プロローグ:プライベート・アイズ
プロローグ:プライベート・アイズ
『おっけー、ドローン配置完了っ。お兄ちゃん、こっちはいつでもいけるよ』
『……こちらも。突入タイミングは戒斗に合わせます』
「オーライだ、相手さんの数は?」
『ちょっと待ってね――んーと、人型の熱源は六つだね。その内のひとつは柱に縛られてるのかな? 他の人たちより小っちゃいし……この子が例の女の子かも』
「敵が五人に確保対象が一人……よし、勘定は合ってるな」
『……では、参りましょうか』
「今日はスピードが命だ、お客さんを待たせんじゃないぜ――――ッ!!」
ピーッとブザーが鳴った瞬間、ドアが弾け飛んだ。
廃ビルにドンっと爆発音が木霊すれば、錆びた鉄のドアが紙切れのように吹き飛んでいく。
その瞬間、戦部戒斗はバッと身を翻して乗り込んでいった。
倒れたドアを踏み越えて、黒いロングコートを翻しながら飛び込んだ先にあったのは六つの人影。
その内の五つは、ピストルで武装した誘拐犯の男たち。そしてあとひとつが……ぺたんと座り込んだ格好で柱に縛りつけられている、十歳前後の小さな女の子だった。
琴音が報告してくれた通りだ。戒斗はサングラスの下に隠した双眸でサッと状況を確認すると、誰から排除すべきかを瞬時に判断しつつ――懐からピストルを抜く。
SIG・P226。懐から抜いたそれを右手一本で構えた戒斗は、全力疾走で駆け抜けながら狙い定めて――トリガーを引いた。
ダンダン、ダダンっと乾いた銃声が続けざまに木霊する。
そうすれば、誘拐犯の男たち――突然の爆発音に面食らい、棒立ちしていた彼らが次々と吹っ飛び、バタバタと倒れていく。
二人、三人、四人――――。
「や、野郎……っ!」
そうして戒斗が四人を一気に撃ち倒した時になって、ようやく我に返った最後の一人がバッとピストルを構えるが。
――――しかし、それを撃つ前に気を失ってしまった。
「……油断大敵、ですね」
すぐ後ろに忍び寄り、ダンッと峰打ちで誘拐犯の意識を刈り取った影。
それは小柄な忍者少女――銀色の髪を揺らし、音もなく現れた長月遥だった。
「オーライ、いい仕事だぜ遥」
「峰打ちです、生命までは奪っていません。……後の四人は?」
「こっちもゴム弾だから心配しなさんな。可愛らしいレディにスプラッタなシーンは見せたかねえからな」
言いながら、戒斗はクッと視線で示す。
それに気付いた遥は、コクリと頷いて――首元の白いマフラーを靡かせながら、そっと女の子の傍にしゃがみ込む。
「ひっ……!?」
柱に縛られた女の子は、突然の出来事と……何よりも忍者装束で現れた遥に怯え切った様子だ。
そんな女の子の傍にしゃがみ込んだ遥は、そっと静かに忍者刀を構えると。
――――その小さな身体を縛り付けていたロープを、サッと切断し解いてあげた。
「あ……?」
解放された女の子が、戸惑った瞳で遥を見上げる。
すると遥は――その薄い無表情の上で微かに笑うと。
「大丈夫です、私たちは……貴女を、助けにきました」
と言って、女の子の頭を――綺麗なツーサイドアップに結った金髪を、そっと撫でてあげる。
「助けてくれるの、わたしを……?」
「そういうこったぜ、お嬢さん」
きょとんとする女の子に、戒斗もサングラスを外しながらニヤリとして言う。
「君のパパさんに頼まれてな、悪いヤツらから助けにきたってわけだ」
「……それで戒斗、この連中はどうしましょう?」
「あー……適当にふん縛って転がしとけ。後は警察に任せるとしようぜ」
「了解です、そうしましょうか」
『無事に済んだみたいだねっ。お兄ちゃん、遥ちゃん、お疲れさまっ!』
「おう、いいサポートだったぜ琴音」
左耳のインカムから聞こえる、彼女の――折鶴琴音の元気な声にそう返しつつ、戒斗はピストルを懐に収める。
誘拐犯は殲滅し、保護対象の女の子は無事に救出した。
これで今日の仕事はおしまい。後のことは警察に任せておけばいい。幸いにして誰も人死には出ていないし、誘拐犯を締めあげれば……誰が指示したのかはすぐに分かるだろう。
「……ま、血を見なくて済む仕事ってのが一番だわな」
「ええ、本当に」
廃ビルの外に見える青い空をぼうっと見つめながら、呟く戒斗と遥。
ありふれた、なんてことのない仕事の一幕。これが今の彼らの――黒の執行者たちの、以前より少しだけ変わった……そんな日常だった。
(プロローグ『プライベート・アイズ』了)




