第一章:少女たちは何を思う/04
広い修理工場の奥まった場所、床の一部にある隠しハッチを開くと、地下に続く隠し階段が現れる。
それを下っていくと、行き着く先は武器庫のようなスペースだ。
地下の広い部屋、壁やショーケースに所狭しと並べられている大量の銃器。
ここが南一誠のもうひとつの顔、ガンスミスとしての彼の応接間ともいえるスペースだった。
「うわあー……すっごいなあ」
そんな地下の部屋にやって来たとき、その物々しい景色に琴音が圧倒される。
「琴音ちゃん、驚いたッスか?」
「驚いたなんてもんじゃないよー。まるで映画のセットみたい」
「ハリウッド以上さ、何せこれ全部が本物なんだからね」
マリアは呆然と部屋を見つめる琴音にふふっと笑いかけてから、
「で、見せてくれるかい?」
そう、続けて一誠に目配せをする。
すると一誠は「はいッスー」と言って一度奥のバックヤードに引っ込み……すぐに小振りなガンケースを持って帰ってきた。
「一応、指示通りにオーバーホールはしてみたッス。部品ひとつひとつをメンテして、交換が必要なものは取り換えて……ある程度の精度出しもやってありますから、昔と同じように使えると思うッスよ」
「君が言うなら間違いないね、一誠くんの腕は信用しているから」
「褒めても何も出ないッスよー。んじゃあマリアさん、確認してくださいッス」
一誠に言われて、マリアは「ん」と頷きながら……目の前のショーケースに置かれた、小振りなガンケースを開く。
開けてみると、収められていたのは銀色のピストルだった。
「ああ、懐かしいな……」
マリアはそれを手に取って、軽く動かしながら動作確認をする。
――――S&W・M945。
それが、この妖しく銀色に光るステンレスのピストルの名だ。
古いモデルの品で、メーカーの高級カスタムガンと呼べる代物。弾はドングリみたいに大きな45口径弾が……たった八発しかマガジンに入らない、なんとも古くさい仕様だが……しかし一発の威力はかなりのものだ。
「なあマリア、それって確かあんたが現役時代に使ってたヤツだよな?」
記憶が確かなら、このピストルは――彼女が現役だった頃の愛銃だったはず。
今では使うこともなく、思い出として保管していた代物のはずだ。
でも、そのピストルは今ここにある。
それが意外で、戒斗は驚いた顔で訊いてみた。
するとマリアは「そうだよ?」と彼の方に振り向いて、
「琴音ちゃんとミディエイターのこともあるからね、僕も相応に準備しておく必要があると感じたんだ。それに……どうせ使うなら、この子が良いと思ってね。だから一誠くんに調整をお願いしてたんだ」
昔馴染みの愛銃を手に、ふふっと小さく笑ってみせる。
「いやー大変だったッスよー。ちゃあんとケースにしまってあったみたいで、錆とかは少なかったんスけど……とにかくダメージが凄くって。一体どんだけ過酷な使い方したらこうなるんスか? 戒斗さんのSIGも大概ひどいッスけど……流石にここまでのは見たことないッスよ」
「色々あったのさ、特に現役の頃は色々とね」
昔を懐かしむように、スッと目を細めるマリア。
そんな彼女を戒斗が眺めていると、横でふと何かに気付いた琴音が一言。
「あれ、同じのが二つあるんですね?」
と、ガンケースを見ながらきょとんとして言う。
――――そう、二挺あるのだ。
マリアのM945は今手に持っている一挺だけじゃない、ガンケースの中にもう一挺……全く同じものが入っていた。
普通なら一挺あれば十分のはず。素人でも分かること、琴音の疑問は尤もだ。
すると、そんな彼女の言葉を聞いた戒斗は「ああ、それはな――」と琴音に視線を流し。
「マリアは二挺拳銃がお得意のスタンスなんだ」
「っていうと、両手に持ってばんばんばーん、って撃つあれのこと?」
「そうそう、それだよ。マリアの奴、ジョン・ウー映画も真っ青な二挺拳銃で大立ち回りするタイプでな。俺も昔はしつこいぐらいに教えられたよ」
「へーえ……なんか凄そうだね」
「私は実際に見たことはありませんが、それは凄かったそうです」
と、最後の台詞は今まで黙っていた遥のものだ。
「ふふっ、そんなに褒めても何も出ないよ」
そんな三人の話を聞きながら、マリアはM945を二挺ともサッと確認する。
彼女がひとしきり動作確認を終えたのを見て、一誠が「折角なら、奥のレンジで試射していきます?」と提案するが。
「うーん、別にいいよ。君の腕前は信用してるからね」
しかしマリアは首を横に振ると、ピストルを収めたガンケースをパタンと閉じてしまった。
「うへー、俺って割と信用が厚いんスねえ」
褒められた一誠は嬉しそうにニヤニヤとしつつ、改めて戒斗たちの方に向き直り。
「それで、他に何かご入用ッスか?」
と、改めて問うてくる。
「僕は頼んでおいた予備のマガジンと弾を五箱ほど。JHP弾なら在庫たんまりあるよね?」
「俺は特にねえな、弾の在庫はまだまだある」
「私は……弾の追加と、後は予備のマガジンを追加で頂ければ」
「おっけーッス。遥ちゃんはXDM用ッスよね? こんなこともあろうかと、ちゃーんと仕入れてあるッスよ」
戒斗と遥がそれぞれ注文をすると、一誠はまたバックヤードに引っ込み……マリアと遥が注文した弾箱と予備マガジンを持ってきて、ドンっとショーケースの上にまとめて置いた。
「んー……やっぱり私もこういうの、護身用に持っておいた方がいいのかなあ……」
とすれば、琴音がボソリとひとりごちる。
彼女にしてみれば、何気なく呟いた一言だったのかも知れない。
「駄目だ」
しかし、それを聞いた戒斗は――少しだけ強い語気で、すぐにそれを否定した。
「けど、お兄ちゃんたちにばっかり……」
「駄目だ、お前は銃には触るんじゃない」
「でも……」
「琴音は撃つな、撃ったら駄目なんだ。それじゃあ……俺たちがやってきたことの、意味が無くなっちまう」
――――琴音にだけは、撃たせたくない。
それは戒斗だけじゃない、遥やマリアも共通する思いだった。
昨日のように後方でのサポート役が、三人にできる最大限の譲歩だ。彼女の気持ちは尊重してやりたいが、でも……そこまでが、許容できる限界。例え護身用といえど、琴音に銃を持たせることは……それだけは、許容できない。
だから戒斗が言った台詞と、マリアも遥も内心では同じ気持ちだった。
「……そっか」
すると、それを聞いた琴音はうんうんと小さく頷き。
「分かった、もう言わない。ごめんね……お兄ちゃん?」
と、小さな声で彼に詫びる。
それに戒斗は「いや……」と視線を逸らしつつ。
「俺の方こそ、強く言いすぎたかもしれん……でも、分かってくれ。それだけは駄目なんだ」
「うん、分かってる。そのためにお兄ちゃんたちが守ってくれてるんだもんね」
「……すまない」
「謝らないで、悪いのは変なこと言っちゃった私の方だから」
目を逸らす戒斗と、俯き気味な琴音。
そうして場の空気が重くなってきた頃、一誠はぱんぱんっと手を叩きながら。
「――――そいじゃあ、これで全部ッスね?」
と、雰囲気を変えるためか、敢えて普段通りの軽い口調でそう確認する。
それにマリアは「うん、大丈夫だ」と頷き返し。
「遥ちゃんの分も込みで……お代、これで足りるかな?」
と言って、白衣の懐から取り出した札束を彼に手渡した。
「んーちょっと待ってくださいね……おっけー、大丈夫ッス。戒斗さんもそうッスけれど、いつもドル建てで助かるッスよー」
「あの、すみませんマリアさん……私の分まで」
「良いって良いって、必要経費みたいなものだから。仮にも僕はフィクサーだからね、こういうアフターケアもちゃんとするように心掛けているのさ」
恐縮する遥にニヤリとしてマリアは言うと、片手にガンケースをぶら下げて。
「じゃあ一誠くん、また何かあったら頼むよ」
そう言って、戒斗たちを連れて店を後にしていくのだった。
「毎度ありーッス! また何でも言ってくださいッスよー!!」




