第二章:ブルー・アクトレス
第二章:ブルー・アクトレス
「あー、この人なら俺知ってるッスよ」
それから、数日後のことだった。
土曜日のこの日、街の片隅にある修理工場――その一階にある事務所スペースで、戒斗は例によって南一誠と話している最中だった。
互いに低いテーブルを挟んでソファに座りながら、話すのは数日前の一件。零課の二人に連れられた先で知った、あのミディエイター絡みの事件についてだった。
「マジでか」
その時に入手した現場写真を見ながら言った一誠に、戒斗は驚いた顔をする。
すると一誠は「マジですよ」と答えて、
「だってこの人、俺のお得意様だったんスもん」
手元の写真からスッと視線を上げつつ、続けてそう言った。
「ってことは、コイツのとんでもないコレクションもお前が?」
「全部ってわけじゃないッスけど、大体は俺が用意したものですね。ホント大変だったんスよ? 特にワルサーなんて相当苦労したんスから……」
「ま、だろうな……お前の心中、察して有り余るぜ」
「そんだけじゃないんスよー、アパートとは別にコンテナ倉庫まで借りてて、そこにもコレクションがもうぎっしりと。俺もしょっちゅう届けに行ってたから知ってるんスけど、マジでとんでもない量を集めてたんスよ」
「そ、そんなにか……やっぱり筋金入りのマニアだったんだな、コイツは」
半分引き気味に相槌を打ちながら、戒斗はテーブルにある湯呑みのお茶をズズッと啜る。
やっぱり戒斗の思ったように、あのスイーパーは相当なガンマニアだったらしい。一誠のお得意様だったとは驚きだが……でも専門家の彼をしてここまで言わせるほどだ、よっぽど大量にコレクションしていたのだろう。
まあ何にせよ、これで素性はハッキリと掴めた。
だが……肝心なところは未だ見えないままだ。一体どういう経緯であのスイーパーが依頼を請けたのか、誰がミディエイターを調査するように仕事を持ちかけたのか、そして何故殺される結末を辿ったのか……まだ、分からないことだらけだった。
「にしたって、またエラいことになってきたッスねぇ」
戒斗がそんな思案をする中、一誠が現場写真を眺めながらうーんと唸る。
それに戒斗は「まあな……」と溜息交じりに頷いて。
「何が起こってるのかは、今のところ俺らにもさっぱりだけどな。だが……またミディエイターが何らかの形で動いてる、それは間違いないだろうよ」
「っつーと、やっぱ琴音ちゃんを狙ってのことッスかねぇ?」
「そうと決まったわけじゃない。少なくとも俺はその線は薄そうだと睨んでる」
「根拠は……って、まあクライアントの存在ッスよね」
ああ、と戒斗は肯定の意を示す。
「今回の件、どうも琴音とはまた別件だとは考えてる。それに今回の俺はあくまで協力者、あの旦那らのアドバイザーでしかないんだ。琴音の護衛のこともあるし……な」
「ま、今は琴音ちゃんを守ってあげるのが最優先ッスね」
「そういうことだ」
言って、戒斗は一誠に返された写真をスッと懐に収めた。
そのまま、またテーブルの湯呑みをズズッと啜って一服。落ち着いたところでふぅ、と息をつけば――そのタイミングで、懐のスマートフォンがぶるぶると震え出した。
誰かからの着信だ。例によってマナーモードだから着信音は鳴らないそれを引っ張り出すと、画面に表示されていた着信の相手は……エミリア・マクガイヤーだった。
「すまん、ちょっと電話だ」
目の前の一誠に断ってから、戒斗は電話に出る。
『――――はぁい戒斗、今って時間あるかしら?』
とすれば、聞こえてくるのは当然エミリアの声で。数日振りに聞いた彼女の声に「急に連絡を寄越したと思えば……なんだ、藪から棒に?」と、戒斗は怪訝な顔で聴き返す。
『こっちにも色々と事情があったのよ、手続きとか色々と……ね。それより貴方、今すぐ来られるかしら?』
「今すぐ……って、また随分と急だな」
首を傾げた戒斗に『急用も急用なのよ』とエミリアは言って。
『奴らの尻尾を掴んだの。これからミディエイターと関係していると思しき人間のところに踏み込む。だから戒斗――――貴方の力を借りたいの、黒の執行者の力をね』
それから、しばらく経った後のこと。
電話を受けてすぐに一誠の工場を出た戒斗はカマロを飛ばして、以前も訪れた警視庁の傍までやって来ていた。
あの目立つ庁舎が見えてくると、歩道の脇で待つエミリアの姿がすぐに目に留まる。傍にもう一人、黒いスーツ姿の見知らぬ男も伴っているが……雰囲気から察するに、刑事だろうか?
何にしても、戒斗はそんなエミリアたちの目の前にカマロを停めた。
「悪いわね、無理言って来てもらっちゃって」
「俺もちょうど暇は暇だったからな。……それよりエミリア、そちらさんは?」
開けたカマロの窓越しに戒斗が――もう一人の方を見上げながら問うと、エミリアはコクリと頷いて。
「捜査一課の桐生さんよ。日本での私のサポーターみたいなもの、と解釈してくれればいいわ。……それで桐生さん、彼が以前お話ししたスイーパーよ」
と、傍らに立つ彼のことを紹介してくれると同時に、戒斗のことも彼に紹介した。
すると彼――桐生という刑事らしい彼はペコリとお辞儀をして。
「桐生です、お話はマクガイヤー捜査官から色々と」
手短にだが、挨拶をしてくれた。
戒斗もそれに「戦部戒斗だ、よろしく」と軽く手を挙げて返してやる。
……なんというか、人当たりの良い刑事さんだな、というのが戒斗の抱いた第一印象だった。
パリッとした黒いスーツに、ワックスか何かで整えた短い黒髪。なんともフレッシュな雰囲気から察するに、まだ20代だろう。捜査一課の刑事らしく肝は据わっていそうだが、でも雰囲気は人当たりの良い感じだった。
どうやら戒斗のこともエミリアから事前に話を聞いているらしいから、スイーパーとかその辺りの説明は不要だろう。
そう思った戒斗は「詳しい話は後で、とりあえず乗りなよ」と手招きをして、二人をカマロに乗せてやった。
エミリアが助手席で、桐生刑事が後部座席に座る。それからエミリアに行き先を聞いて、戒斗はひとまずカマロを発進させた。
「……で、連中の尻尾を掴んだってどういうことだ?」
バリバリと乾いた音を響かせて、昼下がりの都会を走るカマロ。そのハンドルを握りながら、戒斗は隣のエミリアに問いかける。
するとエミリアは「言葉通りよ、戒斗」と静かに答える。
「私がこっちに来た理由、それは貴方も知っての通りよ。あの後すぐに捜査一課との合同捜査を始めて……そして見つけたの、ミディエイターに関与している疑いのある人間を」
「……で、その疑わしいヤツってのは?」
戒斗が問うと「ここからは、私がご説明します」と、後ろから桐生の声が飛んできた。
「端的に言えば、その被疑者は戦部さんの同業者……つまりスイーパーです」
「またスイーパーか……」
「あら戒斗、またってどういう意味?」
参ったように戒斗が肩を竦めれば、エミリアが訊き返してくる。
ここで話を逸らす必要もないと思い、戒斗はただ一言「なんでもない」とだけ返すと――改めて、桐生に訊き返した。
「で、今からソイツのところにお宅訪問と。そういうことでいいんだな?」
バックミラーをチラリと見れば、桐生はええと頷いて肯定する。
「しかし、相手はスイーパー……つまり戦い慣れた人間です。銃器での抵抗は十分に想定されますが、しかし現状ではまだ疑いの段階ですのでSATは動かせません。ですので――――」
「場慣れした貴方を、保険として連れてきたってこと。理解してもらえたかしら?」
桐生の言葉を遮るようにエミリアが言えば、戒斗は「まあな」と頷き返してやる。
……まあ、予想通りといえば予想通りだ。
相手はスイーパー、つまり銃器の扱いに精通した人間だ。となれば当然それらを使った反撃も想定されるが、しかし現状ではまだ疑わしいというだけでしかない。故にSAT――警察の特殊部隊を動かすわけにもいかないが、相手が相手だけに保険が欲しい。だから戒斗に白羽の矢が立った、というわけだ。
エミリアから直接のご指名で、相手が同業者という点を除けば、いつもマリアを通して受ける警視庁からの依頼とやることは大差ない。
とはいえ……つい先日に零課に協力を頼まれた一件と、そして今回の件。どちらもミディエイターとスイーパーの絡むことだ。それだけに戒斗も、なんだか奇妙な感覚を覚えずにはいられなかった。
が、今は気にしていても仕方ない。エミリアの頼みは当初はミディエイターについての調査のみで、こういう直接的なことまでは入っていなかったはずだが……まあ、これぐらいはサービスってことで良いだろう。昔馴染みのよしみという奴だ。
「エミリア、ここで合ってるのか?」
「大丈夫、ちゃんと目的地よ」
と、そうこうしている内に戒斗の運転するカマロは目的地に到着していた。
場所は都心から離れた郊外にある八階建てのマンション。その603号室が例のスイーパー……ミディエイターとの関与が疑われているという奴の住処らしい。
カマロを降りて、戒斗たちはそのマンションの中へ。エントランスを通ってエレベーターに乗り、六階の603号室の前へ。
ドアだけ見ると、何の変哲もないマンションの一室のようだ。特に不審な点もなく、ドアの郵便受けから新聞や郵便物が溢れているということもない。
「……では、始めましょうか」
戒斗とエミリアに言って、桐生がインターホンを鳴らす。
ピンポーン、と呼び鈴が鳴るが、誰かが出てくる様子はない。そのまま二回ほど追加でインターホンを押し、更に桐生がドアをノックして呼びかけてみるが……反応は無かった。
「おいおい、留守なんじゃないのか?」
「かも、知れませんね……」
「でなきゃ、今ので逃げ出したかだな」
「あのね……戒斗、ここは六階よ? ベランダからなんて逃げようがないわ」
「ロープでラペリング降下するなり、非常はしごを使うなりすりゃいい。俺らスイーパーってのはそういう人種だ」
言いながら、戒斗は懐からピストルを抜く。
SIG・P226。いつも使い慣れた愛用のピストルだ。
それを見て、桐生は一瞬ぎょっとしたが……しかし踏み込む意図を察したのか、彼も持ってきていたらしい銃を抜いた。
こちらは小振りなリボルバー、国産のニューナンブM60だ。まさにザ・お巡りさんのリボルバーといった代物で、古いぐらいで取り立てた特徴もない。
「まあ、最初からこうなるって分かってたから、貴方を呼んでおいたのよ」
ふふっと小さく笑みながらエミリアは呟いて、彼女もまたリボルバーを懐から抜く。
……が、それは桐生とは正反対の大きな得物だった。
S&W・M629。ステンレスの地肌が妖しく銀色に光るそれがエミリアの得物、44マグナムの大口径リボルバーだ。
「おいおい……まだそんなもん振り回してんのかよ?」
それを目の当たりにした戒斗が呆れっぽく言えば、エミリアはまたふふっと微笑む。
「これが私のスタイルなのよ、日本に持ち込むのも苦労したんだから」
「ったく、ダーティハリーじゃあるめえし……マックスの野郎といい、どうしてこう俺の周りのFBIはリボルバー使いばっかなんだ?」
「知らないわよ、私にそんなこと訊かれても困るわ」
「へいへい……っと、開いてるな……」
肩を竦めながら、戒斗がドアノブに触れてみると……何の抵抗もなく、ガチャッと玄関ドアは開いてしまった。
どうも、鍵は掛かっていなかったらしい。ますますもって妙な話になってきたなと思いつつ、戒斗は二人と頷き合うと……意を決して、部屋の中に踏み込んでいった。
だがしかし――――入っていった、部屋の中には。
「お邪魔しますよ……っと、コイツは」
ピストルを構えながら、警戒しつつ踏み込んだ戒斗。
しかし、リビングの床に転がるものを――何者かの遺体を目の当たりにすると、戸惑った顔でピストルの構えを解いた。
「エミリア、コイツがお探しの被疑者かい?」
そうしながら傍らのエミリアに問えば、彼女も「え、ええ……」と戸惑いを隠せない声で肯定する。
「間違いないわ、でも……これは」
「死んで、ますよね……どう見ても」
続けて桐生も驚いた顔で呟けば、エミリアは「そうね」と頷く。
「しかもこれ、射殺体のようね。ドアの鍵も開いていたし……私たちより先に誰かが来ていた、ということかしら」
「ま、どう見ても口封じだわな……」
呟いて、しゃがみ込んだ戒斗はその遺体の様子をざっくりと検分する。
30代ぐらいの男のスイーパーだ。仰向けになってフローリングの床に横たわるその胸には、六つの弾痕が穿たれている。
(この感じ……前に零課の旦那らに見せられたのと似てるな)
目の前に横たわる、男の死骸。
それを見つめながら、戒斗はどこか既視感を感じていた。
そう……似ているのだ。佐藤たちに見せられたあの写真と、今目の前にあるこの骸とはやられ方がよく似ている。
いや、瓜二つといってもいい。詳しくは専門家が調べてみないと分からないが……弾痕の大きさや雰囲気から考えると、多分使われたのは同じ44マグナム弾だろう。
「死後半日ってところだな、抵抗した痕跡は……無い、みたいだな」
と、戒斗は羽織るロングコートのポケットから出した白手袋を――前に野上からもらったものを着けると、遺体の右手の傍に転がっていたピストルを手に取って確かめる。
ベルギー製のFNX‐9、初弾が装填され撃鉄も起きているが、発砲された形跡はない。マガジン内も――装填した一発を除きフルロード状態で、どう見ても銃撃戦の後という感じじゃなかった。
つまり、この遺体もまた――抵抗する間もなく、何者かにやられたということだ。
全ての状況が、あまりにもよく似ている。やられたのはスイーパーで、抵抗もままならずに胸を六発の44マグナムで撃ち抜かれた。そして両者ともミディエイターに何らかの形で関わっている……。
強いて違うところを挙げるとすれば、零課の案件はミディエイターを調査していた、いわば奴らに敵対的な立場だったこと。かたや今目の前にある方は――エミリアの話通りなら、むしろミディエイターの味方側ということになる。
一体、何がどうなっているのか……。
分からないが、しかし今やらなきゃならないことはある。
「……とりあえず、このままにはしておけねえよな」
ピストルを元あった位置に置き直すと、立ち上がった戒斗は振り向いて。
「とりあえずエミリア、後始末の手配は頼んだ。俺は今の状況をマリアと相談する」
白手袋を取ると、静かに懐のスマートフォンに手を伸ばすのだった。
その後、エミリアと桐生が呼び寄せた警察と鑑識たちでマンションは騒がしくなっていた。
駆けつけた捜査一課の刑事たちが聞き込みを始めて、部屋では鑑識作業が行われている。こうなったら戒斗の出る幕は無しだ。
だから戒斗は603号室から離れて、エントランスの壁に寄りかかり……スマートフォンを耳に当てて、マリアに今の状況について相談していた。
『……なるほど、おおよそのことは理解した』
「零課の件といい、今回のことといい、一体なにが起こってるのか見当もつかねえ。それとさっき送った写真だが……あんた、コイツに見覚えってあるか?」
『今回は僕も知ってる顔だった。それなりに腕の立つスイーパーだったはずだよ。といっても……彼がミディエイターみたいな得体のしれない連中の仕事を請けるとは、ちょっと考えにくいんだけれど』
「どういうことだ?」
きょとんとした戒斗が訊き返せば、電話の向こうでマリアは『言葉のままさ、カイト』と答える。
『……それに、解せないことがひとつある』
「解せないこと……?」
『今までのミディエイターのやり方とは違いすぎると、君はそう思わないかい?』
「って、言われてもな……俺もそんなに奴らについて詳しいわけじゃない」
『香華ちゃんの時……は別として、琴音ちゃんの一件を思い出してみてよ。彼らは折鶴琴音っていうたった一人の女の子を手中に収めるために、あれだけの人員を集めて派手に動いていた。もちろん傍にカイトや僕らが居た、ってのはあるだろうけれど……でも、今回のやり口とはちょっと違うと思うんだよね』
「ふむ……」
確かに、マリアの言うことにも一理ある。
琴音の一件では、ミディエイターはマティアス・ベンディクスらスイーパー軍団を使って派手に襲撃してきた。マリアの言うように、それは彼女の護衛に戒斗や遥がついていたという事情もあるだろうが……あの時は用意周到、かつド派手に襲い掛かってきた。
が、今回は少し毛色が違っている。
零課の件と、このマンションでの一件。どちらも反撃を許さない奇襲攻撃だ。やり方こそ44マグナムを六発ブチ込むなんて景気のいい方法だが、しかし……マリアの言うように、確かに琴音の時とはちょっと雰囲気が違う気がする。
相手が違えばそんなもんだ、と切り捨てるのは簡単だ。しかしこの奇妙な違和感、気になるといえば気になる。
『何にしても、僕も彼のことは知らないわけじゃない。こっちでも手を回して色々と調べてはみるよ。といっても……あまり成果は期待しない方が良いかもだけれど』
「頼む、手掛かりは多いに越したことはない」
『ふふっ、まるでドラマの刑事みたいな言い草だね。……まあいいさ、カイトも気をつけるんだよ。エミリアが持ち込んだ今回の件……なんだか、妙な気配がしてならないから』
「了解だ」
最後に短くそう返して、戒斗は電話を切った。
するとその直後、横から「あのー……」と誰かが恐る恐る声を掛けてくる。
振り向いてみると、話しかけてきたのは桐生のようだった。
「あんただったか。……エミリアはどうした?」
「マクガイヤー捜査官なら、まだ上に居ます。それより……少し、お話いいですか?」
「ん? ああ、構わねえが」
戒斗がそう答えると、桐生はホッとしたような顔をして――そのまま、彼のすぐ隣へ。
彼と同じようにエントランスの壁にもたれ掛かれば、桐生はふぅ……っ、と大きく息をつく。
「ひょっとして、まだ新米か?」
そんな彼の疲れた雰囲気から何となく察して、戒斗が問うてみると。すると桐生は「ええ、まあ」と肯定する。
「捜一に入って、まだ二年目なんです。そんな私がマクガイヤー捜査官みたいな方のサポートが務まるのかなって、少し不安で。……戦部さんはお知り合い、なんでしたっけ?」
「ま、昔馴染みって意味なら合ってるぜ。ロスに居た頃に色々とな。あんたは……俺らスイーパーについて、知ってはいるんだよな?」
「ええ、一通りは心得ています。警察官として貴方がたの存在については、色々と複雑な思いですが……今はなんとか、ある程度は呑み込めましたから」
「……いいのかよ、そんな俺らみたいなのに話しちまって。もっとマシな相談相手なら他にいくらでも居るだろ?」
「相談なんて、大袈裟なものじゃありません。ただ……無関係な方に話した方が、楽になることもあると聞いたことがありますから」
「なるほどな……」
要は、不安なのだろう。
まだまだ新米な自分に、遠くはるばるアメリカからやって来たFBI捜査官のサポーターなんて大役が務まるのか。どうも桐生はそれが不安だったらしい。だからほぼ無関係な戒斗に話してみて、少しでも気を紛らわせたかったと……つまりは、そういうことだ。
その気持ちは、戒斗も分からなくもない。ただ彼は刑事で、自分はスイーパーだ。どこまでも対極的な立場の自分が、果たしてこんな話を聞いていいものか……そう戒斗は思っていたのだが、どうやら杞憂だったらしい。
何にしても、こうして話すことで彼が楽になるのならそれでいい。よく分からないが、自分は地蔵代わりに愚痴でも聞いてやればいいと……そう思いながら、戒斗は彼の話に耳を傾けていた。
「……すみません、急にこんなこと。戦部さんにもご迷惑ですよね、突然こんな話をしたって」
「構わねえさ、弱音のひとつも吐きたくなる時はある。それより少しは楽になったかい?」
「……はい、多少は気持ちが楽になりました」
「エミリアのサポーター、これからも務まりそうか?」
「それは……まだ、少し不安ですね。なんだかマクガイヤー捜査官って、顔に似合わず破天荒な感じがしますから……」
「あー……そうだな、多少は覚悟しておいた方がいいぜ。尤もここはロスじゃない、アイツにとってもアウェーの場所だからな。そこまで派手にはやらねえだろうが、ま……アイツの昔馴染みからの助言ってことで、頭の片隅にでも置いておいてくれ」
「ははは……今から恐ろしいです」
肩を竦める戒斗と、微妙な表情で苦笑いを浮かべる桐生。
と、こんな風な会話を交わしていれば、コツコツと遠くから近付いてくる足音がひとつ。
エミリアだ。どうやら一通りの用事を済ませて、二人の待つエントランスまでやっと降りてきたらしい。
「ごめんなさいね、二人とも待たせたかしら?」
「いえ、大丈夫です」
「俺はチョイと待ちくたびれたところだったがね」
「もう、戒斗ってば相変わらず口が減らないわね。……まあいいわ。引き継ぎも終わったし、一旦帰りましょう? 時間もちょうどいい頃合いだし、皆でランチにしましょうか。もちろん私の奢りで……ね?」
軽くウィンクなんかしながら、二人に提案するエミリア。
それに戒斗は「了解だ」と、カマロのキーをくるくると指で回しながら答えるのだった。
(第二章『ブルー・アクトレス』了)




