第一章:少女たちは何を思う/02
で、ひとしきりの話を終えた戒斗たちは、場所をバックヤードの私室から表の店内に移して――――。
「はーい♪ お嬢様には店長特製オムライスでーすっ♪」
「わぁっ、美味しそーっ!」
なんだかんだと、なし崩し的に夕食をご馳走になっていた。
といっても、食事自体はメイド喫茶で出しているメニューそのままだ。戒斗たちは店のカウンター席に座って、今まさにそれに手を着けようとしているところだった。
メイドさんが琴音の前に差し出したのは、ほかほかのオムライス。
店長特製、なんて名前の通り――――実はこれ、マリアのお手製だ。
どうもマリアは暇なときによく店を手伝っているらしく、運が良ければキッチンに立つ彼女の姿を見られるらしい。
……尤も、キッチンでも相変わらず例のよれよれの白衣姿なのだが。
「じゃあ琴音さんっ、今からもーっと美味しくなる魔法をかけちゃいますから……ご一緒にお願いしまーすっ♪」
「う、うんっ!」
「美味しくなーれっ♪ 美味しくなーれっ♪」
「お、美味しくなーれっ……こ、こうかな?」
「はいっ、その調子ですっ♪ さあもっともっと、美味しくなーれっ……萌え萌え、きゅんっ♪」
「も、萌え萌えっ!」
……で、琴音といえばこんな風にメイドさんとはしゃいでいる。
メイドさんがオムライスに上手なケチャップアートを描いて、それから両手でハートマークなんか作りながら、まあなんともベタなおまじないを掛けていく。
そんなメイドさんに誘われて、琴音も同じような仕草をしてみたり。
「……ノリノリだな」
「実際やってみると、意外と楽しいですよ……?」
「遥もやったことあるのか?」
「え、ええ……初めて来たときに、流れでつい……」
「――――ちなみに、その時のチェキならあるよ?」
と、ここで戒斗と遥の話に割って入ってきたのはマリアだ。
キッチンカウンター越しに言う彼女に「ちょっ、マリアさん……っ!?」と遥が驚いた顔で振り返って。
「あの時の写真は処分してくださいって、言ったじゃないですか……っ!?」
「ふふっ、いやあ遥ちゃんが可愛かったからね。だから残しておきたくなったのさ。――それでカイト、遥ちゃんのチェキ見たいかい?」
「や、やめてくださいっ! 戒斗も……見ないでくださいね……っ!?」
用意周到な彼女らしく、白衣の胸ポケットからチェキ――要はインスタントカメラで撮った写真をこれ見よがしに出そうとするマリアを、顔を真っ赤にした遥が慌てて止めようとする。
そんな二人と――まだメイドさんと遊んでいる琴音を交互に見つつ、戒斗はおかしそうにフッと小さく表情を綻ばせた。
――――と、そんなタイミングだった。
「ん……」
ピリリリ、と着信音が鳴り響き、懐のスマートフォンが震えだす。
誰かと思って見てみると……電話を掛けてきた相手は、意外なことに南一誠だった。
「すまん、ちょっと電話だ。――俺だ、どうかしたか?」
遥たちに一応断ってから、電話に出る戒斗。
『あー、やーっと繋がったっスね。参りましたよぉホントにぃ……』
すると聞こえてくるのは、一誠の疲れ切った声だった。
「話が見えねえぜ、一体何のことだ?」
『いやあ、用事があるのは戒斗さんじゃなくてマリアさんなんスよ。でもマリアさんってば、俺っちがいくら電話してもぜーんぜん出てくれなくって……ひょっとしたら戒斗さんと一緒なんじゃないかと思って掛けたんスけど、居ます?』
「大当たりだ、よく分かったな」
チラリ、とマリアの方を――遥をからかって遊ぶ彼女を見ながら、戒斗は頷く。
『マジっスか!? いやあ俺の勘も捨てたもんじゃないッスねえ』
「で、何の用だったんだ?」
『あー、じゃあ伝えてくださいッス。マリアさんに頼まれてたもの、仕上がりましたよって』
「分かった。――――おい、マリア!」
電話の向こうの一誠に答えながら、戒斗はマリアを呼んで――彼の伝言を手短に伝える。
するとマリアは「ああ、なるほどね」と頷き。
「そういえば、携帯は部屋に置きっ放しだったんだ。……分かった、少ししたら取りに行くって伝えてくれるかい?」
「……だ、そうだ。聞こえたか一誠?」
『バッチリ聞こえたッスよー。そいじゃあ準備してお待ちしてるッスよ』
と言って、一誠は電話を切った。
耳に当てていたスマートフォンを懐にしまいながら、やれやれと肩を竦める戒斗。
そんな彼をカウンター越しに見ながら、マリアは小さく表情を緩めて。
「折角だ、君たちも一緒に来るかい?」
と、戒斗たちに提案する。
「俺は構わねえが……二人はどうする?」
「……折角ですし、私もご一緒しましょうか」
「んー? よく分かんないけど、皆が行くなら私も行こっかな」
「オーライ、じゃあ食べ終わったら出発しようか。車は僕が出すから心配要らないよ」
くるくる、と古い車のキーを指で回しながら言うマリア。
それに戒斗は「珍しいじゃねえか、あんたが車出してくれるなんて」と言って、テーブルの上に置いてあったスプーンを手に取る。
「だって、他に誰も乗れないじゃないか」
「ま、そりゃそうなんだがな。ならとっとと食べちまおうぜ。――――おっ、美味いじゃねえか」
「ええ、本当に美味しいです」
「ねー! マリアさんって意外にお料理得意なんだねー!」
「意外に、は余計だよ琴音ちゃん。――ふふっ、これでも一応はカイトの育ての親だからね」
「本当に一応レベルだがな」
「はいはい、君は本当に口が減らないねえ……」
「お互い様だ、マリア」
スプーンを手に、マリアお手製のオムライスに舌鼓を打つ三人。
それをキッチンカウンター越しに眺めながら、マリアは――ふふっ、と表情を緩ませるのだった。どこか、嬉しそうな感じに。




