第九章:GHOST IN THE METAL/02
「撃てっ、撃ちまくれっ!!」
床を切り裂いてサイバーギアが現れた瞬間、戒斗は叫びながらトリガーを引いていた。
それと同時に、紅音も全力で撃ちまくる。
幸いにして同士討ちが起きるような位置取りじゃない。戒斗はSR‐25を、紅音はG36Cを至近距離からサイバーギア目掛けてとにかく撃ちまくった。
「――――!」
が、サイバーギアにはまるで効果がない。
紅音の撃つ5.56ミリの小口径弾では、奴の装甲に歯が立たない。ダメージを与えられるとすれば戒斗の7.62ミリの大口径ライフル弾だが……奴はそちらを脅威と判断し、巧みに身体を捻ってそれを避ける。
戒斗の弾丸だけを的確に避けて、紅音の弾はそもそも効果がないから、どれだけ当たろうが気にしない。
「くそっ、当たりゃしねえっ!」
「戒斗、ここは私に任せてください――っ!!」
このまま撃ち続けても、いずれ弾切れを起こしてやられる。
そう戒斗が思った瞬間、遥が斬り込んだ。
サイバーギアの斜め後ろから踏み込み、手にした忍者刀で一閃。
「――――!」
しかし奴は瞬時に反応し、振り向きざまに高周波ブレードを構えて防御。遥の斬撃を寸前で受け止めてみせた。
忍者刀と奴の剣、共にルーツを同じくする高周波ブレード同士が鍔迫り合いをすれば、ギィィンっと金属がこすれ合うような甲高い音がエレベーターに響く。
(……よく見れば、奇妙な剣ですね)
そうして奴と鍔迫り合いをしながら、ふと遥はそう思う。
――――サイバーギアの振るう剣は、決して刀とは言い難いものだ。
どちらかといえば、ナイフを長剣サイズまで伸ばしたような見た目だった。遥の忍者刀のように鍔や柄はなく、かなり武骨な感じ。剣の表面が何となくカーボン調なのも、余計にSFっぽさを漂わせている。
……まあ、ある意味ではサイバーギアに相応しい剣だろう。
何にしても、同じ高周波ブレードであることに変わりはない。そしてこの狭いエレベーターの中、そんな得物を持った奴を抑えられるのは、自分を置いて他に居ない……!
「っ……!」
そう思えばこそ、遥は必死に奴の剣捌きに喰らいついていった。
鍔迫り合いから離れ、サイバーギアは何度も戒斗や瑠梨たちを仕留めんと剣を振るう。
が、遥がそれに先回りすることで阻止。小柄な体格を最大限に生かすように、狭いエレベーターの中で身軽に飛び回り……サイバーギアの刃を、握り締めた忍者刀一本で受け止めていく。
そうして立ち回っている内に、やっとエレベーターが止まった。
チーンとベルを鳴らして、ドアが開く。その先にあるのは北ウィングの地下三階、さっき来るときにも通った区画だ。
「戒斗っ!」
ドアが開いた瞬間、鍔迫り合いをしながら遥が叫ぶ。
それに戒斗は「分かってる!」と呼応し、
「出るぞ、今のうちだっ!!」
瑠梨の手を引きながら、紅音と一緒にダッとエレベーターから飛び出した。
半ば転がるように、エレベーターから出る戒斗たち。
三人が無事に脱出したのを見て、遥はホッと胸を撫で下ろすと……意を決し、勝負に打って出た。
「この……っ!」
鍔迫り合いの最中、渾身の力を込めてサイバーギアの腹を蹴っ飛ばす。
すると、予想外の攻撃を喰らった奴は後ろにたたらを踏み……何歩目かというところで、足を滑らせる。
――――そこにあったのは、床に開いた丸い穴。
奴が自分で開けた床の穴に叩き落とすため、遥は奴を蹴り飛ばしたのだ。
足場を失ったサイバーギアが、穴の下に落ちていく。
その隙に遥はエレベーターから脱出。行きがけの駄賃で上階行きのボタンも押して、奴が登れないようにエレベーターのカゴ自体も上げておいた。
「これで、ひとまずは……!」
転がり出てきた遥が、息を切らしながら呟く。
その直後、エレベーターのドアが閉まる。
サイバーギアが再び現れる気配はない。どうやら……しのぎ切ったようだ。
「ったく、なんて野郎だ……まさか追いかけてくるとはな」
SR‐25のマガジンを交換しながら、戒斗が毒づく。
「今回ばっかりは、正直ヤバいかなって思ったよ……」
紅音もG36Cをリロードしつつ、疲れた顔でそう呟いた。
「…………」
と、そんな三人の傍に立つ瑠梨はまた顎に手を当てて、思案するような仕草を見せる。
それを見た戒斗が「何か、気になることでもあるのか?」と問えば、瑠梨はええとシリアスな顔で肯定する。
「サイバーギアのスペックは、私が一番よく知っている。だから言わせてもらうけれど……これで、逃げ切れたとは思えないわ」
「おいおい……マジで言ってんのか?」
「冗談だとしたら、笑えないよそれ」
続く紅音の一言に「冗談で言うわけないでしょう」と瑠梨は返す。
「第一、あそこまで追ってきたのよ? 突き落としたのは見事としか言いようがないけれど……でも断言するわ。サイバーギアは必ずまた登ってくる」
「ってこたあ、とっととオサラバした方が良さそうだな……遥!」
戒斗が呼びかけると、振り向いた遥はコクリと頷く。
「閃光弾のトラップを仕掛けておきます。それが終わり次第、すぐに離脱しましょう」
と言って立ち上がると、罠を仕掛けるためにエレベーターの方に行こうとした。
が、その矢先――――エレベーターのドアが、内側から力づくでこじ開けられる。
「ッ――!?」
驚いた遥が咄嗟に飛び退くと、重いドアはぐぐぐ……と強引に開けられていく。
ドアをこじ開けるのは、鋼鉄の両手。人型だがおよそ人間のものとは思えない、どちらかといえばロボットに近いような……無機質な、機械の両手が力任せにドアをこじ開けた。
そうして、無理矢理に開けられたドアの向こうから飛び出してきたのは、ついさっき退けた奴の――――サイバーギアの、鈍色に光る機械の身体で。
「…………泣けるぜ、ホントによ」
再び現れたそれを前に、戒斗はただ苦い表情を浮かべてそう呟くしかなかった。
「っ、いけない……っ!!」
ドアをこじ開け、再び現れたサイバーギア。
それを目の当たりにした瞬間、真っ先に動いたのは遥だった。
一気に踏み込み、逆手に握り締めた忍者刀で斬りかかる。
だが当然、サイバーギアはそれを自分の高周波ブレードで防御。負けじと遥も幾度となく刃を閃かせるが、しかしその全てを奴は受け流してみせる。
「遥っ!」
戒斗は叫び、SR‐25を構える。
だが遥は「待ってください!」と斬り結びながら叫び、
「どうにか私が抑えてみせます……その間に、何か策を考えてくださいっ!!」
「んな無茶な……!」
「無茶でもなんでも、やってください! 貴方なら……出来るはずです、きっとっ!!」
叫びながら、遥はサイバーギアと激しい剣戟を繰り広げる。
遥の閃かせた刃を受け流せば、瞬時にサイバーギアは反撃の一閃を繰り出してくる。
それを遥は身軽に避けて、時に忍者刀で受け流すことでしのいでいく。
……が、それでも瞬発力の差は大きすぎた。
徐々にだが、遥はあちこちに掠り傷を負い始めている。決して深手ではなくて、装束の端が少しだけ裂かれる程度だが……それでも、遥はサイバーギアの猛攻をだんだんと防ぎ切れなくなっている。
むしろ、よく戦えている方だ。相手は全身義体のサイボーグ……そんな人外そのものな相手に、遥は驚くほどに善戦しているといえる。
……が、それでも彼女はあくまで生身だ。
このままにしておけば、そう遠くない内に彼女が押し負けてしまう。
「ああくそ、どうしろってんだよ……!」
それを理解しているからこそ、戒斗は焦りからくる苛立ちを隠せないでいた。
「逃げたって追いつかれるんだから……実際、ここでどうにかするっきゃないよ!」
そんな彼の横で、紅音がG36Cを構えながら叫ぶ。
戒斗はそれに「分かってる!」と怒鳴り返しながら、とにかく頭を捻らせた。
(遥があの状況じゃあ、閃光玉は使えない……かといってこの距離だろ? 俺がスタングレネードを使えば、一緒に喰らった俺たちの方がエラいことになっちまう……!)
サイバーギアを黙らせるのなら、閃光玉を使うのが手っ取り早い。
が、今の遥には使っている暇はどう考えたってない。
戒斗も一応、スタングレネード――特殊部隊用の閃光手榴弾を持ってきているが、これは遥の閃光玉と違い、光と爆音とで感覚を麻痺させ怯ませる代物だ。こんな近距離で炸裂させれば、巻き添えを食った戒斗たちの方がフラフラになって酷い目に遭うだろう。
(畜生、あんな化け物相手にどうしろってんだ……!)
――――考えろ、今はとにかく一秒でも早く考えろ。持ち時間はそう長くない、どうにかあのサイボーグ野郎を黙らせる手段を思いつけ……!
(……あれは)
焦りながら、それでも頭は冷静に努めつつ考える最中、戒斗の目にふとあるものが留まる。
それは、エレベーターのドアだ。
ついさっきサイバーギアがこじ開けたせいで、半開きになったドア。その向こうにはあるべきカゴの姿はなく、がらんとしたエレベーターシャフトのみが見える。
「コイツは……ひょっとすると、使えるかもしれねえ」
「なに戒斗、何か思いついたのっ!?」
振り向く紅音に「無茶だがな!」と戒斗は頷き返し、
「紅音、あのドアをこじ開けてくれ!」
と、半開きになったエレベーターのドアを指差して言った。
「……よく分かんないけど、今は信じるよ!」
紅音は彼の意図を汲み取れていないようだったが、しかし何も考えず彼の指示通りに動く。
身を低くして走り、剣戟を繰り広げる遥とサイバーギアの脇をすり抜けて……エレベーターの所へ。
「この……ぉぉぉぉっ!!」
その半開きになったドアの隙間に身体を滑り込ませると、紅音は目いっぱいの力を入れて……背中と足で、重いドアをこじ開ける。
グググ、と少しずつドアが開いていく。
そうすれば、半開きだったドアの隙間は……とりあえず、人一人が余裕を持って通れるぐらいの幅に広がった。
「開いたよ、戒斗っ!」
「よし、一旦戻ってこい!」
ドアをこじ開けたのを見て、戒斗は彼女を呼び寄せる。
すると後ろで瑠梨が「どうする気!?」と戸惑った声を上げるから、戒斗は振り向いて。
「イチかバチかだ、これで駄目なら打つ手なしだ――――遥っ!!」
そう彼女に答えながら、続けて遥に大声で呼びかける。
「五秒でいい! 奴の動きを封じてくれっ!!」
「……難しいですが、やってみます…………!」
「ねえ戒斗、他に私がやることは!?」
戻ってきてそう問う紅音に、戒斗は「ある!」と頷き返す。
「俺が合図したら、全力であの野郎を蹴っ飛ばしてやれ!」
「……なーるほど、もしかしなくてもエレベーターの方にだねっ!」
そこまで言ってやっと意図を察したらしい紅音がニヤッとする中、戒斗は「そういうことだ!」と不敵な笑みで返しつつ……膝立ちになってSR‐25を構える。
「遥っ!!」
「承知、しました……っ!!」
そして戒斗が叫べば、遥もまた賭けに出た。
剣戟の最中、飛び退きながら忍者刀を投げつける。
当然、飛んできた刀をサイバーギアは高周波ブレードで容易く斬り払ってみせた。
払われた遥の忍者刀が、緩やかに回転しながら床に突き刺さる。
だが、これでいい。奴が忍者刀を斬り払う、ほんの刹那の隙が欲しかった――――!!
「はぁぁっ!!」
奴が忍者刀を払った瞬間、遥はバッと両手を伸ばした。
すると、両手首の裏のワイヤーショットから細長いワイヤーが射出。ひゅんっと真っすぐに伸びていったそれは……サイバーギアの両腕に絡みつき、その動きを封じ込めた。
「くっ……今です、戒斗っ!!」
着地し、全力で腕ごとワイヤーを引っ張りながら遥が叫ぶ。
両腕を拘束されたサイバーギアが、逃れようと全力でもがく。あんな機械の身体が繰り出す力だ……遥も必死にこらえているが、きっと長くは耐え切れまい。
しかし、それで十分だ。彼女が作ってくれた、このわずかな時間があれば……それで十分だ!!
「紅音っ!!」
遥が叫んだ瞬間、戒斗もまた叫ぶ。
「任せて!」
それに呼応し、紅音が走り始めた。
G36Cから手を放し、全力疾走でサイバーギア目掛けて突っ込む紅音。
「っ……これ以上は!」
そんな最中、遥は遂に限界を迎えた。
サイバーギアのとんでもない膂力に耐え切れず、奴に引きずり込まれそうになった瞬間、遥はワイヤーショットの拘束を解く。
細長い二本のワイヤーが解かれて、自由を取り戻したサイバーギア。
奴はすぐさま反撃に打って出ようと構えたが――――しかし、その時にはもう紅音は奴を射程圏内に納めていた。
「――――でりゃあああっ!!」
そのまま、紅音は奴に向かってドロップキックを繰り出す。
身体を投げ出すようにジャンプし、両足で叩きつける強烈な蹴りだ。サイバーギアはそれを避ける間もなく、紅音の強烈なドロップキックを腹に喰らい……大きく後ろに吹っ飛んだ。
そうしてサイバーギアが飛ばされた先にあるのは、さっき紅音がドアの隙間を広げたエレベーター。その向こうにある、大きなエレベーターシャフトだ……!
「今だよ、戒斗っ!!」
ダンっと背中から床に落ちた紅音が、振り向いて叫ぶ。
「ああ、任せな……!」
戒斗はそれにニヤリと不敵な笑みで応じながら、静かにスコープを覗き込む。
狙うのは……ただ一点。これが駄目なら本当にもう打つ手なしだ。
イチかバチか、伸るか反るかの大博打。だが……こういう賭けは、嫌いじゃない!
「――――そこだっ!!」
素早く狙い定めた戒斗の人差し指が、トリガーを引き絞る。
瞬間、ドシュンッとくぐもった銃声が響き、SR‐25から大口径ライフル弾が放たれた。
音の速さを超えた速度で飛翔する弾丸は、そのままサイバーギアの頭――ではなく、そのすぐ真横を通過する。
だが、決して狙いを外したわけじゃない。
戒斗の撃った弾丸は、サイバーギアのすぐ傍を通り抜けて……そのままドアの隙間を潜り抜ければ、エレベーターシャフトにある太いワイヤーに命中。頑丈なそれをいとも容易く引き裂いた。
そう、シャフトにあるワイヤーを――エレベーターの上下移動に使う、ワイヤーをだ!
戒斗の弾丸がそれを貫いてすぐ、吹っ飛ぶサイバーギアの身体がドアをすり抜けてエレベーターシャフトへ。
それと同時に、ワイヤーが切れたことでエレベーターのカゴが落下してきて……シャフト内を滞空するサイバーギアに、ものすごい勢いで激突した。
ガァンッと激しい衝突音が響いて、サイバーギアの姿が落下するカゴと一緒に消えていく。
それから、数秒後――二度目の激しい衝突音が、シャフトの下の方から木霊してきた。
「見た目通りのハンマーだ、コイツは効くだろ……?」
ふぅ、と息をつき、戒斗はゆっくりと立ち上がる。
「……やれたのかしら、今ので」
そんな彼の傍らで、瑠梨がポツリと呟いた。
戒斗はそれに「さあな」と振り向かないまま、ぶっきらぼうに返す。
「いくら奴が無敵のサイボーグだからって、あの質量でプレスされりゃひとたまりもないだろうよ。これで駄目なら……マジに打つ手なしだぜ」
「それは……ええ、そうね」
少し不安げな顔の瑠梨だったが、しかしすぐに頷き返してくれる。
何にしても、これで脅威は去った――――。
サイバーギアを、どうにか撃破することができた。今になってその手ごたえをやっと感じつつ、戒斗はまた小さく息をつくと。
「ホントに泣けるぜ……二度はごめんだ、こんな真似はよ」
疲れた顔で、そう参ったようにひとりごちるのだった。
(第九章『GHOST IN THE METAL』了)




