17 悪者は、勇者との対峙する
この騒動が起きる前の村の会議でワルモーンは話していたことがある。
「明日起きる勇者との騒動は、巻き込まれない様に家にいるようにしてください。
そして、家の中から騒動を見ていてください。戦いが、いかに汚く凄惨でむごいものか見ていてほしい。
戦うことは、決してカッコいいわけじゃないのだ。命のやり取りは、悲惨なものであると理解するためにも覗き見てほしい。
目をそらさずに見てほしい。できなければ構いません。見ることができなくなれば、それが理解できていることだと思いますので・・・
お願いしますね、みなさん」
と、言っていたのだ。
その約束を守り、家の中からのぞき見ていたのだが、そのやり取りが余りにもひどいもので目をそらすものもいたのだ。
でも、これが命のやり取りである。
決してカッコいいものではない。
殺す方も殺される方も悲惨な結果しかない、そのことをワルモーンは伝えたかったのだ。
少なからずそれは伝わったように見える。
そう思いながら両腕と片足を砕かれ痙攣する女戦士を見る。
そして視線は勇者に向けていたのだ。
「オマエ、イキがるのもそこまでだ。オレに逆らってただで済むと思っているのか。国に認められた勇者であるオレに逆らえば国を敵に回和すことになる。国認定の反逆者になるわけだ、良かったなこれで大悪人になれるんだぜ。
その大悪人を討伐するオレは正義の勇者になるわけだ」
とにやけながら意気揚々と話す勇者。
気分よく話しているのだ、彼はワルモーンが気に入らなかったのだ。
自分が来る前にゴブリンを討伐して村に感謝されていることが。
本来は彼が受けるはずの感謝が奪われたことに。
勇者は、人としての器が小さい人間なのだ。
自身の正当性を掲げ、相手を貶めることで自分が正しいのだと周囲にアピールしている。
だが、
「フハハハハハッ!!!勇者よ!よくわかっていじゃないか!そうだ!オレは悪人だ!村の人間達はオレを良い人という。オレは悪者なのだ。悪の組織の人間なのだ、貴様は素晴らしいぞ!それでこそ勇者だ!」
と両手を上に掲げ喜んだ。
普通は喜ばないけど、彼は・・・ワルモーンは喜んだ。
その姿を遠目に見ていたシンラーツの顔は引きつっていた。
そんなシンラーツを見て女魔法使いは、
「あなたも大変ね、相棒がよりにもよって悪人を気取るなんて、普通なら善人で正しい事をする正義の味方って言われたがるでしょうに」と同情するように言う。
その言葉にシンラーツの顔から表情が抜け落ちる。
先程まで感情がわかるようにふるまっていたのだが、今は能面のような顔になる。
「私は【悪】であることを誇りに思っているわ。あなたのように権力に隠れて欲望のまま行動するよりはるかにいさぎがいいもの。
自身の弱さを認めることできないことが【正義】というのなら私は【悪】でいい。その方がマシだもの」
「アラ心外だわ、アナタも【悪】がいいなんてバカを見るタイプね。まあいいわ、勇者君はあなたを所望だもの。痛めつけておけば物分かりが良くなるでしょ」
と女魔法使いは軽く嘆息した。
「【悪】がいいとは、いけません。神は嘆いていますよ」
と話に壮年の男僧侶が入る。
「やめてよね、話がややこしくなるわ」
「心外ですね、神の言葉を皆に説いて回る私に改心できない人などいません。神の言葉全て正しいのです、それを理解させることが私の役目なのです」
男僧侶の言葉には迷いがなく、瞳に宿る信心が固くまっすぐなのがわかる。
だが、この言葉には相手の言い分、主張がない。
全てにおいて神の言葉が優先するという言い方だ。
「ああもう、私はあなたたちと問答するつもりはないわ。だって無駄だもの、アナタたちは相手に自分たちの主張を押し付けつだけ。
私たちはそれに反発するだけ。この状態のままならただ平行線が続くだけ不毛だものね。だからね私たちはあんたたちを潰すだけよ」
と満面の笑顔を作り出すシンラーツに女魔法使いは戦慄を覚える。
あの笑みは二対一でも勝てる自信の表れだ。
それもただの思い込みでもない、シンラーツと言われる少女の実力の上に成り立ったものだ。
その上こちらを見下すわけでもなく、油断もない。
敵としては厄介極まりないものだ。
だが、
「そうですか・・・残念です。ですが私があなたに信じる心を植え付けましょう。この拳で」
と言うと拳を握り構える。
男僧侶は、武闘家でもあったのだ。格闘用に特化したグローブをはめ、司祭のローブを脱ぎてる。
動きやすい装備に鍛えられた体。
間違いなく強者である。
それをこの状況まで隠していたのだ。とんだ策士である。
「へえ、厄介な事ね。道理でこの状況でも落ち着いてるわけだ。勝算はまだ持ち合わせていたんだ」
と感心するシンラーツに
「神は私に試練を与えている。神を信じず【悪】を気どる迷える仔羊救えと!改心させ神の癒しを届けよと!」
最早、自己陶酔にの域に入っている男僧侶を見て
「ダメね、もう重症すぎるね。アナタは神への信仰以外見えていないみたいだし、これ以上はやっぱり無駄だよね。コレ」
とゲンナリするシンラーツ。
「何を言われる、私はあなたに信仰を求めることはあきらめませんよ」
と言いながらシンラーツに襲い掛かる男僧侶。
それを舞うようによけるシンラーツ、更に間合いを取る。
そして、女魔法使いからの火の玉攻撃が続いて降り注ぐ。
それも当たり前のようによける。
複数の攻撃を見事に躱すシンラーツ。
「なかなかの連携ね、仲が悪いように見えて結構やるじゃない」
と言いながら相手を見据える。
「なかなか説法しがいのある御仁のようだ」
「あれで仕留めれていれば面倒がなくてよかったのに、よけないでよ」
「ホント面倒だね、君ら。とりあえずそこのおじさんとはお別れだけど」
「ははは、何を言われる。私の説法はこれからですよ」
と言って再びお青いかかるのが、動き出した瞬間彼の両手両足が体から離れる。
そして、そのまま倒れる・・・いや地面に落ちる。
腕は肘で足は太ももで斬り落とされていた。
いや、斬られていたことを気づかずに動いたため切り口が動いたのだ。
日本で言う水がめの断ちである。
斬られた木の入ったツボが時間をおいてズレるというもの。
それほどまでシンラーツの斬撃は速く鋭かったのだ。
地面でもがく男僧侶。
自らの腕と足から血をまき散らすのだが、それを見下すようにシンラーツが立ちいつの間にか抜いていた細い剣をかまえる。
「言ったでしょ、お別れだって。アンタの大好きな神様の所に行って怒られてきな」
と言うと男僧侶を仰向けになるように蹴り、眉間と胸に刃を突き立てる。
見苦しく暴れていた男僧侶は静かになる。
刃を引き抜き女魔法使いに向き直る。
「次はあんたね。容赦はしないよ。するつもりもないけど」
と言う。
「何、何をしたの?アンタいったい何者なの?」
震えながら得体のしれないモノを見るような目をする。
「アンタねぇ、言ったでしょ。【悪】だって、聞こえてないの?」
と軽い口調で言うと女魔法使いの元に歩み寄る。
「来るなぁぁぁぁぁぁぁ!」
先程までの余裕はなく、杖を前に向け錯乱気味に火の玉を放つ。
その打ち出される火の玉は全て避けられ、シンラーツの歩みを止めることが出来ない。
そして、彼女の前に恐怖が立つ。
彼女が前に突き出した杖持つ腕は、いつの間にかなます切りされ地面に落ちる。
そして、眉間に刃が突き立てられる。
彼女の先日は消え、命も消える。
そして、刃を引き抜かれと同時に前のめりに倒れる。
倒れた彼女を見下ろし、シンラーツが言う。
「いかないわよ、行くのはアンタだけ。よかったわね、神様の所に行けて。褒めてくれとは限らないけどね」
その視線は冷たく、凍り付きそうな表情を浮かべていた。
シンラーツは、剣を鞘にしまい、ワルモーンの元に歩くのだった。
〇これは悪を気取ったいい人たちが、割とえぐいことをしながらも周囲に感謝されるコメディーである。




