第十章:硝煙と吹雪を越えて/02
「ここか?」
「ええ、間違いないわ。私のIDカードで開けるはず……ちょっと待って」
車両デポへ直行する予定を変更し、琴音のルート案内に従いやってきた東ウィングの地下二階。そこにあるドアの前に戒斗たちは立っていた。
けたたましい警報音が絶え間なく鳴り響く中、瑠梨は首から吊るしたIDカードを……そのドアの傍にあるカードリーダーにかざす。
するとピピッと短い電子音が鳴り、ドアが横にスライドして開いた。
「こっちよ、ついてきて」
先に入っていく瑠梨の後を追って、戒斗たちもそのドアを潜り保管庫の中へ。
中は暗かったが、しかし瑠梨がスイッチを押すと電灯が点き、中の様子が明らかになる。
「これは……」
「凄いな、まるで映画のセットみたいだよ」
「……色々なものが、置いてありますね」
明るくなった保管庫の中を目の当たりにして、戒斗と紅音、それに遥が感嘆の声を上げる。
――――そこは、まさに保管庫と呼ぶに相応しい場所だった。
壁際のメタルラックやら床に直置きやら、何に使うのか見当もつかない機械類が所狭しと詰め込まれた部屋。灯かりが点いた保管庫の中は、そんな雑多な……でも紅音の言うように、どこか映画のセットを思わせる様子だった。
「で、例のUGVってのはどれだ?」
「ええと、確か……そう、これよ」
戒斗に言われて、瑠梨はその保管庫の中央にあった大きな何か……そこに被せられていた目隠しのカバーを剥ぎ取る。
すると、剥がれたカバーの向こうから出てきたのは――――想像通りの、でも驚くほどにSFじみた兵器だった。
「――――これが無人型の歩行戦車。そのプロトタイプよ」
それは、文字通りの歩行戦車だった。
六つの脚が生えた、クモのような見た目の戦闘機械。人が乗り込むスペースは無く、鋼鉄の胴体と六本の脚、後はいくつかの武装やセンサーが取り付けられているだけの代物。プロトタイプ故か真っ白い塗装が施されたそれは、まさに歩行戦車と呼ぶに相応しい代物だった。
分かりやすく大きさを例えるなら、軽トラックの荷台ぐらいの大きさか。
それぐらいの胴体に、六本の脚が生えていると言えば分かりやすいだろう。シルエット的には完全にクモのそれだ。
「コイツは……凄いな」
目の当たりにした戒斗が、思わずまた感嘆の声を漏らす。
「ロボットじゃん、もうこれ完全に」
「これは、予想以上ですね……」
紅音と遥の反応も似たような感じだ。三人が三人とも、カバーの向こうから現れたそれに驚嘆していた。
そんな三人を見た瑠梨は、しかし自慢げに笑うこともなく。冷静な顔のままでチラリと傍らのそれを一瞥すると、そのひんやりとした鉄のボディを指先で撫でながら……こう続けた。
「私たちとは……サイバーギアの開発チームとは別の部署が造ってたもので、今度サイバーギアと戦闘テストをする予定だったの。それを思い出したから、貴方たちをここに連れてきた」
「サイボーグの次は歩行戦車か……まるでタチコマだな。いよいよもってSFじみてきたぜ」
「残念だけれど、あんなに頭の良い代物じゃないわ。これはあくまでUGV、要はラジコンの域は出ていない。一応は自動迎撃モードこそ積んでいるらしいけれど、それも簡単なものよ。将来的には人間を乗せることも、構想としてはあるらしいけれどね」
UGV――――無人地上車両。
その名の通り、無人で動く車両のことだ。探査機だったり消防の救助ロボットだったり、軍用だと爆弾処理ロボットだとか、後は武器を積んだ戦闘支援車両もある。
どうやらこの歩行戦車は、その一種らしい。
「でも、どうして脚があるんだ? キャタピラじゃないのか、こういうのは」
「踏破性の問題よ。確かにキャタピラなら構造も簡単だしすぐに造れるけれど、山岳みたいな険しい地形や、後は瓦礫を乗り越えたり階段を上がることは出来ない。屋内での戦闘支援が目的だから、難しくても歩行タイプの方が便利なのよ」
瑠梨曰く、そういうことらしい。
確かに戒斗が言うように、構造が複雑になりがちなロボット脚を使う意味は無さそうに思える。戦闘車両ならキャタピラで十分なはずだ。
が、その理由はまさに瑠梨が言った通りだ。
キャタピラでは人間と一緒に険しい山を登ったり、急な角度の階段を上ったりすることはできない。狭い屋内戦を想定しているなら、確かにキャタピラじゃなくロボット脚にするのは合理的といえるだろう。
「操作はこっちでやるから、武器のセッティングはお願い。こういう重火器については私は素人だから。弾はその辺にあるはずよ」
「オーライ、任せな。にしても……ちょっとした戦車だぜ、コイツは」
傍にあったタブレット端末を操作し始めた瑠梨に答えながら、戒斗は改めてUGVの武装を見てそう呟く。
……本当に、ちょっとした装甲車並みの重武装だ。
胴体の上にある武装ターレットにはM240機関銃が二挺と、後はMk.19グレネードマシンガンも搭載している。
グレネードマシンガンはその名の通り、機関銃と同じ構造でグレネード弾を連射する強力な重火器だ。前にも戒斗が使ったグレネードランチャーの弾を、機関銃の勢いでダダダダと撃ちまくれる……と言ったら、その恐るべき火力が分かるはず。
構造的には本当にそこいらの機関銃とほぼ一緒で、使う弾が40ミリグレネード弾というだけ。普通は三脚に乗せたり装甲車に装備したりするもので、間違っても人間一人が持ち運べるような代物ではない。
それを屋内で振り回せると言えば、このUGVがどれだけ高火力かは理解できるはずだ。
戦車というのは言い過ぎだが、ちょっとした装甲車に匹敵する火力を持ち合わせている。戒斗が感嘆の声を上げるのも、さもありなんだった。
「弾は……っと、あったあった。なあ紅音よ、グレネード弾はあったか?」
「ん、今見つけたところ。こっちは私がやるから、貴方はM240の方をお願い」
「あいよ」
保管庫にあった弾薬箱を持ってきて、戒斗はM240機関銃を、紅音はグレネードマシンガンの方に弾を補給する。
まず脇のラックに弾薬箱をセットし、その中から弾を……ベルトリンクで帯状に繋がれた弾帯を引っ張り出し、機関銃に装填してやる。
グレネードマシンガンの方も似たような感じだ。太く大きなグレネード弾が連なったベルトリンクは、もう見ているだけでその火力を実感させてくれる。
「よし、こっちは準備完了だ」
「ちょっと待って――大丈夫、ちゃんと起動できたわ」
そうして弾を補給した戒斗たちが離れて程なく、瑠梨の操作に従ってUGVが起動。機械的な唸り声を上げて、その六本の脚でゆっくりと立ち上がった。
「これの火力があれば、どれだけ居ても一網打尽にできるはずよ」
「ま、だろうな……」
瑠梨に相槌を打ちつつ、戒斗は動き始めたUGVを眺めてみる。
プロトタイプだけあって動きはぎこちないが、しかし脚付きだけにどこか生物じみた印象を抱かせる。一見すると頼りないようにも見えるが……意外に装甲配置はしっかりしているし、少なくとも脱出までは問題なく戦ってくれるだろう。
「そういえば、コイツの名前を聞いてなかったな」
そんな頼もしい味方を眺めながら、ふと戒斗は今更なことを瑠梨に訊く。
すると瑠梨は「ええと、確か……」と思い出すように少し思案し。
「型式はXSR‐1、愛称は――『アマテラス』だったはず」
「……急にそこだけ日本神話なんだな」
「確かチーフが日系なのよ、あそこの部署は」
なるほどな、と相槌を打ちつつ、戒斗は自分の武器を確かめる。
SR‐25の弾はまだ残っている。それでもさっきまでは不安だったが……この頼もしいUGV、もといアマテラスとやらが味方に付くなら問題ないはずだ。
これだけの装備があれば、十分に突破できる。
戒斗は今、そう確信していた。
『――繰り返します、当基地は機密保持のため間もなく自爆します。残り十五分――――』
絶え間なく響く警報音の合間に、そんなアナウンスが聞こえてくる。
ここに寄り道をし、アマテラスのセットアップをしている間に何だかんだと十五分が経っていた。エルロンダイクが自爆するまで、もうあまり時間がない……。
「よし……行くぞ!」
アマテラスも手に入れた今、もうここに用はない。
戒斗は皆を見渡してそう言うと、壁際にあったハッチの開閉ボタンをダンッと拳で叩く。
そうすれば、保管庫のハッチが――さっき入ってきたドアのすぐ傍にあった、大きな扉がゆっくりと開く。
「すぐそこに搬入用のエレベーターがあるはず。それを使って上がりましょう」
言いながら、瑠梨は手元のタブレットを操作しアマテラスを動かし始める。
ガションガション、と機械らしい足音を立てて、六つ足の戦闘ロボットが保管庫の外へ。
そのすぐ傍に張り付く形で、戒斗たち四人は再び動き始めるのだった。
「後は、出たとこ勝負ってか……!」




