18 悪者、勇者と激突する
ワルモーンの思わぬ反撃?にうろたえる?勇者。
困惑していた。『何言ってんだこいつ』と言うのが本音だろう。
オマエは悪人だ。と言われて喜ぶ相手に対応がわからなくなっているのだ。
普通そういわれれば、大概の人は嫌がるか否定するものである。
なのに目の前の相手は全肯定した上に、こちらを褒めてくる。予想の斜め上をいっている。
だが、この状況は勇者にとって好都合なのだ。
なんせ悪人を自白しているのだから正義は我にあり、と話を持ってくる必要がない。
勇者の正当性を向こうが認めていることになる。
だが、勇者は釈然としなかった。
状況は勇者の思い通りに運んでいる。
そう思い通りに運んでいるはずなのだ。
彼にはソレがそう思えなかぅた。
まるで自分の見当違いの状況に誘導されている様に思えていたのだ。
事実その解釈は正しい。
悪の二人はこの状況を演出している。
強いことにあこがれる者は多い。年齢が若ければその思いは激しく出る。
なので戦いが、いかに酷く凄惨で陰湿なものか見せる必要がある。
それを見せるためにこの状況は彼らによって作られた。
あこがれる戦う強さの先にある現実がどんなものなのか、を。
動きあぐねている勇者に対し、ワルモーンが行動を起こす。
「どうした勇者、【悪】であるオレを倒すんじゃないのか?オマエの仲間である戦士をねじ伏せたオレにビビってんのかね。
勇者の癖にすでに尻込みしているのか?」
ワルモーンは、露骨にあおっている。
冷静な相手ならここまで露骨すれば、何かあると考えるのが普通であるのだが勇者はまだ若い。
なので血気盛んで若い相手には効果的であった。
「悪者が勇者をバカにするのか、いい度胸だ。力の差を見せつけてやる!!」
と勇者の士気が上がる。
はたから見ればチョロい相手である。
単純で安直ともいう。
「早くしないとオマエの仲間が手遅れになるぞ勇者」
更に煽る。
「そうだな、てめえをさっさと殺してこの茶番を終わらせる」
と言うと剣を抜き空高く掲げ、
「雷鳴剣!!」
と叫ぶ。
すると、空は黒い雲に覆われ、勇者の掲げる剣に稲妻が落ちる。
落ちた稲妻は、そのまま剣に宿りその輝きをまとう。
勇者はその剣を掲げたまま、ワルモーンの所に駆け出す。
そして、ワルモーンに向け剣を振り下ろす。
その剣をワルモーンは右手の平でつかむように受ける。
受け止めることはできたのだが、その剣が纏う雷撃はそのままワルモーンに降りかかる。
ワルモーンを雷撃が包み込み、その膨大な熱が体を焼き、衝撃が重質量となって体を潰しに襲い掛かる。
避けずに受け止めたことでワルモーンにその魔法剣の威力が全て降りかかることになる。
彼を中心に大きなくぼみとなる。クレーターになった周辺と焼け焦げた匂い、むせ返る熱が充満する状況になっている。
これだけの状況になっていて無事でいるはずはない。
衝撃波は周囲にも波及し、ワルモーンの足元に転がっていた女戦士も彼の右側に吹き飛ぶ。
吹き飛んだ先に五、六本の木が生えている所の根元まで転がる。
勇者は、勝利を確信したのだが違和感を感じていた。
ワルモーンが掴んだ剣が、微動だにしないからだ。
焼け死んだためそのまま硬直したのだとも思っていたのだが、彼に不安がよぎる。
ひょっとして奴は、まだ生きているのかもしれないと。
だが、あの威力の中たとえ生きていたとしても無事でいるとは考えにくい。
それこそ無事でいたらもう化け物だ。もう魔王クラスと言っても過言ではない。
勇者の務めとして悪を倒したのだ。
ワルモーンを包む稲妻が収まり、彼の体からブスブスと煙が上がる。
彼は目を閉じているが、顔のあちこちに火傷がある。
剣撃で切り裂けはしなかったものの、魔法剣の稲妻でレンチンしたのだ無事なはずがない。
確実に焼き殺していると確信していたのだ。
それでも剣を離さない。
死後硬直なのかもしれないと思い、勇者はワルモーンを蹴りまくる。
巨大な石を蹴飛ばしているようでビクともしない。
「死んでるくせにジャマすんなよ、このバカ野郎が!」
と剣を離させようと蹴りを入れるが動きもしない。
「勝手に殺すなよ」
そういうと目を開き、視線を勇者に向ける。
確実に倒したと思っていた相手が生きている。
この事実が勇者に衝撃を与える。
雷鳴剣という魔法剣は勇者の持つ技の中でも最強クラスのものだ。
それを切り裂けないモノは無いのに受け止められ、稲妻で体を焼いたはずなのに軽いやけどがある程度で生きている。
「なぜ生きている!」
驚愕が顔を満たす。
「失礼な奴め、寝ぼけているのか?なら目を覚まさせてやる」
そういうとつかんでいた剣を無造作に放り投げる。
剣を引っ張り戻そうと力強く握っていたため、勇者もそれにつられて飛ばされる。
飛ばされた先には、女戦士が転がっている五、六本の木が生えている所の一つの木に背中を打ち付けられ、
うめき声を上げ木の根元に落ちる。
「目が覚めたか?仲間の戦士の心配もしていないようだが周りに気を配る余裕もないのか?
勇者の割に人としての器が小さいな」
「・・・・っ、言いたい放題だな悪党!大人しく死んでりゃいいのによ」
頭に手をやり、かぶりを振る。
「セリフがチンピラ並みになっているぞ勇者。オマエの程度がしれる、もう少し考えて話すことを薦めるぞ」
「やかましい、悪党!てめえが全部台無しにしてるくせに説教垂れるな!オマエのせいじゃねえか」
「そうかもな、なんせオレは悪党だからな。正義をつかさどる者を極端に嫌う者なんだよ、オマエのすることを台無しにするのがオレの役目なんだよ。それを止めるのがオマエの役目だろうが、出来ない自分のふがいなさを呪え。この無能が」
勇者を煽るように言葉を続ける。
勇者は怒りに任せ、立ち上がる。
下から見上げるように鋭い視線を向ける。
視線の先には先ほどから動いていないワルモーンに向けられる。
ワルモーンはその刺すような視線を何事もないような能面のような顔で受け止める。
「貴様はオレに倒されていればいいんだよ!生意気にオレより強くいる必要なんてない!」
強がりににも似た言葉を吐き、剣をかまえる。
既に力の差は明白である。
それでも、勇者には意地がある。
国に、民に認められ、自画自賛できるほどの強さだという事。
なのに目の前にいるこの男には通じない。
しかも【悪】を自称する。
【悪】ならば勇者である自分に倒されるのが定めにはずだ。
なのに現実は、異なる。倒れているのは自分で仲間の戦士は虫の息。
他の二人は、もう一人を相手していてどこにいるのかわからない。
状況は圧倒的に不利、物語ならここで逆転なんてことがあるのだが、現実はそんなに甘くない。
都合の良いことなんて、そうそう起きない。
「【悪】ならここでオレに打たれろよ!」
勇者は剣を振り上げ、ワルモーンに向かって走り出す。
「【悪】だからこそ、力と勇者という看板に溺れた未熟な勇者に負けてやるほどオレは安くない」
ワルモーンは、女戦士のバスターソードを掴み、勇者に向かって歩き出す。
「オレは誇られるべき勇者だ、未熟じゃない!」
「それが未熟な証拠だよ、精神的に子供のままだ。残念だよ、オマエ程度の奴を相手にすることが」
「黙れよ、悪党!」
振り上げた剣が、ワルモーンに襲い掛かる。
だが、その前にワルモーンが動く。
手に持った剣で横に薙ぐ。
勇者の両腕が肘から下が空中に残った状態で腕を振り下ろされる。
勇者は、空振りする剣撃の勢いそのままに前転する。
その勢いのままワルモーンの後ろに倒れこむ。
すぐさま立ち上がろうと手をつくが、今度は支えるべき腕がないので前のめりに倒れる。
そこで初めて自分の腕がないことに気づき、斬られた腕の激痛が体を貫く。
「オレの腕が~!!」
体を起こし、膝をついた状態で叫び声をあげる。
「見苦しいな、楽にしていやる」
と言うとワルモーンは勇者の眉間に剣を突き立てる。
喚き散らす勇者が沈黙した事を確認するとワルモーンは剣を引き抜く。
引き抜かれたところから血が噴き出し勇者は倒れる。
「期待外れの勇者よ、【悪】に倒されたことをあの世で悔め」
と吐き捨てるように言う。
悪者と勇者の戦いは悪者に軍配が上がったのだった。
〇これは悪を気取ったいい人たちが、割とえぐいことをしながらも周囲に感謝されるコメディーである。
 




