第一章:真夏のイリュージョン/03
「へー、お兄ちゃんのお友達ってFBI捜査官なんだー」
「ロス支局の、な。向こうに居た頃にちょくちょく仕事を持って来てたんだよ、エミリアの奴は」
「なんだか、映画みたいな話だよねー」
――――そして、次の日の昼休み。
例によって屋上……ではなく教室で、戒斗は琴音たちと机を囲みながらそんな話をしていた。
戒斗に遥と琴音、それに香華といういつもの面子だ。ちなみに話題は言わずもがな、昨日やって来たあの彼女――エミリア・マクガイヤーについてだった。
「つっても、リアルな話だからな。急にこっちに来るって聞いた時は面食らったもんだが……ミディエイター絡みって聞いて、俺も納得したよ」
「……しかし、意外でした。FBIも彼らのことを掴んでいたとは」
と、興味深げに呟いたのは遥だ。
戒斗はそれに「まあな」と同意しつつ、
「かといって、俺たちほど深くは掴んじゃいなさそうな雰囲気だったぜ」
菓子パンをかじりながら、そう続けて答えてやる。
「だからこそ、彼らとしても確たる情報を掴みたいのでしょうね。千載一遇のチャンス、まさに藁をもつかむ思いってところかしら」
とすれば、そんなことを言うのは香華だった。
それに戒斗は「だろうな」と返して、
「……ま、今回の件はあくまで俺個人として請ける仕事だ。情報共有はしとくが、皆には――特に琴音には、関わりのない話になるだろうよ」
「単なるサポートってだけだもんねー、分かったよお兄ちゃんっ」
「……ですが、助力が必要なときはいつでも仰ってください。私と貴方とは既に一蓮托生、何であろうと力になりますから」
「私も、出来る範囲なら助けてあげるから。その時はいつでも遠慮せず言いなさいな」
「そうはならねえだろうよ、気持ちはありがたく受け取っておくがな」
遥と香華に言って、その後で戒斗は「……だが」と、少しだけシリアスな顔を浮かべると。
「マリアのあの言い方が、どうにも引っ掛かるな……」
思案するように唸りながら、そんな独り言を呟いていた。
「マリアさんが、何か仰っていたのですか?」
気になった遥が訊いてみると、戒斗は「ん? ああ」と彼女の方に顔を上げる。
「俺たちのこと、エミリアには詳しくは話さない方が良いんじゃないかって、マリアの奴がな」
「……と、いうと?」
「いや、俺にも意図は分からん。アイツは根拠のない、ただの勘だとは言ってたが」
言われた遥も「ふむ……」と小さく唸り、
「私はそのエミリアという方にお会いしたことがないので、深くは言えませんが……その方を巻き込みたくない、という気持ちもあるのではないでしょうか」
ポツリと、いつもの抑揚の少ない声でそう言った。
それを聞いた戒斗も「なるほどな……」と納得したように唸る。
「とはいえ、これは私の勝手な憶測です。勘というものに根拠を求めるものでもないですし、マリアさんがそういう気持ちで仰ったのかも分かりませんから」
「いや……参考になったよ。確かにそうかもな、巻き込んじゃ悪い」
付け加えて言った遥に、戒斗は小さく肩を揺らしながら返す。
その後で菓子パンの最後の一口を頬張って、空になった包みをレジ袋に突っ込む。ちょっと貧相な気もするが、今日の昼食はこれでおしまいだ。
「……ん?」
とした頃に、ポケットの中のスマートフォンが震え出す。
バイブレーションのみで着信音は無し、マナーモードでの着信だ。相手は……なんとなく察しがついていたが、マリアだった。
「すまん、マリアからだ」
皆に一言断ってから、戒斗は電話に出る。
『――――僕だよ、カイト』
「このタイミングだ、エミリアから連絡があったんだろ?」
戒斗は先読みして言ってやったつもりだったが、しかしマリアの答えは『残念、外れだよ』と違うものだった。
「なんだよ、アイツじゃねえのか?」
『連絡してきたのは同じ警察でも、相手は公安の特命零課だ。智里からちょっと頼まれごとがあってね』
「零課が……? アズール号の件ならとっくに片付いたんだろ?」
警視庁公安部・特命零課。前に香華の件で協力した公安の秘密部署で、豪華客船『プリンセス・オブ・アズール』での戦いの時には共闘もした仲の……あの、特命零課だ。
だが戒斗の言うように、あの事件についてはとっくに事後処理が終わっているはずだ。今このタイミングで戒斗たちにコンタクトを取る理由は、特に無いように思えるが……。
『いや、あれとはまた別件で君に協力して欲しいことがあるって、智里がね』
「俺に……?」
『正確に言えば、彼女の部下の……ほら、覚えてるかい? 船で一緒だった佐藤って刑事が、君をご指名らしいんだ』
「……ああ、覚えてるぜ。あの犬っころも一緒にな」
船で一緒だった佐藤――零課の佐藤一輝のことだ。マリアにその名を言われてすぐ、あの知的な顔が戒斗の頭によぎっていた。
ついでに、くっついていた部下の野上遼一もだ。何かにつけては野良犬呼ばわりされていたから、戒斗もよく覚えている。佐藤も野上も、どちらも優秀で腕の立つ公安刑事だった。
「で、あの旦那が俺に何の用だって?」
『簡単に言えば、捜査に協力して欲しいそうだ』
「おいおい……昼に再放送してる刑事ドラマじゃねえんだぜ?」
『ま、そう言わないでよカイト。どうもその事件ってのはスイーパー絡みらしくってね、しかもミディエイターが関与している疑いがあるんだ』
「奴らが……」
なるほど、確かにこれは彼が指名したのも頷ける。
スイーパー絡みというのなら、戒斗にとっては同業者。しかもミディエイターの関与が疑われているとあっては……お呼びが掛かって当然と言えよう。
なにせ戒斗たちは、今や対ミディエイターのスペシャリストのような立場だ。恐らく零課が頼れる外部の人間で、最も彼らとの関わりが深く、また実戦経験も豊富なのが戒斗たち。ともすれば協力を依頼して当然だろう。
「そういうことなら話は別だ、協力もやぶさかじゃない」
『オーライ、じゃあ今から出られるかい?』
「今から……って、また急だな」
『ま、そう言わないでよカイト。それで? 行けそうなのかい?』
「……分かったよ、今から出る。ただし一旦戻って着替えてからになるから、少しは時間掛かるぜ。流石に制服のままでってのもアレだろ?」
『言えてるね、君はホントに制服似合ってないから』
「一言余計なんだよ、あんたは!」
『……とにかく、智里には僕から伝えておくよ。行き先は追って連絡する、それでいいかい?』
「了解だ、じゃあ上手く段取りは付けておいてくれ」
最後にそう言って、戒斗はマリアとの通話を終えた。
とすれば、近くに居た琴音が「お兄ちゃん、どこか行くの?」と訊いてくる。
それに戒斗はああ、と頷いて。
「チョイと野暮用でな、午後はフケることになっちまった」
「えー、またサボるのー?」
「そう言うなよ琴音、半分は仕事みてえなもんだ。……ってことだ、後のことは遥に任せてもいいか?」
「……ええ、お任せください。琴音さんは私が責任を持って送り届けますから」
「よく分かんないけど、琴音なら帰りは私の車で送っていってあげるわ。それなら戒斗も安心じゃない?」
コクリと頷き承知してくれた遥に続いて、香華までもがそう言ってくれた。
戒斗はそれに「すまん、助かる」と礼を言い、手早く荷物をまとめたスクールバッグを肩に担いで席を立つ。
「ってことで二人とも、悪いが琴音のことは頼んだぜ」
言って、戒斗はそのまま教室を足早に出て行った。
そうすれば、この場に残るのは遥たち三人だけ。出ていく戒斗の背中を見送りながら、香華はポツリと一言。
「……案外、あれでいて忙しいのね」
なんて、どこか呑気なことを口にする。
琴音もそれに「かもねー」と、いつもの間延びした声で同意して。
「最近は特に忙しそうだよね、お兄ちゃんって」
と、にははーと笑いながら香華と同じく呑気に言う。
そんな二人の傍らで、遥は戒斗の出ていったドアの方を見つめながら……ただ、一言。
「……お気をつけて」
二人にも聞こえないぐらいの細い声で、静かにそう呟いていた。




