表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-03『オペレーション・スノーブレード‐Operation Snow Blade‐』
103/125

第九章:GHOST IN THE METAL/01

 第九章:GHOST IN THE METAL



 ――――サイバーギアが、起動した。

 それを見た瞬間、戒斗はすぐにその場から飛び退いていた。

 全速力でラボを駆けて、瑠梨の傍へ。遥も同じように近くまで飛んでくる。

「おい、まさか動かしちまったのか!?」

 青ざめた顔で瑠梨に問えば、彼女は「……ええ」とシリアスな面持ちで肯定する。

「こうする他に手はなかったの。本当なら破壊しておくのが一番だったけれど……でも、切り抜けるにはこれしか思いつかなかった。サイバーギアを暴走させるしかなかったの」

「つっても、これはこれで別の意味でマズいんじゃねえか……!?」

「そうね。今のサイバーギアは暴走状態にある。だから敵味方の識別なんてせずに、動くもの全部を攻撃対象だと認識するわ。内蔵バッテリーが切れるまで、サイバーギアはこのエルロンダイクで破壊の限りを尽くすでしょうね。その隙にここを離れるしか……多分、逃げ出す手立てはないわ」

「……ま、そうだろうけどよ」

 あまりにも無茶が過ぎるが、でも瑠梨の判断は間違いじゃない。

 現に暁斗と八雲は今、完全にサイバーギアの方に意識を向けている。戒斗たちに構っている余裕なんて無さそうな雰囲気だ。

 だが、それは同時に――それほどまでに危険な相手、ということの裏返しでもある。

 あの二人が、暁斗と八雲をしても最大級に警戒する必要がある相手ということだ。サイバーギアは……それほどまでに、恐るべき存在という何よりもの証明だろう。

「よく分かんないけど、チャンスなのは間違いないよ。脱出するなら今しかないって」

 戸惑う戒斗の横で、紅音がそう言う。

「……紅音さんの仰る通りです。離脱するなら今を置いて他にありません」

 続けて遥もそう、軽く肩で息をしながらも……いつもの冷静な声で進言する。

 そんな二人の言葉に、戒斗も「……そうだな」と頷いて。

「あのままアイツらの相手をし続けるよりか、遙かにマシなのは間違いねえな。……よし、今すぐここを離れよう」

 言って戒斗は立ち上がると、瑠梨たちを連れてラボの出入り口の方に向かって走り出す。

 それを見た暁斗が「兄さんっ!」と叫ぶが――――その直後、サイバーギアが彼らに襲い掛かる。

「今は目の前に集中しろ、でなければ我らがやられるっ!」

「くっ……!」

 背中から抜いた剣のようなもので襲い掛かってくるサイバーギアに、応戦する八雲と暁斗。

 それを尻目に、戒斗たちは一目散に逃げだしていく。

「待って兄さん、まだ勝負は――ッ!」

「悪りいな暁斗、勝負はここでお預けだ! 俺たちゃお(いとま)させてもらうぜっ!!」

 叫ぶ暁斗の制止を振り切るように、駆けていく戒斗たち。

 しかし、そんな彼らの背中をサイバーギアが――――三体の内の一体が、追いかけてくる。

「ちょっ……!? 一匹こっちに来てるって!」

 それに気付いた紅音が、ハッとして叫ぶ。

 すると戒斗は「チッ……!」と舌を打ち、

「遥、頼む!」

「心得ました……!」

 そう叫んだ彼に応じるように、迫るサイバーギアの前に躍り出た遥は……懐から取り出した閃光玉を、バンッと足元に叩きつけた。

 炸裂した閃光玉が、強烈な光を撒き散らす。

 瞬間、その瞬きを直視したサイバーギアは急に動きを止めて、がっくりと項垂(うなだ)れた格好でその場に硬直してしまう。

 ――――これは、確かに月詠の言っていた通りだ。

 彼女が意図的に残していた、サイバーギアの致命的な欠陥。強烈な光を至近距離で喰らうと、義眼が焼き付いてシステムエラーが起こり……ほんの数秒だが、動きが止まる。

(ありがとよ、先生……!)

 戒斗はその欠陥を教えてくれた月詠に心の中で感謝しつつ、サイバーギアの動きが止まった隙にラボから飛び出していく。

「兄さんっ! ……逃げられちゃったね、八雲」

 そんな戒斗たちの背中を目で追いながら、サイバーギアの攻撃を避けつつ呟く暁斗。

 八雲はそれに「うむ」と――太刀で斬撃を受け止めつつ頷く。

「やられたな、まさかサイバーギアを暴走させるとは……」

「葵博士の仕業だね。かわいい顔してやることが派手だよ、あの()

「だが、最も効果的な一撃だ。現に我々はこうして戦う羽目になっている。暁斗には悪いが、追っている暇はなさそうだ」

「逃がすわけにもいかないからね……というか、本気で戦わないと僕らの方がやられかねない」

 迫るサイバーギアに向かってP30Lを連射しながら、暁斗は呟く。

 そうしながら、戒斗たちが消えていったドアの方をチラリと見て――――。

「勝負は、次の機会にお預けか」

 と、口調は残念そうに……しかし浮かべる表情はどこか楽しげに綻ばせながら、暁斗はそう呟くのだった。





「でも、貴方たちよくあの欠陥を知ってたわね……!」

「先生に教えてもらってたんだよ、万が一の保険にってな」

「……なるほど、あの欠陥はやっぱり月詠博士がワザと残してたのか。それなら納得」

 命からがらラボを抜け出し、廊下を走りながらうんうんと頷く瑠梨。

 そんな彼女の横で、小さく肩を揺らす戒斗。

 と、更にその隣を走っていた紅音は――――。

「呑気に喋ってる暇なんか無いってのに! まだ付いてきてるんだよ、一匹っ!!」

 チラリと後ろを振り返りながら、焦った声でそう怒鳴っていた。

 廊下を全力で駆け抜ける、戒斗たち四人。

 その背後には――――今もまだ、サイバーギアが追いすがって来ていた。

 数は一体、さっき閃光玉で怯ませた奴だ。

 どうやらシステムが回復した後、また追ってきたらしい。一体だけなところを見るに、残り二体は暁斗たちを襲っているのだろうか。

 何にしても、追ってくるのが一体だけというのは幸いだが……しかし、最悪な状況なのには変わりなかった。

「これじゃあ貴方の弟とあのまま戦い続けるのと、どっちがマシだったか分かんないよ……!」

 走りながら、後ろに向かって左手のベレッタを撃ちまくる紅音がボヤく。

 タタタン、と9ミリ弾の銃声が廊下に響く。

 が、追いかけてくるサイバーギアはその全ての弾丸を、背中から抜いた剣で斬り払ってしまう。

「ああもう、撃っても無駄か……!」

「……あの刀も、高周波ブレードのようですね」

 毒づく紅音に続き、冷静に分析する遥。

 それに瑠梨は「正解よ」と頷き肯定して、

「最近になって標準装備になった武器よ。あの長月八雲って男が持ち込んだ技術って聞いているわ。ニンジャなんですってね、あの男」

 と、さらに言葉を続けた。

 遥はそれに「……ええ」と頷き返し、

「だとすれば、宗賀衆由来の技術ということになります。それがミディエイターに流出したとすれば……厄介ですね」

「何にしたって、今は三十六計逃げるに如かず、だ……琴音、エレベーターまで後どれぐらいだ!?」

 戒斗がインカムに向かって叫べば、琴音は『もうすぐだよ!』と答える。

『そのまま突き当たって右側、まっすぐ行けばさっきのエレベーターだよっ!』

 彼女の言う通り、すぐに廊下の突き当たりにぶつかった。

 指示されたように突き当たりを右に折れて、また全力疾走。そうして走っていけば、さっきこのフロアに降りてくる時に使ったエレベーターが見えてきた。

『そのまま地下六階で止まってる! ドアは……おっけー、今開けたっ!!』

 サイバーギアは、まだ追ってきている。

 その距離はさっきより大分縮まっていて、後ほんの数メートル程度。もう少しもすれば、奴が振り回す剣の――高周波ブレードの間合いに入ってしまう。

 すぐ後ろに迫る、サイバーギアの気配。

 それから逃れるべく、戒斗たちは全速力で走り抜けた。

 琴音の遠隔操作で、エレベーターのドアが自動的に開く。

「よし……飛び込めぇっ!!」

 そのドアの向こうに、戒斗たちは全力で飛び込んだ。

 床を半ば転がるようにエレベーターに乗り込んで、すぐにボタンを押してドアを閉じる。

 ゆっくりとした速度で、ドアが閉じていく。

 普段ならすぐに感じるドアの動きも、今はびっくりするほど遅く感じられた。

 そして、エレベーターのドアが閉じた時――ダァンッと、何かが激しく激突する音が聞こえてくる。

 恐らくサイバーギアが閉じたドアにぶつかった音だろう。あんな速さで走っていたせいか、きっと止まり切れなかったのだ。

 ……とにかく、無事に逃げ切った。

 その安堵からか、戒斗たちはエレベーターの床に座り込んだまま……肩で息をしながら脱力する。

「ど、どうにか撒いたみてえだな……」

 天井を見上げながら、戒斗が呟く。

「こんなに走ったの、小学生のとき以来よ……」

 瑠梨が疲労困憊な顔で言って、床にぺたんとへたり込む。

「と、とりあえずこれでひと段落だね……」

「だと、良いのですが……紅音さん、私の弾を使ってください」

「ん、ありがと。でもいいの?」

「私の銃は斬られてしまいましたから」

 遥が手渡した予備のマガジンを受け取り、それをG36Cに装填しつつ……紅音はふぅ、と息をつくと。

「そういえば、一体目はちゃんと壊したんだよね?」

 と、瑠梨に向かって問う。

 瑠梨はそれにええ、と頷き肯定の意を返す。

「ギリギリだったけれど、でも大丈夫。最初の一体はちゃんと脳を焼き切っておいたから、もう動く心配はないわ」

「じゃあ、問題は残ってる三体ってことだね……どうする?」

 訊かれて、瑠梨はうーんと少し思い悩んだ後。

「……本音を言えば、ちゃんと始末は着けておきたいわ。中央ブロックの指令室に行って、エルロンダイクを自爆させるって手段もある。でも……急がないと、吹雪で脱出できなくなるのよね?」

 戒斗の方に視線を流しながら、そう言った。

 それに戒斗はああ、と頷き返す。

 すると瑠梨はまた思案した後、こう言葉を続けた。

「……だったら、流石に脱出を優先しましょう。サイバーギアの現物を全て処分できなかったのは心残りだけれど……でも、一番大事なデータベースは消去してある。欲を掻いてここに取り残される方がよっぽどマズいわ」

 どうやら、対サイバーギア戦はこれまでらしい。

 確かに瑠梨の言うように心残りではあるが、しかし戒斗は同時にホッとする思いでもあった。

 あんな機械仕掛けの化け物とは、出来ることなら真っ向勝負はしたくない。まして今回の目的はアレの破壊じゃなく、あくまで瑠梨の救出だ。ちゃんとこうして目的は達しているのだから、これ以上の欲を掻いたら逆に悪い結果になりかねない。

 そう思えばこそ、戒斗は瑠梨の答えにホッとしていた。

 ――――――のだが、しかし安堵したのもつかの間のこと。

 ゴン、と鈍い音が床下から聞こえた。

「……おい、まさか」

 それを聞きつけた途端、戒斗は顔を青くする。

 他の皆も同じような感じだった。敢えて言葉にしなくても、今の物音の正体が何なのかは……全員、見当がついていた。

「……来ます」

 立ち上がり、シリアスな面持ちで遥が言う。

「冗談だろ?」

 戒斗はそう返しながらも、しかし身体は動いていた。

 すぐに床から立ち上がって、瑠梨と一緒に隅の方にじりじりと後ずさっていく。遥と紅音も似たようなもので、遥は忍者刀を、紅音はG36Cを構えながら……神妙な面持ちで、じっと床を見つめている。

 戒斗もまた、音のした床に向かってSR‐25を構えた。

 ――――ごくり、と誰かが生唾を呑む音が聞こえた気がする。

 奇妙な静寂と、張りつめた緊張感。あれきり物音は聞こえず、響くのは上昇するエレベーターの駆動音だけ。

 しかし、そんな静寂が続いたのも少しの間だけのこと。すぐにまたゴン、ゴンゴンと何度もさっきと同じ物音が――さっきよりもハッキリと、着実に近づいてくる。

 そして、何度目かという鈍い音が響いた瞬間――突然、床が割れた。

 いや、床が割れたという表現は少し間違っている。

 エレベーターの床面が、丸く切り取られたのだ。突如として突き立てられた刃によって、何の前触れもなく生えてきた細い剣に――高周波ブレードによって。

 瞬間、さっきのサイバーギアがエレベーターの中に飛び込んでくる。

 ごく至近距離、間合いはほんのわずか。全身を銀色の装甲で固めたサイボーグが今、戒斗たちの前にその姿を現した――――!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ