第七章:Silver Hands, Silver Blades/02
「ああああ……あああああっ! 貴様っ……貴様、貴様貴様貴様ぁぁぁっ!! 僕の、僕の右手になんてことを……なんてことを、してくれたんですかぁぁぁぁっ!!」
狼狽の叫び声を上げた麻生は、大きく後ろに飛び退いて戒斗から――そして彼を守るように立ちはだかる遥から距離を取る。
そんな奴の顔に、もうさっきまでの余裕の態度だとか、舌なめずりだとか、不気味な笑顔だとかは一切なく。今までの勝ち誇った態度は消え失せていて、涙目になって狼狽する少年だけがそこに居た。
「……貴方が何者か、今は深くを問いはしない。しかしまだ戦うというのなら、戒斗に代わってこの私……宗賀衆は上忍、雪華たるこの私がお相手します」
そんな麻生に静かな殺気を向けながら、遥は右手の忍者刀を――『十二式隠密暗刀・陽炎弐式』をカチャリと静かに構える。
「う、うるさい……うるさい、うるさいうるさいうるさぁいっ! んなぁにが相手になるだ、たかが小娘一人増えたぐらいでいい気になるんじゃあないっ! 殺してあげます……この僕の腕を、浅倉さんとミディエイターから頂いた銀の腕を、大いなる力を! こんなにした貴方たちは……この僕が、殺してあげますぅぅぅっ!!」
半ば狂乱したように叫びながら、麻生は落下した右手からリボルバーをもぎ取った。
そのまま、遥に向かって銃口を向ける。
「遥っ!」
それを見て戒斗は思わず叫んだが、しかし遥は「いえ、ご心配なく」とだけ短く呟くと。
「ここに来たのは、何も私だけはありません。もう一人……心強い味方を、連れてきましたから」
銃口を前に怯まずに、いつもと同じ穏やかな声音でそっと戒斗に呟いた。まるで狼狽する彼を諭すように、敢えて優しくしたような口調で。
「心強い、味方……一体、どういうことだ?」
「大丈夫、すぐに分かります」
それに戒斗が戸惑っていれば、震える手でリボルバーを向けた麻生がまた叫んだ。
「この、人間風情が……いい気になるんじゃあないっ! 僕はエクステンダーだ、人間を超越した存在なんだ! そんな僕がただの人間如きに負けるはずがない、そう負けるはずがないんだ! ああ……分かりました、不意打ちを喰らったからですね。そうでもしないと僕に勝てないから、生身の人間なんてエクステンダーに勝てるはずがないんだ! いいでしょう……片腕で、六発で十分ですからねぇっ!!」
さっきまでの余裕が嘘のように、今の麻生は完全に錯乱している。
あのご自慢の義手を叩き斬られたのが、よほど悔しかったのか。よほど奴のプライドを傷付けたのか。いずれにしても今の麻生からは、さっきまでの底知れない雰囲気は完全に消え失せていた。
――――と、麻生がそんな狂乱の叫びを上げた時だ。
コツン、コツンとどこからか足音が聞こえてくる。
今ここに居る誰のものでもない、更なる第三者が近づいてくる足音だ。
その足音の聞こえてくる方に戒斗は、遥は、そして麻生までもが思わず視線を向ける。
「――――へえ、なら試してみるかい?」
すると、聞こえてくるのは飄々とした男の声。
その声がどこからか聞こえれば、エントランスの闇の中に小さな光が灯った。
それは、咥え煙草の先っぽのほんのりとした赤い色。その赤色が見えてほどなく、闇の中からゆっくりと長身痩躯のシルエットが現れた。
「俺の得物もリボルバーなんでね、勝負すんなら俺が相手になってやんぜ?」
戒斗よりも、ずっと年上の男だった。
背丈は……182センチほどか。短くした茶色の髪はどこか跳ねっ返り気味で、ギラリとした細い双眸も同じような琥珀色。そんな彼の格好こそ黒いビジネススーツを乱雑に着崩した格好だったが、しかし右手には黒光りするリボルバーが握られていた。
S&W・M586――――。
麻生の44マグナムほどじゃないが、しかし強力な357マグナム弾の込められたリボルバーだ。6インチ丈の長い銃身に黒染めの肌がギラリと輝き、薄闇の中でもその存在感を確かに主張している。
『ねえマックス、ちゃんと間に合ったんだよね?』
「大丈夫だソフィア、そう心配しなさんなよ。ニンジャのお嬢ちゃんが先行してくれたおかげで、戒斗のヤローも……ま、ズタボロだがどうにか無事なようだぜ」
そんな彼は、左耳の小さなインカムから聞こえる相棒の声に――甲高くも落ち着いたトーンの女性の声に、ニヤリと不敵な笑みで返してやる。
『じゃあ戒斗くんを回収して、出来るだけ早めに撤収だよ。私が車回しておくから、手早くお願いね?』
「へいへい、わーったよ」
『返事は一回でいいの!』
「あいあい……」
インカム越しの相棒の口やかましい叱責にやれやれと肩を竦めつつ、彼は静かに立ち止まる。
今や、この場に居る誰もの視線を彼一人が釘付けにしていた。戒斗も遥も、そして……狂乱していた麻生でさえも、現れた彼の存在に目が離せないでいる。
「き、貴様は……一体、今度はなんなんですかぁっ!」
予期せぬ第三者の登場に、招かれざる客の出現に、麻生が戸惑いの声を上げる。
そんな奴の前で立ち止まり、リボルバーを持たない左手でスッと身分証を見せつけながら、彼は――マックスは、咥え煙草のままニヤリと不敵に名乗ってみせた。
「俺はFBIロサンゼルス支局のマクシミリアン・オコナー特別捜査官だ。さあてミディエイターのお坊ちゃんよ、神妙にお縄についてもらうぜ?」
(第七章『Silver Hands, Silver Blades』了)




