30 悪者は【悪】を語る
新人の指導が終わりワルモーンは、鉱山を見据える。
そのワルモーンに女魔法使いが話しかける。
「あの私にもご指導願いますか」
その要望に
「オレの仕事が終わった後でやろう。流石に時間を使い過ぎた。
まずは鉱山の魔物どもを一掃してからだ」
「ですが、いくら何でもおひとりでする作戦じゃないと思います」
「それは、違うよ。むしろワルモーン君一人で行かないと私達が彼のジャマになるんだよ」
「それとあの人を一人で行かせる事とは違うと思います」
「そうだね、違うよ。ホントならついて行きたいよ」
「なら・・・・」
言葉を紡ごうにも後が続かない。
「でも彼を・・・ワルモーン君を信じているから行かせるんだよ。私は」
その言葉にそれに答える言葉を失う女魔法使い。
「そういうことだ、こいつはいい加減に見えてオレの力を信じてくれているからな」
ワルモーンは言葉を紡ぐ。
「いい加減はよけいだよ」
シンラーツはふてくされながら軽口をたたく。
「せめて途中までついて行かせてください」
女魔法使いは、食らいつく。
「来たければ来い、ただし安全は保障せんぞ」
「なら、オレも行く。お前がどこまで強いか知っておきたいからな」
「訓練で証明したはずだが・・・」
「それとこれでは違う。それに自分の気持ちに区切りをつけたいからな。これは譲らん」
「そうなると、シンラーツお前が山小屋で留守番になるな」
その言葉にショックを受ける。
「何でよ、私がついて行かないと困るでしょう」
「オマエの代わりにこいつを連れていく」
そういうと隣ですでに完全服従の狼の頭をなでる。
狼は嬉しそうにそれを受け入れている。
完全な忠犬状態である。
忠犬ならぬ忠狼だが・・・そこは流すとして。
「私のポジションが、冒険者と飼い犬に奪われた」
わかりやすく落胆するシンラーツ。
さすが周りの人間達は気の毒すぎて言葉が出ない中、犬ころだけは嬉しそうにワルモーンになでられていた。
「因みにこいつの名前はあるのか?」
「まだ決めてないよ、ついてきたからいい子だなとは思ってたけどね」
とげんなりしながら、まだ立ち直れないシンラーツは、覇気のない声で答えた。
「なら、オレが決めてもいいか?」
「いいよ、他にもまだいるし。名前考えるの面倒だし」
「あ、でも気をつけてくださいね。野生動物なら問題ないですけど魔物は精神力を奪われますから」
「注意しよう、ではこいつの名前だが蒼月にする。蒼い月だ、あおい狼だしな。これでいいだろ」
「意外とまともだね」
「お前はオレを何だと思っている?」
「お人好し不器用兄さん」
「失礼な奴だな、それからお人好しではない。【悪】の幹部だ、悪い人間だ」
ツコッむのはそこかよ、そこにいた二人以外の心の声はハモッた。
そう思えるほどに二人への信頼感が上がっていたのだ。
とても悪い奴らへの言葉ではない。
ただの良い人たちである。
「そうだね、【悪】なんだよね。たまにさ、わからなくなるんだよね、総帥とワルモーン君は特に・・・ね」
「そうだ、オレは【悪】なのだ。あちこちを侵略し、正義を駆逐し、逆らうものほろぼすものなのだ」
と熱く語る。
だが、村人たちには、悪い魔物を駆逐するいい人にしか見えていない。
女魔法使いには、人のいい教え上手なお兄さんに
男剣士には、人のいい世話好きなあんちゃんに
狼の蒼月には、人のいい強いひとに
それぞれ【人のいい】が付く状態な人が【悪】だと言ってもあまりピンとこないのだ。
あまりにも説得力に欠ける【悪】なのだ。
村人たちは、一応理由も知っているのだが知っていてもなお【人のいい】は外せない。
ただ、それを言うとワルモーンからの口撃は激しくなるから言わない様にとシンラーツからきつく注意されているから言わないだけなのだ。
【悪】のつもりで世直しするワルモーン。
彼は、さらなる混乱をばらまくことになるのだろう。
ホントに【悪】なの?という混乱を。
〇これは悪を気取ったいい人たちが、【悪】を語っているのに周囲に生暖かい目で見られるコメディーである。
【悪】は悪い事、していけない事の代名詞ですね。
でも、ある文献では【悪】とは強いものらしいです。
ネタ晴らし、しますね。楠正成についてです。
詳しくは、【悪】とは傾奇者の昔の言い方。
つまり不良?悪い奴?あれ?おかしいな?言っている事変ですね。
それはさておき、
見方や捉え方を変えると見える景色が突然変わります。
面白いものです。




