第一章:少女たちは何を思う/03
そうしてメイドカフェで夕食を摂り終えた後、マリアと一緒に店を出た。
次の行き先は一誠の修理工場だ。そのための移動手段なのだが……珍しく彼女が車を出してくれることになった。
――――シボレー・シェベルSS。
戒斗のカマロと似たような古いアメ車だ。こっちは1970年製だったか。
カマロと同クラスの大きな車体で、黒いボディカラーに走る白いレーシングストライプが眩しい、そんなドデカい古き良きマッスルカー。それがマリアの愛車だ。
待つこと少し、店の前まで回してきた彼女のシェベルに乗り込んで、戒斗たちはマリアの運転で一誠の店まで向かうことに。
バラララ、と乾いた音を立てながら、旧式のアメ車が夕暮れ時の都心を走っていく。
比較的オリジナルの状態を保っている戒斗のカマロと違い、マリアのシェベルはかなり手が入れられている。
カマロと違ってギアは楽なオートマだし、エアコンもよく効く現代的なもの。隅から隅までレストアされていて、傍から見れば新車同然だ。とてもじゃないが、1970年に造られた旧車だとは思えない。
「……うん、今日もいい調子だ」
そんなシェベルのハンドルを握りながら、マリアは涼しい顔で運転している。
手癖で煙草を咥えようとしたときは、すかさず戒斗が「やめろ」と言ってやめさせたが。
「んーと、そういえばどこに行くんですか?」
と、運転するマリアに向かって今更過ぎる質問をするのは琴音だ。
後部座席から飛んできた質問に、マリアは「ん?」とバックミラー越しに彼女を見ながら。
「どこって……ああそうか、琴音ちゃんは一誠くんのこと知らなかったね」
「要は武器屋だよ、武器屋」
今更気付いたといった風に言うマリアに続いて、助手席の戒斗がぶっきらぼうに答えてやる。
すると、琴音はきょとんと一瞬目を丸くしたあと――――。
「武器屋……って、ええーっ!?」
なんて風に、大袈裟なぐらいに驚いた。
「銃も弾も、無から湧いて出てくるわけじゃねえんだ。俺たちみたいに撃つヤツが居れば、それを売りつけるヤツも居るってことだ」
「それは、そうだけど……びっくりしたー、ホントにあるんだそういうお店」
「アメリカみたいに大っぴらなガンショップじゃねえがな。探せば案外あるもんだぜ」
「ただし一般人はお断りだけどね」
戒斗の台詞にマリアも口を挟みつつ、シェベルを走らせることしばらく。
街外れの横丁にある小さな自動車修理工場の前に、マリアは車を停めた。
ここが目的地、一誠の修理工場だ。
「さ、こっちだよ」
車を降りたマリアは戒斗たちと一緒に、琴音を連れてその中へ。
半開きのままになった大きなスライドドアを潜りながら「おーい、居るかい?」と声を掛けると――――。
「おっ、マリアさんいらっしゃいッス。お待ちかねの品、出来上がってるッスよ」
と言って、奥から現れたツナギ姿の青年がマリアたちを出迎えた。
――――南一誠。
今日もオレンジ色のツナギが眩しい彼が、この店のオーナー。表の顔はしがない修理工、裏の顔はスイーパーたちに武器弾薬を提供するガンスミスな……そんな彼が、やって来たマリアたちを出迎えていた。
「戒斗さんたちも、お久しぶりッス」
「おう」
「……お久しぶりです、一誠さん」
「わーっ! 遥ちゃんってば今日も可愛いッスねえホントに! 写真一枚撮らせてもらってもいいッスか?」
「あの、ちょっ……」
「その辺りにしておけよ」
遥を見て急に興奮し始めた一誠にゴンッと戒斗が拳骨を一発喰らわせれば、一誠は「ウゴッ」と鈍い悲鳴を上げて立ち止まる。
「戒斗さん、痛いじゃないッスかぁ」
拳骨を喰らった脳天をすりすりと擦りながら、一誠はチラリと視線を移し。
「……えーっと、それでこちらの美人さんはどなた様で?」
今度は琴音を――お互いに初対面な彼女を見つめながら、きょとんとした顔で問うていた。
「ああ、この娘は折鶴琴音ちゃんだよ。説明は難しいんだけれど……」
「俺たちの護衛対象で、今は助手みたいなもんだ」
それにマリアと、ついでに戒斗も補足しながら答えてやる。
「護衛の相手だけど、助手ッスか……?」
そんな――どこか矛盾したような答えに一誠は首を傾げつつ。
「……まー難しい話は横に置いといて、とにかく琴音ちゃんッスね! 俺っちは南一誠と申しますッス。以後よろしくどうぞ!」
と、いつもの能天気な調子で挨拶をした。
「えっ、あー……はいっ、折鶴琴音ですっ。えっと……一誠さんですよね、お兄ちゃんがいつもお世話になってますっ」
それに琴音はぺこりとお辞儀をしながら返すのだが。
「――――――お兄ちゃん、だと……?」
しかしそれを聞いた一誠は急に視線を鋭くすると、
「うわあー……戒斗さん、こんな可愛い女の子になんて呼び方させてるんスか…………」
ジトーっとした……明らかにドン引きしたような目で、戒斗を見つめる。
「おまっ、なに勘違いしてやがんだこの野郎!?」
「だって戒斗さん、こーんな美少女に自分のことお兄ちゃん呼びって、いくらなんでも羨ま……けしからんッスよ」
「だーかーら! 俺と! 琴音は! 幼馴染なんだよっ!!」
「またまたあ……嘘つかなくていいッスよ。その代わり遥ちゃんは俺っちが頂いていくんで……」
「勝手に話を進めんじゃねえっ! いい加減にシバくぞこの野郎!?」
「おっ、いいんスかーそんなこと言っちゃってー? もう武器も弾も売ってあげないッスよー?」
「言ったなこの野郎、こうなったら白黒ハッキリ付けようじゃねえか」
「良いッスねえ何で決着つけます? 紙相撲とかどうッスか?」
「小学生かてめえは!」
「おやおやー戒斗さんってば自信ないんスかぁー?」
「おう上等だ紙相撲でも何でもやってやろうじゃねえか」
……と、こんな具合に話は斜め上の方向に吹っ飛んで、もう収拾が付かなくなってしまう。
「えーっと……お兄ちゃん?」
「あの、どうして私まで巻き添えに……」
そんな二人を――なんだか妙に低レベルな争いに発展しつつある二人を見ながら、琴音と遥は戸惑った様子。特に何の脈絡もなく巻き込まれた遥に至っては、もう困惑しっ放しだ。
「マリアさん、どうにかして頂けると……」
困り果てた遥が助けを求めると、マリアはやれやれと肩を竦めて。
「はいはい、二人ともそこまでだよ」
バチバチと火花を散らす二人の間に割って入り、一触即発だった二人をひとまず止めた。
「何か勘違いしているようだけれどね一誠くん、どっちかっていうとカイトは妹萌えっていうよりもお姉ちゃんっ子だ」
「へえーえ……あでもなんか納得ッスね」
「おいマリア何余計なこと言ってんだ!?」
「ふふっ、冗談はさておき――琴音ちゃんがカイトの幼馴染、っていうのは本当だ。昔からカイトは琴音ちゃんのお兄ちゃんなのさ」
「あ、ホントだったんだ……」
「だから最初からそう言ってんだろうが……」
「いやあー、俺っちてっきり戒斗さんがそういう趣味なのかと……」
「ンなわけねえだろうがっ!」
「そうだよ一誠くん、何度も言うようにカイトは甘えん坊のお姉ちゃんっ子だ」
「マリアはもう黙ってろ!!」
「へえー……お兄ちゃんってそうなんだ……意外……」
「ふふっ、お姉ちゃんっ子ですか……」
「琴音はメモるな! 遥は……あーもう滅茶苦茶だなあ!?」
なんて風に、戒斗がひとしきり弄られ倒した後。
マリアはこほんと咳払いをすると、一誠に「さて、仕上がったものを見せてくれるかい?」と言って、猛烈に脱線していた話を元の方向に軌道修正する。
そうすれば一誠は「あ、はいッス」と頷いて。
「じゃあ、四名様ご案内ッスよー」
と言って――工場の奥へと四人を誘うのだった。




