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黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-04『過去からの刺客‐Blue Rain‐』
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第五章:FALLEN ANGEL/01

 第五章:FALLEN ANGEL



 タタタタン、と乾いた銃声が雨音に混じって木霊する。

 閃いた戒斗の右手、激しい火花が瞬くP226の銃口から続けざまに放たれた弾丸は――河川敷の上に停まる複数台のパトカー、その全てヘッドライトを撃ち抜いた。

 バリンと割れる音がして、戒斗を照らしていた眩しい光が消える。

「くっ……!?」

「あの野郎、ホントに撃ってきやがった!?」

 轟いた銃声と着弾音に驚く刑事たち、その視界から――ヘッドライトの光が消えたことで、戒斗の姿が見づらくなる。

(今だ……!)

 その隙を突いて、戒斗は一目散に走り出した。

 高架下から飛び出して、雨と夜闇の中に紛れるようにして逃げ出す戒斗。

「っ、逃げられた!」

「追えっ、絶対に逃がすなっ!!」

 河川敷の闇の中に消えていく彼の背中を、ハッと我に返った刑事たちが一斉に走り出して追いかけていく。

 だが……きっと、追いつけないだろう。

 独り立ち止まったまま、彼と刑事たちの背中を見送るエミリアは……表情を冷たく凍り付かせたまま、自分でも驚くほどに冷えた思考でそう思っていた。

「…………やっぱり、貴方ならそうするわよね」

 ポツリと呟いた言葉が、雨音に混じって掻き消えていく。

 エミリアは右手のリボルバーをそっと懐に収めると、スマートフォンを取り出して操作し始める。

 降りしきる雨粒がポツポツと濡らす画面を指でタップし、ほんの一瞬だけためらいつつ……最後にそっと『SEND(送信)』と記されたボタンを押す。

 これで、何もかもに片が付く。

 エミリアは淡く光る画面をしばらく見つめて、一度小さく瞼を閉じた後……そっと開くと、無言のままにスマートフォンをポケットにしまう。

 そうして一瞥するのは、彼方の景色。けたたましく鳴り響くサイレンのずっと向こうで、きっと今も抗い続けているのだろう……彼の、逃げた方角。

「……こうする他に、なかったのよ」

 遠くを見つめながら、今にも消えそうな細い声音で呟きながら……エミリアはただ独り、雨に打たれ続けていた。





「くそっ、なんてこった……!」

 背後から聞こえるのは、バシャバシャと濡れた地面を走る追っ手の気配。それから逃れるべく、戒斗は雨に打たれるのも構わず必死に走り続けていた。

 土地勘では圧倒的にこちらの方が有利だ。戒斗は狭い路地や入り組んだ道を巧みに利用しながら、少しずつではあるが刑事たちを撒きつつあった。

「――――止まれっ!」

 が、未だ完全に逃げ切ったわけじゃない。

 戒斗の逃げる先を読んだのか、はたまた偶然出くわしたのか。曲がり角から飛び出してきた刑事二人がバッと彼に銃口を向けた。

「ッ……!」

 ハッとした戒斗も咄嗟にそちらの方にP226を向けた……の、だが。

(ああくそ、コイツらを撃つわけにもいかねえか……!)

 しかし、撃つのはためらった。

 まず間違いなく意図的に嵌めてきたエミリアはともかく、この刑事たち――恐らく捜査一課の連中であろう彼らは、あくまで警察官としての職務を全うしているだけに過ぎないのだ。

 そんな彼らを、まさか撃ってしまうわけにはいかない。

 そう思った戒斗はトリガーを引きかけた指を止めて、ピストルの構えを解くと――ダッと地を蹴り、彼らに飛び掛かった。

「うおおおっ!」

 タックルを喰らわせて、まずは一人を吹っ飛ばす。

 すぐに体勢を整えれば、戒斗はもう一人に向けて鋭いハイキックを繰り出した。

 戒斗の振り上げたブーツの爪先がガッと刑事の右手に食い込み、握っていたリボルバーを弾き飛ばす。

 だが油断は禁物だ。そのまま戒斗は次に掌底を胸にダンッと叩き込んで刑事を怯ませた。

 胸のちょうど鳩尾(みぞおち)辺りに強い衝撃を浴びて、刑事の彼は思わずガクッと膝を突く。

「あんたらには悪いが、俺も捕まるわけにはいかないんだ……!」

 一人は吹っ飛び、もう一人も膝を突いた。

 その隙を突いてまた戒斗はダッと走り出して、まさに脱兎の如き勢いで逃げ出した。

(逃げるにしたって、まずは武器が要るな……それに、出来れば移動手段もだ。何より瑠梨のことも気になる……一旦は帰った方が良さそうだな)

 雨の中を全力疾走しながら、戒斗は思考を巡らせる。

 …………そう、まずは武器が必要だ。

 とりあえず逃げ出せたはいいが、この先どうするにしたって武器が必要になるのは目に見えている。たった一挺のピストルだけじゃ対抗できないだろう。

 ならば、一度マンションに戻るべきだと判断したのだ。可能であれば移動手段も確保しておきたいし、それに……留守番を頼んでおいた瑠梨のことも気になる。出来ることなら巻き込みたくないし、すぐに部屋から逃がしてやるべきだ。

「――――ッ!?」

 そう考えながら、とりあえず瑠梨に連絡だけはしておこうと――戒斗が懐のスマートフォンに手を伸ばしかけたときだった。

 ちょうど目の前に迫っていた十字路から、複数の人影が飛び出してきたのだ。

 数は……三人。どれもがラフな私服姿の男たちで、飛び出すや否や無警告でピストルを向けてくる。

 向けられた銃口の数も三つ。しかしそのどれもが警察の使うような物じゃない。何よりも、彼らは決して無警告で銃を向けたりはしない……!

(まさか……同業者(スイーパー)か!?)

 鋭い直感が、戒斗の背筋にピリッとした危機感を覚えさせられる。

 この連中は……多分、刑事じゃない。恐らくは戒斗と同じスイーパーだ……!

「ッ!!」

 どうして刑事の他に、スイーパーまで出てくるのか。

 まるで意味が分からないが、奴らが敵意を向けているのは明らかだ。ならば応戦する他にない。相手が刑事じゃないのなら、同じスイーパーなら容赦は無用だ。振り掛かる火の粉は払わねばならない……!

 瞬時にそう判断した戒斗は、バッと右手のP226を構えて――連射。パパパッと雨の中で閃光がほとばしれば、飛翔した9ミリ弾で瞬時に奴らを叩きのめした。

 胸に二発、眉間に一発。ほぼ同じ個所を綺麗に撃ち抜かれたスイーパーたちが、一斉にバタッと倒れる。

「一体、何がどうなってやが……っ!?」

 ザッと靴底を鳴らして立ち止まった戒斗が、混乱しながら足元の(むくろ)を一瞥しようとした――その刹那。ハッと背後からの殺気を感じ取った戒斗は、考えるよりも早くその場から飛び退いていた。

 バッと横っ飛びに電柱の裏に隠れれば、背後から飛んできた弾丸が今まで戒斗の立っていた辺りで空を切る。

 見ると……そちらからも同じような、ピストルを携えた連中が迫っていた。

「なんで同業者にまで狙われにゃならんのだ、畜生めっ!」

 毒づきながら、戒斗は電柱の裏に身を隠しつつピストルを撃つ。

 ダンダン、ダダンと続けざまに連射し、一人また一人と返り討ちにして……そうして、三人ばかしを撃退したときだった。

 四人目の敵に向かって、狙い定めた戒斗がトリガーを引いた瞬間だ。

 乾いた銃声とともに――――ガキンッ、と嫌な感触が手に伝わってきた。

「っ!?」

 ハッとした戒斗が思わず手元を見ると、すると……どういうわけだか、P226のスライドが中途半端なところで動きを止めていた。

「ああくそ、肝心な時にジャムりやがってっ!!」

 一目見たら分かる、これは弾詰まり――ジャムの症状だ。

 オートマチック・ピストルにはよくある現象で、空薬莢が変なところで詰まってしまうことで起こる。

 原因はすぐに分かった。空薬莢が抜け切らないまま次弾を装填しようとして、銃内部で弾が詰まってしまうダブルフィードの症状だ。

 ピストルである以上、弾詰まりはどんな銃でも、どんな時にも起こり得るもの。でもこんな肝心な時に起きなくたって……!

「畜生……っ!」

 マガジンを抜き、何度かスライドをガシャガシャ動かして問題の空薬莢を抜き、またマガジンを差して再装填。

 弾詰まりのクリア手順は割と簡単なものだが、この逼迫(ひっぱく)した状況下では(わずら)わしいったらない。敵が今にも迫ってきそうなのに、撃ちたくても撃てないというのは……想像以上のストレスなのだ。

「よし……!」

 戒斗は苛立ちながらもすぐに弾詰まりをクリアすると、また電柱から顔を出してピストルを構えた。

 サッと狙い定めて、トリガーを引く。

 撃鉄が倒れて、タァンッと乾いた銃声が響く。

 ――――だが、同時にまたもガキィンッと嫌な感触も伝わってきた。

「おい冗談だろ!?」

 二回続けて弾詰まりを起こすなんて、天文学的な確率だ。

 これには戒斗も顔面蒼白になって、思わず手元のP226をバッと凝視した。

 が……よく見てみると、すぐに原因は分かった。

 ピストルには『エキストラクター』という、簡単に言えば……空薬莢を掴み、銃の外に弾き飛ばすための爪みたいな部品がある。

 で、戒斗のP226は……どうも、そのエキストラクターの爪が欠けてしまっていたのだ。

 これでは排莢することなんか出来っこない。見ると症状もさっきと同じようだし、原因はエキストラクターの破損で間違いなかった。

 そして、爪が欠けた根本的な原因は……恐らく金属疲労だ。

 エキストラクター自体は消耗品で、現にこのP226も何度か交換している。撃ちまくればいつかは壊れるものなのだ。

 だが……よりにもよって、今このタイミングで折れてしまうなんて……!

「ああ、くそっ!」

 こうなっては、P226はもう使い物にならない。弾詰まりをクリアしたとしても、また次に撃ったときに同じことになるだけだ。

 戒斗は大きく舌を打ち、使えないピストルを潔く懐に収めた。

 そうして、左手で折り畳みナイフを抜く。肝心の得物が使えないのなら、あるもので何とか切り抜けるしかない……!

「うおおおっ!!」

 意を決し、戒斗はバッと電柱の陰から飛び出した。

 残った敵はあと二人、大丈夫……この数なら、銃が無くても対処できる……!

 身を低くして走りながら、戒斗はまず一人に向かってナイフを投げつけた。

 シュッと鋭く閃いた左手から、折り畳みナイフが空を切って放たれる。

 緩く回転しながら飛んでいったそのナイフは――狙った通りに、綺麗に男の胸部に命中。サクッと切っ先で貫けば、その衝撃と激痛を浴びた男にガクッと膝を折らせた。

 これで、まず一人は無力化した。後のもう一人に関しては……こうなったら、度胸一発やってみるしかない!

「でりゃぁぁっ!!」

 飛び込んだ戒斗が繰り出すのは、身体ごと投げ出すようなドロップキック。勢いをつけて地面を蹴り、ハンマーのように胸に両足を叩きつけてやれば、もう一人の男はたまらず吹っ飛んでしまった。

 ドロップキックを浴びた男が数メートル先で倒れるのと同時に、繰り出した戒斗もダンッと背中から地面に叩きつけられる。

 雨に濡れた地面でバシャッと水しぶきが跳ねて、湿った背中の感触がなんだか気持ち悪い。

 だが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。戒斗はバッと瞬時に置き上がれば、吹っ飛んだ男が起き上がる前に距離を詰めて――――。

「てめえは寝てろっ!!」

 地面に転がる男に、そのまま飛び掛かった。

 ジャンプし身体を叩きつけるように飛び掛かり、何発かブン殴って男の意識を刈り取る。

 そうすれば、たまらず意識を失った男の手からピストルが転がり落ちた。

 奴の上から離れた戒斗は、地面に落ちたその得物を拾い上げる。

 コルト・M1911――伝統的な45口径ピストルだ。

 飾り気のないノーマル仕様で、マガジンも七発装填のミリタリーマガジン。流行りのタクティカルカスタムと違ってノーマルの1911は狙いが付けにくいが、得物が壊れたこの状況だ……贅沢は言っていられない。

「ありがたく頂いとくぜ、てめえには要らねえだろうからな」

 言って、戒斗は拾った1911の状態を確かめる。

 マガジン内に四発、装填済みが一発。動作にも引っ掛かりは少ない。まあまあ整備は行き届いたピストルらしい。

「う、ぐ……」

 そうして1911の状態を確かめていれば、遠くから聞こえるのはもう一人のうめき声。

 戒斗は振り向かないまま1911をダァンっとブッ放せば、その男にもトドメを刺してやる。

「悪く思うな、今日の俺はいつも以上に容赦していられないんだ!」

 ひとりごちながら、戒斗は気絶した男のポケットから予備マガジンを拝借し……今トドメを刺した奴の胸からは、投げて突き刺さったままのナイフを回収する。

 周りに更なる脅威の気配はない。ひどい目に遭ったが……とりあえずの窮地は乗り切ったようだ。

「ったく、なんて日だ……マックスの言う通りに予備のリボルバーでも持っときゃよかったぜ」

 ブツブツと独り言を呟きながら、折り畳んだナイフをしまいつつ……戒斗は立ち上がり、また雨の中を駆け出した。

 自宅マンションまではそう遠くない、今はとにかく武器を確保し、瑠梨を逃がしてやらないと……。

 そう思いながら、戒斗は急ぎ駆けていく……雨の降りしきる夜道を、ただひたすらに。





「はぁっ、はぁっ……!」

 逃走と戦闘、そのせいで帰るのにも普通の倍ぐらいの時間が掛かってしまった。

 バンッと乱暴にドアを開けて、息を切らした戒斗がずぶ濡れのままマンションの部屋に帰ってくる。

「ちょっ……戒斗どうしたの、ひどい恰好じゃない」

 そんな彼を見れば、ソファの上でゴロゴロとくつろいでいた瑠梨が驚くのも当然。思わず起き上がった彼女が目を丸くして、ボロボロになった戒斗を見上げている。

「話すと長くなるが、ヤバいことになった……!」

「ヤバいことって、一体何があったのよ」

「どうも、嵌められちまったらしい」

「嵌められた、って……!?」

「瑠梨の嫌な予感ってのが見事的中しちまったのさ、泣けてくるがな……」

 呟きながら、戒斗は思い出したようにスマートフォンを取り出す。

 濡れた手で画面をタップし、急ぎ電話を掛ける相手は……当然、成宮マリアだ。こういう困ったときに頼る相手は彼女だと、昔から相場が決まっている。

『――――僕だよ、カイト』

 耳に当てて数コールの後で、マリアはすぐに電話に出てくれた。

「マリアか!? 本気でヤバいことに――」

『皆まで言わなくても分かってる、大体のことは把握してるから』

「……!?」

『智里から緊急連絡が入ったんだ、君があらぬ疑いを掛けられたらしいって』

 どうしてマリアが既に事情を理解しているのか、理由が分からず驚いた戒斗だったが――今の一言で腑に落ちた。

 つまりは智里が……特命零課の局長・桐原(きりはら)智里(ちさと)がマリアに話したのだ。公安の秘密部署といえども同じ警視庁、そういう情報が入ってくるのは早いということか。

『警察の動きに関しては、智里の働きかけでどうにか落ち着きつつある。ド派手に指名手配ってことにはならないから、そこは安心してくれていいよ』

「そ、そうか……」

『だが油断は禁物だ、智里が抑えたといっても限度はある。特に捜査一課は……身内をやられているからね、血眼になって君を探すはずさ』

「まあ、だろうな……気持ちは理解できる」

 実際それは、彼らと直接対峙した戒斗が一番よく分かっていた。

 追ってきた奴らも、叩きのめした二人も、誰もが鬼気迫る勢いだった。それもそのはずだ、桐生刑事は彼らにとって身内も身内。そんな彼がやられたとあっては……あんな鬼の形相で迫ってくるのも仕方ない。

 戒斗も彼らの心情は理解しているし、同情もする。だが完全に身に覚えがない以上、大人しく捕まってやるわけにもいかないのだ。

『だが……それ以上にヘビーな問題がひとつある。訊きたいかい?』

「聞かせてくれよ、もう何を聞いたって驚かねえ」

『それは途方もなく、それでいて常軌を逸したニュースだ。それを聞く覚悟は?』

「出来てるよ」

 答えると、マリアは『……分かった』と一呼吸置いてから。

『カイト、君にはどうやら一億ドルの賞金が掛けられたらしい』

 ――――なんて、確かに常軌を逸したことを彼に告げた。

「……………………は?」

『聞こえなかったかい? 君の首には一億ドルが掛けられたんだ』

「………………………………は?」

『だから、一億ドルだ』

「…………………………………………えっ、一億ドル?」

『うん。だから常軌を逸したニュースだって言っただろう?』

 一億ドル。

 そう、一億ドルだ。日本円に換算すると……その時の為替レート次第だから何とも言えないが、一ドル100円の超大雑把な換算だと……おおよそ百億円か。

 ……百億円。

 そう、あの百億円だ。一万円札が百億枚ほど必要な、あの百億円。

 そんな途方もない金額が――――自分の、懸賞金だって?

「なあ、マリア」

『ん?』

「……どういうことだ?」

 あまりに途方もなく、それでいてあまりに意味不明。

 そんなことを聞かされてしまえば、戒斗の目が点になるのも仕方のないことだった。

『意味分かんないだろうけれど、言葉通りなんだ』

 だがそんな彼に、マリアは冷静な――いや、務めて冷静であろうとした声でそう、諭すように言う。

『何者かは分からないけれど、誰かが君の首に一億ドルってとんでもない額の賞金を懸けた。僕のところにそういう通知が来たんだ。当然それを受け取ったのは僕だけじゃない、恐らく東京中のスイーパーやフィクサーが同じ通知を受け取っているだろう』

「……マジかよ」

『それでも、普通なら君を相手にしようなんて思わない。マトモな奴ほど絶対に避けるだろうからね、そんな危ない橋を渡るのは』

 その点については、戒斗も実感として知っていた。

 あの時――ミディエイターが琴音を狙っていたとき、雇われていたスイーパーは三流どころばかりだった。相手があの『|黒の執行者《Black Executer》』だと分かれば、マトモで腕のいいヤツほど離れるもの。そう考えれば、あの程度の連中ばかりだったのには頷ける。

『でも、今回は懸賞金の額が額だからね。普通なら絶対に請けない人間でも、その途方もない額を見れば君と勝負してみようって奴は少なくないはずだ』

「なにせ一億ドルだもんな……」

『とりあえず、僕の使ってる子たちには手出ししないようには言っておいたけれど……でも、気を付けた方がいい。今の君は警察だけじゃない、街中のスイーパーからも狙われてるんだ』

「無茶苦茶な話になってきたな……」

 こうもワケの分からないことが立て続けに起こると、一周回って現実味が無くなってくる。

 が、戒斗が追われていることも、一億ドルなんて意味不明な賞金を懸けられているのも事実なのだ。そして今……街中のスイーパーが、血眼になって彼を狙っているということも。

『何にしても、今はとにかく逃げるのが先決だ。僕も出来る限りの手は打つ……琴音ちゃんのことも心配しなくていい。とりあえず紅音ちゃんと千景ちゃんを急ぎで向かわせたし、僕も彼女の守りに入る。だから君は自分の身を守ることだけ考えてくれ』

「……すまん、恩に切る」

『いや、詫びなきゃならないのは僕の方だよ。この状況……一連の絵図を描いたのは、きっとエミリアだね?』

 間違いなくな、と戒斗はマリアに頷く。

『だったら謝らなきゃならないのは僕だ。エミリアが不審なことには、なんとなく気付いていた……そのための手も打ったつもりだったけど、遅すぎたんだ。ごめんカイト、僕としたことがとんだミスだった』

「あんたが謝ることじゃない、俺だって信じられなかったさ……俺にとってもあんたにとっても、エミリアは昔の仲間だったからな」

『……とにかく、今は逃げるんだ。それと携帯もこれ以降は電源を切っておいた方がいい。位置座標がトレースされている危険がある……というか間違いないだろうね。もし緊急連絡があったら、秘匿回線オメガで繋いでくれ。もちろんそれとは別の端末でね』

「了解だ、俺もこんなところで終わるつもりはない。……琴音のこと、任せたぜ」

『任されたよ、カイトも気を付けて。なあに僕の自慢の息子だ……君なら切り抜けられるよ、必ずね』

「……だから、息子じゃねえってのに」

 フッと最後に小さく笑って、戒斗はマリアとの通話を終えた。

 同時にスマートフォンの電源も切る。敵にこれ以上のヒントを与えないためにも、しばらくは使えそうにない。

 そうして戒斗がふぅ、と小さく息をついたとき、横から瑠梨が「これ、飲みなさい」と何かを差し出してきた。

 冷えたミネラルウォーターのペットボトルだ。冷蔵庫から出してくれたのだろう。

 戒斗は「悪いな」とそれを受け取り、封を切ったボトルを一気に煽る。

 冷えた水の感触がスッと五臓六腑に沁み渡り、なんだか心地がいい。突然のことに強い疲労を覚えた身体も、これで少しは安らいできた気がする。

「……っと、こうしちゃいられねえ」

 水を飲んで落ち着いたところで、戒斗はハッとして瑠梨の方に振り返る。

「瑠梨、今すぐここを離れるぞ」

「今の話でなんとなく察してるけれど……相当ヤバい状況みたいね」

「とりあえず君をここから逃がして、俺は姿をくらます。大丈夫だ……巻き込んだりしない、これは俺の戦いだ」

 言いながら、戒斗は自室の隣の部屋に足を向けた。

 閉じたドアの向こう、物置にしている空き部屋のクローゼットを武器庫にしているのだ。その中には仕事用の武器弾薬がたんまりと保管してある。

 それを確保しようと、戒斗が一歩踏み出そうとした――――その、矢先のことだった。

「……ねえ、社長?」

 何気ない様子でベランダの窓から外を眺めていた瑠梨が、ポツリと細い声で呼びかけてきた。

「社長言うな。どうした瑠梨?」

 呼ばれて立ち止まり、振り向いた戒斗の目に映ったのは、どうしてか青い顔をした彼女の横顔で。なんでそんな真っ青になっているのか、不思議に思っていると……。

「なんか外にたくさん車が集まってるの、しかも……降りてきた一人が、変なもの担いでこっち見てるわ」

 続けてそう言うから、近づいた戒斗も一緒になって窓の外を見下ろしてみる。

「変なものだって?」

 すると……確かに、マンション前の駐車場にやたらと車が集まっていた。

 で、瑠梨の言うようにその近くに立っている一人が、何かを担いでこっちを見上げている。肩に担げるほど長く大きな筒状のもので、先端に楕円形のものが差さっているものを――――。

「…………おい、マジで言ってんの?」

 ――――それを見た瞬間、戒斗の顔からは瑠梨と同じように、顔面蒼白を通り越してしまうほどに血の気が引いて。

「こんなとこで、あんなもんを? アイツら正気なのか?」

「社長、あれって私の気のせいじゃなかったら……そういう、ことよね」

「ああ最高だ、君の想像した通りだぜ――――RPGだ、逃げろ瑠梨ぃぃっ!!」

 顔を真っ青にした戒斗が、瑠梨を抱きかかえて一目散にベランダから離れる。

 瞬間、駐車場のソイツが担いでいたものが火を噴いて、先っぽの楕円形のものが――対戦車ロケット弾が戒斗の部屋に向かって真っすぐ飛んでくる。

 RPG‐7、旧ソ連製のロケットランチャー――――。

 そのロケット弾がベランダに突っ込んだ瞬間、戒斗の部屋は――――ものの見事に、爆発した。

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