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黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-04『過去からの刺客‐Blue Rain‐』
118/125

第四章:回り始める、運命の秒針/02

 ピンポーン、とインターホンが鳴る。

 とっくにエミリアが帰った今、既に時刻は夕方を過ぎて昼と夜の境目の頃合い。ほとんど太陽が地平線の向こうに消えて、ほんのわずかな日差しの残滓がうすぼんやりと空を染める……そんな薄暮(はくぼ)の時間。戒斗がガチャリと玄関ドアを開けると、向こう側で待っていたのは瑠梨だった。

「なんだ、どうした瑠梨?」

「貴方が暇してそうな気がしたから遊びに来たの。都合でも悪かった?」

「いや、まあ暇なのはそうなんだが……まあいい、とにかく上がれよ」

「それじゃあ遠慮なく。それとこれはお土産よ、二人で食べましょ?」

「おう、悪いな」

 どうやら食べ物が入っているらしいコンビニ袋を受け取りながら、戒斗は瑠梨を中に招き入れる。

 別に、こうして彼女が気まぐれで訪れるのは初めてのことじゃない。仕事と関係なしに来るのはよくあることだ。

 だから戒斗も突然の来訪に驚かずに、気楽な声で瑠梨を招き入れた。

「お邪魔するわ」

 部屋に入るなり、瑠梨は勝手知ったる顔でソファにごろんと横たわる。

 すると直後に「袋の中、ポテチ入ってるから取って頂戴」と言うから、戒斗は言われた通りにコンビニ袋に手を突っ込んだ。

 出したのはポテトチップス、王道のうすしお味だ。

 それを「ほらよ」と放り投げてやると、瑠梨は上手くキャッチ。開封した袋をソファ前のテーブルに置けば、横になったままバリバリと食べ始めた。

 だらーっとソファに寝転がりながら、ポチポチ弄るスマートフォンを片手にポテチをバリバリ。

 なんともまあ、綺麗な顔に似合わず自堕落極まりない格好だ。とはいえこういう光景にも慣れっこだから、戒斗も別に驚きはしない。家に上がり込むなりダラダラし始めた彼女を横目に、とりあえずコンビニ袋の中身を出し始めた。

 袋の中身は、まあ分かりやすくコンビニ飯だ。お弁当にサンドイッチにおにぎり、後はフランクフルトなんかのホットスナック系もいくつか入っている。

「弁当、あっためていいか?」

「ん、お願い。私は幕の内の方だから、社長はそっちのから揚げ弁当ね」

「俺の好みは把握済み、ってわけかい。……オーライ、何か観るか?」

「また映画でも観ましょ。好きなの選んでいいかしら」

「どうぞご自由に。いつもの棚だ、場所分かるよな?」

「もちろん。私もすっかりここの常連だから」

 答えて、一旦ソファから起き上がった瑠梨はそのまま戒斗の自室へ。そこにある本棚から適当なDVDでも見繕ってくるつもりだ。

 そして数分後、瑠梨は選んだDVDを持って戻ってくる。

 それから少しして、二人分のお弁当が温め終わった。電子レンジから出したほかほかの容器を手に、戒斗も彼女の近くへ。瑠梨はそのままソファに座り、戒斗はダイニングテーブルで食べることにする。

 瑠梨にはご要望通りの幕の内弁当、戒斗はから揚げ弁当だ。どうやらこれが今日の夕食になる感じらしい。コンビニ飯で済ませるとはなんともジャンキーだが、割といつものことだから戒斗も慣れっこだ。

「もう流していい?」

「頼む、操作は一任するぜ」

 戒斗が答えると、瑠梨は持ってきたDVDをセットする。

 口を開けたレコーダーのトレイにDVDを乗せて、リモコンで閉めればすぐに再生が始まった。

 今日の映画は『ダイ・ハード』。名優ブルース・ウィリスの代表作といえる傑作アクション映画シリーズ、その記念すべき第一作目だ。

 クリスマスにロサンゼルスを訪れたニューヨーク市警の刑事ジョン・マクレーンが、テロリストに占拠された高層ビル『ナカトミ・プラザ』で孤軍奮闘する名作アクション。公開は1988年と古いハリウッド映画だが、いつまでも色褪せない魅力に満ちた傑作中の傑作だ。

 戒斗も大好きな映画で、今まで観た回数はほぼ確実に二桁は超えているはず。子供の頃に地上波放送で流れていたのを偶然観たときから、今日までずっと好きな一本だった。

「私これ観たことないの、だから気になってた」

「意外だな、瑠梨も映画とか好きなんだろ?」

「好きだけど、色々と偏りがちだったから。前から目を付けてたのよ、そのうち観てみようかって」

「いい映画だぜ、俺が太鼓判を押してやる」

「あら、それは楽しみね?」

 テーブルとソファ、少し離れた距離で言葉を交わしながら、コンビニ弁当を食べつつ映画を観始める二人。

 ……そう、これが彼女の目的だ。

 戒斗のマンションに来て、夕食でも食べながら映画を観てだらだらと過ごす。仕事の他に瑠梨がここに来る理由といえば、ほぼ確実にこのためだった。

 とはいえ、映画を観るだけなら自宅でもできる。DVDを買うなりサブスクリプションサービスに加入するなり、今は昔と違って手段はいくらでもあるのだ。

 その辺りの真意について、少し前に本人に直接訊いたことがある。

 曰く――――『誰かと一緒に食事をしながら、ゆったり過ごしたい』だそうだ。

 瑠梨がMIT、マサチューセッツ工科大学に居たことは知っての通りだ。つまりは故郷の日本を離れて単身でのアメリカ暮らし、当然それは一人暮らしの日々だったはずだ。誰かと食卓を囲む機会なんて、そう多くなかったに違いない。

 更にその後はミディエイターに囚われ、北アラスカの山奥で軟禁生活だ。そんな中でゆったり過ごすことなんて当然無かったはずで、だから……なのだろう。瑠梨は誰かと一緒にこうして食卓を囲んで過ごす時間に、言ってしまえば飢えているのだ。

 だから、今ではよくこうして戒斗の部屋に入り浸っている。

 戒斗としても瑠梨が自分の生活スペースに居ること自体、別に気にならなかったから受け入れていた。それに事情を知ってしまった今となっては、出来る限りそういう機会を作ってやろうとすら思っている。

 別に哀れんでいるわけじゃない、気の毒に思っているわけでもない。

 ただ……彼女の気持ちが、少し分かる気がするからだ。

 戒斗も今でこそ一人暮らしだが、昔は――アメリカに居た頃までは、姉の雪乃(ゆきの)がずっと一緒だった。マリアとも同居していたが、彼女はフィクサーの仕事で家を空けがちだったから、いつも一緒に居るのは雪乃だった。

 それが、今ではこうして一人暮らしだ。

 彼ら姉弟にとっての仇敵・浅倉(あさくら)悟志(さとし)を討って程なく、雪乃は戒斗の前から姿を消してしまった。それから日本に帰った後も、マリアと同居することはせずに一人暮らしをしている。

 だから……そんな彼だから、瑠梨の気持ちは理解できていた。

 要は寂しいのだ、独りぼっちで過ごすのが。

 その気持ちはよく分かる。だから戒斗は突然の来訪にも驚かず、嫌がりもせず。こうして今日も瑠梨とだらだらとした時間を過ごしていたのだった。

「へえ、吹き替え版もいいものね」

「昔は放送するテレビ局ごとに吹き替えの声優も違ってたからな、同じ映画でも色々と味が変わって面白いんだ」

「ふぅん、勉強になるわ」

 なんて風な何気ない会話を交わしている内に、食事が終わり……映画も終わる。

 ムーディーなクリスマス・ソングが流れる中でエンドロールが始まり、ハッピーエンドで映画の幕は閉じた。

「やっぱ良いもんだな……チョイと時期外れだが」

「真夏だものね、今は」

 エンドロールを眺めながら、胸を満たす満足感を味わいつつの会話を交わす二人。

 と……急に戒斗のスマートフォンが震え始めたのは、そんな余韻を味わっているタイミングのことだった。

「なんだよ、こんな時間に誰だ……?」

 例によってマナーモードだから着信音は鳴らず、バイブレーションで震えるのみ。ただテーブルの上に置いていたからガタガタとやかましいことこの上ない。

 戒斗は面倒そうに呟きながら、震えるスマートフォンを手に取ってみた。

「……エミリア?」

 画面を見てみると、電話を掛けてきた相手は――エミリアだった。

 つい数時間前までここに居た彼女が、なんでこの時間に……急に電話なんて?

 不思議に思いつつも、戒斗はとりあえず電話に出てみることにした。

「なんだエミリア、一体どうし――――」

『――――戒斗っ、すぐに来てっ!』

 気怠そうに電話に出た戒斗だったが、しかしエミリアの焦燥感に満ちた声が聞こえるや否や、シリアスな表情に一変させる。

「……何があった?」

『例の事件の犯人、追い詰めたのよ! 貴方にも来て欲しい……今すぐに!』

「分かった、場所はどこだ?」

『河川敷の橋の下っ! 貴方の家の近くって言えば分かるわよね!?』

「オーライ、大体の見当はついた。その距離なら五分で行ける、無茶はするなよ」

 電話を切って、戒斗はすぐに席を立つ。

 それを見た瑠梨が――またソファに寝転がってポテチを摘まみ始めた彼女が「どうしたの、急に」と怪訝そうな顔をするから、そんな彼女に戒斗は一言。

「すまん、急用だ。ちょっと家を空けるから留守番頼まれてくれるか?」

 とだけ伝えると、すぐに身支度を始めた。

 椅子の背もたれに掛けていたP226入りのショルダーホルスターを身に着けて、その上からいつもの黒いロングコートを羽織る。

「別にいいけど……鍵ぐらいは持って行きなさいよ」

「分かってる、すぐに戻れる……かは分からんが、まあ好きにくつろいでてくれ。帰りたくなったら帰ってくれて構わない。合鍵はいつもの場所に隠しておいてくれ」

「了解、よく分からないけれど気を付けなさい。なんだか嫌な予感がする」

「……肝に銘じておくさ」

 後ろ手を振りながら言って、戒斗は足早にリビングルームを後にした。





 ――――気付けば、雨が降り出していた。

 瑠梨が来てから二時間ちょっと、外はすっかり夜闇の景色に変わり果てている。

 見上げれば曇天、降りしきるのは少し激しめの雨。月も星空も見えない雨模様の夜空の下、戒斗はビニール傘を片手に走り出した。

 マンションのエントランスを出て、見知った街並みを迷わず走っていく。

 エミリアが言った場所に見当はついていた。自宅マンションの近くで河川敷と橋がある場所といえば、思い当たるのは一ヶ所しかない。例の事件の犯人を追い詰めたのが、こんなご近所だというのは不思議な偶然もあったものだが……とはいえ、急行するなら近いに越したことはない。

 その河川敷まで歩けば十分と少しは掛かるが、走れば五分足らずで行ける。

 路面を跳ねた雨水でジーンズの裾を濡らしながら、駆けていった戒斗が辿り着いた河川敷は……しかし、意外なまでに静かだった。

 銃声はおろか、騒ぎ声ひとつ聞こえてこない。恐らく今まさに捕り物の真っ最中だというのに、聞こえるのは雨音と……それに掻き消されがちな車のロードノイズに、あとは川の流れる音だけだった。

(どういう、ことだ……?)

 なんとなく、妙な雰囲気が漂っている。

 戒斗は戸惑いながら、ビニール傘を差したまま河川敷の下へと降りていった。

 雨だからなのか、それとも夜だからなのか。恐らくは両方だろう。普段は子供が遊んでいたりする整備された河川敷には、しかし今は人っ子一人居やしなかった。

 そんな河川敷に降りた戒斗は、周囲に気を払いつつ……エミリアに言われた橋の下を目指していく。

 その橋は、厳密に言うと高架橋だ。上をJRの在来線が走る大きな高架の下が、恐らくエミリアの言っていた場所に違いない。

 ポツポツとビニール傘を叩く雨音を聴きながら、その高架下に足を踏み入れたとき――――戒斗が目の当たりにしたのは、目を疑うような光景だった。

「嘘、だろ……?」

 高架下には、誰かが仰向けに転がっていた。

 信じられないといった顔で目を見開き、倒れてピクリとも動かない人影がひとつ。パリッとした黒いスーツを身に着けたその人相に、戒斗は見覚えがあった。

 ――――確か、桐生といったか。

 以前にエミリアに連れられてきた、捜査一課の刑事。その彼が……今まさに、高架下で倒れている人影の正体だった。

「っ……おい、あんた大丈夫か!?」

 それが桐生だと気付くと、戒斗は思わずビニール傘を投げ捨てながら駆け寄る。

 だが、呼びかけに応答はない。傍にしゃがみ込んで容体を確認しようとすれば、そのとき戒斗は再び驚愕に目を見開いた。

「冗談だろ、なんであんたが……!?」

 ――――既に、息はなかったのだ。

 よく見れば、白いシャツの胸元が真っ赤に染まっている。べっとりと赤い血に濡れたシャツに穿たれているのは、七つの小さな穴。それが弾痕であることは一目見ればすぐに分かった。

 信じがたいことだが、彼は――桐生刑事は、ここで何者かに射殺されたらしい。

「一体、何がどうなって……っ!?」

 混乱のあまり独り言を呟きながら、立ち上がった戒斗。

 そのとき、戒斗はブーツの裏で何か硬いものを踏みつけた。

 何かと思い、足をどけてみると……そこに転がっていたのは、小型のピストルだった。

 それは、あまりに見覚えのある代物。ドイツ製の、古いが信頼できる一挺。表面に刻まれた細かな擦り傷も、何もかもに見覚えがあった。

「おいおいおいおい……!? 冗談よしてくれよ、ふざけんなっ!?」

 その名は――――――ワルサーPPK。

 まさに今日の昼間にメンテナンスを終えたばかりのそれが、どういうわけだか足元に転がっていたのだ。

 信じたくないが、それは紛れもなく戒斗の使い慣れたPPKだ。プリンセス・オブ・アズール号では香華にも貸したそれに間違いない。意味が分からないが、どう見てもそれは戒斗のPPKだった。

 ――――だが、一体どうしてそれがここに?

 いつの間に盗まれたのか……いや、そもそも今日は一日中ずっと家に居たのだ、そんなタイミングは無かったはず。だとすれば一体どうしてこれがここに……?

「ワケが分からねえ、なんでコイツがここにあるんだよ……!?」

 この理解出来ない状況を解き明かそうと、戒斗は必死に思考を巡らせる。

 だが……運命はそんな思考に浸る暇すら与えてくれないようで。遠くから近づいてくるサイレンの多重奏が、戒斗の頭を更なる混乱の渦へと叩き込むのだった。

 大挙して河川敷の上に押し寄せたのは、白と黒のパンダカラーの車たち。天井にピカピカと光る赤色灯を載せたそれは、誰が見たってパトカーだった。

「動くな、両手を挙げろ!」

 そこからスーツ姿の刑事たちがドドッと降りてくるや否や、聞こえてくるのは大声での警告。多数のヘッドライトに照らされて目がくらみ、一瞬分からなかったが……どうやら、こちらに銃口も向けているらしい。

「馬鹿野郎、俺じゃないっ!」

 多数のリボルバーの銃口を向けられながら、しかし戒斗は必死に叫び返す。

 だが彼らがそれを信じるわけもなく、向けられた銃口が逸れる気配はない。

 ……と、そんな時だった。

 コツコツと靴音を立てながら、刑事たちの間を割って出てくる影がひとつ。それもまた戒斗にとっては見知った顔だった。

「エミリア……!」

 出てきたのは、エミリア・マクガイヤーだった。

 青い髪やスーツが雨に濡れるのも気にせず、刑事たちと一緒に戒斗を見下ろす彼女。しかしそのアメジストの瞳は――今まで見たことがないほどに、冷たい色をしていた。

「ソイツらに説明してやってくれ! 俺が無実だって――――」

 彼女が現れたことで、状況は有利に傾いた。

 そう思った戒斗は、河川敷の上のエミリアに叫んだが。

「――――残念だわ、戒斗。本当に残念よ……まさか、貴方が桐生さんを手に掛けたなんて」

 しかし、彼女は冷ややかな視線を注ぎながら――あまりに冷酷な声で、そう戒斗に告げた。

「っ……お前、何を言って……!?」

「驚いたし、今でも信じられない気持ちでいっぱいよ。でも……これで分かったわ。ミディエイターと繋がっていたのは、他でもない戒斗……そう、貴方だったのね」

「んなわけねえだろうがっ! そもそも俺はお前に呼ばれてここに――――」

「言い訳は署でたっぷり聞かせてもらうわ。折角ならカツ丼も奢ってあげましょうか? 確か日本の刑事ドラマだと、そういうのが様式美だって聞いたけれど」

「冗談言ってる場合じゃねえだろ!?」

「……いいえ、冗談じゃないわ。戒斗……ううん、戦部戒斗。貴方を今ここで逮捕します。現行犯よ、言い逃れは出来ないわ……それにこの間の件の容疑もある。大人しくしてくれるかしら」

「エミリアっ!」

「本音を言えば、とても辛いの……でも私は刑事として、この国に来たFBIの捜査官として、貴方を見過ごすわけにはいかない。さあ……大人しくして頂戴」

 言って、エミリアはスッと懐から得物を引き抜いた。

 S&W・M629。ステンレスの地肌を雨に濡らすそれは、44マグナム弾を使う大柄なリボルバー。アメリカに居た頃からエミリアが愛用している、彼女の愛銃――――。

 その銃口を戒斗に向けたエミリアは、カチリと撃鉄を起こした。

「私に貴方を、撃たせないで」

 そして、冷え切った声で彼に告げる。

 起きた撃鉄、向けられた銃口。その向こうに覗くのは44マグナムのホロ―ポイント弾……。

 それを真っ正面から目の当たりにした瞬間――――戒斗の頭の中で、全てがカチンと音を立てて繋がった。





 ――――ええ、お察しの通り六発ほど撃ち込まれています。その全てが胸に集中し、直接の死因もその銃撃によるものと検死で判明しています。使われた弾は44マグナム弾のホロ―ポイント、随分と大仰な弾を使ったようですねぇ。



 ――――少なくとも、俺ら零課はなんにも聞いてねえよ?



 ――――それに、解せないことがひとつある。今までのミディエイターのやり方とは違いすぎると、君はそう思わないかい?



 ――――了解、よく分からないけれど気を付けなさい。なんだか嫌な予感がする。



 ――――カイトも気をつけるんだよ。エミリアが持ち込んだ今回の件……なんだか、妙な気配がしてならないから。





「そうか……そういう、ことか…………っ!!」

 全ての点が、一本の線で繋がった。

 エミリアが向けたリボルバーの銃口を目の当たりにしたとき、全ての真相が理解できた。

「畜生……エミリア、俺を嵌めやがったな……!!」

 全ての黒幕が、今まさに目の前にいる彼女――――エミリア・マクガイヤーなのだと。

 信じたくはなかった、でも全ての状況がそう戒斗に強く訴えかけてきている。

 遺体に穿たれた44マグナムの弾痕、不可解なタイミングでの来訪、あり得ないはずのPPKの存在、そして警察の早すぎる対応……。

 何もかも、裏でエミリアが糸を引いていたのだとすれば、全てに辻褄が合う。信じたくないが……戒斗をこの場に引きずり込んだ黒幕は、どう考えても彼女としか思えなかった。

「ああ、くそっ! 耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ! 俺はこの桐生さんを殺しちゃいねえっ!」

 全てに合点がいった戒斗は、悔しげな顔で刑事たちに向かって叫ぶ。

 それを聞いた彼らは「ふざけたことを……!」「この期に及んで言い逃れか!」と口々に非難するが、構わずに戒斗は叫び続けた。

「俺は無実だ、そこに居るエミリア・マクガイヤーに嵌められたんだっ!」

「……戒斗、無意味なことはやめて」

「どの口が言いやがる! ――――いいかエミリア! 俺は必ず証拠を掴み、無実を証明してやる! そしてお前の企みを何もかも暴いてやる……! 必ず返すぞ、この借りはっ!!」

 これは、彼女に対する宣戦布告だ。そして同時に、もう二度と元の関係には戻れないという宣言にも等しい。

 だが――――戒斗に迷いはなかった。悔しいし悲しいが、目の前にいる彼女は……エミリア・マクガイヤーはもう、昔馴染みの仲間なんかじゃない。戒斗を陥れた敵……倒すべき相手なのだ。

 ならば、(あらが)い抜いてやる。これが運命なのだとしたら、それに反逆してやる。例えどんな汚名を着せられようと……逃亡者と呼ばれようとも、戦い抜いてみせる。

「ああ、今ハッキリと分かった! エミリア・マクガイヤー……お前は、俺の敵だっ!!」

 腹の底からの雄叫びを上げて、戒斗の右手が電光石火の勢いで閃く。

 バッと懐から抜き放つのはピストル、SIG・P226。

 瞬時に狙い定めて、戒斗はそのトリガーを――――迷いなく、引き絞るのだった。





(第四章『回り始める、運命の秒針』了)

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