44 悪者、調子に乗る
ワルモーンは、村長に村の裏側にある山に案内を頼んだ。
この村は山を背にして森の中にある。
その背にしている山は、岩の壁であり、傾斜もなく絶壁に近いものだ。
「これが、岩壁か。見事なまでに絶壁だ」
ワルモーンは、岩壁に触れながら感心する。
「そうじゃろ、しかも硬い。そこら辺の剣でも棍棒でも魔法でも叩き割るどころか傷一つつけることが出来ないモノなんじゃよ」
と、何故か自慢げに村長は語る。
なぜここに来ているのか。
先程の話の流れで村の裏手にある山を掘り、トンネルを作り、森の外側に新たな集落を作らないか、という話をワルモーンが提案したからだ。
村長は、岩壁が異常に硬くそんなことはできない。
もしできるのならワルモーンの提案を飲もうと言ってきたため、ワルモーンとともに来たのだ。
「ふむ、硬いのは硬いがそれほどの物なのか?試してめるか」
とワルモーンが言うと、岩壁と少し距離を置き、自身の正面に向ける。
彼の右手には、果物ナイフが握られており野次馬が集まり始める。
「若いの、もしかして手に持っているそれで岩壁を切るつもりなのかい」
「そのつもりだが、おかしいか?」
「オカシイも何も硬いためにキズ一つつけることが出来ない岩壁だと言っただろうに」
呆れ気味に村長は言う。
彼女を呆れさせるのはワルモーンの行動だけじゃない。
岩壁を切るための獲物が果物ナイフということもある。
剣でも棍棒でも魔法でも傷つけることがかなわない岩壁に挑む装備でもない。
「まあ、まずは静観していろ。今から見せる」
ワルモーンは、右手を無造作に振る。
すると村長ご自慢の?岩壁が半径三メートルの半円状に切れ目が入り、剥がれ落ちる。
それは、まるでタイルのように三十センチの板になっていた。
果物ナイフの刃渡りでは岩壁に深くは差し込めない。
その分薄い岩の板になったのだ。
「ふむ、この程度か。硬い硬いという割には、大したことないな」
とワルモーンは、右手の無傷の果物ナイフを見る。
そして、周囲は騒ぎだす。
なんせ硬いことで知られる岩壁が簡単に・・・しかも果物ナイフで刻まれたのだ。
驚きもする。
その中でも村長のリアクションはすさまじかった。
「なっなっなっなっなっなっ、なんで切れる。今まで誰一人として傷一つつけることが出来なかったのに。こうも簡単にしかも果物ナイフで切れ取れるなんて」
まるでうわごとのように呟きながら跪いて落ちている岩壁タイルを拾い上げる村長。
「これならばトンネルも作れるな。懸念が一つ消えたことはいいことだ」
と何事もないかのようにワルモーンは、つぶやく。
この騒ぎはしばらく続き落ち着くまで大変だった。
「じゃあ、まずはトンネル作りの下準備しておこうか」
というと左手を振り上げワルモーンはつぶやく。
「手を貸せ瞋恚」
この言葉にこうするようにワルモーンの左手に赤鞘の日本刀が現れる。
その剣が放つ異常な威圧感が周囲の人間達を静かにさせる。
納刀状態ですでに強烈な威圧感を放つ剣の柄を右手でつかみ、
「待って!ワルモーン君。流石にそれを使うのはまずいよ」
と言うシンラーツの注意もむなしくワルモーンは、抜刀する。
「気にするな、すぐに済む」
というとワルモーンは剣を軽く数回振り、剣を鞘に納める。
その瞬間、先ほど斬りつけたところに同じような切れ目が入る。
ワルモーンは、それを確認すると左手にある刀が揺らぐように消える。
「どこから出てどこに消えたんじゃ」
慌てる村長に
「元々異空間にある剣なんだよ。力が強すぎるからな、今回は山を貫通させた。
このままだと山の向こう側までつながった長い棒状になるから四角いブロック状にした。
もちろん運び出しやすいようにするためだ、それをするためにこの剣を使った。割と器用な使い方が出来るんだこの剣は、だから大丈夫だ」
と力説するワルモーン。
何が大丈夫かわからないが、問題になりそうなことはない。
禍々しい剣もすでに異空間に封印されている。問題らしいことはないのだが・・・。
ツッコミどころ満載なのだが、言葉が見当たらなく口をパクパクさせるのが精いっぱいの村長に対し
「そういう問題じゃないのワルモーン君。いきなりあの剣を出すんじゃなくて、せめてこれから出すものに気構えをさせるだの、注意喚起するだの方法があるでしょうが!」
とシンラーツが責め立てる。
「危害は加えていない。少し威圧感は広がるが問題ないだろうが、むしろ獣や魔物の凶暴化している状態を元に戻すことになるのだから条件的にはいいことずくめだろう」
「それは、あくまでも結果オーライなだけでしょうが!君は考えがあるようで割と行き当たりばったりだったり、思い付きで行動し過ぎなの!何でそいうとこはゴクアーク様に似たの!大幹部なんだから理知的に行こうよ。部下に示しがつかなくなるよ、いい加減!」
と、理屈でシンラーツにごり押しされるワルモーンである。
シンラーツに説教されるとは思わなかったのかワルモーンは改めて周囲を見る。
頭を抱えうずくまる者、失神するもの、まさに阿鼻叫喚状態である。
それを見て、ワルモーンは改めて反省することになる。
確かにアレだけの威圧感を周囲にまき散らせば、凶暴化と言う名の暴走状態も収まり、冷静にはなるだろうが、被害が余りにも大きくなりすぎたのだ。
反省の余地が大いにあるのも間違いではない。
要は、やり過ぎたのだ。
調子に乗り過ぎたのだ、その事を説教されているワルモーンの姿を見て、
バー・ヌーシは笑い転げることになる。
〇これは悪を気取ったいい人が、調子に乗りすぎて説教されるコメディーである。




