32 悪者対封印されしもの
ワルモーンは、ずかずかと鉱山内に踏み込む。
その足取りには迷いがなく、ためらいもない。
ただ、当たり前のように進む。
後を追うように踏み込む二人は、対照的に警戒しまくりだ。
その二人を守るように狼が周囲を警戒する。
といっても、後方を経過するだけだ。
中にいる魔物は全てワルモーンが消し炭にする。
なので、前から来るものはいない。
といっても後方も来る前に全てワルモーンが撲殺していていないのが・・・。
進む先には暗いはずの坑内に光が満ち始める。
光の元はあるフロアから漏れ出ているのだ。
フロアに入る手前に光の幕がある。
ワルモーンがその手前で止まる。
何かを思案して、光の幕を値踏みしているようだ。
そして、振り向き
「お前らは、ここで待っていろ。これは一種の封印だ、どうやら相手はこの中にいるようだ。
封印は二重に欠けられていたようだ」
「二重ですか?」
女魔法使いは、今一つ理解できずにいた。
「そうだ、封印された者の動きを抑制する場が一つ目の封印で、もう一つがそれ事封印し、岩に閉じ込めるもの。
抑制する方は解けたが、もう一つの場に封印する方は生きている。だからこそ封印されている奴はこの場から動けない」
「なるほど、保険・・・みたいなものですね」
「そうなる、これをやった人間は状況をよく理解できている。なかなかよく考えて居るな、見習いたいくらいだ」
と感心するワルモーン。
「だからこそ、オマエらはここでまて。そうすれば身の安全は保障されることになる。
この光の幕の中は、ある程度暴れても問題ないようだ。
ならばこの中で根源を倒さないといけなくなる、そこにオマエらまでくれば余計な手間が増える」
「それは足手まといだから来るなって意味か?」
男剣士は不満げに言うと
「その通りだ。オレがある程度力を出せば、相手だけでなくお前らも消し飛ばしかねないからな。
死にたくなければ来るな、入るな」
はっきりと言われ、むしろ清々しさを感じるほどである。
だが、彼らにも不安がよぎる。
これほどの封印を施される相手がこの中にいる。
それほどの相手をワルモーン一人で何とかできるのだろうか、ということだ。
中にいるのは、化け物なのだろう。
この男も化け物なのだろうが、それでも人なのだ。
相手は間違いなく人外だろう。
それを相手にできのだろうか、不安しかない。
だが、「まあ、この程度で封印される相手だ。問題ないだろう、お前たちは観戦でもしているといい」
そういうとためらいなく光の幕に入る。
その言葉には、自身が負けることを考えて居ない無鉄砲な人間にも聞こえるが、
彼の場合、それは彼自身の経験からくるものだとも理解できた。
常に冷静であり、分析して行動している。
そうは見えないが、そうしている様にも感じる。
だからこそ、頼もしくも感じるのだ。
そして、光の幕の向こうには一人の何かが立っていた。
その元に速くもなく遅くもない歩みで向かうワルモーン。
彼の戦いの幕が上がる。
ワルモーンが、待ち構える者の前に立つ。
そのものは約二メートルほどあり、筋肉質でまるみを帯びた鎧を身に纏う。
口は獣のように裂け、目は三白眼が一つある。
頭には角が一つあり、まるで一つ目の鬼に見える。
「よくぞ来た封印を解くための贄よ。忌まわしきこの封印を解くためには貴様のような愚か者が必要なのだ。
その為に無駄に魔物どもを呼び出していたのだ、うまく釣れてよかったよ」
と低く重い声が響く。
「ふんっ。程度を知れよ、小者。貴様程度がオレをどうにかできるつもりかよ」
「人の分際で良く吠える。実力差がわからんこそのうぬぼれか。まあ、そういう奴だからこそ・・・愚か者だからこそ・・・か。
簡単に死ぬなよ、せめて我の準備運動代わりになれよ」
「努力しよう」
というと、戦闘が始まる。
鬼は左腕を軽く外側にふる。
その場に立っていたワルモーンは、吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。
土煙が上がり先ほどまでいた彼がそこに叩きつけられたことを物語る。
「口だけは一人前だな、この程度でよくほざく」
とあざけわらうような言葉が響く。
「なかなかだ、次はオレの番か」
という声がする。
鬼はその声をがする自身の下を見ると
そこには吹き飛ばしたハズに人がいた。
ワルモーンは鬼の左わき腹に拳を叩き込む。
今度は吹き飛ぶわけでもなく、軽くよろめくくらいだ。
この状況を見た観戦者たちは、驚く。
先程まで圧倒的な力を見せていたワルモーンの力を超えた相手がここに居る。
封印が機能していることにも感謝するが、それ以上にあの魔物がもはや自分たちの手に負える存在ではないことを理解したのだ。
「ほう、やるな人よ。まだ動けるか、手加減したかいがあるな」
と凶暴な笑みを浮かべる。
「すまんな、手を抜き過ぎたようだ。もう少し力を見せよう魔物よ」
そう言うとワルモーンは、拳に力を込め振りぬく。
それにより、今度は鬼が吹き飛ばされることとなる。
壁に叩きつけられ土煙の中から立ち上がる鬼は、喜びがあふれ出す。
「人よ、やるな。これほどの痛みを感じたのは久方ぶりだ。戦える相手だとは思わなかったぞ、これはうれしい誤算だ。
貴様を見くびったこと詫びに我も力を見せよう、そして絶望しろ!」
鬼は、素早くワルモーンの元に戻り、上から拳を落とす。
ワルモーンは両腕を交差させそれを受ける。
だが威力は大きく片膝をつく。
その姿に関心する鬼。
「我の30%でこの程度で済ますか、汝は強者だな。ならば70%で行くか、死ぬなよ人よ」
というと今度は蹴り飛ばされるワルモーン。
余りの速さにどこに行ったかもわからないのだが、壁に激突する音と土煙で場所はわかった。
先程と同じ左側である。
それを見た鬼は、「すまんな、まだ生きているか人よ。久方ぶりの嬉しさに力加減が出来ていないようだ」
と少し残念そうに言う。
せっかくのおもちゃが壊れてしまったと思っているようだ。
「期待に応えてやるつもりはないがな」
そう声がする。
先程と同じところから、視線を下ろすとそこにはワルモーンがいて
先程と同じように拳をふるう。
無駄な事をと鬼は思ったその時、鬼は吹き飛ばされる。
まったく先ほどと同じように、同じところへ。
正に意地の張り合いのシーソーゲームのように。
主導権を握りあう力比べが続く。
更に鬼は、また元も位置に戻る。
そして「これでもまだいけるか、ならば100だ」
というと右足で振りぬく。
ブンッと風を切る音がする、空振りである。
ワルモーンは相手の蹴りを躱し、相手の右脇腹に飛び込み肘打ちを叩き込む。
それにより今度はワルモーンの代わりに鬼が吹き飛ぶことになる。
それを見たワルモーンは
「オマエの力比べに付き合うつもりはない」
と言い捨てる。
叩きつけられた魔物は、立ち上がり笑い出す。
「フハハハハッやるな人よ。ここまでやるとは思わなかったぞ。これならば我も楽しめるというものだ」
あくまでも上から目線を続ける鬼にたいして
「オマエの笑い方が気に入ったぞ魔物。どうだオレの配下になる気はないか」
ワルモーンの感性のなかなかつかめないが、彼にとっては気に入るところの様だ。
「はっ、貴様の下に入る。バカをいうな人よ、たかが力比べで勝った程度で思い上がるなよ。」
怒りをにじませる鬼はどこから出したのかわからない武器を持ち立ち上がる。
それは鬼らしく金棒を持ちふりかざす。
「貴様とのお遊びはここまでだ、もう殴殺する。人ごときが我をなめるなよ」
咆哮のような怒号が響く。
「何を怒っている?せっかく人が誘ってやっているのに。所詮は魔物なのか?」
と不思議そうな顔でワルモーンは、咆哮上げる鬼を見る。
そこには半ば呆れ気味にも見える。
「もう殺す、貴様を殺しこの封印を解除するためのカギとして使い外を蹂躙してくれる」
「勝てるつもりか、気が早いな。上から目線で居続けるから、相手と自分の力量を把握できんのか。
これでは役に立たんな、残念だ」
「があっ」
というとワルモーンに襲い掛かる鬼。
振り上げた金棒を振り下ろす。
殺気を込めて振り下ろされるそれをワルモーンが右手を振り上げ、受け止めた。
その衝撃がワルモーンごと地面をへこませる。
当のワルモーンは、平然としたままだ。
ワルモーンは見上げるとそこにはもはや怒りをみなぎらせた魔物の姿があった。
それを見て、ワルモーンは小さく嘆息し、
「所詮は魔物か、話にもならんな」
というと哀れなものを見るような目になるとそれを見た鬼の怒りに油を注ぐこととなる。
金棒を連続で叩きつける。
要はタコ殴りである。
棍棒は、何度も何度もワルモーンに振り下ろされる。
金棒が叩きつけられるたびに爆音と地響きがとどろく。
はた目には一方的な蹂躙に見える。
見えるだけなら、だ。
そんな中「うっとおしい」と声がする。
その瞬間、金棒が地面に突き刺さる。
放り投げたわけではない、金棒が切られたのだ。
それは誰に?もちろんワルモーンにだ。
その証拠にワルモーンの右手には手斧がある。
この手斧は山小屋に保管されていた木こり用の錆びた粗末なものだ。
それで鬼の専用武器を切ったのだ。
ワルモーンは、あまり武器を使わないのだが、今回は使うことにしていた。
その武器が手斧である。彼は武器をあまり選ばない。
武器は使いこなしてなんぼ、という考えがあるからだ。
使いこなせないで振り回されることを嫌っている。
それは武器に対して失礼だと思っているからなのだ。
「な、なんだと!」
鬼は、驚きを隠せない。
先程まで怒りに任せ相手を叩き伏せていたつもりだったのだが、そこに冷や水を頭からかけられた状態になる。
一気に冷静になったのだ。
見下ろす人間は、表情を変えずに冷たい視線を向けていた。
「冷静になったか、なら邪魔だ」
その一言が、鬼の最後となった。
封印された強い魔物は、そこら辺にある錆びた手斧によって体を刻まれることになったのだ。
振り上げた手に持たれた手斧が、鬼の体を切り裂く。
それを横、斜めと何度も振り抜く。
そのたびに鬼の体は切り裂かれ、血しぶきが舞う。
先ほどまでの攻防が嘘のような一方的な状況に観戦者たちもだが、
当の鬼ですら理解が追い付かないでいた。
一つ目の鬼は、ネームドだったのかもしれないがワルモーンにとってはただの駆逐するべき魔物でしかなかったのだ。
「くだらん、力を見せびらかすだけの愚か者か。我が悪の組織には不要な存在か。
邪魔だ、驕るものよ」
その言葉が鬼が聞いた最後の言葉となる。
次の瞬間、鬼の目には頭の無い己の体と先ほどまで目の前にいたはずの人間の姿を見た。
ワルモーンはためらわず頭を斬り飛ばしたのだ。
斬り飛ばされた頭が地面に落ちると同じころに胴体も仰向けに倒れこむ。
ワルモーンによって魔物が倒されたことにより、光の幕の封印は消え去った。
つまり役目を終えたのだ。
ワルモーンは「あの程度で全力だと、笑わせるな。オレは10%も出せていない、不満しかない」
といい捨てる。
鉱山の魔物は全て駆逐されることになった。
それも名もない一人の男性によって、彼は魔物を倒した証拠として片腕と魔石を持ち帰る。
それが、村人たちの安心につながると考えたからである。
〇これは、悪を気どるいい人が、シリアスムードで魔物を倒し、村人に感謝されるコメディーである。コメディーっていったらっ、コメディーである。




