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黒の執行者‐BLACK EXECUTER‐  作者: 黒陽 光
Chapter-03『オペレーション・スノーブレード‐Operation Snow Blade‐』
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第八章:Shadow Encounter/04

 先に撃ったのは、戒斗の方からだった。

「ッ――――!」

 タァンッ、と軽い銃声がラボに木霊する。

 火を噴くP226から撃ち出されたのは、9ミリパラベラム強装弾。一瞬のうちに音速を超えた鉛の弾丸が、彼の狙い定めた標的に――暁斗に向かって飛んでいく。

「ふふっ……!」

 だが、暁斗は顔に張り付かせたその笑みを崩さない。

 戒斗がP226を撃つのとほぼ同時に、暁斗もまた発砲。彼もまたP30Lから同じ9ミリの弾丸を撃ち出せば、その僅かな刹那の後……どういうわけだか、空中で火花が散った。

 二人が互いに向け合ったピストルの射線上、ちょうど二人の間でバシンっと火花が散ったのだ。

「なっ……!?」

 その意味不明な光景に、戒斗は一瞬だけ呆気にとられる。

 が、すぐに何が起こったのかを理解した。理解してしまったからこそ……余計に、戒斗は絶句する。

 ――――弾丸が、真っ正面からぶつかった。

 間違いない、あの火花は互いの弾丸同士がぶつかって散った火花だ。

「へえ、意外と出来るものだね……♪」

 絶句する戒斗の前で、暁斗は楽しそうに笑っている。

 その笑顔を見て、戒斗はひとつ確信していた。

 暁斗は――偶然なんかじゃなく、狙って弾丸をぶつけてきたのだと。

 戦いの中で、たまたま弾丸と弾丸が正面衝突することは……天文学的な確率ではあるが、ごくごく稀に起こり得ることだ。

 だが、とても狙って出来ることじゃない。

 しかし暁斗はそんな神業じみた芸当を、意図的にやってのけたのだ。しかもあの表情を見る限り、ほんの余興程度の軽い感覚で。

 ――――彼は、戦部暁斗はとんでもなく強い。

 こうして一戦交える前から、なんとなく分かっていたことだ。しかしこんな芸当を目の前で見せつけられた今……戒斗はハッキリとそう認識していた。

「戒斗っ!!」

 しんと奇妙な静寂が漂うこと、数秒。

 しかしその静かな時間は長くは続かず、叫びながら遥がG36Cで掃射を始めたことを皮切りに、ラボの中には絶え間ない銃声の多重奏が響き始める。

「っ……!」

 遥と、それに紅音の援護射撃を受けつつ、戒斗はバッと手近なデスクの陰に身を隠す。

 二人が撃ちまくる、5.56ミリ弾の雨あられ。

「八雲、お願い」

「心得た」

 それは、暁斗に突き刺さるかと思われたが――しかし瞬時に間に割って入った八雲の刀に、全て空中で叩き落とされてしまった。

 抜刀し、目にも留まらぬ速さで振るわれる八雲の太刀が、二人が掃射した全ての弾丸を斬り払う。

 キィンッと甲高い音が何度も響き、八雲の振るう刃……その太刀筋の軌跡を描くように、空中でいくつもの火花が続けて散る。

 そうすれば、真っ二つに叩き斬られた弾丸がパラパラと彼の足元に落ちていく。

 それを見た紅音は「っ……!」と歯噛みをし、

「何なの!? 話には聞いてたけれど……強すぎないっ!?」

 G36Cを撃つ手を止めずに、悔しげな顔でそう叫ぶ。

 遥もまた撃ち続けながら「ええ……!」と苦い顔で頷き返すと、

「八雲は、私が抑えます……紅音さんは戒斗の援護をっ!!」

 と、隣の彼女にそう叫び返した。

「ちょっ、こんなの相手に一人で大丈夫なのっ!?」

「厳しいです、が……戒斗を一人で戦わせておく方が、多分もっと不味いことに……ですから!」

「……そこまで言うなら、遥ちゃんの言う通りにする!」

 紅音はコクリと頷けば、身を低くしてその場から離脱。八雲の相手を遥に任せて、自分は戒斗の援護に――今まさに暁斗と一戦交えんとしていた彼の援護に向かう。

「折角また会えたんだ、楽しもうよ――兄さんっ!」

「暁斗……っ!!」

 ピストル片手に迫る暁斗と、デスクを飛び越えて迎撃の構えを取る戒斗。

 出来ることなら、自分も彼を助けに行きたい。だが遥はそんな気持ちを抑えて、今はただ目の前の宿敵にのみ――八雲にのみ、意識を集中させる。

(八雲は、私にしか抑えられない……!!)

 それは実力的な意味でも、互いの得物という意味でも明らかだった。

 八雲の得物はあの太刀――かつて宗賀衆で造られた高周波ブレード『十五式(じゅうごしき)超振動太刀(ちょうしんどうたち)雪風(ゆきかぜ)』だ。それに彼の剣の腕前が合わされば、弾丸はほぼ無意味と思っていい。

 ならば彼に対抗しうるのは、彼と同じ宗賀衆の忍であり……同じ高周波ブレードの刀を持つ自分のみ。

 そう判断して、遥は紅音を援護に向かわせた。そう判断したからこそ、自分一人で八雲と相対すると決断したのだ。

「一対一か、私にとっても都合がいい……感謝するぞ遥、我が妹よ」

 どうやらサシの勝負は彼にとっても望むところらしく、八雲は離脱する紅音に構うことなく、ただじっと遥の前で太刀を構えていた。

「この……っ!」

 そんな彼に向かって、遥はG36Cを撃ちまくりつつ……それを牽制にして、タンっと飛び退き距離を取る。

 撃ち放たれる、5.56ミリ弾の豪雨。

 だが八雲はフッと微笑を浮かべれば、先程と同じように太刀を振るい――その刃で以て、迫りくる全ての弾丸を斬り払ってしまう。

「笑止、そんなもので私の首が取れると思ったか」

 涼しげな笑みで呟きながら、八雲はサッと太刀を鞘に納める。

 腰を低く落とし、身体を斜めに構えたその体勢は――――居合の構えだ。

「そなたが逃げるのであれば、こちらから仕掛けるまで……」

 飛び退いた遥がG36Cのマガジンを交換し、リロードしている間に八雲は呼吸を整え、気合を入れて――そして、右手を閃かせた。

長月蒼天流ながつきそうてんりゅう抜刀術一之型ばっとうじゅつ・いちのかた――――紫電一閃!」

 ダンっと大きく瞬時に踏み込み、閃く右手が放つのは神速の一閃。

 十メートル近く開いていた間合いを一気に詰めれば、遥の懐に飛び込んだ八雲が神速の居合切りを放つ。

「ッ…………!!」

 それを、遥は――すんでのところで、防ぎ切っていた。

 リロードを終えたばかりのG36Cを咄嗟に投げつけて、それを囮に飛び退くことで……ギリギリ、あの一閃を回避したのだ。

 八雲の放った斬撃が、空中に浮かんでいたG36Cをバッサリと両断する。

 外はプラスチック、中は金属で出来たアサルトライフルが、まるで薄紙のように真っ二つに分かれてしまう。

 この状況下でライフルを失うのは、かなり手痛い損失だ。

 だが、少なくとも一太刀は避けられた――――!

「見事な機転だ、しかし詰めが甘い!」

 遥の利かせた機転を褒めつつ、しかし八雲はすぐに刃を返し、彼女に向かって二の太刀を振り下ろす。

「貴方に褒められたところで、嬉しくなど……っ!!」

 が、これぐらいは遥も予見していた。

 彼女もまた背中から忍者刀――『十二式(じゅうにしき)隠密暗刀(おんみつあんとう)陽炎弐式(かげろう・にしき)』を抜くと、その刃で以て八雲の刃を受け止める。

 太刀と忍者刀、雪風と陽炎弐式。二振りの高周波ブレードが正面からぶつかり合い、ギィィンッ……と甲高い音を響かせる。

 しかし、それもほんのわずかな刹那のこと。刃はすぐに離れると、またぶつかり合い、そして離れて……何度も何度も、互いの刃を閃かせる激しい剣戟の音が絶えることなく木霊する。

「ふむ……以前に相まみえた時より、少しばかり刃が鋭くなったな」

 そんな剣戟の最中に、何故だか八雲はそう感心したように呟く。

「戦いの最中に、何をっ!」

「今日までの決して長くない時間の中で、そなたの剣は着実に変わりつつある……遥よ、そなたにそうさせるのは何だ?」

「知りません……! 貴方に喋ることなど、何もありはしません……っ!!」

 刃を交えながら遥の返す言葉に、八雲はフッとまた微笑を浮かべて。

「で、あろうな。ならば(こと)()に頼らず、そなたの剣に直接訊くとしよう――――!」

 と言えば、バッと彼の方から飛び退いて距離を取った。

 今まで間近だった間合いが、一気に離れていく。

「逃がさない……!」

 飛び退く八雲に向かって、遥は十字手裏剣を投げつけて追撃。閃いた彼女の左手から、手裏剣が五枚同時に飛んでいく。

「フッ……」

 無論、それを喰らうような八雲じゃない。

 飛び退きながら太刀を振るい、飛んできた五枚の手裏剣を全て斬り払ってみせる。

 そうして距離を取っていく八雲を追おうと、遥もまた踏み込まんとしたが……しかし着地した彼の取った構えを見て、それを思い留まった。

(あの構えは……!)

 太刀を鞘に納めて、再び斜めに構えた八雲。

 だが、その構えはさっきとは少し違う。素人目には分からない、ほんのわずかな違いでしかないが……しかし遥は見抜いていた。

 あれは、今までと同じ構えじゃない。

 遥はそう直感したからこそ、踏み込みかけた足を止めていた。

「ほう、やはり気付いたか」

 彼女が追撃を思い留まったと悟り、八雲はフッとどこか嬉しそうな笑みを浮かべて言う。

「が、来なければこちらから行くまでのこと……長月蒼天流の神髄、その身でとくと味わうがよい」

 笑みを浮かべたまま、八雲は言うと――そのまま、抜刀術の構えのままダンっと強く踏み込んだ。

 広い歩幅で踏み込めば、瞬時にその距離は詰まる。

 身を低くして飛び込んだ彼の姿が、遥の視界から一瞬だけ消えたように見えた。

 ハッと彼女が気付き、再び八雲の姿をその目に捉えた頃。八雲はもう彼女の懐に飛び込んでいて――――。

長月蒼天流ながつきそうてんりゅう抜刀術六之型ばっとうじゅつ・ろくのかた――――迅雷封絶(じんらいふうぜつ)!」

 瞬間、六つの斬撃が同時に襲い掛かった。

 六つだ。六つの太刀筋が全く同じタイミングで閃いたように……少なくとも、至近でそれを見る遥の目には映っていた。

 ――――抜刀術六之型ばっとうじゅつ・ろくのかた迅雷封絶(じんらいふうぜつ)

 さっき八雲が見せた一之型・紫電一閃が極限まで研ぎ澄ませた必殺の一撃だとすれば、こちらは逃げ場のない複数の斬撃をあらゆる方向から同時に叩き込み、逃げ場を封じて確実に仕留めるための技だ。

 目にも留まらぬ速さで、六閃の斬撃を一気に閃かせる――――。

 それは技を受ける側からすれば、六つの刃が同時に襲い掛かってくるように見える。それほどまでに速く八雲はあの太刀を振るったのだ。

 縦横斜め、あらゆる方向から八雲の刃が迫る。

 逃げ場なんて、どこにもない。だがどうにか防がなければ、確実にやられてしまう。

 そんな状況の中で、遥が取った行動は――――。

「ッ……!」

 ――――ただひたすらに、防御に徹することだった。

 六つが同時に襲ってくるように見えるといっても、それは半ば目の錯覚に近い。コンマ何秒かの違いだが、それでも刃が閃くタイミングはほんのわずかにズレている。

 その、本当にわずかな刹那の隙に……遥は、全力で迎え撃つことを選んだのだ。

 まず一太刀目、斜め右上から振り下ろされた一撃を忍者刀で防ぐ。

 次は左横から薙ぐように、その次は左上から。遥は全神経を集中させて、八雲の振るう刃をコンマ何秒の間に次々と忍者刀で防ぎ、受け流していく。

 そうして四の太刀、五の太刀とギリギリのところで防いでいって……最後に迫る、六の太刀。

(これを、避けさえすれば……っ!)

 五の太刀を防いだ後のほんの刹那、遥は次に襲ってくる太刀筋を予測し、そちらの方に忍者刀を滑らせる。

 長月蒼天流の剣術は、遥とて修めている。兄の八雲ほど人外じみた腕前では無いにしろ、使う流派の手の内は心得ていた。

(次に来るのは、恐らく上段からの縦一文字……!)

 故にそう、彼女は確信していた。

 最後に迫る六の太刀、振り上げた状態からザンッと縦一文字に叩きつける一閃を防がんと、予測したその刃の軌道上に忍者刀を滑り込ませる。

 ――――が、そんな彼女のすぐ目の前で、八雲はフッと微かに笑うと。

「いささか、詰めが甘かったようだな」

 そう呟きながら、最後の一撃を繰り出してきた。

 上段からの縦一文字――――ではなく、鋭い刺突を。

「ッ……!?」

 それは、予想だにしていなかった一撃。サッと刃を引いた八雲の左手が、弾丸のような勢いで太刀の切っ先を突き出してくる。

(迅雷封絶に、突きの一撃は存在しないはず……っ!?)

 兄の手で突き出された刃の切っ先、それが迫る光景が……まるでスローモーションのように、ゆっくりと遥の目に映る。

 そんな切っ先を見つめながら、遥は驚愕に満ちた表情を浮かべていた。

 ――――迅雷封絶に、突きの選択肢は存在しない。

 少なくとも遥が修めた正道の長月蒼天流には、その選択肢はなかった。

 が……八雲は今まさに、それを仕掛けてみせた。

 まさか刺突は仕掛けまいと、無意識にそう考えていた。相手の手の内を知っているからこそ、同じ長月蒼天流の剣術を修めた身だからこその……無意識の、油断。

 それを、八雲は突いてきたのだ。彼女の思考の隙を、文字通りに突くように……鋭い刺突を、仕掛けてきたのだ。

(避け切れな……っ!!)

「っ……!!」

 防ぐ時間は、もう残されていない。逃げる暇なんて、最初から存在しない。

 ならばと、遥は一か八かの賭けに出た。

 グッと大きく身体を捻り、迫る切っ先の軌道からどうにか抜け出そうと試みる。

 結果として、遥が咄嗟に取ったその行動が功を奏した。八雲の仕掛けた突きの直撃だけは、太刀が深く突き刺さることだけは避けることが出来た。

 ――――が、無傷とはいかなかった。

「くっ……!?」

 身体を捻って避けた拍子に、左の二の腕を刃が掠めたのだ。

 弾丸のような勢いで突っ込んできた切っ先が、とんでもない速度で左腕を掠めていく。

 決して深手じゃない。刃の切っ先が浅く、横一文字に彼女の腕を切りつけただけ。

 だが……極限の緊張感の中で張りつめていた、彼女の心を揺さぶるにはそれで十分だった。

「この……っ!!」

 ギリギリのところで刺突を避けた直後、遥は反撃の一閃を繰り出す。

 それを八雲が小さく飛び退いて避けた隙に、タンっと大きく後ろに飛んで後退。また八雲との間合いを大きく取った。

「はぁっ、はぁっ……!」

 静かに着地し、忍者刀を握る右手で左の二の腕を……浅く裂かれ、赤い血の滴る横一文字の傷口を押さえる遥。

 そんな彼女の前で、八雲はフッとまた小さく笑い。

「見事だ。最後の詰めこそ甘かったが、私の迅雷封絶をよく退けてみせた」

 と、また感心したように呟く。

「そなたの剣は、こうして交える度に強くなっていく……やはり、あの男の存在が強く影響しているのか」

「何を、世迷言を……っ!」

 キッと忍者刀を構え直し、鋭く睨み付ける遥。

 それに八雲はまた小さく笑うと、彼もまた再び太刀を構えた。

(あと、どれぐらい耐えればよいのでしょうか……)

 遠く間合いを取った兄と向かい合いながら、遥はチラリと瑠梨の方を見る。

 彼女は、三分稼いでくれと言った。この場を切り抜けるとっておきの秘策があるから、と。

 その秘策が何なのかは、分からない。どれだけ時間が経ったのかも、今の激しい剣戟の間にどのぐらい時間を稼げたのかも、遥には分からなかった。

 だが……ひとつだけ、分かることはある。

「思いのほか、長い三分間になりそうですね……」

 果たして、本当に耐えられるのか。

 だが、それでも耐えるしかない。そして瑠梨に賭けるしかないのだ。今この状況下で、八雲と……そして暁斗と同時に戦って、勝てる確率は極めて低いのだから。

 故に、遥はひとりごちて……静かに、忍者刀を構えるのだった。

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