第一章:少女たちは何を思う/05
一誠の修理工場を出た後、戒斗たちはマリアの運転するシェベルに揺られていた。
助手席に戒斗、後部座席に琴音と遥。そして運転席にはハンドルを握るマリア。
日没も間近な頃合い、ゆっくりと茜色から夜空のダークブルーに変わりつつある景色を眺めながら……戒斗たちは、車に揺られていた。
「…………」
カーステレオから流れるのは、70年代の古いハードロック――マリアの趣味だ。
他に聞こえるのは何度もすれ違う車のロードノイズと、シェベルが奏でるバラバラとした乾いたエンジン音。それだけが響く車内で、四人は特にこれといって言葉も交わさないまま、ただ黙って揺られ続けている。
別に、さっきの話が原因とかじゃない。
あの話はもう終わったことだ。会話がないのは、単にこれといった話題がないだけ。だから別に嫌な沈黙というわけじゃなく、ただ単に誰も話していない……ただ、それだけのことだった。
でも、会話が一切ないというのもなんだか寂しい。
「――――なあ、琴音よ」
そう思ったからか、戒斗は何気なく後ろの彼女に話しかけていた。
「んー? どしたのお兄ちゃん」
呼ばれて、窓の外を眺めていた琴音が反応する。
「そういや、この間のことなんだが……大事な話がある、とか言ってなかったか?」
――――そう、そのことを急に思い出したのだ。
大事な話があると、琴音はかつてないほど真剣な顔で戒斗に言った。放課後に遊びに行った後、少しでいいから時間が欲しい。お兄ちゃんに大事な話があるから、二人っきりで静かな場所で話したい、と――――。
それを、何故だか今になって急に戒斗は思い出したのだ。
あの時は――直後にマティアス・ベンディクス率いるミディエイターの刺客たちが襲ってきたから、もうそれどころではなくなって有耶無耶になっていたが。そういえば結局何だったのだろうか……と、ふと疑問に思って戒斗は訊いてみた。
「あー……」
が、琴音は何故だか微妙な反応で。
「……その話なら、もういいんだっ」
目を逸らしながら、わざとらしく首を横に振る。
その反応が戒斗には不思議だったが、でもこれ以上は訊くな、と――彼女の言葉の端から、そんな雰囲気を感じ取って。
「ま、なら別にいいんだがな」
だから戒斗はそれ以上を掘り下げようとはせず、それだけを言って話を打ち切ることにした。
「…………」
そんな彼の横顔を、後部座席からじっと見つめる琴音。
(……言えないよ、色々知っちゃった今はもう、言えないよ)
少しだけ悲しそうに目を細めながら、彼女が思うのは――あの日、彼に伝えようとしたこと。
でも、今となってはもう言えなくなってしまった。
だって、彼のことを知ってしまったから。
だって、自分が狙われていることを知ってしまったから。
だって――――彼の過去に、ほんの少しだけでも触れてしまったから。
(それでも、いつかはきっと……)
この想いを伝えること、それ自体を諦めたわけじゃない。
ただ、今はまだ――――何もかもが、早すぎる。
そう思ったからこそ、琴音は何もなかったことにした。今はまだ、早すぎると思ったから。
(お兄ちゃんのことをもっと知って、全部が解決して……それからでも、きっと遅くないよね)
自分に言い聞かせるように、胸の内でそっと呟く琴音。
そんな彼女の横顔を、何気なく隣で見つめながら――――遥は、ふと思う。
(琴音さん、貴女は……ひょっとして)
確信はない。けれど遥は彼女の想いを……戒斗に募らせた想いを察していた。自分と似たような、彼女の抱くその想いを。
でも、何を言って良いのか分からない。
分からないまま……ただ彼女の横顔から、何となくその気持ちを察するだけで。遥は何も言わないまま、琴音を見ていた横目の視線をスッと窓の外に移す。
車窓の向こうに流れるのは、夕暮れ時の街の景色。
もうしばらくもしない内に、街には夜が訪れる。眠らない街、不夜の街にも……夜は訪れるのだ。
そんな街中の景色をぼうっと眺めながら、琴音は、遥は――――少女たちはただ、車に揺られ続けていた。
その小さな胸の内に――――今はまだ、誰にも秘密な想いを隠しながら。
(第一章『少女たちは何を思う』了)




