマリアは確信していた。
君隆の言うように、要求の内容――西園寺家のグループからの退陣要求という点を考えれば、何もかもが腑に落ちる。
「一応訊いておくが、パーティーに参加しない選択肢は?」
マリアがそう思う傍ら、戒斗が問う。
しかし君隆は「無理だね」と首を横に振り、
「香華は既にグループの三分の一の経営権を持っている。件のパーティーは……娘が経営する社の創業記念パーティーなんだ。だから脅しに屈して、自分が逃げたら示しが付かない……と、あの娘の意志は固くってね」
「なるほどな……」
「頑固なところも君そっくりだね」
頷く戒斗の傍らで言うマリアに、君隆は肩を竦めて返す。
「だから、君に娘を守ってほしい」
お安い御用だ、と戒斗は答える。
そんな彼にありがとうと礼を言いつつ、君隆は「ああ、そうだ――」と何かを思い出したように呟いた後で、今度はマリアの方に視線を向けて。
「一応、この件に関して既に公安が動いている。パーティーにも同行するそうだ」
と、彼女に向かって言った。
「公安……意外だね、あそこが自分の手駒を動かすなんて」
「特命零課、桐原智里の命令で動いている……と言えば、マリアにも納得してもらえると思うよ」
「……ああ、智里の差し金か」
その名を聞いて、納得したマリアはコクコクと頷く。
すると彼女はよっこいしょ、とソファから立ち上がると。
「オーライ、君の事情はよく分かった。このまま思い出話に花を咲かせたいところだけれど……まずは護衛対象との面通しが先だ。君との昔話は後にして、まずはお姫様に会わせてもらえるかな?」
ソファに座る君隆を見下ろしながら、ニヤリとして言う。
すると彼女を見上げる君隆はフッと小さく笑って。
「ああ、分かったよ。香華もお待ちかねだ、すぐに案内するよ」
と言うと、自分もゆっくりと席を立った。
「この部屋だ。――――香華、お客様だ」
屋敷の二階の一角にある部屋、そのドアをコンコンと君隆がノックする。
『お父様? ……ええ、入って大丈夫よ』
すると、ドアの向こうから少女の声が聞こえてくる。
君隆はそれに「入るよ」と断ってから、ガチャッとドアを開けて戒斗たちを招き入れた。
その部屋の中は――さっきまで居た、君隆の執務室と似たような雰囲気だった。
違う点といえば、執務室より二回りほど広いことと、端の方に天蓋付きのベッドがあること。恐らく彼女の私室なのだろう、ここは。
その部屋の窓際に、一人の少女が立っていた。
綺麗な長い金髪を揺らす、長身の少女だ。
パッと後ろ姿を見ただけでも、相当な美人と一目で分かる。戒斗とほとんど変わらない背丈に、腰まで伸びた髪は透き通った金色。出で立ちは黒いブラウスの上からブラウンのジャケット、下は赤黒チェックのプリーツスカートに黒のニーハイといった……まあ、ラフな私服の格好だ。
窓際に立ち、こちらに背を向けているのは――そんな少女だった。
なんとなくデジャヴを感じる光景だった。そういえば君隆もこんな風に、窓際に立って四人を待っていたはず。待ち方も同じな辺り、やっぱり親子ということなのだろうか。
(……あれ? この娘どっかで見たような)
そんな少女の後ろ姿に、琴音はどうしてか既視感を覚えていた。
彼女だけじゃない、戒斗や遥もだ。初対面のはずなのに、どこかで会ったことがあるような……そんな既視感を、三人は少女の背中に覚えていた。
どうして、こんな風に感じるのだろうか。
その理由が分かるのは、今から――――ほんの数秒後のことで。
「ごきげんよう、私が――――」
と、こちらに振り向いた彼女は、戒斗たちの顔を一目見た瞬間……紡ぎかけていた名乗りの台詞を、驚きのあまり途中で止めてしまう。
だが驚いたのは、戒斗たちも同じこと。
だって、振り向いた彼女は――――あの時、道端で助けた少女だったのだから。
「あっ、貴方たちは……あの時のっ!?」
「えーっ!? ちょっ、この人ってもしかして……っ!?」
「これは……凄い、偶然ですね」
「……マジかよ、あんときのお嬢さんだったのか」
香華が大声で驚いている中、琴音は同じような感じに、遥はいつもの薄い無表情の上に微かな驚愕の色を滲ませて、そして戒斗はあんぐりと口を開けて……彼女と同じように、驚いていた。
「ふむ、香華の知り合いだったのかね?」
そんな風に驚いた様子の皆を見て、君隆が問う。
すると香華は「……え、ええ」と戸惑いながら肯定して。
「ほら、前にお父様にも話したでしょ? 街で助けてくれた、親切な人が居たって……彼がその人なのよ」
「……! そうだったのか」
「ふぅん、話の流れから察するに……前に琴音ちゃんが話していた件だね?」
君隆がハッとする中、マリアが琴音に向かって言う。
それに琴音は「そ、そうなんですよーっ!」と大きく首を縦に振る。
「わー、ほんとにびっくりしちゃった……あの時の女の子が、まさかお兄ちゃんのお仕事の相手なんて」
「……お兄ちゃん?」
琴音がいつもの調子で戒斗のことをお兄ちゃん、なんて呼ぶものだから、香華が怪訝な顔をして彼を見る。
その視線に気づいた戒斗は「変な勘違いするなよ」と肩を竦めて言い。
「コイツは俺の幼馴染で……色々と複雑なんだが、助手みたいなもんだと思っててくれ」
と、手短に説明した。
それに香華は「あら、そうだったの」と納得した様子で頷き、今度は遥の方にも視線を向ける。
「ということは……もしかして、こちらの可愛らしい銀髪の方も?」
「……ええ、私も助手のようなものです」
訊かれて、遥はコクリと頷き返す。
それに香華は「そうなのね」とまた改めて四人の顔を見渡すと、コホンと小さな咳払いをしてから……改めて、自己紹介をしてくれた。
「ごめんなさい、名乗るならまず私の方からよね。
――――私は西園寺香華、ご存知の通りの身の上だわ。先日はどうもありがとう、パーティーでもよろしく頼むわね」
改まった調子で名乗りつつ、歩み寄ってきた香華がスッと握手を求めてくる。
「こちらこそ、戦部戒斗だ」
「えっと、折鶴琴音ですっ。その、よろしくお願いしまーすっ!」
「……宗賀衆は上忍、長月遥と申します。忍名は『雪華』、以後……お見知りおきを」
彼女の握手にそれぞれ応じつつ、三人が名乗り返す。
すると香華は――最後に握手をした遥に「に、ニンジャなの貴方……?」と戸惑った顔を浮かべていた。
まあ、当然の反応だ。
初対面の相手に、自分は忍者ですと突然名乗られれば誰だってこうなるに決まっている。
だが、そこは流石に名家のご令嬢だけあるらしい。戸惑いながらも言葉のまま受け取って、それ以上を聞こうとはしなかった。
「それで、貴方がお父様の仰っていた……マリアさん?」
そうして香華は三人と握手を交わし合った後、今度はマリアの顔を見た。
マリアはそんな彼女に「そうだよ?」と頷き返して。
「一応、君とは何度も会ってるんだけどね。……ま、小さかったし覚えてなくても無理ないか」
なんて風に、昔を懐かしむような声で言った。
「……言われてみれば、おぼろげだけど覚えがあるような気はするわ」
「ふふっ、こうして会うのも16年振りだからね。しかし大きくなったね……僕より背丈が高くなるとは思わなかったよ」
うーんと唸る香華の顔を見上げながら、マリアはどこか感慨深そうに呟く。
「そういえば、今は幾つなんだい?」
「もう21よ」
「へえ、カイトのひとつ下なんだ。ってことは……最後に会ったのはやっぱり5歳の時か」
「……あー、なんとなく思い出してきたわ。そうそう、確か昔も今みたいに変な白衣着てて……」
「おいおい、『変な』は余計だよ。これでも僕のトレードマークなんだから」
「あら、ごめんなさい?」
ふふっと悪戯っぽく笑う香華に、マリアもやれやれと――呆れっぽくも、どこか嬉しそうな顔で返す。
そんな彼女にまた小さな笑みで返しつつ、香華は数歩ほど後ろに下がりながら。
「とりあえず、入って頂戴。こんなところで立ち話もなんだし……折角ですもの、腰を落ち着けてゆっくり話しましょう?」
そう言って、四人を部屋の奥に招き入れるのだった。




