第二章:深窓の令嬢/02
マリアに呼び出されたのは、それから数日後のことだった。
なんでも新たな仕事だそうだ。しかも今回の依頼人は特別な相手、マリアとは旧知の間柄の……言ってしまえば親友からの依頼らしい。
その特別な依頼とやらの話を聞くために、その日の放課後――戒斗たち三人は例によってマリアの店を訪れていた。
「で、仕事ってのは?」
「……相応の方が依頼人なのは、間違いないかと。マリアさんが特別な相手、と仰るぐらいですから」
「んー、私で力になれることってあるのかな……?」
で、場所は店のバックヤードにあるマリアの私室。
そこに集まった三人は例によって丸椅子に腰掛けながら、ゲーミングチェアに座るマリアが話し始めるのを待っていた。
「――――さあ、聞いて驚くといい」
そんな三人の方にくるりと椅子を向けたマリアは、無駄に勿体ぶった感じに前置きをすると。
「今回のクライアントは――――あの西園寺財閥だ」
ニヤリと笑いながら、まずそう言って話を切り出した。
「西園寺財閥、っていうと確か……」
「……世界的に有名な、あの大財閥ですね」
「あー! 知ってる知ってる、世界屈指の大財閥って有名なあの西園寺グループでしょ? いっつもニュースでよく見る名前だよっ」
マリアがまず最初に口にした、クライアントの名前。
その名前には三人とも心当たりがあった。というか……知らない人間の方が珍しいだろう。
――――西園寺財閥。
またの名を西園寺グループともいう。世界有数の大財閥、日本だけじゃなく世界規模で経済に大きな影響力を持つ、超巨大な企業グループだ。
グループは創業以来、日本の西園寺家が当主となって経営されている。琴音が言ったように、ニュース番組なんかでその名を聞かない日はないほどの……それほどの大財閥が、どういうわけか今回の依頼を持ち掛けてきた相手らしい。
確かに、これはマリアが特別な相手と言うのも納得だ。
だが……親友からの依頼、というのはどういうことなのか。
「おい待てよマリア、あんた電話だと親友からの依頼だっつってたよな?」
そこが引っ掛かった戒斗は、彼女にストレートな疑問を投げかけてみる。
「ってこたあ、つまりだ――――」
「うん、おおむね君の想像通りだよ、カイト」
直後に何となく事情を察した彼に対し、マリアはふふっと微笑みかけて。
「君隆くん……西園寺財閥の現当主・西園寺君隆とは昔馴染みでね。今回の依頼はその彼からなんだ」
と、さも当然のような顔でとんでもないことを言ってのけた。
……世界的な大財閥の、そのトップからの依頼。
何となく予想は付いていたが、しかしあまりにもぶっ飛んだ話だ。
だからか戒斗は「……マジかよ」と顔を引きつらせ、遥は「確かに……これは特別なお相手ですね」と静かに納得していて。そして琴音はというと「えーっ!?」と、彼女らしくオーバーすぎるリアクションで驚いていた。
そんな三者三様な反応を見て、マリアはふふっと満足げに笑い。
「詳しい事情は明日、君隆くん本人の口から聞くとして……今はざっくりと概要だけ説明しておこうか」
と、依頼内容の説明を再開する。
「内容は君隆くんの愛娘、西園寺家の次期当主――西園寺香華ちゃんの護衛。なんでも悪いヤツに狙われちゃってるらしいからね。おおよそ一週間後に豪華客船での船上パーティーがあるから、その時に彼女を守って欲しいんだってさ」
「なるほどな……相手はビッグだが、依頼そのものはよくある護衛ってわけか」
頷く戒斗に「そうそう、そういうこと」とマリアは頷き返してやって。
「とにかく、詳しいことは明日にでも本人に直接聞こうじゃないか。クライアントは僕らとの面通しをした上での依頼をご希望だからね」
「……あんたにしては珍しいな、俺と依頼人を引き合わせるなんて」
実際、マリアの対応としてこれは異例のことだ。
スイーパーの仕事で、間にフィクサーが挟まるものは……互いの無用なトラブルを避けるため、依頼人と仕事をするスイーパー本人とは直接顔を合わせないことが多い。
特にマリアの場合、そこは徹底していて――戒斗の記憶にある限り、そんなパターンはほとんど無かったはずだ。
だが、今回は違うらしい。
「ま、相手は僕にとっても親友同然の仲だからね。向こうも久しぶりに会いたいって言ってくれてるし、今回は別に良いかなって思ったんだ」
理由は――そういうことのようだ。
何にしても、今回はかなり大きな仕事になる。世界屈指の大財閥のご令嬢を狙うような相手だ……仮に戦うことになったら、一筋縄ではいかないだろう。
そんな風に戒斗と――そして遥は思い、静かに気を引き締める。
と、そんな二人の様子を眺めながら、マリアはまたふふっと小さく笑い。
「明日の朝、それぞれの家に向こうから迎えに来てくれるそうだ。ちょうど土曜日だからね、詳しい事情はまた明日ゆっくりと……クライアントご本人の口から、直接聞かせて貰うとしようじゃないか」
デスクに頬杖を突きながら、三人に対してそう言うのだった。




