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黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-03『オペレーション・スノーブレード‐Operation Snow Blade‐』
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エピローグ:HUMAN NATURE

 エピローグ:HUMAN NATURE



「――――ってことで、色々あったけど博士は無事に救出できたよ。一応これで依頼は完了、ってことでいいのかな?」

『ええ、今回のことでミディエイターに大きな打撃を与えられたはず。助かったわ、ありがとうマリア』

 北アラスカの山岳地帯、エルロンダイクでの戦いから数日後。

 そんなある日の昼下がり、マリアは『カフェ・にゃるみや』の私室で誰かと電話で話している最中だった。

 無論、その相手は今回の依頼人――サイファーだ。

「それにしても、カイトから聞いたよ? 何もかも君の仕込みがあってこそだったそうじゃないか」

『料理で一番大切なのは下ごしらえの段階よ。でもどれだけ上手く仕込みをしたところで、肝心の調理が下手なら何もかもが駄目になる。私はただ手伝いをしたに過ぎないわ』

 少女のような、理知的な声でそう言うサイファー。

 そんな彼女に対し、マリアは「またまた、そう謙遜(けんそん)するものじゃないよ」と笑いながら返す。

「前と同じように、今回の出来事も全てが君の手のひらの上だった――――そうだろう、サイファー?」

『全部が全部、というわけじゃないわ。あそこに私が潜り込んだとき、博士と出会ったのは偶然だった。その時に彼女を連れ出せる用意が私になかったのも事実よ。それにあの博士、どう見ても山登りには慣れていなさそうだし』

「……あー、確かにね」

 うんうんとマリアが相槌を打てば、サイファーは――電話越しの彼女はクスッと小さく笑い。

『しかし……あの二人が現れたのは誤算だったわ』

 と、すぐに声音をシリアスな色に変えてそう呟いた。

「……カイトの弟くんと、八雲くんのことか」

 ええ、とサイファーは肯定する。

『こればっかりは流石に想定外。まして逃げるためとはいえ、博士がサイバーギアを暴走させたのも予想外だった』

「結果オーライではあったけれど、本当にヤバかったのは間違いないからね……僕も驚いたよ、あれだけの火力を叩き込んでもまだ動いてたから」

『まあ、実際にサイバーギアと交戦したことである程度のノウハウは得られたわ。マリアの言う通り、ある意味で結果オーライね』

 理知的な声で、小さな溜息交じりに言うサイファー。

 そんな彼女の発言から一呼吸おいて、マリアは「……で」と別の話題を切り出す。

「これから、君はどうするつもりだい?」

『とりあえずは、まだ探りを入れ続けるわ。ミディエイターは大きな敵よ、地道に探り続けるしかないわね。だからマリアに次のお願いごとをするのは、もう少し先の話になりそうね』

「お願いごとをされるのは決定事項か。……ま、別にいいけれど」

『私がお願いしようとしまいと、貴女たちは既にミディエイターと深く関わりすぎているわ。むしろ私のしていることは、貴方や戒斗の助けになるのではなくって?』

「ふふっ……相変わらず、人を言いくるめるのが上手いね君は」

『こういう性分なのよ、私は生まれつきね』

 スマートフォンを耳に当てるマリアと、その向こう側のサイファー。

 二人でクスクスと笑いあい、また会話に一呼吸の間を置いて。その後でマリアは「……まあ、いいさ」と緩めた顔で呟けば。

「また何かあったら、遠慮なく話してくれればいい。僕もカイトも、いつだって君の力になるから」

 と、サイファーに言った。

『あら? 貴女や戒斗も、じゃなくて……貴女や戒斗の、力になるんじゃないかしら? 私が持ち込むお願いごとは』

 そうすればサイファーは、やはり理知的な声で……でも少しの皮肉を織り交ぜた言葉で返してくる。

「ふふっ……かもね」

 それにマリアが小さく笑い返したとき、コンコンとドアがノックされる音が聞こえてきた。

 どうやら来客らしい。予定外というわけじゃない、約束通りの時間だ。

 マリアが「いいよ、入って」と声を掛けると、ガチャリと開いたドアから入ってくるのは――葵瑠梨だった。

『あら、誰か御来客かしら?』

「そんなところ。だからもう切るよ? とりあえず事後報告はこれでおしまい、また何かあったら連絡してきてくれ」

『分かったわ。……ああ、それと最後にひとつだけ良いかしら?』

「なんだい?」

『もしもこの先、あの子が心を迷わせるような出来事があったとしたら、その時にマリアの口から伝えて欲しいの。

 私の心はいつも貴方の傍に居る。今は離れていても、いつか必ずまた会えるから。風向きが変わり始めた頃に、私は必ずまた貴方に逢いに行くから――――と』

「……その言葉、君の口から伝えてあげるべきじゃないかな?」

『そうしたいけれど、今はまだ駄目なの。それがあの子のためだから。だからマリア、もしそんな時が来たら貴女の口から、あの子に伝えてあげて』

「仕方ないな、君のお願いは断れないよ」

『ありがとう。じゃあまた今度――――それじゃあね、マリア?』

 最後に「またね」と返し、マリアは電話を切ったスマートフォンをデスクに置く。

 そうすれば、待っていた瑠梨の方にくるりと椅子ごと振り向いた。

「ごめんごめん、待たせたかな?」

「いえ。むしろお邪魔だったかしら」

「大丈夫だよ、もう終わったからさ。それより……来たのは君だけ? 他の連中は居なかったのかい?」

 この部屋に入ってきたのは、瑠梨一人だけだ。

 他にも呼び出していたはずだが、居るのは彼女のみ。それに気付いたマリアはきょとんと首を傾げて訊いてみる。

 すると瑠梨はええ、と頷いて肯定し。

「他には誰も見なかったわ。強いて言うなら、表で紅音とすれ違ったぐらいだけれど……彼女は関係ないのよね」

「うん、紅音ちゃんとは別件の仕事の打ち合わせがあっただけ。僕が呼んだのはカイトたちだったんだけれど……珍しいな、もう約束の時間なのに」

 壁掛けの時計を見てみると、ちょうど約束の時刻になったところだ。

 遅れるのは彼にしては珍しいが、でも時にはそういうこともある。彼らが来るまで気長に待つとしよう――――。

 そう思ったマリアが、瑠梨に座ってくれと言いかけたとき。廊下の方から騒がしい声が近づいてきたと思えば、ドアが向こう側からガチャンと開かれる。

「すまんなマリア、待たせたか?」

 噂をすればなんとやら。入ってきたのは戒斗たちだ。

 他にも遥と琴音、それに香華の姿もある。四人とも制服のままな辺り、学園から直行してきたのだろう。

「ううん、別に待ってはいないよ」

 そう言って、マリアは四人を出迎える。

 すると、その傍ら……瑠梨はそんな戒斗たちを物珍しそうな顔で見つめて。

「へえ意外、貴方たち学生だったんだ」

 と、目をぱちくりさせながら言う。

 それに戒斗が「事情があるんだよ、色々とな」と返せば、

「知ってるわ、マリアからおおむねのことは聞いているから」

 と言い、その後でふふっとおかしそうに笑うと――――。

「でも、話に聞いていた通り……本当に似合ってないのね、その制服」

 戒斗を眺めながら、そんなことも続けて言った。

「悪かったな、似合ってなくて!」

「それに引き換え、遥ちゃんは本当によく似合っていて可愛らしいわ」

「は、はあ……えっと、ありがとうございます……?」

「それで、貴女が琴音ちゃん……で、良いのよね?」

 遥が戸惑いがちに返した後、瑠梨はそう――香華の方を見ながら問う。

 香華はそれに「残念、違うわ」と首を横に振る。

「私は西園寺香華、こうして直接会うのは初めてね」

「ああ、貴女があの西園寺財閥の……葵瑠梨よ、会えて光栄だわ。住むところとか色々と便宜を図ってくれたみたいで、感謝してる」

「いいのよ、それぐらいお安い御用だから。こちらこそ貴女に会えて嬉しいわ」

 互いに軽く自己紹介をしてから、握手を交わす二人。

 どうやら会話の内容から察するに、瑠梨の住居については彼女が用意したらしい。こういうところは流石に大財閥のご令嬢、まさにお安い御用というわけか。

 ……と、そんな風に握手を交わしてから。瑠梨は今度こそ琴音の方に視線を向けた。

「ということは、琴音ちゃんはそちらの貴女のようね」

「あ、はいっ。ええと……瑠梨さん、って呼んでいいのかな」

「構わないわ、気軽に呼んでくれて構わない。貴女のこともマリアから聞いたわ。私にできることは限られているけれど、でも可能な限り力にはなるつもりよ」

 言って、瑠梨は琴音とも握手を交わす。

 そうして初対面同士がひとしきり面通しを終えたところで、マリアはこほんと咳払いをし。入ってきた彼女らに座るように(うなが)す。

 適当に引っ張ってきた丸椅子にそれぞれ着席するのを横目に見つつ、マリアは席を立って皆の飲み物を用意。戒斗と香華は紅茶で、遥には湯呑みの緑茶。琴音にはアイスティーで……瑠梨と自分の分はブラックコーヒーにする。

 実にバラバラなチョイスだが、でもこの方が彼女たちらしい。面倒といえば面倒だが、最近ではマリアもそう思えるようになってきた。

「さてと、それじゃあ本題に入ろうか」

 ……と、それぞれ口慰みの飲み物を行き渡らせたところで、椅子に座ったマリアは改めてそう話の口火を切る。

「とりあえず、お疲れさまだったねと言っておくよ。君らが瑠梨ちゃんを救出し、結果的にとはいえエルロンダイクを破壊したことで、ミディエイターには大きな打撃を与えられたはずだ。実に見事な働きぶりだった、流石だったね」

「私を助けてくれたこと、本当に感謝してる」

 改めて皆にお礼を言う瑠梨に、マリアは「礼には及ばないさ」と返す。

「……サイバーギアや、暁斗くんに八雲くんとの交戦とかイレギュラーはあったけれど、とにかく結果オーライだ。なにより瑠梨ちゃんを無事に助け出せたのは大きいね。サイファーも実に満足していたよ」

 それに戒斗は「そりゃ結構」と相槌を打ち、

「……で、まさか話はそれだけじゃないんだろ?」

 続けてそう問えば、マリアは「その通り、話が早くて助かるよ」と小さく笑う。

「とりあえず、琴音ちゃんの護衛はこのまま続けていくとして……問題は瑠梨ちゃんの今後についてだ」

「……そう、でしょうね。助けるだけ助けて、後は知らんぷり……というのも、出来ませんから」

 遥が呟けば、マリアは「そう、遥ちゃんの言う通りだ」と頷き。

「――――そこで、僕からの提案なんだけれど」

 また改まった調子で、戒斗の方に視線を向ける。

「瑠梨ちゃんをさ、君が雇ってあげなよ」

 と、また突拍子もないことを言うから――――。

「ぶふ――――――っ!?」

 戒斗は思わず、口に含んでいた紅茶を吹き出してしまった。

「……は、はぁっ!? お、おま……一体何言ってるんだ!?」

 ガタッと椅子から立ち上がり、思わずそう訊き返す戒斗。

「うわっ!? カイトってばきったないな……白衣に引っ掛かったじゃないか」

「んなこたあ聞いてねえっ! おま、瑠梨を雇えって……正気で言ってんのか!?」

 あんまりに突拍子もないことを、あんまりに突然言われたからか、戒斗はひどく動揺し混乱している様子。

 そんな彼の顔を見上げながら、マリアはやれやれと肩を竦めて。

「正気も正気さ、瑠梨ちゃんと話し合って決めたんだ。どうやら彼女、行くアテが無いらしいから」

「行くアテがないって……ソイツは一体どういう」

 と、戒斗がきょとんすれば。横から瑠梨が「そのままの意味よ」と言い、

「貴方、ひとまず落ち着いて座りなさい」

 そう言って、戒斗を座らせてから話し始めた。

「……本当に、そのままの意味なのよ。今更MITになんて戻れないし、かといって今の状態でウチに帰れば、家族の身が危ないかも知れない。それに何より、私はサイバーギアに関わった者として……貴方たちに協力する義務がある。だったらいっそ、貴方に雇ってもらった方が手っ取り早いかなって思ったのよ」

「雇えって、そう簡単に言うがな……」

「簡単よ。私から提示する条件はひとつだけ。私が協力するのはミディエイター周りのことと、貴方の仕事にだけ。それ以外には一切タッチしないわ。尤も……マリアからのお願いぐらいなら、聞いてあげるつもりだけど」

「おいおい……」

「あら、悩む必要なんてあるかしら? 自分で言うのもなんだけれど、私の知識と能力はきっと役に立つはずよ。それに私としても、貴方たちの傍に居た方がなにかと都合がいい。条件としては破格だと思うけれど?」

「それは……まあ、確かに一理あるが」

 実際、かなり破格の条件だった。

 瑠梨の知識と能力が欲しいのは事実だし、何より放っておくわけにもいかない。瑠梨は行くアテが無いというし、仮に彼女を放置しておけば……またミディエイターに利用される可能性もある。

 ならば、いっそ雇う形で彼女を手元に置いておいた方が一番手っ取り早い。

 戒斗たちにとっても、何より瑠梨本人にとっても一番いい選択肢だ。何よりも合理的で、確かにこれを拒む理由はどこにもない。

 強いて言えば……この話の流れだと、瑠梨の給料はまず間違いなく戒斗のポケットマネーから捻出することになるだろう、ってことぐらいか。

 まあ、そんなのは些細な問題だ。

「一理ある、と言ったわね? なら決定よ。私を雇いなさい、今すぐに」

「顔に似合わず強引だな、君は……」

 ぐい、と顔を近づけてくる瑠梨に、戒斗は大きく肩を竦めて。

「……ああ、分かったよ。俺の負けだ、雇ってやるよ」

 と、最終的には彼が折れる形で決着が付いたのだった。

 すると瑠梨はふふっと満足げに笑い、

「それでいいのよ、戒斗。貴方はとても賢い選択をしたわ」

 瑠璃色の髪をふわりと揺らしながら、そう……嬉しそうな顔で、笑っていた。

 そんな彼女を見ていると、確かにこの決断に間違いはないのだろうな、と戒斗は思う。

「なら、これで契約成立ね。これからよろしく頼むわ、戒斗――いいえ、折角なら社長とでも呼んであげた方がいいかしら?」

 いたずらっぽく笑いながら、そう言う瑠梨。

 戒斗はそんな彼女を横目に見つつ、やれやれと大きく肩を竦めれば。

「泣けてくるぜ……頼むから、社長だけは勘弁してくれ…………」

 ただ懇願するように、そう呟くのだった。





(Chapter-03『オペレーション・スノーブレード‐Operation Snow Blade‐』完)

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