第八章:ランデヴー・ポイント
第八章:ランデヴー・ポイント
「よぉ戒斗、久しぶりだなぁ? 色々すったもんだあったみてーだが、どうにかこうにか無事みてえで一安心だぜ」
「……マックス、なんでお前がここに!?」
「おおっと、積もる話は後回しだ。今はそれより――このお坊ちゃんの相手をすんのが先だからな」
予期せぬ彼の登場に戸惑う戒斗にニヤリとして、彼は――マックスは右手のリボルバーを麻生に向ける。
すると彼の方に向き直った麻生はくくくっと笑い、
「FBI……なるほど、そういうことですか。どうやらあの女も詰めが甘いようで……」
と、何かを悟ったようにひとりごちる。
「へえ? お前の言う女ってのは、ひょっとしてウチのマクガイヤー捜査官かい?」
「ッ――おいマックス! なんでお前がエミリアを――――」
急にエミリアの名前が飛び出してきて、驚いた戒斗が思わず声を荒げる。
だがマックスは「うっせ、後で説明すっから黙ってろ」と戸惑う彼の口をつぐませた。
「で、どうなんだい?」
「……いいえ、教えてあげません」
「そりゃ結構だがよ、この状況での否定は肯定と取らせてもらうぜ?」
「ッ……イチイチ癇に障りますね、貴方はぁっ!」
「おあいにく様だね、俺もお前みてえなのは嫌いなんだ。まして俺のダチ公をここまでいたぶってくれたんだ、その礼はたっぷり返させてもらうぜ」
「……貴方のその銃で、僕の早撃ちに勝てるとでも?」
怒りで真っ赤になった顔で、麻生はマックスに左手一本でリボルバーの銃口を向ける。
「例え片手だけでも、ただの人間風情に僕が負けるはずがありません」
「……ま、かもな」
と、マックスは右手でリボルバーを向けたまま、ふぅ……と左手で煙草を掴んで息を吐く。
紫煙混じりの白く濁った吐息が、エントランスの埃っぽい空気の中に霧散する。
「確かに俺の357じゃ、お前の44マグナムの威力にゃ敵わねえよ。だが――俺も早撃ちと正確さにはチョイと自信があってね。試してみるかい?」
そうして煙草をまた咥え直せば、静かにリボルバーの撃鉄を起こした。
「……本気で、言っているんですかぁ?」
「ああ、マジも大マジだ」
「単なる生身の人間が、この選ばれしエクステンダーの僕に勝てるとでも?」
「ごちゃごちゃうるせえな、やれよ? 俺を楽しませてみろってんだ」
「ならば――――お望み通り、地獄送りにして差し上げまぁすよぉぉっ!!」
瞬間、光の速さで麻生の左手が閃いた。
同時にマックスの右手も、握るM586リボルバーの銃口も火を噴く。
銃火が交わされたのは、ほんの一瞬。
二つの銃声が重なって響いたのからワンテンポ遅れて、チュインっと甲高い音とともに空中で……二人の間で小さな火花が散る。
…………静寂。
銃声の残響も消えて、後に残るのは奇妙なほどの静けさだけ。
そんな静けさの中で、リボルバーを構えたまま残心のように硬直し、睨み合う二人。そんな彼らを戒斗と遥は固唾をのんで見つめていた。
一体、どちらが勝ったのか――――。
その答えは、すぐに明らかとなった。
「な……ん、だって…………?」
ガシャンと重い音を立てて、何かが地面に落ちる。
それは黒く大きなリボルバー、ルガー・スーパーブラックホーク。
床に落ちたその銃は、どういうわけだか砕けていた。まるで内側から破裂したように、シリンダーが派手に割れてしまっていたのだ。
落ちたそれを見下ろしながら、麻生は信じられないといった表情で目を見開いている。
そんな彼の向かい側で――マックスは咥え煙草のまま、フッと小さく口角を釣り上げていた。
「い、一体……なにを、なにをしたんですか……貴方はぁっ!!」
「なあに手品のタネは簡単だ、お前の弾丸を俺の弾丸で撃ち落としてやったまでだぜ? 一発で撃ち落として、もう一発でお前のリボルバーを撃ち抜いたのさ。なにせこの距離だからな、お前の銃口に突っ込ませるのは簡単だったぜ」
「そ、そんな……ただの人間が、そんなこと出来るはずが……!?」
「それが出来ちゃうんだなぁ、俺はマクシミリアン・オコナーだからな」
戸惑いと驚愕を通り越して、もはや恐怖すらし始めた麻生にマックスは不敵に笑んでみせる。
――――今、何が起こったのか。
それはまさに、マックスが言った通りのことだ。
彼は二発同時の早撃ちで357マグナム弾を撃ち、最初の一発で麻生の弾丸を空中で撃ち落とした。そして後に続く二発目の弾丸を、奴のリボルバーの銃口に滑り込ませて……そのまま、内部から銃を破壊したのだ。
マックス本人はさも簡単そうに言ってのけたが、しかし麻生の言うように……とても、人間業じゃない。
だが、マクシミリアン・オコナーにはそれが可能なのだ。少なくとも戒斗が知る中で、彼は……最もリボルバーの扱いに長けた凄腕のガンマンなのだから。
「まして俺の銃は特別製でね、腕が良くってかわい娘ちゃんな職人がバッチリ精度出してるんだ。そこにこの俺のサイッコーな腕前が加われば……へへっ、これぐらいは朝飯前ってもんだぜ」
『……マックス、おしゃべりが多すぎだよ』
「おっと、いけねえいけねえ……」
インカムから聞こえる相棒のじとーっとした声に、マックスはわざとらしく目を逸らして返す。
そうすれば、麻生は「くそっ、くそっくそっくそっ!」と地団駄を踏む勢いでまた怒り始めた。
「い、いいでしょう……今日のところは見逃してあげますぅっ!」
「おっ、ベタな台詞だねえ。まさに小悪党って感じだ、似合ってるぜお坊ちゃん?」
「うっ……うるさああああいっ!! 貴方のことは覚えました……覚えましたよ、マクシミリアン・オコナー! 次はこうはいきません……貴方は必ず、この僕があああっ!!」
バッと踵を返して、戒斗たちに背中を向けて走り出す麻生。捨て台詞なんか吐きながら突っ走った奴は、そのままエントランスの――まだ無事だったガラス窓を突き破り、いずこかへと逃げ去っていった。
「逃がしはしない……!」
それを遥は追撃しようと構えたが、しかし「やめとけ」とマックスが引き留める。
「何故ですか……!? 今追いかければ、奴は必ず仕留められる……!」
「落ち着けってニンジャ・ガール、こういう時の深追いは禁物だぜ?」
「しかし……!」
「今のであの坊主の弱点はおおよそ分かったんだ。それにあの状態じゃあ、野郎はしばらくマトモに戦えねえって」
それに――――と、マックスは床に伏せったままの戒斗を見下ろす。
「どっちかってと、コイツの方がヤバいんじゃねえか?」
言われて、遥はハッと振り返る。
見ると……確かに、戒斗の様子はさっきより幾分か悪くなっていた。
傷からの失血のせいだろうか、伏せった彼の顔色はなんだか青くなっている。それになんだか意識も朦朧としている感じだ。
「戒斗っ!」
「あ、ああ……マックスの言う通りだ、ちょっと意識が……飛びかけてた」
「傷そのものは深くなさそうだが、血はとっとと止めたほうが良さそうだぜ?」
「……ええ、分かっています。医術の心得はある程度はありますから……ここは私が」
「おう、そうしてやんな」
マックスが傍らで見守る中、遥が手早く応急処置をしてくれる。
とりあえず流血を止めただけだが、ひとまずこれで大丈夫だろう。後は落ち着ける場所でゆっくりやる……と、そんなようなことを遥が言っていた。
「……もう大丈夫です、よく頑張りました。帰りましょうね……私たちと、一緒に」
「コイツ担ぐのは俺がやるぜ、嬢ちゃんの体格差じゃキツいだろ?」
「ええ、すみませんが頼みます」
「あいよ任されて。もう外でソフィアが車で待ってるはずだ、あと少しの辛抱だぜダチ公よ」
まだ意識が朦朧とする中、マックスに肩を担がれた戒斗は遥と一緒にエントランスから外に出ていく。
割れた窓ガラスの破片を踏み越えて、廃病院の外へ。
そうして出ていくと、夜はもうすっかり明けていて。朝露が漂う外の世界は――いつの間にか、もうすっかり雨は上がっていた。
(第八章『ランデヴー・ポイント』了)




