第一章:真夏のイリュージョン/02
「へえ、貴方こっちでもこんな車乗ってるのね」
「まあな、とりあえず乗れよ」
「それじゃあ、お邪魔しようかしら」
場所は変わって、ターミナル最寄りの立体駐車場。そこに停めておいた戒斗のシボレー・カマロSSに三人で乗り込んだ。
差し込んだキーを捻り、エンジン始動。いつも通りの快調な一発始動だ。まだエンジンも暖まったままだし、暖機運転の時間を待つ必要もないだろう。
ちなみに位置関係としては前席に戒斗とマリア、後部座席にエミリアといった感じだ。2ドア車だから後ろに入るときは窮屈だが、座ってしまえば意外に居心地は悪くなかったりする。
「確か……昔も似たようなの乗ってたわよね、ロサンゼルスに居た頃も」
「黒のC5コルベットだ、98年式の」
「ああ、そうだったわね。何度か乗せてもらったから覚えてるわ。日本には持ってこなかったの?」
「持ち込むのも手間だったからな。ロスを離れるときに知り合いに譲ったんだ。……それでエミリア、どこに行けばいい?」
「とりあえず警視庁までお願い。挨拶や手続きやらが色々あるのよ」
了解した、と戒斗は頷いて車を走らせ始めた。
バラバラバラ……と乾いた音を立てるカマロを動かして、ひとまず立体駐車場を出る。後はそのまま首都高速に乗って東京方面へとひた走るだけだ。
オレンジと黒のツートンカラーが眩しい、年代物のアメ車が風を切って走り抜ける。
「……で、肝心なことを聞かせてもらおうか」
そんなカマロを走らせながら、戒斗はチラリとバックミラーを見つつ話の口火を切った。
すると、エミリアは――バックミラー越しに目を合わせる彼女は「そうね」と頷き。
「私がここに来たのは、ミディエイターっていう組織を追うためなの」
と、単刀直入に答えた。
「っ……!?」
「……おやおや、君からその名を聞くとはね」
すると戒斗は目を見開いて驚き、隣のマリアも静かに目を細める。
「どうやらその様子だと、二人とも心当たりがあるみたいね」
そんな二人の反応を見て、エミリアも何かを察した様子。
「私はその組織を追うために、FBIからこっちに派遣されたの。貴方たちにはそのサポートを頼むつもりだったけれど……知っているのなら、話が早いわ」
「まあ、俺たちも連中とは色んな縁が出来ちまったからな」
「で、君は僕らに一体なにを頼もうっていうんだい?」
頷く戒斗と、訊き返すマリア。
それにエミリアは「そう難しいことじゃないわ」と前置きをしてから、
「ミディエイターについて調べて欲しいの。私たちみたいな法執行機関では掴みにくい情報でも、裏の人間なら融通は効きやすいでしょう?」
「ふーん、なるほどね……いいよ、他ならぬエミリアの頼みだ。引き受けようじゃないか。……カイトもそれでいいよね?」
「アンタが決めたことなら、俺も異存はない。エミリアには向こうでの借りもあるしな」
「交渉成立、ね。といっても私はこっちに着いたばかり、詳しいことはあんまり分かっていないのが現状なの。だから具体的にどうして欲しいかを伝えられるのは、警視庁での手続きが終わってから……そうね、明日以降になるかしら」
分かった、と戒斗はエミリアに頷きつつ、ハンドルを緩く曲げて高速の分岐点を曲がっていく。
行き先は霞が関方面、警視庁のある官公庁街の方だ。
「……しかし、疑問がひとつある」
そうして戒斗がカマロを走らせる横で、マリアがふむと思案するように唸る。
「ミディエイターを追ってきたのはいいとして、どうして日本に? 奴らは正体不明で神出鬼没の、言い方はアレだけど謎の秘密結社だからね……捜査範囲をここに絞り込めたのには、何か根拠があるのかな」
マリアが呟いたのは、至極もっともな疑問だった。
それにエミリアは「そうね、あるといえばあるわ」と頷き肯定の意を示す。
「確かに貴女の言うとおり、ミディエイターは謎のベールに包まれた組織よ。私たちFBIにだって全貌は掴めていない。ただ……ここ最近になって、連中の活動痕跡が特に多く見られた地域があるのよ。それは極東方面、つまり――――」
「……僕らの居る、この日本ってわけか」
呟くマリアにそうね、とエミリアも頷き返す。
そんな二人の話を聞きながら、戒斗もだろうなと内心で納得していた。
――――ここ最近、ミディエイターが特に日本で多くの痕跡を残している。
その理由は……まあ、言わずもがな。琴音の件や香華を狙った豪華客船での一件、とにかく戒斗の周辺で起こった出来事のことだろう。
口に出さずして、そんなことは戒斗もマリアも察していた。
「……ま、やれるだけはやってみようか」
だからマリアは戒斗と一度アイ・コンタクトを交わし、無言のまま静かに頷き合った後で――そう短く、後ろのエミリアに向かって呟く。
「お願いね。ここは私にとってアウェーの土地よ、だから頼りになるのは貴女たちだけ……期待しているわ」
そうこうしている内に、戒斗の運転するカマロは霞が関に着いていた。
高速のランプから下道に降りて、幅広く整然とした大通りを走ること少し。すぐに目的の警視庁が見えてきた。
角地にある三角形に近いような形の建物。刑事ドラマなんかでしょっちゅう見るあのビルが警視庁だ。
正確には警察総合庁舎といって、警察庁と同居している建物だったりする。まあとにかく、ここがエミリアの目的地だった。
「悪いわね、送り迎えまでやってもらっちゃって」
庁舎近くの路肩に停めたカマロから降りたエミリアが、開いた窓越しに手を振る。
それに戒斗は「構わねえさ、これぐらい」と窓枠に肘を掛けながら返し、
「ま、具体的なあれこれが決まったら連絡してくれ。俺でもマリアでも、どっちでも好きな方にな」
歩道に立つエミリアの顔を見上げながら、ニッと小さく笑みを浮かべて言った。
エミリアは「分かったわ」と静かに頷けば、
「じゃあ、詳しいことはまた追って話すわ。ありがとう戒斗、また会いましょう?」
最後にそう言うと、くるりと踵を返して――庁舎の方に向かって歩き去っていった。
遠ざかっていくエミリアの背中は、通りを行き交う人混みの中に紛れて……そのまま、見えなくなっていく。
「……ねえ、カイト」
そんな彼女の背中をぼーっと見送っていた戒斗に、隣のマリアが話しかける。
「ん、どうした?」
「エミリアには僕らのこと、あまり詳しくは話さない方がいいかもね」
「っていうと……琴音の件とかか?」
首を傾げる戒斗に、うんと頷き返すマリア。
「なんとなく、そう思うんだ。根拠はないんだけれど……強いて言うなら、僕の勘がそう囁くのさ」
「……よく分かんねえが、あんたがそう思うのなら。昔から妙に当たるからな、マリアの勘は」
「第六感っていうのは案外と馬鹿に出来ないものさ、君だってよく知っているはずだけれど?」
「まあな、ソイツは言えてらあ。……何にしたって、向こうから話してこなけりゃどうしようもねえんだ。今は待ちってことだ、俺もあんたもな」
「ふふっ、そうだね。……じゃあ行こうか、とりあえず僕の店でいいかい?」
「オーライ、言われなくったってそのつもりだ」
炊いていたハザードランプを消し、サイドブレーキを解除しつつギアを入れて……戒斗はカマロを再発進。大通りを行き交う車の群れの中を再び走り始めた。
今度の目的地は秋葉原、いつもお馴染みなマリアのメイド喫茶だ。




