第六章:STILL HERE/01
第六章:STILL HERE
「えっ、お兄ちゃんが……!?」
戒斗の身に起こったことを琴音が知らされたのは、ちょうど自宅でくつろいでいる時だった。
ソファに寝転がってテレビを眺めている最中、マリアからの着信で震えたスマートフォン。こんな時になんだろう、珍しいなと思いながら電話に出てみれば……珍しく焦った声のマリアから、戒斗のことを聞かされたのだ。
「それで、お兄ちゃんは大丈夫なんですかっ!?」
『ああ、今はとりあえず無事なようだ。街のあちこちでスイーパーの死体が上がっているらしいからね……掃除屋がてんやわんやしているよ』
「そ、そうなんだ……」
ひとまず彼が無事みたいだと聞いて、ホッとした琴音が思わずへたり込む。
『カイトが生きている限り、まだ死体は山ほど増えるはずだ。……安心して琴音ちゃん、僕のカイトは誰よりもしぶといからね。あの子は……追い詰められた時に本領を発揮するタイプなんだ』
何にしても、戒斗は無事らしい。
最初に聞かされた時はもう動揺し切っていたが、ひとまず落ち着いてきた。さっきまで痛いぐらいに高鳴っていた琴音の胸の鼓動も、少しは収まってきた気がする。
『君のことはカイトから任されたからね、とりあえず緊急で一人そっちに向かわせた。彼がああなった以上、これ好機にとミディエイターが動かないとも限らないからね』
「えっと……護衛、ってことですか?」
そうなるね、と電話口でマリアが頷く。
と、それと同時にピンポーン、とインターホンが鳴った。
『噂をすれば、早速来たみたいだね』
その音は電話越しにも聞こえていたらしく、マリアはそう言うと。
『とにかく、詳しいことは落ち着いた頃にでも追って話すよ。琴音ちゃんに今伝えておきたかったのは、カイトの身に起きたことと、これから君の傍に護衛役を常駐させること。この二つだったんだ』
「あ、はい。じゃあまた色々聞かせてください。……お兄ちゃん、ほんとに大丈夫なんですよね?」
『きっと大丈夫だ、彼は僕仕込みのゲリラ戦のプロだからね。こういう状況なら一番しぶといはずだ。……なに、僕も指を咥えて見ているつもりはない。手遅れだったけれど、既に手札はひとつ伏せてある……最善は尽くすよ。だから君は君自身の安全を最優先してくれ、いいね?』
「わ、分かりましたっ。それじゃあマリアさん……お兄ちゃんのこと、よろしくお願いしますっ」
『――――ああ、任されたよ』
その言葉を最後に、マリアは電話を切った。
と、通話が終わったタイミングで二度目の呼び鈴が鳴る。琴音は「はーい!」と返事をしつつ、小走りで玄関のドアを開けた。
「えっと、やっぱり紅音さんだったんだ」
「うん、マリアに緊急でって言われて来たんだけど……良かった、とりあえず無事みたいだね」
開けたドアの向こうから現れたのは、焦げ茶色のダスターコートを羽織った少女――深見紅音だった。
栗色のショートボブの髪も、ダスターコートの肩もうっすらと雨に濡れている辺り、よっぽど急いでここまで来てくれたのだろう。多少は雨に濡れるのも構わず、とにかく駆けてきたといった感じだった。
そんな紅音は、無事な琴音の顔を見てホッとすると「入っていい?」と問う。
琴音は「あっ、もちろんどうぞっ!」と彼女を招き入れると、とりあえずタオルを手渡してやる。
「あの、これで拭いてくださいっ」
「ん? ……あー、ごめんね琴音ちゃん、気を遣わせちゃったね」
「いえいえ、ほんとに急いで来てくれたみたいで……えっと、千景さんは一緒じゃないんですか?」
紅音がタオルで頭を拭く傍ら、ふと気付いた琴音が問いかけてみる。
そういえば彼女が前にここに来ていたときは、もう一人の相棒も――神谷千景も一緒だったはずだ。
でも今日は珍しく、紅音がたった一人でここを訪れた。そんなの初めてのことだっただけに、気になって琴音は訊いてみたのだ。
「ホントなら千景も一緒に連れてくるつもりだったんだけど、今は仕事で少し離れたところに居るみたいだから。でも後でこっちに合流するって言ってたし、待ってればそのうち来るんじゃないかな?」
「あー、お仕事で……」
なるほど、それなら納得だ。
紅音と千景、いつも一緒に行動することの多い二人だったから、片方だけで来るなんて珍しいなと思ったのだが……なるほど、仕事ですぐには来られないだけだったか。
納得した琴音はうんうんと頷きつつ「あっ、お茶出しますね」とキッチンの方に駆けていく。
といっても、淹れるのは単なるティーバッグの緑茶だ。手早く用意した琴音は、それを紅音に――勝手知ったる様子でソファに腰を落としていた彼女に出してやる。
「ん、ありがと」
お茶の入ったカップを受け取って、ズズッと啜る紅音。
「……で、戒斗のことはマリアから聞いたんだよね?」
そうして一口飲んだところで、カップをコトンと置いた紅音が問いかけた。
上目遣いに琴音を見上げながら、なんとも言えない表情で呟いた彼女。
それに琴音は「ついさっき、聞いたところです」と答える。
「えっと……大変なことに、なってるみたいですね」
「らしいね。私も詳しいことまでは把握してないけれど……まさか戒斗が、あの『黒の執行者』がって思ったよ。私もすっごく驚いた」
「ですよね……私も倒れそうでした、マリアさんから聞いたときは」
「ねえ琴音ちゃん、訊いてもいい?」
「なんですか?」
「……やっぱり、不安?」
訊かれて、琴音は少しだけ口をつぐむ。
が、それもわずかな間のこと。すぐに琴音は口を開くと、
「……それは、もちろん……はい」
コクリ、と短く頷きながら、今にも消え入りそうな小声で答えた。
「でも、マリアさんが大丈夫って言ってくれましたし、それにお兄ちゃんの強さは私もよく知ってますから。もちろん不安なのはそうなんですけれど、でも私を守ってくれたお兄ちゃんだから。だからきっと……大丈夫だって、そう思ってます」
続けて琴音がそうも呟けば、紅音は「……そっか」と、フッと少し安堵したように表情を緩めて。
「私が思ってたより、琴音ちゃんって強い子なんだね」
と、彼女を見上げながら呟いていた。
「そんな、私なんて全然ですよっ。お兄ちゃんや紅音さんたちの方が、私なんかよりよっぽど」
「腕っぷしの話じゃないよ、心の強度について。私はてっきり琴音ちゃんのこと、もっと打たれ弱いって思ってたけれど……どうやら、私の勘違いだったみたいだね。こんな時でもある程度は落ち着けているのが、何よりの証拠だよ」
「えっと、そうなんですか……?」
「少なくとも、私から見たらそうかな」
戸惑う琴音にフッと笑いかけて、紅音はまたお茶をズズッと啜る。
「まあ、とりあえず当面は私と千景がここに常駐して、琴音ちゃんを守ることになるから。場合によってはマリアに代わってもらうかも知れないけれど、とにかく誰か一人は必ず傍についてる。常に一緒なんて窮屈かもしれないけれど、そこは我慢してもらえると嬉しいな」
「我慢なんて、私はぜーんぜん大丈夫ですよっ! 紅音さんや千景さんと一緒に居るのも楽しいですからっ」
それに――――と、琴音は元気いっぱいだった声をひそめて呟くと。
「……その方が、お兄ちゃんも安心できると思うから。だから私はぜーんぜん大丈夫ですっ」
少しだけ目を細めて、そう続けて言うのだった。
それを聞いた紅音はふふっ……と、お茶のカップを片手に小さく笑って。
「やっぱり、琴音ちゃんは強い子みたいだね」
確信したように、笑いながら呟いていた。
――――どれぐらい、眠っていただろうか。
意外に長いこと眠れていたような気がするし、もう少し寝ていたいような気持ちもある。
だが、そんな束の間の安息を味わっていた戒斗を叩き起こしたのは、遠くから伝わってきた誰かの気配だった。
「…………!」
逃げ込んだ廃病院の敷地に、車が入って停まった音がした。
それも一台きりじゃない、複数の車が停まった音だ。あちこち窓が割れているからか、その音は処置室にも微かだが響いていた。
続けて、ドアを開け閉めする音も重なって聞こえてくる。
そんな音を聞きつけた戒斗は、すぐに目覚めてハッとベッドから飛び起きた。
「六時間ぐらい、ってところか……思ったより寝れたが、嗅ぎつけられるとはな」
チラリと腕時計を見ると、眠りに落ちてからおおよそ六時間が経っている。
もう夜明けの時刻だ。外も薄明るくまどろんでいる頃合いだからか、処置室の中は逃げ込んだときよりも多少は明るくなっている。といって……ほんの少し明るくなった程度だが。
だが、問題はそこじゃない。こんな廃病院に、しかもこんなタイミングで来る連中だ。まず間違いなく追っ手と思っていいだろう。
相手はスイーパーか、それとも捜査一課の連中か――――。
どちらにせよ、もうここには居られないということは変わりない。起き上がった戒斗は脱いでいた服をすぐに身に着けた。
流石に六時間も経っているからか、Tシャツもロングコートもある程度は乾いている。
そうして服を着れば、ベッドから降りた戒斗はそろりそろりと足音を殺しつつ、処置室の出入り口から様子を窺ってみることにした。
「――――おーい、聞こえるかぁ『黒の執行者』さんよぉっ!」
とすれば、入り口のエントランスの方から野太い男の大声が聞こえてきた。
「居るのは分かってんだ、大人しく出てきてその首差し出しちゃあくれねえか! そうすりゃ苦しめずに始末してやるよぉっ!」
「お前は完全に包囲されている、ってなぁ!」
「こっちは二〇人、てめえは一人っきりだ! 多勢に無勢じゃあ、いくらお前でも勝ち目なんかねえよなぁっ!?」
聞こえる声は複数、いずれも粗暴な男の声だ。
この喋り方、まあ刑事じゃないだろうなと戒斗は確信する。相手は確実にスイーパー……恐らくは戒斗を仕留めるために徒党を組んだ連中だろう。頭数を揃えて押し切る考えのはずだ。楽に戦える代わりに、懸賞金はメンバーで山分けといったところだろう。
まあ何にしても、敵はスイーパーで間違いなさそうだ。
「ったく、痛いところ突いてきやがるな……」
そんな連中の大声を聞きながら、戒斗はチッと舌を打つ。
悔しいが、アイツらの言うことは間違っちゃいない。二〇人と一人、多勢に無勢であからさまに不利なのは事実だ。
それに、手持ちの武器らしい武器はナイフ一本だけ。ピストル一挺でもあれば話は違ったのだが、こうなってはどうしようもなく不利なのは……悔しいが、奴らの言う通りだった。
「ま、だからって降参してやる理由にゃならんがね……」
が、それで諦める戒斗じゃない。
エントランスの連中が叫ぶ声を聞きながら、戒斗はゆっくりと行動を開始した。
足音を、気配を殺しつつ、暗闇の中に紛れるように動き出す。
「……返事、返ってきませんぜ」
「でも野郎はここに居るんだろ?」
「間違いねえ、って話だ。まあ向こうさんの情報を信じるっきゃあるめえよ――よおし、踏み込め野郎ども!」
それと時を同じくして、最初の野太い声の男の号令でスイーパーの集団が動き出した。
エントランスに居た連中が、ゆっくりと警戒しながら奥に踏み込んでくる。
だが戒斗はまだ仕掛けず、じっと息を殺して時を待った。
今は数的不利、多勢に無勢もいいところだ。そんな中で無策に真っ正面から突っ込めば、どうなるかは目に見えている。
ここは敵に悟られないよう静かに息をひそめて、奇襲で一人ずつ各個撃破していくのがベストだ。幸い戒斗にはゲリラ戦の心得がある――いや、プロフェッショナルと言ってもいい。この不利な状況が、もしかしたら却って彼に有利な結果をもたらすかもしれなかった。
(さて、と……)
敵の言葉を信じるなら、向こうの数はザッと二〇人。それ以上に多い可能性もあるが、とりあえず二桁単位の人数が居ると見積もっておくべきか。
そんな思考を巡らせながら、戒斗は闇の中でじっと敵が来るのを待った。
ブレードを展開した折り畳みナイフを左手に構え、物音ひとつ立てずにただじっと待ち続ける。
そうすれば、やがて処置室の前にある廊下にやって来る気配があった。
コツコツという足音から察するに、恐らく一人だけ。チラチラと眩い灯かりが見える辺り、銃に着けたライトで照らしながら近づいてきている。
だが、戒斗はまだ仕掛けない。
彼が隠れるのは、廊下に乱雑に積まれた機材の裏。恐らくは病院が廃業する際の混乱でそのまま置き去りにされたのであろう、大きな医療器具の裏に身を隠しながら……戒斗はじっと、奴が通り過ぎるのを待った。
「出てこーい……出てこーい……」
やがて、小声で独り言を呟きながらスイーパーが一人、目の前を通り過ぎていく。
巧みに隠れた戒斗に気付かずに、奴はそのまま目の前を素通りしていった。
そうして背中を見せた瞬間――満を持して、戒斗は動いた。
「はっ……!」
隠れていた機材の裏から飛び出して、そのまま背中からスイーパーに飛びかかる。
羽交い絞めにして、片腕で首を絞めながら……同時に左手のナイフをグッと胸に突き立てた。
ナイフの切っ先が奴の胸を貫いて、スイーパーの男は「か、は……っ」と声にならない声を上げる。しばらくもしない内に奴が息絶えれば、戒斗はナイフを抜きながら羽交い絞めを解いた。
バタン、と前のめりに男が倒れる。
当然だが、もう息はなかった。他のスイーパー連中が異変に気付いた様子もない。どうやら戒斗の目論見通り、完全に奇襲攻撃が決まったらしい。
「よし、まずは一人……!」
闇に紛れた奇襲が成功し、戒斗は確かな手ごたえを感じる。
が、敵はまだまだ残っている。彼は油断せずに周囲を警戒しながら、足元に転がる骸の近くにしゃがみ込んだ。
ナイフをしまいつつ、倒れた骸を漁る。
武器を頂こうという算段だ。敵がスイーパーであるのなら、それなりに武装してきているはず。武器が手元に無いのなら、それを頂けばいい話だ。
「……悪くないな、とりあえずで使うには十分だ」
そうして漁ってみれば、予想以上の収穫があった。
手に入ったのはアサルトライフルとピストルが一挺ずつ、いくつかの予備マガジンもセットでだ。
アサルトライフルの方はAK‐74M、旧ソ連製のありふれた代物だ。ハンドガードがアタッチメント対応のものに交換されていて、そこにタクティカルライトと垂直グリップを装着。同じく交換された機関部ダストカバーには、接近戦用のEXPS3ホロサイト照準器が載っていた。
ピストルの方は瑠梨も持っていたグロック19だ。ライフルもピストルも、運良くどちらも使い勝手のいいものを手に入れられたらしい。
「第一段階はクリア、さてここからだ……」
グロックはジーンズの腰に挟んで、AK‐74を手に戒斗は静かに立ち上がる。
――――と、ちょうどその時だった。
「居たぞっ!!」
背後から叫び声が聞こえるとともに、弾丸の雨が飛んできた。
どうやら偶然通りかかった奴に発見されたらしい。ハッと殺気に気付いた戒斗はその場から飛び退き、さっき身をひそめていた医療器具の陰に飛び込む。
飛んできた弾丸が、ついさっきまで立っていた辺りで虚空を切る。
「っ……!」
戒斗は半身を隠しながら、バッと膝立ちでライフルを構えた。
同時にライトも点灯し、敵の姿を照らし出す。
数は……一人、ちょうど廊下の丁字路のド真ん中に立って、こっちに銃を向けている。
だが向こうは目に突然飛び込んできたライトの光に目がくらみ、撃てないままたじろいでいる。
……タクティカルライトは、戦闘用だけあって普通の懐中電灯よりよっぽど光量が多い。そのため暗所を照らすだけじゃなく、こうして目くらましにも使えるのだ。
こちらはハッキリと敵の姿を捉えていて、向こうは目がくらんでいる。
そうして敵を確認すると、戒斗はライフルを連射した。
ダダダン、とけたたましい銃声が轟いて、銃口の先でパッパッパッと眩しい閃光が瞬く。
戒斗の放った5.45ミリのライフル弾は、風を切り裂いて飛翔し……丁字路のスイーパーに命中。バタンと後ろに吹っ飛ばせば、見事に返り討ちにしてみせた。
「よし、こっちだ!」
「囲んで袋叩きにしちまえっ!」
とりあえず、反撃には成功した。
だが途端にあちらこちらが騒がしくなる。これだけ派手に銃声を轟かせたのだから、他の奴らにバレたって当然だ。
「後は出たとこ勝負、ってか……!」
だから戒斗は立ち上がると、すぐにその場から走り出した。
ライトは消して、足音は出来るだけ殺しつつ素早く廊下を駆け抜ける。
状況にもよりけりだが、必要ないときはライトを消しておくのが暗所でのベターな戦い方だ。無暗に点けっぱなしで行動すれば、その光で却ってこちらの位置を敵に知らせてしまうことにもなる。
それに長いこと暗闇で過ごしていたからか、戒斗の目はすっかり暗所に慣れていた。
暗順応という奴だ。まして夜明けでほんのりと薄明るい今なら、ライト無しでも動き回ることはできる。灯かりは必要なときだけ点けて、目くらましにするのが今はベストだと判断した。
(敵は……近いな、数も多い……!)
そうして闇の中を駆け抜けながら、戒斗は敵の気配を探る。
神経を尖らせて、わずかなヒントから相手の位置と数を割り出すのだ。それは足音だったり息づかいだったり、衣擦れの音だったりといった情報だ。研ぎ澄ませた感覚でそれを拾い集め、敵の存在を感じ取っていく。
現在地から最も近いのは、曲がり角の向こう側に居る七~八人ぐらいの気配だ。確かそこは診察室前の広い廊下で、ベンチの並んだ待合所のようなエリアだったと記憶している。
敵が多いのは厄介だが、しかし好機でもある。先手を取れさえすれば、一気に向こうの数を減らすチャンスでもあるのだ……!
「――――ッ!」
そう判断した戒斗は、迷わずに勝負を仕掛けた。
曲がり角から飛び出しながら、ライトを点灯。敵の目をくらませながら数と配置を確認し、一気にライフルを斉射する。
ダダダン、と断続的な銃声が響いて、彼の奇襲を喰らった連中が倒れていく。
だが、倒せたのは三人ばかしだ。他の奴らは攻撃を受けたと知るや否や、あちこち飛び退きながら反撃を仕掛けてきた。
飛んできたいくつもの弾丸が、走る戒斗の傍を掠めていく。
戒斗はキュッと床を鳴らしながらスライディングし、ちょうど横倒しになっていた待合用のベンチの裏に滑り込んだ。
そうしてベンチを盾にしながら、ライフルを撃ちまくる。
だが向こうも馬鹿じゃない。生き残った奴らは同じようにベンチの裏なんかに隠れながら、あちらもライトを点けたライフルで応戦してくる。
「くそ……っ!」
敵の放つライトの光を浴びて、思わず戒斗の目がくらむ。
暗順応した――つまり瞳孔の開いた目に、タクティカルライトのとんでもない光量は刺さるように痛い。光を浴びた戒斗は思わず目を背けながら、ベンチの陰に身を引っ込めざるを得なくなる。
その間にも敵の射撃は続いていて、じりじりとだが奴らは距離を詰めてきていた。
このまま連続射撃で動きを封じつつ、距離を縮めてトドメを刺すつもりらしい。
かといって応戦しようにも、向こうは戒斗のライトの光を頼りに撃ち込んできている節がある。目がくらんで姿がハッキリ見えなくても、灯かりの方になんとなく撃てばいいのは……ライトの明確な弱点だ。
それは戒斗の方にも言えることだったが、しかし一人を撃つ間に他の奴らから撃たれてしまう。こうなってくると数で劣る戒斗の方が圧倒的に不利だった。
「っ……だったら!」
その不利をひっくり返さんと、戒斗はある奇策に打って出た。
ライトを点けたままのAKから手を離し、どういうわけだか床を滑らせる。
「そこだっ!」
「往生しやがれっ!!」
すると、AKが床を滑っていくのと同時に……そのライトが放つ光に向かって、敵の弾丸が飛んできた。
彼らはライフルの灯かりを戒斗だと思い込んで弾丸を撃ち込んでいるのだ。互いにライト付きの得物で戦っているのなら、光のある方に標的が居る――そんな心理的な隙を突くために、戒斗は敢えてライフルを囮にしたのだ!
「おたくら、ちょっと甘いぜ……!」
奴らが床を滑るライフルに夢中になっている隙に、戒斗はピストルを抜いて立ち上がる。
ベンチの陰から身を乗り出して、右手に構えたピストルを連射。向こうはライトを点けているから位置は丸わかりだ、命中させるのは容易い……!
「終わりだっ!」
トリガーを引けば、ガンっと反動が腕を揺さぶる。
そうすれば、戒斗が狙い定めた先で残る五人ばかしの敵が9ミリ弾に撃ち抜かれ、バタバタと次々に倒れていく。
「これで、全部か……!」
ひとまず、ここに居た敵はこれで全滅だ。
弾の切れたグロックのマガジンを交換しつつ、戒斗は呼吸を整えながらチラリと横を見る。
「……ま、駄目になっちまってるよな」
そんな彼の視線の先にあるのは、床に転がったAK‐74M。囮にしたから仕方ないが、床に転がるAKは弾丸を浴びまくって穴だらけになり、ボロボロで使い物にならなくなっていた。
「――――こっちだ、奴が居るはずだっ!」
「くそっ、俺らの数ばっか減っていきやがる……どうなってんだよ、一体!?」
そうして視線を流した矢先に、今度は別の方角から敵の一団がなだれ込んでくる。
どうやら今の交戦音を聞きつけたらしい。戒斗は「休む間もねえってか……!」と毒づきながら、敵の迫る方に向かってグロックを撃ちつつ駆け出した。
走りながらとりあえず右手のピストルを撃ちまくり、新たに現れた連中の五人ばかしを撃ち抜いてやる。
だが、このまま戦い続けるわけにもいかない。本格的に襲われる前に戒斗はその場から離脱し、また敵の前から姿をくらませた。
「とりあえず、半分以上はやったんだ……あと半分、どうにかしてやるさ……!」
そうして戒斗は、再びその身を闇の中へと溶け込ませていく。
音もなく忍び寄り、仕掛けるときは最大限の火力で一気に敵を叩きのめす。そんな神出鬼没の戦法で、戒斗は敵のスイーパーたちを一人、また一人とその数を減らしていく……。




