第七章:Silver Hands, Silver Blades/01
第七章:Silver Hands, Silver Blades
「冗談じゃねえっ!」
最初に動いたのは、意外にも戒斗の方からだった。
相手がミディエイターだというのなら、容赦は要らない。戒斗は目の前の少年――麻生隆二に向かってピストルを連射する。
「無駄無駄、効きませんよそんな豆鉄砲ぉ」
が、麻生は飛んでくる弾丸を――全て、指の間で掴んでみせた。
戒斗が撃ったのは四発、ニヤァッと笑う麻生が見せつける、右の指の間に挟まっているのも……四発。
原型を留めたままの、全く無傷の弾丸が奴の指に掴まれていたのだ。
「嘘だろ……!?」
その現実とは思えない光景に、戒斗は言葉を失う。
……いくら金属義手、戦闘用のインプラントだからって、普通はあんな芸当をできやしない。
出来てもさっきみたいに防御したりが関の山だ。少なくとも戒斗の知るサイボーグは……マティアス・ベンディクスはそうだった。
だが、麻生はいとも簡単にやってみせた。
その常軌を逸した光景に、戒斗は思わず絶句してしまったが……しかし、すぐにハッと気付く。
(そうか、奴の義眼……!)
――――麻生の両目は、確か義眼だったはず。
ミディエイターの戦闘用サイボーグ……『エクステンダー』とかいう奴ならば、義眼だって戦闘用インプラントなはず。恐らくはあの義眼を使って弾道を予測し、それにタイミングを合わせて弾丸を掴んだといったところか。
「おや、もう気付かれましたか」
閃いた戒斗の表情変化で察したのか、麻生はおやおやと意外そうな顔を浮かべる。
が、すぐにニヤァッとまた不気味な笑顔を浮かべると。
「ええご覧の通りです、僕のインプラントをただの戦闘用と思ってもらっては困ります。だって僕はエクステンダー、人間を越えた存在なのですから! ミディエイターという新時代の神に仕える……そう、僕は言うなれば天使のようなものでしょうか」
「ごちゃごちゃと! 御託ばっか並べてんじゃねえ……っ!」
仁王立ちでニヤニヤと笑う麻生に向かって、戒斗は更に二発の弾丸を撃ち込む。
が、麻生はひらりと簡単にそれを回避。やれやれと肩を竦めれば、落胆したような顔で戒斗をじっと見て。
「なんだ、その程度ですか。でしたら今度はこちらの番です」
と言って、右手に挟んでいた弾丸を手のひらに集める。
その内の一発を、親指でピンっと弾いた。
――――瞬間、ひゅんっと空気を切り裂く音がした。
それを耳にした瞬間、戒斗は右肩に鋭い痛みを覚える。
「ぐ……っ!?」
激痛のあまり、思わず膝を突く戒斗。どうにかピストルは取り落とさずに済んだが……しかし何事かと痛みの走った部分に触れた左手が、見ると赤く染まっていた。
……どう見たって、これは血だ。
いつの間にか、右肩には弾丸が食い込んでいた。貫通はしていないし、食い込み方もそこまで深くはないが……しかし肉を裂いた弾丸は、確かに戒斗の肩の中で動きを止めていた。
「おいおいおいおい……!? こんなのアリかよ……!?」
「だーかーらー、言ったでしょう? 僕のインプラントをただの戦闘用と思ってもらったら困ると。貴方の戦ったマティアス・ベンディクス如き三下と同じにしてもらっちゃあ、困りますよねぇ?」
ニヤニヤと舌なめずりして笑いながら、残る三発の弾丸を手の中でコロコロと転がす麻生。
言うまでもないが――肩に突き刺さったのは、奴が指で弾いた弾丸だ。
いくら弾丸が原型を留めていたといえ、指で弾いただけでこんなことは出来っこない。生身は当たり前としても、戦闘用に改造した義手でだって不可能だろう。
……が、麻生はいとも簡単にそれをやってのけた。
しかも完全に舐め腐った態度で、ほんの戯れのようにだ。それが意味するところは……どうやらエクステンダーってのは、生半可な存在じゃないってことだ。
強さで言えば、確実にマティアスを遙かに凌駕している。
「とはいえ、指で弾いた程度じゃこんなものですか。思ったより威力は出ませんでしたねぇ」
手の中で弾丸を転がしながら、ニヤニヤとして麻生が言う。
……実際、奴の言う通りではある。
弾は戒斗の右肩に食い込んではいるが、そう深くまでは突き刺さっていない。これが普通にピストルから発射した弾ならもっと深手を負っていたはずだ。
だが……撃たれたのは事実。現によろよろと立ち上がった戒斗の肩からは未だに血が流れていて、右手の力を幾分か鈍くしていた。
「ま、いいでしょう。戯れにはこの程度で――――十分ですからねぇっ!」
ニヤァッとまた不気味に笑って、麻生は残る三発の弾丸もバシンっと指で弾き飛ばした。
一発はこめかみの近くを掠め、一発は空振り。しかしもう一発は左の太腿にまた浅く突き刺さる。
「ぐあっ!?」
立ち上がったばかりの戒斗が、左脚に走った痛みにまたガクッと膝を折る。
「ふうむ、やはり精度もいまひとつですねぇ。この弾丸飛ばし、曲芸としては面白いと思ったのですが……実戦向きではありませんね。勉強になりましたよぉ」
そんな傷付いた彼を、麻生は勝ち誇った顔で見下す。
「てめえ……好き放題にやりやがって……!」
戒斗もこめかみから赤い血を顔に滴らせながら、ギッと鋭く麻生を睨み付けた。
そうしながら、よろめきつつ立ち上がる。
少し動かすだけでも、弾丸の食い込んだ左の太腿に鋭い痛みが走る。だが今は気にしていられる状況じゃない。戒斗は溢れるアドレナリンと気合いとで痛みを強引に無視しつつ、再び麻生にピストルを向けた。
トリガーを引き、響く銃声とともに弾丸が奴に向かって飛んでいく。
「だから、無駄ですって」
当然、麻生は飛んでくる弾丸を――今度は掴まずに、容易く手で払いのけてしまう。
が、その間に戒斗は走り出していた。
後ろに向かって一直線に走り、また受付カウンターの裏側へと飛び込む。
「野郎っ!」
カウンターの裏に身を隠しながら、構えたピストルを連射。
それを麻生は容易く手で払い、時に身を捩って回避しつつ……やれやれ、と落胆したように肩を竦めると。
「なんだ、この程度ですか。でしたら……次にこれをお見せしましょう」
と言って、右手をスッと前に突き出した。
一体、今度は何をするつもりだ―――!?
戒斗が怪訝に思ったのも束の間、ドシュンッと噴射音が聞こえたかと思えば……麻生の拳が、彼に向かってすっ飛んできた。
――――そう、奴の右拳がだ。
あまりに意味の分からない光景すぎて、戒斗は一瞬反応が遅れてしまう。
「……おい嘘だろっ!?」
が、すぐに状況を理解して青ざめた。
麻生の右肘から下が、どうやらロケット噴射か何かで分離して……その拳が、今まさに自分を目掛けて飛んできているのだ!
「うおおおおっ!?」
戒斗は彼らしくもない焦った声を上げながら、とにかく全力でその場から横に飛び退いた。
すると、その直後――今の今まで彼が立っていた場所に、すっ飛んできた奴の右拳が炸裂した。
麻生の拳はカウンターの壁面に激突、そのまま叩き砕いて貫通してきたのだ。
コンクリート製の頑丈なカウンターが、まるで瓦割りの瓦みたいにあっさりと、いとも簡単にだ。貫通した拳こそ空を切ったが……しかし、あと少し反応が遅れていたら戒斗もタダでは済まなかっただろう。なにせ拳が空を切ったのは、今の今まで戒斗が立っていた場所なのだから。
「冗談だろ、ロケットパンチかよ……!?」
そのまま床に食い込んだ麻生の右腕を目の当たりにして、青ざめた顔で戒斗がひとりごちる。
――――そう、これはまさにロケットパンチだ。
分離した腕がロケット噴射で飛んできた、これをロケットパンチと言わずして何というのか。少なくとも戒斗には他の喩えは思い浮かばなかった。
「これ、ちょっと便利な使い方がありましてねぇ」
そうして戒斗が青ざめる中、麻生はそう言って……飛ばした右腕に繋がった太いワイヤーを巻き取り始める。
どうやらあのロケットパンチ、腕の基部とワイヤーで繋がった有線式らしい――と、問題はそこじゃない。
ワイヤーを巻き取り始めた麻生は、その引っ張る力を利用して……戒斗の方に、向こうから飛んできたのだ!
「――――こういうことも、出来るんですよぉ」
「ッ……!?」
引っ張られ、目の前まで飛んできた麻生と戒斗の目がピタリと合う。
「こんにちは、また会いましたねぇ?」
「やべえ……っ!」
見上げる戒斗をギロリと横目で見て、奴が不気味に笑う。
麻生隆二、想像を遙かに超えるとんでもない化け物だ……こんなのを相手に、今ここで戦っても勝機はない……!
戦うべきか逃げるべきか、未だ決めあぐねていた戒斗は今この瞬間、逃げに徹することを決意した。
冷や汗を垂らしながら、脱兎のごとく全力で逃げ始める戒斗。
「おやおや、逃げる気ですか」
そんな彼の背中を、麻生は――ロケットパンチの右手をガシャンと着け直した奴はニヤァッと不気味な視線で見ると。
「では結構、追いかけっこを始めましょうかぁ」
けたけたと笑いながら、腰のガンベルトから遂に銃を抜いた。
奴が腰に着けていた、黒革のガンベルト。まるで西部劇のガンマンのようなそれから抜いたのは、大柄なリボルバーだった。
――――ルガ―・スーパーブラックホーク。
西部劇に出てくるようなリボルバー……の、現代ナイズド版といったところか。それを麻生はガンベルトの両腰に二挺、隠しもせずに堂々とぶら下げていたのだ。
「片側で六発、全部で十二発です。僕を相手にしてそれ以上使わせた相手は居ません、ただの一人もね。では貴方はどうでしょう? 少しぐらいは僕を楽しませてくださいよ――――ねぇ?」
手の中でくるくるとリボルバーを回しながら言って、また口角を吊り上げた麻生は――次の瞬間、その右手を閃かせた。
奴の右手が閃くのと同時に、ズドンと重く乾いた銃声がエントランスに木霊する。
「――――うぐ、ぁぁっ!?」
それが聴こえるのと同じくして、戒斗は右肩に熱く焼けるような痛みを覚えていた。
さっきの弾丸飛ばしとは比較にならないほどに強く激しい痛みだ。その激痛に耐え切れず、戒斗は思わず前のめりに転んでしまった。
床に身体を叩きつけつつ、戒斗はなんとか這って手近な事務デスクの後ろに隠れる。
「はぁっ、はぁっ……畜生、一体なんだってんだ……!?」
息も絶え絶えになりながら、戒斗は激しく痛む右肩を見た。
すると……ロングコートの肩口が、縦一直線に大きく裂けているのが見えた。その下に見える肌もそれなりに深く掠め取られていて、滲み出る血の量は……やはり、さっきの弾丸飛ばしを喰らった時とは比にならないほど多い。
恐らく、弾そのものは掠めたぐらいだったのだろう。だが喰らった弾が悪かった。奴の得物はスーパーブラックホーク、そしてこの威力だとすれば、奴の撃った弾丸は……!
「野郎、まさか44マグナムか……!」
「アハハッ、よく分かりましたねぇっ!」
悟った戒斗が独り言を呟けば、また麻生は右手を閃かせた。
響くのは再びの銃声、そして着弾するのは二発目の銃弾。
チュインッと甲高い音を立てて、戒斗の顔のすぐ近くで弾丸が火花を散らす。ハッとした戒斗が「うおっ!?」と間一髪で顔を逸らしたから、弾はデスクに命中するだけで済んだが……しかし、あと少し遅ければ危なかった。
(あの野郎、撃つ瞬間が見えなかった……!)
そんな紙一重の回避に冷や汗を掻きながら、戒斗は戦慄する。
……見えなかったのだ、麻生がリボルバーを撃つ瞬間が。
奴の両手が素早く動いたかと思えば、次の瞬間にはもう弾が飛んできていた。少なくとも彼の目にはそう映っていた。
目で捉えきれないほどの速さで、撃ち込まれた弾丸――――。
それが意味するところは、ただひとつ。奴は……麻生は、西部劇さながらの早撃ちを仕掛けてきたのだ……!
「早撃ちは僕の得意技でしてねぇ。なによりこの両腕のスペックを以てすれば、速さはリボルバーで可能な物理限界にまで迫ることが出来ます。ギネス記録なんか目じゃないですよ、アハハッ!」
また手の中でリボルバーを回しながら、自慢するみたく声高に叫ぶ麻生。
それを聞きながら、なるほどそういう意図か……と、戒斗は奴があのリボルバーを選んだことを納得していた。
……あのスーパーブラックホークのような、西部劇に出てくるタイプの……いわゆるシングルアクション・リボルバーは今の目線だと不便極まりない。撃つにも一発ごとに撃鉄を起こさなきゃならないし、リロードも弾を一発ずつ手で込めなきゃならないからだ。
だが、ただひとつだけ利点がある。
それは――――他のどの銃よりも、早撃ちに適していることだ。
あのテのリボルバーには『ファニングショット』という技法がある。トリガーを引いたまま左手で撃鉄を素早く叩いて連続射撃をする技だ。まさに西部劇の早撃ちガンマンがやる、あの撃ち方と言えば分かりやすいか。
麻生がやっていたのは確実にその技だ。そして麻生自身が言うように、奴は義手のパワーをフル活用して早撃ちの速度を極限まで高めている。リボルバーの物理的な限界スピードにまで達するほどの速さで、奴は弾丸を撃ち込んでいるのだ。
だとすれば、ますます戒斗の勝ち目はない。あんな目にも留まらぬ早撃ちを仕掛けてくる化け物サイボーグを相手に、この満身創痍の身体でどう戦えというのか……!
「コイツは、マジにヤバいかもな……!」
二度も撃たれたせいで、右手に力が入りにくくなっている。これじゃあピストルも握っていられない。
戒斗はグロックを無事な左手で握り直しつつ、デスクの陰からチラリと顔を出して様子を窺った。
「っ……!」
瞬間、また麻生の右手が閃いた。
慌てて顔を引っ込めると、今度は四発の弾丸がほぼ同時に飛んでくる。チュインッとまた甲高い音が響いて、デスクに四つの弾痕が刻まれるのを見てしまえば、戒斗は拭い切れないほどの冷や汗を流してしまう。
「さて、これで六発ですか。では次の六発で引導を渡してあげましょう」
舌なめずりをしながら言って、麻生は右手のリボルバーをしまい、今度は左手でガンベルトからもう一挺のリボルバーを抜く。
「ああ、そうかい!」
そんな麻生に向かって戒斗は吠えると――意を決して、デスクの陰から飛び出した。
同時に左手でグロックを構えて、なけなしの残弾をありったけ奴に叩き込む。
「おっとっと」
麻生はそれを軽く身体を動かしてひらりと回避すれば、ニヤァッと笑んで左手を閃かせた。
轟く銃声は、今度は六回。
六発分の44マグナムの銃声がほぼ同時に重なって木霊すると、戒斗に向かって六発の弾丸が一斉に飛んでいく。
「ッ――――!!」
その銃声が轟く直前、身を低くしていた戒斗はピストルから手を離し――左手で、近くの壁際にある大きな筒状のものを掴んでいた。
それを、銃声が響く寸前に投げつける。
リボルバーを構えた麻生の視線は、自然と飛んでくるそれに向いてしまい……そして自然に脅威と認識したのか、無意識のうちに銃口を飛んでくる物へと向けていた。
一斉に撃ち放たれた六発の44マグナム弾が、戒斗が投げつけたものを空中で破裂させる。
すると、破裂した円筒状のそれから――――白煙が、噴き出した。
「な、なにぃっ!?」
突然の出来事に、今まで余裕を見せていた麻生が初めて驚いた声を上げる。
そうしている間にも、噴き出した白煙は広がって……麻生の視界から、戒斗の姿を遮り隠してしまった。
噴き出した白煙の正体は、大量の消火剤。そして戒斗が投げたものの正体は――ここにあった、古い消火器だ!
「これは、驚きましたね……何かと思い、思わず撃っちゃったじゃないですか」
戒斗の姿が見えなくなり、完全に彼を見失った麻生が口にするのは、心からの感心の一言。
「見直しましたよ、流石はあの浅倉さんを倒しただけのことはありますねぇ。『黒の執行者』……いえ、戦部戒斗と仰いましたか。貴方に対する認識を、僕はどうやら改める必要がありそうです」
満足げな、どこか恍惚とした表情で呟きながら、麻生はリボルバーから空薬莢を落とす。
カランコロン、と一発ずつ空薬莢を足元に落として、ガンベルトのホルダーから出した新しい弾をやぱり一発ずつ銃に込める。
そうして六発のリロードが終われば、もう片方のリボルバーでも同じことを繰り返す。
「まさか、この僕に十二発を使わせて生きていられる人間が存在するとは思いませんでした。貴方は戦闘用インプラントを入れたサイボーグでもなければ、全身義体のサイバーギアでもない……ただの生身の人間が、この僕をこうも手こずらせるとは。僕よりも貴方のほうがよっぽど化け物なんじゃないですかぁ?」
感心したような言葉を呟きながら、もう片方のリロードも終えた麻生。
「――――だったら、とっととくたばりやがれっ!」
その背後から戒斗の叫び声が聞こえれば、同時にけたたましい銃声が轟いた。
同時に、振り向いた麻生も右手を閃かせてリボルバーを六連射。そうすれば麻生が振り向いた先、空中で六つの火花が激しく瞬いた。
「不意打ちとは、感心しませんねぇ」
「…………おいおい、マジかよ」
麻生の振り向いた先、砕けたカウンターを越えたエントランスの床に伏せる戒斗。
彼の左手が握るリボルバーの銃口からは、確かにほのかな白煙が漂っていた。今まさに彼のすぐ傍に転がる遺体――さっきのリーダー格の男の懐から頂戴した、S&WのM625リボルバーは確かに六発の弾丸を、麻生の無防備な背中に向かって撃ち出したのだ。
だが、振り向いた麻生が倒れる気配はない。
奴は――振り向きざまに、戒斗の弾を空中で撃ち落としたのだ。あの早撃ちで迫る六発の全てを撃墜してみせたのだ。
空中で弾丸同士をブチ当てて撃ち落とすなんて、信じがたい出来事だったが……でも空中で散った火花と、なにより無傷で立つ麻生隆二の存在そのものが、それが現実だと証明していた。
そんな神業じみた芸当を目の前で見せつけられて、戒斗はもう苦い顔を浮かべることしか出来ない。銃口こそ奴に向けたままだったが……しかし全弾撃ち尽くしているリボルバーで出来ることといえば、強がってみせることぐらいだった。
「目くらましで僕の視界から消えて、背中からの不意打ちに賭けるという作戦、いやあお見事でした。しかし考えが甘かったですねぇ――――僕なら、あれぐらい後出しでも撃ち落とせちゃうんですよぉ」
ニタニタと笑いながら、砕けたカウンターを踏み越えた麻生が近づいてくる。
弾切れのリボルバーを収めて、もう一挺のリボルバーを抜く。手の中でくるくると回したり、お手玉みたいに放り投げて遊びながら、麻生は余裕の態度で立ち止まると――右手でキャッチしたリボルバー、その銃口を床に伏せる戒斗に向けた。
「あの咄嗟の機転、諦めないガッツ。本当に素晴らしかったですよぉ? 浅倉さんを倒してしまったのも納得がいくというものです。しかし――ただの人間では、やっぱり僕には勝てません」
「ぐっ……!」
悔しそうに歯噛みする戒斗を見下ろしながら、麻生は舌なめずりをして撃鉄を起こす。
「それでは、これでさよならです――『黒の執行者』。実に楽しい決闘でした」
ニヤァッと不気味に笑って、銀色に光る麻生の人差し指が静かにトリガーに触れた。
もう、これでおしまいか。
そうして、諦めかけた戒斗が目を伏せた瞬間――――しかし、轟くはずの銃声は待てど暮らせど轟かず。一体どうなっているのかと、彼が閉じていた瞼を再び開いて見上げると。
「な……に…………?」
最初に見えたのは、驚き絶句し目を見開いた麻生の顔。
そして次に視界に映ったのは、どうしてか肩口から先がすっぽり消え失せた、奴の右腕の断面と……そして、音もなく戒斗の目の前に飛び込んできた彼女の背中。黒い忍者装束を身に纏う、白いマフラーを靡かせた彼女の背中。
何が起こったのか、そして現れた彼女は誰なのか。
戒斗が全てを理解した瞬間、遠くでガシャンと――斬り飛ばされた麻生の右腕が、音を立てて床に落下した。
「…………間一髪、間に合いましたね」
「ったく、美味しいとこ持っていきやがって……」
脱力した笑みを浮かべる戒斗に、静かに振り向いた彼女――長月遥はフッと微かに笑うと、右手に握り締めた忍者刀をカチャッと構え直した。




