プロローグ:Forget me not
プロローグ:Forget me not
『間もなく当機は出発いたします。腰の低い位置でしっかりとシートベルトをお締めください。……業務連絡です、客室乗務員はドアモードをオートマティックに変更し――――」
アメリカ西海岸・ロサンゼルス国際空港。この広大な空港から、今まさに日本を目指して離陸しつつある旅客機の姿があった。
機内放送が流れる中、機体はゆっくりと動き出す。トーイングカーに押されてバックしながらエンジンを始動し、やがて誘導路へとタキシング開始。管制塔の指示に従い、大きな飛行機がゆっくりとした速度で滑走路へと向かう。
安全確認をして、そのまま飛行機は滑走路へ。管制塔から離陸許可が下りれば、エアバスの旅客機は二基のターボファンエンジンを唸らせながら大空へと舞い上がる。
緩やかに上昇し、高度一万フィートを越えたところでシートベルト着用サインが解除。その後も飛行機はゆっくりと上昇を続け、雲を越えて高度35000フィートの巡航高度へ。
風を切り、雲の上を悠々と飛ぶ大きな銀翼。その翼が向かう先は、遙か太平洋を隔てた先にある日本――その玄関口、東京国際空港こと羽田空港だ。
そんな、ロサンゼルスから東京に向けて飛ぶ旅客機のビジネスクラス……その窓際の席に、ある一人の女性が座っていた。
かなりの美女だった。道端ですれ違えば誰もが振り向いてしまうほどの美女が、頬杖を突きながら物憂げな顔でじっと窓の外の景色を見つめている。
178センチの長身で、ミッドナイトブルーの長い髪を揺らす美女。目元にフレームレスの眼鏡を掛けているからか、落ち着いた色気の中にどこか知的な印象も抱かせる。ビジネススーツを着ていることもあって、なんとなくキャリアウーマンみたいな雰囲気だった。
「日本、そういえば貴方の故郷だったわね……私の知らない、貴方の居場所」
窓の外に広がる空を見つめながら、ポツリと彼女がひとりごちる。
それは、まさに今向かっている日本に居る彼に思いを馳せた独り言。もう久しく会っていない彼のことを想っての、思わず漏れ出てしまった独り言だった。
「何年ぶりかしら、貴方に会うのなんて。あの頃のままじゃないって、そんなの分かってるのに……どうしてかしらね、私の中の貴方はまだあの頃のまま……それも、直に会えば変わるのかしら」
呟いて、彼女は頬杖を突く。浮かべる物憂げな表情は、そのままで。
「楽しみといえば、そうかもしれないし違うのかもしれない。でも……楽しみだわ、戒斗……貴方に、また会えるのは」
スッと目を細めて、微笑を浮かべる青い髪の美女。
彼女の名はエミリア・マクガイヤー。それは彼にとって、戦部戒斗にとって懐かしい顔。エミリアは遠く離れた彼に思いを馳せながら、今はただ……ダークブルーの空を、じっと物憂げな顔で眺めていた――――。
(プロローグ『Forget me not』了)




