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黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-04『過去からの刺客‐Blue Rain‐』
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第四章:回り始める、運命の秒針/01

 第四章:回り始める、運命の秒針



 夏休みというのは、得てして暇なものだ。

 長く気だるい一学期を乗り越えた学生たちにとって、夏休みは自由を手にする束の間のオアシス。およそ一ヶ月半ほど続く長期休暇は、学生たちが自由と青春を謳歌するための貴重な時間だ。

 ……が、それはあくまで十代の彼らにとってのこと。

 戒斗にとってはむしろ、非日常の日々から日常に戻ったも同然だった。

 特に時間に縛られるでもなく過ごしながら、マリアが持ってくるスイーパーの仕事をこなしていく日々。ここ最近は忘れていたそんな――ある意味では贅沢な暇を、戒斗は持て余していた。

「――――海に行きたいって?」

『うんっ! 折角の夏休みだし、やっぱこういう時の定番って海でしょー?』

 そんな夏休みが始まって、おおよそ一週間ぐらいが経った日のことだ。

 自宅マンションのリビングルームにあるソファに寝ころびながら、戒斗は前触れもなく掛かってきた琴音からの電話に出ていた。

「……いや、言うほど定番か?」

『えー!? 漫画とかだとよく海行ってるじゃない?』

「ま、まあそれはそうなんだが……しかし、海か」

『あー、もしかしてお兄ちゃん泳げなかったりー? それで嫌なんでしょ、海行くの』

「アホ抜かせ、これでも水泳は得意なんだよ」

『じゃあなんで嫌そうなの?』

「嫌ってわけじゃないが……お前を守る上で、ちょっと不安がな」

『ん、それなら心配要らないよっ。香華ちゃんがプライベートビーチに連れて行ってくれるってさー』

「……香華のスケールのデカさと思い切りの良さは、相変わらずだな」

『あはは、それは確かに。言われたときは私もびっくりしちゃったもん……』

 なんとも言えない表情を浮かべる戒斗と、電話の向こうで苦笑いをする琴音。

 しかし……プライベートビーチとは。流石は西園寺財閥のご令嬢というわけか。

 だが、私有地ならセキュリティ面の懸念はクリアされる。プライベートビーチなら人混みとは無縁だし、脅威が近づけばすぐに分かる。それに万が一にでも戦闘になったとして、無関係な第三者を巻き込まずに済むはずだ。

 だったら、まあ……いいか。

「で、いつ行くつもりだ?」

『んー、明後日とか?』

「またエラく急だな……」

『香華ちゃんにも色々と予定があるみたいだからねー、直近で暇なのって明後日だけみたい』

「ま、俺も暇だし構わんがな。それで誰が行くって?」

『えっと、私と香華ちゃんでしょー? お兄ちゃんは今話したし、後はマリアさんとか瑠梨さんとか、紅音さんに千景ちゃんも誘ってみるつもりだよっ』

「なんだ、遥は行かないのか?」

 琴音が挙げた名前の中に、どうしてか遥が居なかった。

 それを不思議に思った戒斗が問うと、琴音は『えっとねー』と前置きをしてから。

『遥ちゃん、しばらく帰って来られないって』

 と――――戒斗も初耳なことを、サラッと口にした。

「……おい、どういうことだ?」

『えっ、お兄ちゃん聞いてないの? マリアさんからのお願いでしばらく街を離れるってこと』

「いいや、俺は聞いちゃいない。……そうか、あの時の用事ってそういうことだったのか」

 驚いた戒斗だったが、しかしそこまで聞いてピンときた。

 終業式の日、遥がマリアに呼び出されていた用件というのが――きっと、その仕事のことだったのだ。

 戒斗は瑠梨や零課の二人とコンテナ倉庫に行っていたから、知るよしもないことだ。逆に琴音は香華と一緒についていったのだから、話ぐらいは聞いていてもおかしくないか。

「で、どんな仕事だって?」

『詳しくは私も知らないんだ―、というか教えてくれなかった。なんでも調べものらしいんだけどねー』

「調べもの、何かしらの調査ってことか……?」

 うーん、と首を傾げて唸る戒斗。

 とはいえ……考えても仕方ない。琴音と話していて何か分かるわけでもなし、詳しいことは後でマリアを問いただせばいいだけのことだ。

「……ま、分かったよ」

 そう思った戒斗は頭を一度大きく振って、逸れていた思考と話題を元に戻す。

「とにかく、行くなら当然俺もついていく。明後日でいいんだよな?」

『うん、朝の九時ぐらいに香華ちゃんが迎えに来てくれるってー。泊まるのも近くにある別荘だって』

「送り迎えに三食ベッド付きか……至れり尽くせりだな、泣けてくるぜ」

『じゃあお兄ちゃんも行くってことで、明後日楽しみにしてるからねっ!』

「お前も当日までに風邪とか引くんじゃないぞ」

『んもー、大丈夫だよっ』

「そうか? 割とお前そういうところある気がするがな。小三のときの遠足だってお前、楽しみで夜眠れなかったって言ってただろ?」

『もうお兄ちゃんってば、そんなこと……ある、かも知れないけど』

「ははは、まあとにかく体調は万全にな」

 ひとしきり琴音をからかったところで、戒斗は電話を切る。

 スマートフォンを近くのテーブルに放って、うーんと伸びをしてからよっこいしょと起き上がる。

 凝った肩をボキボキと鳴らしながら、立ち上がった戒斗はそのままダイニングテーブルへ。そこに置きっ放しにしていた小型ピストルを手に取れば、はぁと小さく溜息をついた。

「そういや、コイツのメンテもしなきゃならんのだったな……暇つぶしにゃ丁度いいか」

 手に取ったのはワルサーPPK。以前に香華に貸してやった後、しばらく経ってから返却されたものだ。

 返してもらったはいいが、メンテナンスをするのをすっかり忘れていた。返却された日にこのテーブルに置いたまま放置していたのだ。そのせいか、黒染めのピストルには薄っすらと埃が被っている。

 だから状態はプリンセス・オブ・アズール号で戦ったときのまま、要は撃ちっ放しだ。整備しなきゃなと思いつつも、どうにも億劫(おっくう)で今日まで放置してしまっていた。

 ……もちろん、撃った後にすぐメンテナンスしなかったからといって、すぐに銃が壊れるわけじゃない。

 が、良くないのは事実だ。ちょうど暇を持て余していたところだったし、いい機会だからと戒斗は重い腰を上げることにした。

「確かこの辺に……っと、あったあった」

 メンテナンス用具を引っ張り出して、戒斗はテーブルに着く。

 ちょうど外は晴れているし、ついでにベランダの窓も開けておいた。銃のメンテには有機溶剤を使うから、ちゃんと換気しておかなきゃならない。雨の日ならげんなりするところだが、これぐらい晴れていればすがすがしくてちょうどいい。まさにメンテ日和だ。

 ……尤も、ジリジリとした熱気とやかましいセミの大合唱で台無しなのだが。

「さて、と……」

 暑苦しい夏の景色を横目に、戒斗はワルサーPPKの整備を始めた。

 といってもやることは簡単だ。大まかに分解してから、銃身の中を掃除したりガンオイルを差したり、後は磨いたりとその程度。PPKは古いだけに構造が単純で、分解整備が楽でいい。小型ピストルだから尚更だ。

「こんなもんでいいか」

 始めて数十分、割と短い時間でメンテナンスは完了した。

 PPKは彼にとっても使い慣れたピストルだ、構造も単純だしそう時間は掛からなかった。

 最後に布で表面を拭い、ピカピカになったPPKをコトンとテーブルの上に置く。後は道具を片付けて、油っぽくなった手を洗えばオールオッケーだ。

「もう昼時か、面倒だしデリバリーでいいか……っと、誰だ?」

 そんなこんなで、気付けば時刻はもうお昼ごろ。今日の昼食はデリバリーで済まそうと、空腹を覚えた戒斗がスマートフォンを手に取った……その時だった。ピンポーン、とインターホンが鳴ったのだ。

 誰だろうか。来客の予定は無いし、宅配便が届くような覚えもない。

 不思議に思いつつ、戒斗が壁のモニターを見てみると……そこに映っていたのは、意外な顔だった。

「……エミリア?」

 玄関ドアの前に居たのは、どういうわけだかエミリア・マクガイヤーだったのだ。

 青い長髪にクールな顔つき、戒斗が見間違うはずがない。インターホンを鳴らしたのは間違いなくエミリアだ。

「何しに来た? というかどうしてここが分かった?」

『あら、ちょっと調べればすぐ分かることよ? ちょっと貴方に用事があるの、お邪魔させてもらっていいかしら?』

 怪訝そうに応対した戒斗に、エミリアがモニター越しに微笑みかける。

「用事なら電話でいいだろうに、わざわざ調べて来たのかよ」

『電話じゃちょっと話しにくい内容なの。仕事の話って言ったら分かるでしょう? それに近くまで来る用事があったから、ついでに寄ってみたのよ』

「ったく……これから昼飯でも頼もうかと思ってたんだが」

『いいわよ、それぐらい私が奢ってあげるから。それより早く開けてくれるかしら? 外は暑くてたまらないわ……このままじゃ私、貴方のお部屋の前で倒れちゃいそう』

「ああくそ、分かった分かった! 今開けるからちょっと待ってろ……」

 わざわざ部屋の前で倒れられちゃたまらない。戒斗は「ったく……」と毒づきつつ玄関に向かうと、鍵を開けたドアをガチャッと開けてやった。

「はぁい、なんだか久しぶりね?」

「……いいから早く入れって」

 にこやかに笑うエミリアを、とりあえずは部屋の中に招き入れてやる。

「それじゃあ、お邪魔するわ。……あら、涼しくて快適ね」

「そりゃどうも」

 ちゃんと空調は利かせているから、灼熱地獄の外界とは天と地ほどの差だろう。真夏のこの時期、今やエアコンは生命維持装置に等しい。入ってきたエミリアもどこかすがすがしそうな様子だった。

「ほらよ、あいにくとコーヒーは置いてないんでな」

 招き入れた彼女をとりあえずダイニングテーブルに着かせて、戒斗は冷えた緑茶を出してやる。冷蔵庫から出したペットボトルのお茶をグラスに移し替えただけだが、真夏の日差しを味わった後ならちょうど良いだろう。

「あら、気が利くわね」

「一応はお客様だからな」

「ありがと、頂くわ」

 冷えたグラスを手に取って、エミリアがこくこくとお茶を飲む。

 ちなみにテーブルには、さっきメンテを終えたばかりのワルサーPPKが置きっ放しだ。まあ……相手がエミリアだし、別に片付ける必要もないだろう。

「で、俺に話したいことってのは?」

 戒斗は開けっ放しだったベランダの窓を閉めた後、自分もお茶のグラスを持って対面に座る。

 そうして早速ストレートに質問してみれば、エミリアは半分ほど飲み干したグラスを置いて。

「とりあえず、現状報告がしたかったの」

 彼の質問に答える形で、本題を切り出した。

「まず結論だけ言うと、ミディエイターは手掛かりすら掴ませてくれなかったわ」

「だろうな……」

「ただ分かったことは、この間の一件……ほら、貴方や桐生さんと一緒に踏み込んだ時のことよ。あの時に発見したスイーパーだけれど、やはりミディエイターと関わっていたことが判明したわ。ただ……意外だったのは、どうやら敵対的な立場だったらしいのよ」

「なんだよ、連中のお仲間じゃなかったのか?」

「私たちの見当外れだったの、部屋に残されていたパソコンから断片的にだけれど痕跡が見つかった。どうやらあの彼……ミディエイターについて調べていたらしいのよ」

「……なるほど、な」

 ――――これは、意外な方向に話が転がってきた。

 踏み込む前のエミリアの口振りから、部屋の主はてっきりミディエイターの仲間かと思っていたが……まさか、こちらも似たような事情があったとは。

 ますます零課の抱えている事件と似てきた。現場の状況といい、バックグラウンドといい……とても二つの事件が繋がっていないとは、素人の戒斗にだって思えなかった。

 まず間違いなく、零課とエミリアの二つの事件は関連している――――。

 それを確信すればこそ、戒斗はシリアスな面持ちで……しかし余計な口は挟まずに、静かにエミリアの話に耳を傾けていた。

「ただ内部のデータは既に修復不可能なまでに破壊されていて、読み取れたのはほんの断片だけ。調べていた内容も分からないけれど、でも分析で分かったことがひとつあるの」

「……聞かせてくれ」

「彼が何者かの依頼でミディエイターを調べていたこと、そしてその依頼主と思しき相手の名前が――『ブラック・イーグル』だということよ」

 ――――やはり、か。

 なんとなく予想は出来ていたことだ、この名前が出てきたことに驚きはしたが、しかし戒斗はそれを顔に出すことはしなかった。

『ブラック・イーグル』――――瑠梨がコンテナ倉庫で調べたパソコンからも出てきた名だ。恐らくは組織名なのだろうが、その正体は依然として分からない。

 だが、その名がエミリアの口から出てきたことで確信できた。二つの事件は確実に繋がっていると……。

(これは……後で旦那に報告しておかなきゃな)

 とりあえず、零課の佐藤には連絡をしておくべきだろう。両方の事件が繋がったと分かった以上、放ってはおけない。

 内心でそう思いつつ、戒斗はエミリアの話に耳を傾ける。

「分かったことはそれだけ、貴方に伝えておきたいのもそれだけ。話はこれで終わりよ」

 だが、直後にエミリアは話を終わらせてしまった。

「……ホントに現状報告だけなんだな」

「だって、分かっているのはこれだけだもの。さっきも言ったでしょう? 私はたまたま近くに寄ったから、ついでに貴方とも話に来ただけだって」

「オーライ、とにかく分かったよ。俺の方でも調べてみるから、何か分かったら情報共有を――――」

 と、そこまで言いかけたところで……ぐぅぅ、と戒斗の腹の虫が鳴る。

 そういえば、デリバリーで昼食を頼もうとしていたところだった。エミリアが突然来たものだからすっかり忘れていたが、今の彼はとても腹を空かせていたのだった。

 そんな風に腹の虫を鳴らした戒斗に、エミリアはふふっとおかしそうに笑うと。

「折角だし、私もここで一緒にお昼にするわ。何か頼むのよね? さっきも言ったけど私が奢るから、早く頼みましょう?」

「あ、ああ……っていうか、ゴチになるのは流石に悪い気がするんだが」

「別にいいのよ、貴方にはお世話になってるもの。これぐらいのお礼をしたってバチは当たらないはずよ」

「ま……だったらお言葉に甘えさせてもらうか。エミリアは何がいい?」

「あら、戒斗の好きなものでいいのに」

「一応は出資者様のご意見も伺わねえとな。……で、何がいい?」

「そうね……だったらピザにしましょう、ちょうど食べたかったのよ」

「オーライ、俺も乗ったぜ」

 仕事に関わる真剣なお話はおしまい、後は楽しくランチタイムだ。

 エミリアの希望で、今日のお昼は宅配ビザに決まった。最近はピザなんてめっきり食べていなかったが、たまにはこういうのも良いだろう……と思いつつ、戒斗はスマートフォンを弄って注文を始めるのだった。

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