29 悪者の新人指導
「たっだいまー」
山小屋で今後の流れを相談する一行の元に元気な女の子が扉を開け入ってきた。
その後に続くように六人の冒険者がズタボロの状態で入ってくる。
その姿をみた村人たちは、いきがって出て行った若者がボロボロの姿になっていて少し同情してしまった。
余りにもひどい変わりようである。
自業自得とはいえ、冒険者たちが無傷な者がいないということがどれほど苦戦したかを物語っていた。
その冒険者たちに追い打ちをかける者がいた。
「どうだ、自身の無能さを理解できたかガキども。これも経験だ、命があるだけましだと思うことだ」
「あなたはこうなることがわかっていたのなら・・・なぜ止めてくれなかったのですか」
女魔法使いが、涙目になりながら反論する。
「あの時オレが止めたとして、言うことを聞いたのか?貴様らはすでに根拠のない自信にあふれた状態で聞く耳すらなかった。
ならば痛い目を合わせ、自身の愚かさを確認させる以外話を聞かせるようにする方法がなかったのにか?
何でも人の所為にするのは、オマエの最後のプライドか?考えを改めない限り次はない。今度は全滅するだけだ」
と追い打ちをかけるようにワルモーンは話す。
その言葉には、抑揚すらなく淡々としていた。
「そ・それは・・・」
それ以上言葉が続かなかった。
どんなに言っても言われてもなにも変わらないのは自分たちだと今は理解できているからだ。
安直で単純な考えと安易な思い上がり。
足元をすくわれて当然な状態での戦闘。
どれも自業自得の行動である。
「それにだ、その結果がわかっているからこそシンラーツをついて行かせた。
おかげで命は拾っただろう。死ねばそこで終わりだ、次はない。生きているからこそ、その無駄な文句も言えることを理解しろ」
その言葉には悪意はない。
ただ、叱っているだけだ。己の無力を理解しろ、これだけは理解することが難しい。
人は、人によっては自分の力を過信する。なので自分の弱さを確信する、理解することはなかなか出来ないのである。
その場合、時として痛い目という体験がないと人の話を聞くことが出来ない場合もある。
こればかりは仕方がないことだ。
痛い目に会うことで自身の弱さを理解させる、身をもって気づかせるのだ。
人はイヤな目に会わないと謙虚にならないのだ。
「確かにオレたちは弱いのかもしれないけど、アンタにそこまで言われる筋合いはない。
確かにアンタの連れも強いけどそれでもただつよいだけだ」
と男剣士がかみついてきたのだ。
はあ、と嘆息し
「それならついてこい、自分の弱さと無知を教えてやる。知らないということがどれほどお前たちを弱くしているのか教えてやろう」
とワルモーンは立ち上がり山小屋の戸を開き
「ついてこい」
と彼らを一別し、一言いうと外に出る。
強がっている男剣士は、後を追うように山小屋を出る。
その行動に慌てて女魔法使いも後を追う。
他のメンバーは疲れ果てていたのか座ると安心したのか、意識を手放して寝息を立てていた。
村人は山小屋に残り、シンラーツ興味津々でついて行く。
ワルモーンが近くの森まで来ると立ち止まり、一本の木を指さす。
「山小屋の薪が足らんようだ。あの木を切り刻んで薪にして見ろ」
その言葉に
「何言ってんだ、そんなの出来るわけないだろ」
「出来ない?なぜだ。このくらいできないくせに自分は強いつもりか?強がるなら誰でもできる。うわべだけだからな、実力がなければただのたわごとだ。オマエの剣を貸してみろ、見せてやろう」
「そうかよ、見せてくれよ。その後大層な大口を」
というと男剣士は腰から剣抜きワルモーンに放り投げる。
空中を舞う剣をワルモーンは素早くつかむと
「ああ、見せてやる。見本ってやつをな」
一本の木の前に立ち剣を軽く横に薙ぐ。
見た目はすごく無造作に動いているのだが、彼の前にあるものはえらいことになっていた。
一本の予定が七本ほど切り倒されていた。
その事に驚く男剣士と女魔法使い、更にその後ろでケタケタと笑い転げるシンラーツ。
そして、ワルモーンは、「ん?」と不思議がる。
そのはずである。彼は一本だけ切り倒すつもりだったのだ。
それが、七本である。手加減はした、いやしているはずなのだが、それでも余分に切り倒している。
それが理解できているシンラーツは笑い転げ、その威力に男剣士と女魔法使いは驚いたのだ。
無造作に動いただけにしか見えないのにその動きの結果がすさまじいものになっているのである。
深く考えずにワルモーンは割り切り、振り向いて剣を男剣士に放り投げる。
「やってみろ」
慌てて剣を両手でつかむ男剣士。
「できるかよ、こんなこと」
「出来ないのか、というよりも挑まないのか。たとえ無理でも挑むこともできない強がるだけのバカだったか。
少し期待はしていたのだが期待外れもいいとこか」
と言い捨てる。
「言ったな、やってやる。このくらい」
というと剣をかまえる。
「いい強がりだ、ならば行くぞ」
というと切り倒した木を掴み、男剣士に放り投げる。
「ば、バカやろ~。いきなりこんなもん投げつけんな~」
放り投げられた木を慌てて避ける。
「何をよける?切り裂けば済むことだろうが」
と不思議そうな顔をして視線を送るワルモーンに
「だからって直ぐに出来るか!」
「仕方ない奴だ。なら基本を教えてやる」
流石の無茶ぶりに笑いが止まらないシンラーツと衝撃が大きすぎて驚きが止まらない女魔法使い。
シンラーツには、目の前にいる二人の男性の問答がコントに見えて仕方ないのだ。
だが、ワルモーンには悪気がなく、きちんと教えようとしているのだが何分不器用すぎるのだ。
それでも彼は真摯に向き合っている。
彼は、持てる知識を何も知らない人に教えようと悪戦苦闘する。
まず剣の使い方。
剣はただ振り下ろすだけならただの鉄の棒に過ぎない。
包丁で食材を切るためには上から切れるものときれないものがある。
ある程度の固さがあるものなら切れるが、弾力があるものは切れない。
では、どうするか。
刃を当て押す又は引くことで切ることが可能となる。
それは剣でも同じことだ。
それが自然に出来るようになるまで鍛錬することが必要となる。
つまり、それが出来ないのなら未熟すぎると言っているのだ。
何度も何度も繰り返し使い方を体にしみこませることが大事だという。
それが出来ないのなら、剣など持たずに棍棒に武器を変えろという。
更に正面から挑むことはおろかだという。
正々堂々は、人同士で試合ならわかるが、命を懸けた状況でそれはただの蛮勇であり、自己満足でしかない。
命を捨てるだけのバカがする行為だとも言う。
ワルモーンは、丁寧に説明していた。
相手は、自分がわかっていることを十倍に薄めて説明することが必要だ。
最初に説明すれば誰でも簡単に理解する。
それは教える側の勝手な幻想だ。
小学生の時に九九を覚えるのに一回で覚えることが出来ただろうか。
本を読んで内容を一言一句覚えることが出来るだろうか。
それが出来るなら誰も苦労はしない。
でも人はご都合で考える。それが甘えであることも理解できずに。
ワルモーンは、それを理解できていたからこそ丁寧に教えていたのだ。
どんなにズルくても卑怯でもきれいごとで生きていけるなら誰も苦労しない。
何でも正直にルールを守るだけが正しいわけじゃない。
生きることにキレイも汚いもない。
そこには死ぬか生きるかしかないのだから。
これはワルモーンなりの【悪】を伝えているのだ。
古来日本では【悪】とは、強者こと。
決して悪事を働く者たちの事ではない。
そして、正義とは、己の義に対して正しく行動すること。
決して歪んだ己の身勝手な考えを他人に押し付けることではない。
その矛盾と戦うのが、反逆するのが、悪の組織ギャクゾークなのだ。
と考えて居るのだ、ワルモーンもゴクアークも。
例えその行為自体が矛盾だとわかっていてもそれが【悪】としての彼らのいばらの道として。
〇これは悪を気取ったいい人たちが、悪いことしているつもりで周囲に感謝されるコメディーである。
人を謙虚にさせるには、分岐点を与えること。
分岐点と成り得る事は、認められる事か不幸が起きる事。要は劇薬が必要になります。
なんせ、劇薬です。どう転ぶかは本人次第になります。
難しいことです、ホント。




