23 見習いの悪者は、森を進撃する
森の中を突き進む女の子がいる。
服装はカジュアルで動きやすいものだ。
腰には細い剣を二本ぶら下げている。
彼女は暗がりの森の中を鼻歌交じりでずんずんと進む。
普通ならもっと警戒しながら進むものだが、彼女はお構いなしだ。
目的地は森の中にある猟師小屋だ。
村の食料を確保するために猟師たちが、森で狩りをしていたのだが一向に帰ってこなかったため様子を見るために
彼女が動いたのだ。
今回は彼女一人で向かっている。
相棒の若い男性は、村に迫る魔物討伐に向かっている。
魔物がどれだけ多くても彼の敵でないのは彼女が一番理解している。
ただ一つ心配なのは、彼がやりすぎないかだけである。
彼は根が真面目なくせにやりすぎるところがあるのだ。
まあ、無事ならば問題ないと思っているあたり彼女も同類なのだが・・・。
それはさておき彼女は進む。
その先にでかいハーケンボアがいた。
二メートルほどの大きさなのだが彼女の敵ではなかった。
彼女は、ソレを見つけるとすぐさま近くの木を蹴り上に飛ぶ。
そして、剣を抜きソレの後頭部に突き刺す。
その瞬間にでかいハーケンボアは即死し、その場に崩れ落ちる。
彼女は、でかい獲物が取れた程度の認識である。
獲物は倒したのだが彼女の警戒は解かれない。
それは、殺気のこもった視線がいくつも彼女に突き刺さっているからだ。
森の暗闇から静かな足取りで彼女の前に姿を現す獣たち。
五匹のシアンウルフだ。
この森のでの食物連鎖の上位に当たる生き物である。
彼女は、その姿を確認すると剣を鞘に戻す。
状況は彼女にとって最悪なはずなのだが、なぜか剣をしまう。
常識的に考えれば、五匹の狼の群れに襲われているのに武器をしまうなんて自殺行為もはなはだしい。
五匹の狼たちは彼女を囲むように迫る。
彼女は、その細い体をしなやかに動かし、舞い踊るように狼たちに襲い掛かる。
獣たちが動く前に彼女が行動を起こしたのだ。
拳を握り、目の前にいる狼を殴り倒す。
そのまま次の狼に向かい蹴り飛ばし、更に次と動くのだ。
狼たちは完全に後手に回ることとなる。
それでも狼たちが動こうとしたときには、すでに無手で彼女に制圧されていた。
彼女は、狼たちを殺してはいない。手加減していたのだ。
それでいて彼女は、相手を制圧するほどの力を示したのだ。
野生の獣に対して殺さずに力で制圧するためには、最低でも相手の五倍以上実力が必要となる。
それが彼女には出来るのだ。これが全ての答えとなる。
普段の彼女ならこんな手間なことはしない。
【悪】の二人は、自分たちに向けられた敵意、殺意に対して手加減など面倒なことをしてやるほど考えない。
なぜこんなことしたのか。
それは単純に彼女が犬好きだからである。
なので殺すのが忍びなくなったのだ。
で、制圧にした。
力でねじ伏せられた狼たちは、完全に服従した。
自然界で生きる獣たちは、ある条件が課せられる。
力でねじ伏せられた獣には、二つの選択肢がある。
服従か死かである。
狼たちの選択は・・・彼女が下を見るとお腹を上にしてしっぽを振っている。全部がそうしていた。
彼女はニマッと笑い、かがんでそのお腹を優しくなでる。
野生動物はお腹を見せること・・・己の弱点をさらす行為をすることで服従を見せる。
彼女は、全部のお腹を優しくなでると先ほど仕留めたハーケンボアを狼たちに与える。
狼たちは喜んでむさぼりつく。
食べ終わった一匹が遠吠えをすると草むらから小さめの狼たちが五匹ほど出てくる。
子供の様だ、その子供たちの頭を彼女は優しくなでて獲物にうながし、食べさせる。
服従させ、餌付けする。完全な主従関係の構築である。
彼女は狼の群れを掌握した。
更に彼女は森を進む。
獲物食べ終わり満足した狼たちを引き連れていた。
彼女は、余った獲物は丁寧に処理し木に吊るした。
毛皮は枝にかけておいた、後で回収するつもりなのだ。
彼女の向かう先に強烈な殺意があふれていた。
その殺意に毛を逆立てる狼たち。
彼女は思う。この子たちを追い立てた存在が目的の場所にいる。
それが、猟師たちが帰ってこない理由のように感じたのだろう。
慌てて駆け出す。
そこには壊れた猟師小屋と弓や鉈をかまえる二、三人の毛皮のチョッキを着たいかにもそんな感じの猟師たちがやたらとでかい熊と対峙していた。
いや、対峙というよりも襲われている・・・というのが正しいだろう。
熊は三メートル級で二本足で立ち威嚇している。
口からはよだれが出ており、飢えている様に見える。
「大丈夫ですか~」
と、彼女・・・シンラーツは軽く声をかけた。
その声に反応した猟師の一人が慌てて
「逃げろ!嬢ちゃん、ここは危険だ!早く逃げろ!」
と大声を張り上げる。
それに対して、
「何言ってんですか。ちょっと待ってくださいね、すぐに片付けるんで・・・とっ」
と言いながら剣を抜き、熊と猟師の間を駆け抜ける。
彼らには、何か黒いものが通り抜けその後に風が追いかける。
「もう大丈夫だよ、見た目意外と弱いな」
と先ほど声をかけられた場所と反対から声がした。
先程いたところには、シアンウルフたちが座り込んで落ち着いていた。
駆けつけた時は、シアンウルフたちの威嚇がないことに漁師は気づくが、それどころではない。
目の前にいる熊・・・グノースベアが迫っていたのだ。
だが、その熊は、頭と両前足が、落ちて血がしたたり落ちる。
そして、前に倒れる。
その状況に猟師たちは、理解が追い付かない。
なんせ、先ほどまで命の危機だったのだ。
それが、突然現れたか弱い女の子が現れ、熊が細切れになる。
理解しろ、というほうが酷である。
「おーい、大丈夫ですか~。あなたたちがハーメ村の猟師さんたちで間違いないよね。私はシンラーツっていいます、ハーメ村に訪れた人間です。で、アナタたちを迎えに来ました」
と笑顔で言う。
その後、猟師さんたちの質問攻めでシンラーツは大変だったのだ。
なぜシアンウルフがなついてるの?
熊はどうやって倒したの?
キミは何者?
村はどうなっている?
etcその説明だけで一時間を要した。
その為、シンラーツはヘロヘロになってしまったのだ。
ひとしきり説明が終わるとシンラーツは猟師たちとシアンウルフたちを引き連れて村に帰ることとなった。
〇これは悪を気取ったいい人たちが、信頼を得るために力を示しすぎて周囲に引かれるコメディーである。




