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黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-04『過去からの刺客‐Blue Rain‐』
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第三章:SIDE BY SIDE

 第三章:SIDE BY SIDE



 それから、更に六日ほど経ったある日のこと。

「んー! 終わったぁーっ!!」

 この日の私立神代学園は他の学園の例に漏れず、一学期の終業式を迎えていた。

 かったるいことこの上ない全校集会が終わり、ホームルームも終了。チャイムの音色が鳴り響けば、晴れて夏休み突入だ。

 そうしてチャイムが鳴った瞬間、ガタッと琴音が勢いよく席を立つ。

「一学期おーわりっ! さぁてお待ちかねの夏休みだぁーっ! ってことで……さっそく皆でお出かけしようよっ!」

 くるっと振り向いて、いつもより三割増しに元気いっぱいな声で戒斗たちに呼びかける琴音。

 それに対し、香華は「いいじゃない、私も乗ったわ」と乗り気の返事をするだが。しかし戒斗と遥はというと……。

「あー……すまん、今日はちょっと野暮用があってな……」

「私も、マリアさんに呼ばれていて。なので琴音さん、申し訳ありませんが……今日は」

 と、こんな感じの返答で。すると琴音は「えーっ!?」と最初こそ残念そうにがっくりと肩を落としたが、しかしすぐに顔を上げると。

「まーでも、お仕事なら仕方ないよねー。じゃあ皆でお出かけはまた今度ってことで、後でゆっくり予定決めよっ」

 なんて風に返せば、すぐに表情もいつもの朗らかな笑顔に変わっていた。

 彼女とて、戒斗や遥たちの事情はよく心得ている。いくら普段からあっちこっち連れ回して振り回すのが折鶴琴音といっても、この辺りの分別はちゃんとつけてくれているのだ。

 そんな琴音に、戒斗と遥は「すまんな」「すみません……」と、二人とも申し訳なさそうな声で詫びる。

 そうすれば琴音は「いいって、いいって!」と逆に恐縮した風な顔をして。

「私が急に言い出したことだしっ、お兄ちゃんたちはぜーんぜん悪くないって! そうだよね、香華ちゃんっ!?」

「えっ!? え、ええ……そ、そうね……?」

 急に話を振られた香華が戸惑いながらも肯定すれば、琴音は「ってことで! 謝るのはおしまいっ!!」と強引に話を打ち切ってしまった。

 まあ、こういうサッパリしたところも琴音らしいか。

「それより二人とも、急がなくていいの?」

「いえ、私が琴音さんをご自宅までお送りしてから、というのは予定通りですから。その時間込みでの待ち合わせになっていますので」

「ま、肝心のアイツが時間通りに来るかが問題だがな……」

「えっと、戒斗……それは、どういう意味で……?」

「再販のプラモがどうとか言ってやがったからな、アイツ」

「あ、ああ……なるほど……」

 何とも言えない顔で言う戒斗と、それに微妙な表情でこくこくと頷き返す遥。

 とすれば、香華はうーんと急に思案するように唸り出して。

「……いいわ。だったら二人とも、私が送ってあげる」

 すると急に、こんなことを言い出した。

 いつも迎えに来るリムジンで、琴音と遥を送ろうというのだ。

 一見すると突拍子もないことを言い出したように思えるが、しかし……戒斗にはそんな彼女の魂胆は分かり切っている。

「なあ、香華よ?」

「な、なにかしら?」

「……単に行きたいだけなんだな、メイド喫茶に」

 そう、間違いなく理由はそれだ。

 以前に戒斗がマリアの店に連れて行った時に、香華は随分とメイド喫茶を楽しんでいた様子だった。あの時の楽しさに味を占めて、また遊びに行きたいだけなんじゃないかと……そう戒斗は思ったのだ。

 で、香華の答えといえば。

「……べっ、別に? そんなんじゃな、ないわよ? 私はほら、単にこう親切心で送ってあげようかなーって思っただけで? 別にそんな、マリアさんのお店に行きたいとか、そういう気持ちは……な、無いことも無いけれど? でもそんなんじゃないわよ、うんそうよ」

 明後日の方向を見ながら、しどろもどろになって。まあなんとも分かりやすい反応で答えてくれた。

 図星もいいところだ。そんな分かりやすい彼女に戒斗はやれやれと肩を竦め、遥はなんともいえない微妙な表情をしていて、そして琴音は「あー……あはは……」と苦笑いを浮かべている。

「んー、そういう感じなら私も一緒に行こっかな。それならお兄ちゃんたちも良いでしょ?」

「別に行くのはマリアも構わねえと思うが、面白い話じゃないと思うぞ?」

「一人でお家に帰って、暇してるよりはいいかなって。それに私でも役に立てることがあるかもだし」

「まあ……お前が良いんなら、それでも良いんじゃないか? あとは遥次第ってところだが……」

「では、琴音さんもご一緒に参りましょうか」

「よっし、じゃあ決まりーっ!!」

 ということで、香華の本音丸出しの提案と、琴音の気まぐれの結果……なんだかんだと、戒斗を除いた三人はマリアの店に行くことになったのだった。





「じゃあ、俺はここで」

「ん、お兄ちゃんまた明日ねー」

 その後すぐに教室を出た戒斗は、ちょうど校門のところで三人と別れる。

 ぶんぶんと手を振る琴音にスッと軽く手を挙げて返しながら、チラリとすぐ傍に停まったリムジンを見る。

 黒いロールスロイス・ファントムのリムジン。いつもの香華の送迎車だ。そんなリムジンの傍には執事の高野(たかの)(すすむ)が控えていて、香華たちの帰りを出迎えていた。

「じゃあ高野のじいさん、後は頼んだぜ」

「お嬢様からお話は伺いました、お任せください。戦部様もお気をつけて」

 ぺこりと(うやうや)しくお辞儀をする高野にああ、と答えつつ、戒斗はそのまま一人で別方向に歩き出す。

 知ってのように、学園から戒斗のマンションまではそう遠くない。多少の時間は掛かるが、徒歩でも十分に行き来が出来るぐらいの近さだった。

 校門前で皆と別れて、戒斗は独り歩いて帰路に就く。

 そうして歩道を気ままに歩いていけば、数十分ほどで自宅マンションが見えてくる。

 すると、そのマンションのエントランス前に……誰かを待ちわびているらしい、見慣れた少女の影がひとつ。

 ショートボブの瑠璃色の髪に、クールな(たたず)まい。それが(あおい)瑠梨(るり)であることは、遠目でもすぐに戒斗は分かっていた。

「よう、待たせたか瑠梨?」

「おおよそ時間通りよ、待ったといっても三分そこそこ」

 戒斗が軽く手を振りながら近づけば、瑠梨は相変わらずのダウナーな声で答えてくれる。

 が……そんな彼女の出で立ちは、前とは少し様子が違っていた。

 初対面がああいう風だっただけに、彼女といえば白衣のイメージだったが……でも今は、それとは全く違う私服の格好だった。

 黒のノースリーブブラウスの上から、藍色のジャケットを――二の腕でベルト留めする形で着崩していて、下は白いショートパンツと黒のニーハイといった感じ。着崩したジャケットとブラウスの間から肩の肌色を覗かせているのが、スラっとした長身の瑠梨にはよく似合っている。

 瑠梨としてもずっとあの白衣のまま、というのも嫌だったのだろう。年中あんなよれよれの白衣を着ているような変人なんて、マリアだけで十分だ。

 まあ何にせよ、彼女の知的なイメージによく似合うコーディネートだった。

「部屋、上がるんでしょう? 早く行きましょうよ、社長」

「だから社長はやめてくれと……まあいい」

 冗談めかして社長、なんて呼ぶ瑠梨に肩を竦めながら、戒斗は彼女と一緒にエントランスを潜る。

 外階段を昇り、三階の305号室へ。開錠してドアを開け、瑠梨を中に招き入れた。

「着替えてくる、好きにくつろいでてくれ」

「遠慮なく、そうさせてもらうわ」

 そのまま彼女をリビングルームまで(いざな)うと、戒斗は一人で奥の部屋へと消えていく。

 例によって、制服のままだと(はばか)られるからだ。瑠梨も特に気にした様子もなく、勝手知ったる様子でソファに腰掛けた。

 ――――実を言うと、彼女がこの部屋に来るのは初めてじゃない。

 それどころか、最近はよく招き入れているぐらいだ。

 というのも……今は瑠梨とよく仕事上の付き合いがある、ということがある。

 ミディエイターの秘密研究施設エルロンダイクから助け出した彼女には行くアテがなく、そんな彼女を――マリアの提案で、戒斗が個人的に雇ったのは知っての通りだ。

 瑠梨はミディエイターにまつわることと、戒斗の仕事にのみタッチするという条件で雇われている。尤も……マリアの細かな頼みは聞いているらしいが、基本的には戒斗にのみ力を貸していると言っていい。

 そんな瑠梨に、戒斗はよくスイーパーの仕事を手伝ってもらっているのだ。

 その兼ね合いで、よく自宅には招いている。こういう時に待ってもらったり、単に待機場所にしたり。だから瑠梨がこの部屋に来るのは、今となってはよくあることだったのだ。

 だから瑠梨もすっかり慣れた様子で、遠慮する素振りも見せずにソファでくつろいでいる。

 ……と、そんな風に瑠梨が待つこと少し。

「悪い、待たせたな」

 ガラリと戸を開けて、戒斗がリビングルームに戻ってきた。

 今までの絶妙に似合わない制服姿から着替えて、トレードマークの黒いロングコートを羽織ったいつもの格好だ。

 そんな彼に瑠梨は「言うほど待ってないわ」と冷めた声音で返しつつ、

「じゃあ、行くわよ」

 と言って、ソファから静かに立ち上がった。

 戒斗はおう、と頷きながら、彼女を伴って再び部屋を出る。

 そのままマンションも後にして、向かうのは近くにある貸しガレージ。ガラガラとシャッターを開ければ、愛車のカマロとご対面だ。

 キーを回し、エンジン始動。しばらく暖機運転をしてエンジンにしっかり熱を通したあとで、助手席に瑠梨を招き入れる。

 戒斗も運転席のシートに滑り込めば、ガコンッとギアを入れて車をゆっくりと発進させた。

「で、今日の行き先って遠いのかしら?」

 バラバラと乾いた音を上げるカマロを走らせ始めれば、隣の瑠梨が問いかけてくる。

 開けた窓の枠に肘を掛けながら、いつもの気怠そうなダウナー気味の声での問いかけだ。戒斗の方に一瞥もくれないまま話すのは、嫌悪という感じじゃなく……むしろその逆で、彼女なりの信頼の表れなのかもしれない。

 と、戒斗はそんな彼女に「そこそこ、な」と――こちらも視線を向けずに、前を向いたままで返す。

「遠くはないんだが、それなりに時間はかかる。暇ならラジオでも流すか?」

「FMラジオはあまり好きじゃないの。音楽でいいかしら」

「瑠梨の好きにしてくれよ、今日は無理言って来てもらったんだからな」

「そう、じゃあ社長のお言葉に甘えて」

「……だからな、社長はやめてくれってのに」

 参ったように肩を揺らす戒斗にフッと微かに笑いかけつつ、瑠梨はダッシュボード中央にあるカーステレオに手を伸ばす。

 最新型の現代的なオーディオシステムだ。いくらカマロがアメリカ製の古き良きオールド・マッスルカーといえども、こういう装備品の古さはやっぱり否めないから、ここは今時のものに換装してある。

 だから端子に差しっぱなしのUSBケーブルに瑠梨が自分のスマートフォンを差し込めば、それだけで音楽が流れ始めた。

「この曲……へえ、ルキナ・スティングレイか」

「私がこれを聴くの、意外だった?」

「割と、な」

「琴音ちゃんに教えてもらったのよ、この間ね」

 ああ、なるほど――と、瑠梨の言葉を聞いた戒斗は納得していた。

 瑠梨が流した曲は今をときめくアイドル歌手、ルキナ・スティングレイのものだ。

 その曲名は『My Little Star』。英語圏出身な彼女らしく英語の歌詞が多めの曲で、ロック調の激しい曲が多いルキナにしては珍しく、しっとりとしたバラード調のものだった。

 そういえば、琴音もルキナの曲が好きだったはずだ。前にカラオケに連れていかれた時も、一緒に歌わされた覚えがある。尤も……その時はまた別の楽曲だったのだが。

 そんな彼女に教えられたというのなら、瑠梨がこれを流すのも納得だった。ルキナみたいなアイドル歌手の曲を聴くなんて、ちょっと瑠梨のイメージとは――知的で、どこか浮世離れしても見える彼女のイメージとは違っていたが、そういうことなら腑に落ちる。

 ――――とまあ、そんな風に瑠梨がカーステレオで流す音楽を楽しみつつ、戒斗がカマロを走らせることしばらく。

 辿り着いた目的地は、以前にも訪れたアパート……の、近くにあるコンテナ倉庫だった。

 貨物船や貨物列車に積まれている、あの輸送用コンテナそのものだ。それを空き地に並べただけの簡素なレンタル倉庫と言えば分かりやすいか。

 そこの敷地に、戒斗はカマロで乗り入れる。

 じゃりじゃりと音を立てる砂利敷の敷地に入っていけば、すぐに待ち人の姿が目に飛び込んできた。

 佐藤一輝――つい先日も会った特命零課の彼が、コンテナ倉庫の一角で戒斗たちの到着を待っていた。

「旦那、待たせたか?」

 停めたカマロから降りて、戒斗が声を掛ける。

「ご心配なく、ほぼ予定通りの時刻です」

「……で、あの犬っころは一緒じゃないのか?」

 今日ここに居るのは佐藤一人だけで、珍しく野上の姿がない。

 それを不思議に思った戒斗が訊いてみると、佐藤は「ああ、それなら――」と言いかけて。

「おっと……ちょうど、戻ってきたようですね」

 しかし近づいてくる人影を見つけると、すぐに言い直した。

 佐藤の向ける視線の方に、戒斗たちも振り向いてみると……。

「センパーイ! 管理人さんに合鍵借りてきたっすよー!」

 噂をすればなんとやら。(くだん)の野上が小走りでこちらに駆けてきていた。

「っと、やっと来やがったか野良犬。遅せえぞてめえ」

「そう言うなよ、同じ犬同士だろ? 焦る男はモテねえぜ?」

「うるせえっ!」

 ニヤニヤとして皮肉る戒斗と、吠える野上。

 そんな中で佐藤がこほんと咳払いをすれば、ハッとした野上が彼の方に向き直る。

「野上くん、鍵は用意できたようですね」

「ええ、どうにか。それよか……誰なんです、こちらの方は?」

 と、戒斗の傍らに立つ瑠梨をチラリと見つつ、野上が首を傾げる。

「そういえば、私も伺っていませんでしたねぇ」

 すると佐藤もそう言って、瑠梨の方に視線を流した。

 ……そういえば、零課の連中とは初対面だったか。

「葵瑠梨よ、簡単に言えばアシスタントみたいなもの。色々あって今はこの社長に雇われてるの」

「だから、社長はやめろってのに。……ミディエイター絡みで、な。行き場が無いってことで、俺が雇ってやる形にしてるんだ」

「ほう、なるほど……複雑な事情がおありのようですねぇ」

「詳しくはまた今度、別の機会にゆっくりと説明する。……それより旦那、さっさと開けようぜ」

 逸れそうになった話を打ち切りつつ戒斗が言えば、ええと頷いた佐藤がチラリと野上に目配せをする。

 そうすれば野上もコクリと頷いて、借りてきたという合鍵を手に、すぐ傍にあるコンテナに近づいていく。

「じゃあセンパイ、開けますよ」

「お願いします、野上くん」

「鬼が出るか蛇が出るか……と、いったところね」

「どっちも出やしねえさ、瑠梨」

 野上が鍵を使って開錠し、大きなコンテナの扉を開く。

「さあて、開けゴマだ……っと!」

 ひとりごちる野上がギギギ、と軋む扉を開けてみれば……そのコンテナの中に収められていたのは、案の定なものばかりだった。

 大きな輸送コンテナ、それを改造したコンテナ倉庫――――。

 その中には、とんでもない量の銃火器がぎっしりと詰め込まれていた。

「うお……んだよこの量、バカじゃねえのか……?」

「コレクターはこういうものですよ、野上くん。とはいえ……すごい量ですねぇ、圧倒されてしまいます」

「本当にとんでもない量ね……エルロンダイクの武器庫を思い出すわ」

 以前訪れたあのアパートの部屋と同じように、コンテナの中には所狭しと武器弾薬が並べられている。

 が、その量はアパートの比じゃない。壁のフックや設置されたメタルラックの上といった場所に、ライフルや機関銃といった銃火器がぎっしりと詰め込まれていた。

「……見たところ、こっちは実用的なものが多いな」

 と、皆がそんなコンテナ内の異様に驚いたりドン引きしたりする中で、戒斗だけは冷静にそう呟いていた。

 野上が彼に「どういうことだよ?」と問うと、戒斗は「まあ、見てみろよ」と言ってコンテナの中に入っていく。

「どれもこれも、ちゃんとした実戦用のばっかりだ。趣味性の強いコレクションもあるにはあるが……こっちはもっぱら、仕事用の武器庫って感じだったんだろうな」

「それよりも、例のものは本当にあるの? ここまで来て骨折り損、というのは勘弁して欲しいのだけれど」

「ま、そう焦りなさんな……お二人さんも手伝ってくれ」

「分かりました」

「チッ、しゃーねえな……」

 白手袋を嵌めた戒斗が、佐藤や野上らと一緒にコンテナ内を物色し始める。

 大量に詰め込まれた武器弾薬の中を、あっちこっち探って……五分ぐらい経った頃だろうか。

「おい野良犬、お探しのものはコイツか?」

 何かを見つけたらしい野上が、それを引っ張り出しながら戒斗に言う。

 棚から彼が両手で取り出したそれは……どうやら、ノートパソコンのようだった。

 それに戒斗は「ああ、多分それだ」と答えつつ、彼から受け取ったノートパソコンを適当なスペースの上に置く。

「瑠梨、後は頼むぜ」

「やれるだけはやってみるわ」

「おい、一応コイツも証拠品なんだ。あんたも手袋は着けてくれよ」

 野上に言われた瑠梨は「言われなくても」と答えて、皆と同じような白手袋を懐から取り出し、それを着けてからノートパソコンを開いた。

 とりあえず、電源を入れてみる。

「……バッテリーはフル充電、どうやら充電の必要はなさそうね。つい最近使ったばかりのような雰囲気だわ。でもパスワードロックが掛かってる……ちょっと面倒ね」

「で、突破は出来そうなのか?」

 横から覗き込んで言う戒斗に「朝飯前よ」と瑠梨は返しつつ、

「でも道具が必要ね。……社長、私のタブレット取ってきてくれる? 車のダッシュボードに入れてあるから」

「だから社長じゃねえってのに。……オーライ、取ってくる」

 言われた戒斗は一旦カマロのところに戻り、言われた通りに助手席のダッシュボードに入っていたタブレット端末を持って戻る。

「これだよな?」

「ええ、合ってるわ。……やることは簡単だけど、ロックの解除には少し時間が掛かる」

「問題ない、俺も待つのは苦じゃねえタイプだ」

「終わったら声を掛ける。それまでご自慢のコレクションでも見させてもらったら?」

 振り向かないまま、ノートパソコンと接続したタブレットを叩く瑠梨に「んじゃあ、そうするか」と返した戒斗は、再びコンテナの奥へと入っていく。

「しかし……本当に、すごい量のコレクションですねぇ」

 とした時に、同じくコンテナ内に居た佐藤がそう、詰め込まれた大量の銃火器を眺めながら感嘆の声を漏らしていた。

 それに戒斗は「全くだぜ」と頷くと、

「だがさっきも言ったように、大抵は実用的な……仕事用の道具ばっかりだ。趣味と実用はちゃんと区別する辺り、スイーパーとしてもちゃんとしてた奴なんだろうな」

 続けて言いながら、佐藤の隣に立ってコレクションを眺めてみる。

「貯めこんでる弾薬の量も相当だからな、あくまで俺の推測だが……仕事の前に立ち寄って、身支度を整える場所にしてたんじゃないか?」

「なるほど……そういう見方もありますねぇ」

「ただ、完全に実戦向けの武器庫ってわけでもないらしい。例えば……ほら、コイツなんかは完全に趣味だな」

 と言って、戒斗は壁に掛かっていたアサルトライフルを一挺、手に取って佐藤に見せてやった。

「例えばこのStG44なんか、な。MP44とも言われてるんだが……簡単に言っちまえば、アサルトライフルって武器カテゴリーの始祖みたいなもんだ」

「ほう、興味深いですね」

「他にもボーイズ対戦車ライフルにPSG‐1スナイパーライフル、後は……すげえな、九四式拳銃まであるのか」

「おい野良犬、こっちにゃロケットランチャーまであるぜ……? こんなもんまで隠し持ってやがるなんて、イカれてやがる。スイーパーってのはどいつもこいつもこうなのかよ?」

「冗談抜かせ、俺でもそんな物騒なもん常備してねえよ」

 コンテナ内の銃火器を眺める戒斗たちの傍らで、野上が埃まみれのケースから出したロケットランチャーを見て困惑している。

 ちなみに物はRPG‐7。旧ソ連製のザ・ロケットランチャー的な普及品だ。

「――――よし、開けたわよ」

 と、そんな風に三人で暇をつぶしている最中に瑠梨が呼びかけてくる。

 どうやらパスワードロックを解除できたらしい。呼ばれた戒斗たちは彼女のところに戻ると、皆でノートパソコンの画面を横から覗き込んでみた。

「で、何かめぼしい情報はあったか?」

「そう焦らないで、まだ立ち上げたばかりなの。……えっと、多分これかしら」

 近すぎる戒斗の顔を軽く押しのけつつ、瑠梨は目についた適当なフォルダを開いてみる。

 すると――――。

「……おっと、早速ビンゴみてえだな」

「どう見てもミディエイターの調査資料よ。……幸先がいいわね、この分だと期待できそう」

 開いたフォルダの中には、ミディエイターにまつわる調査データが山ほど格納されていた。

 ――――そう、これこそが今日このコンテナ倉庫を訪れた目的なのだ。

 あのアパートの部屋にあったパソコン、零課が押収したそれにはめぼしいデータは無かったが、ミディエイターの調査を依頼した何者かとのやり取りは存在していた。

 それを聞いた戒斗は、当初から部屋の主のスイーパーを用心深い人物だと分析していたのだが……あるとき、ふと一誠の発言を思い出したのだ。彼のお得意様で、別に持っているコンテナ倉庫にもよく届けに行っていたと……そう彼が言っていたことを。

 もしも本当に用心深い性格だったとしたら、ひょっとして自宅とは別の……そういう場所に大事なものは隠すのではないか?

 そう考えた戒斗は零課の二人に連絡し……分析要員として瑠梨も連れて、今日この場にやって来ていたのだった。

 そして、どうも戒斗の予想はピタリと的中したらしい。

 瑠梨と一緒に皆で覗き込んだノートパソコンの画面には……見覚えのあるものからそうでないものまで、ミディエイター関連の膨大な量の情報ファイルが収められていたのだ。

「よくここまで調べたものね……見なさい戒斗、プロジェクト・エインヘリアルの機密ファイルまであるわ」

「おいおい……マジかよ」

「内容そのものは私がサイファーに渡したものと大差ないけれど……驚いたわね、ただのスイーパーがここまで突き止められたなんて」

「……おやおや、これは僕らの関わった事件まで……」

「プリンセス・オブ・アズールのことまで調べがついてんのかよ……ねえセンパイ、これだとひょっとして俺らのことまで」

「いえ、単にミディエイターの関与した事件をリストアップした、というだけのようですねぇ。幸いにして僕ら零課のことまでは書かれていないようです」

「野郎の調査対象は、あくまでミディエイターそのものってわけか……何か隠してやがるとは思ってたが、コイツはとんだ大物を釣り上げちまったな……」

 驚いた顔で呟きながら、戒斗は皆とノートパソコンを覗き込む。

 そうして皆の視線が注がれる中で、瑠梨は次にメールフォルダを開いた。

「ええと……あったわ、多分これが依頼人とのやり取りね」

「瑠梨、相手は分かるか?」

「辿れはするでしょうけれど、個人の特定は無理そうね。相手のアドレスはフリーメールのものみたいだし……これほど用心深いスイーパーを雇うような連中だもの、きっと発信元も偽装してるはず」

「……ですが、メールの内容から手掛かりは得られるはずです」

 佐藤に言われて、瑠梨は「そうね」と頷きつつ……目についた適当なメールを次々と開いていく。

「当たり前だけれど、クライアントの依頼内容はミディエイターの足取りを追うことだったようね。恐らく……依頼人というのは、ミディエイターに敵対している人間、あるいは組織といったところかしら」

「で、名前は分かるか?」

「書いてあるわけないじゃない。でも待って……この『ブラック・イーグル』っていうのが、どうやら依頼人のようだけれど」

「ふむ、個人の偽名にしては奇妙ですし、組織名か何かでしょうかねぇ」

「俺も旦那と同意見だ」

 興味深げに唸る佐藤に頷きながら、戒斗もじっと画面を見つめる。

 ……パソコンの中に収められていたデータは、戒斗の予想を遙かに超えるものだった。

 そして調査を依頼し、その膨大な調査データを受け取った謎の依頼人の名が『ブラック・イーグル』。佐藤の言うように、恐らくは組織の名前なのだろう。

「コイツは……一体、何が起こってやがるんだ……?」

 大きな収穫は得られたが、しかし謎は深まるばかりだった。





 一方、それと時を同じくして――――。

「お帰りなさいませっ、お嬢様ーっ♪」

 千代田区は秋葉原にあるメイド喫茶『カフェ・にゃるみや』では……ちょうど訪れた遥たち三人が入店し、メイドさんにお出迎えされているところだった。

「あっ、香華さんじゃないですかーっ! また来てくださったんですねっ、嬉しいですっ♪」

「きゃはっ! またお邪魔させてもらうわよっ!!」

「あはは……香華ちゃん、やっぱり来たかったんだ……」

「その、随分とお気に召したようですから……戒斗が前に話していました」

 すっかり上機嫌にはしゃぐ香華と、その横で苦笑いをする琴音と遥。

 完全にキャラ崩壊している今の香華だが、まあそれだけ楽しみにしていたのだろう。子供みたいにワクワクした顔なものだから、出迎えたメイドさんも普段の二割増しで嬉しそうだった。

「ええっと、琴音さんと遥さんもご一緒ってことは、やっぱり店長にご用ですかー?」

「……はい、マリアさんはいらっしゃるのでしょうか?」

 遥が訊くと、メイドさんは「はいっ♪」と笑顔で答えてくれる。

「――――ああごめん、僕ならこっちだよ!」

 それと同時に、店の奥の方からマリアの声が聞こえてきた。

 どうやらカウンターの向こう側、キッチンスペースに立っているらしい。なんだか忙しそうな雰囲気なのは、店に居るお客さんの姿が多いからだろうか。

「今ちょっと忙しくってね、悪いけど待っててくれないかな? 席もカウンターなら空いてるし、折角だからご馳走するよ!」

 フライパンを忙しなく動かしながら、店の入り口に立つ三人に向かって言うマリア。

 どうやら本当に忙しいようだ。マリア特製のオムライスが妙に人気らしいから、きっとそういうことなのだろう。フライパンを動かす雰囲気もそんな感じだ。

「ほんとっ!? マリアさんのオムライス、一度食べてみたかったのよっ!」

 無論、そんな魅力的な提案に食いつかない香華じゃなく。途端に目を輝かせれば「さ、行きましょっ!」と二人の手を引いてカウンター席の方にずんずんと歩いていった。

 そうして、三人並んで席に着く。

 位置はちょうどマリアの目の前、カウンターを挟んで彼女と向き合う形だ。両隣には誰も居ない。テーブル席は八割ほどが埋まっていたが、マリアの言う通りカウンター席にお客さんは居なかった。

「オーライ、香華ちゃんは訊くまでもないとして……二人もオムライス、要るかい?」

「んー、じゃあ折角だしお願いしますっ。この間食べたときにすっごく美味しかったんでっ」

「……でしたら、私もご相伴(しょうばん)にあずかりましょうか」

「了解、すぐに作ってあげるから待っていてくれ」

 フッと小さく笑って頷いたマリアは、そのままフライパンを動かし続ける。

 先に注文を受けていた客の分をいくつか仕上げた後で、三人分の調理に取り掛かる。

 それからしばらくもしない内に、ほかほかの出来立てオムライスが出てきた。

「よし、お待たせしちゃったね。後は……皆にお願いしようかな」

 皿を出したマリアが目配せをすれば、気付いたメイドさんたちがすぐに三人の傍に寄ってくる。

 とすれば当然、今から始まるのは――――。

「はーい♪ じゃあ今からっ、とーっても美味しくなる魔法を掛けちゃいますねーっ♪」

 ……まあいつも通りの、ケチャップアートの時間だ。

 流石にこの辺りはメイド喫茶だ。二人はもとより、香華もすっかり慣れて驚きもしなかった……というか彼女に関してはノリノリでメイドさんに付き合っている。

「ではご一緒にっ、美味しくなーれっ♪ 美味しくなーれっ♪」

「美味しくなーれっ! きゃはっ、やっぱ楽しいわねっ!」

 ……こんな感じで、それはもうノリノリで楽しそうに。

「はーい、どうぞ召し上がれっ♪」

「ありがと、頂くわね。……えっなにこれ、すっっごく美味しいわっ!」

「店長のオムライスは特製ですからねー。ウチの人気メニューなんですっ♪」

「ふふん、香華ちゃんも気に入ってくれたみたいで何よりだ」

 オムライスの驚くほどの美味しさに舌鼓を打つ香華と、自慢げに鼻を高くするマリア。

 実際、マリアの特製オムライスは店でも一番人気のメニューだというのは本当だ。どういうわけだか普通のオムライスよりずっと味が良いし、店長のマリアが店を手伝っているとき限定というプレミア感も人気の理由なのだろう。ちなみにお値段は他と変わらないそうだ。

 まあ何にしても、本当に美味しいオムライスだった。

「うーん、美味しっ♪」

「……ええ、本当に味わい深いですね」

「琴音ちゃんも遥ちゃんも、気に入ってくれたなら嬉しいよ」

「――――店長ーっ、オムライスお二人分追加でーすっ!」

「おっと、まだ落ち着けそうにはないね……」

 それから間を置かずして、また追加注文が入ったらしく……マリアは再びフライパンを手に、忙しなく調理を始める。

 この分だと、まだ呼び出した理由については聞けなさそうだ。

 そう思った遥が、チラリと横を見てみると――――。

「へーっ、香華さんって紅茶にお詳しいんですねっ!」

「昔から趣味なの。そういえばこのお店も結構いい紅茶出すわよね」

「店長のこだわりなんですっ。それに……戒斗さんがよくお飲みになりますから」

「あー、なるほどねぇ。今のでスッと腑に落ちたわ」

 ……なんて具合に、香華はメイドさんと楽しくおしゃべり中。琴音は琴音で「んー、おいしっ♪」といった風にオムライスを味わうのに夢中な様子だ。

 まあなんであれ、楽しんでいるなら良いことだ。今日は二人とも遥の用事に半ば付き合わせたようなもの、楽しんでくれているのなら遥としても気が楽だった。

「――――遥ちゃん、ちょっといいかい?」

 と、そんな二人を横目に眺めつつ、遥がオムライスをちょうど食べ終わった頃。

 どうやらひと段落ついたらしいマリアが、ちょいちょいとカウンターの脇の方から手招きしてきた。

 コトンとスプーンを置いて、口を拭ってから遥はマリアの傍に近寄っていく。

 そんな遥に、香華も琴音もどうやら気付いていない様子。マリアが小声で呼びかけてきた辺り、きっと内緒話なのだろうから……この方が都合はいい。

「……それで、私に用事というのは?」

 近づいた遥もまた、声をひそめて問いかける。

 するとマリアはうん、と細めた声音で頷くと。

「調べて欲しいことがある、それも急ぎで」

 スッと目を細めて、いつになくシリアスな顔で遥に言った。

「……でしたら、私より戒斗の方が適任では?」

「いいや、君でないと駄目なんだ。宗賀衆の忍者……つまり諜報に秀でた君だからこそお願いしたい。それも皆にはまだ秘密で……ね」

「それは、戒斗にも?」

「ああ、カイトにもだ。……遥ちゃん、引き受けてくれるかい?」

 真剣な表情で、マリアが問いかけてくる。

 ……皆にも内緒の調べごとなんて、奇妙な話ではある。香華や琴音はともかく、戒斗にまで……恐らくは彼女が最も信頼するであろう彼にまで秘密というのは、なんだか不思議な話だ。

 だが、必要なことなのだろうとも遥は感じていた。必要で……そして重要なことなのだと、いつになく真剣なマリアの表情が暗に物語っている。

 だから遥は、ほんの数秒だけ逡巡(しゅんじゅん)はしたが。

「……承知しました、お引き受けします」

 彼女もまた同じくシリアスな表情で、コクリと頷き了承するのだった。





(第三章『SIDE BY SIDE』了)

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