【BL】アルバイトでゲイカップルのフリをする事になりました。ちょっと危険です。
「来てくれてありがとう。二人に頼みたいことがある。カップルのふりをしてくれ」
「は?」
「へ?」
「待て待て、俺は男だぞ。そしてこいつも……。ま、まさかゲイカップルのフリをしろってことか?」
「察しがいいね。その通り。君、いいキャラしてるよね。チャラ男の女ったらし。そして、君。草食くん。なんていうか童貞くん。もしかしてオナニーもしらない?」
「な、何を言っているんですか!」
「ふざけんな。誰がやるか」
「ほう。いいんですか?もし五日間フリをしてくれたら、二十万円あげます」
「二十万!」
「いや、僕はお金に困ってないんで」
「やろう。うん。やろう。フリだろ?フリ。やろうな。安達」
「え?嫌だよ。僕。なんで」
「二十万円だぞ。お前の好きなフィギュアとかアニメとか買い放題だろ」
「いや、別にそんなお金で買いたくないし」
「決まり。決まりだ。おっさん。先払いだ。二十万くれ」
「前払いは半額にしましょう。まず十万。残りは五日後に」
「いいだろう。カップルのフリで、一緒に出かけたりすればいいだけだろ?」
「そうですね。カップルなので、手を繋いだり。キスしたり」
「き、キス?!嫌だよ。僕。気持ち悪いよ。田崎となんか」
「失礼だな。俺だっていやだけど、ちゅって唇を重ねるだけだろ?よゆー」
「いやだああ。二十万。二十万だったら、僕があげるから」
「友達から金なんかもらえるわけないだろ」
「だったら、そんなバイト引き受けないでよ。田崎が引き受けたかったら、別の相手とゲイカップルのフリをすればいいだろう。僕は絶対に嫌だから。じゃあ、失礼します!」
平均男性身長より低めの百六十五センチの安達は、ぺこりと頭を下げると部屋から出て行ってしまった。
「うーん。惜しいね。チワワみたいな可愛い子だったのに」
「あきらめないでください。俺、あいつを説得できますから。お金を先にください」
「はあ?無茶だろう。あの子、絶対嫌って言ってたよ」
「大丈夫。オッケー出させますから。だから」
田崎はお金をくれくれっと両掌を、男に差し出す。
「仕方ないですね。君の分とあの子の分。十万円づつね。もし出来なかったら返してもらうから。トンズラなんてかんがえないでね。じゃあ、また五日後に」
某エイリアンと戦う黒服捜査官のような格好をした男は、彼の掌に一万円札を二十枚乗せると、部屋からいなくなった。
「……誰がやるか」
一人取り残された田崎は唇の端っこをあげると、そう呟く。
「え?嘘だったの?」
「ひっ」
出ていったはずなのに、男がすぐ彼の後ろにいて、背中に何か硬いものを押しつけていた。
「嘘ついたら、ばーんってやっちゃうよ。だから、ちゃんとしてね。あの可愛い子の説得頑張って。じゃあ、五日後に」
その言葉を最後に、背中に当たっていたものの感触が消え、男の気配もなくなった。
「や、やば〜〜。なんてバイトだ。ああああ、安達助けてくれ!」
田崎は完全にビビりながら、腐れ縁の幼馴染を説得するために、逃げるように部屋を出ていく。
「さあ、お嬢様を喜ばせていただきますよ。田崎くんに安達くん」
誰もいないはずの部屋。
その一角から、先ほど消えたはずの男の声がした。
☆
「安達、頼む。このバイト引き受けてくれ。じゃないと俺らやばいんだって。殺される。さっきお金だけもらってトンズラしようとしたら、銃を突きつけられた」
「はあ?嘘ばっかり。田崎、そんな嘘」
「嘘じゃないんですよね。安達くん。ほらほら、時間を無駄にしないでくださいよ。お二人はカップル」
「な、何。この人。どっから湧いてきた」
「いやー出来てきた。お化けかなんか?」
「ひどいですね。私は君たちのカップルぶりを動画に収める必要があるんですよ。すでに前払いしましたよね?ほらほら、やってください」
「安達、やるぞ。こい!」
「嫌だって!」
「死ぬぞ!」
「死ぬわけ……」
安達がそう言いかけ、言葉を止める。
黒服男は片手にスマホ、もう片手にサバイバルナイフを握って、器用にクルクルと指を使って遊んでいる。
どう見てもプロっぽい。
「や、やるしかない?」
「うん。やるしかない。五日だけだ。やれるな?」
「い、嫌だけど仕方ないよ」
「じゃあ、始めるぞ」
「うん」
田崎は安達に腕に自分の腕を絡ませた。
「き、気持ち悪い。なんていうか他人の体温が気持ち悪い」
「あ、そっか。こういうの苦手だったか」
「うん」
「いいですねぇ。もっと近づいてください。私は後ろにいますからね。ほら、仲良く歩いてください」
男は二人から離れると、スマホで撮影し出す。
「僕、死にたい」
「俺は死にたくない。頑張れ。五日だ。俺のために頑張ってくれ」
「なんで田崎のためなんかに」
「俺は死にたくない」
「馬鹿野郎」
二人は小声でそんな会話をしながら、街を歩く。
チャラ男に、黒髪の可愛らしい男。
それがお互いに腕を絡ませて歩いている。
なんだか絵になっていて、すれ違う人たちがワァとか嬉しそうな声を小声であげている。
世の中、腐女子、腐男子が増えてるようだった。
「お嬢様。いい絵が撮れてますよ。ええ。とてもいい絵です。きっと喜ばれるでしょう。青木、いい仕事してるぞ。うん」
黒服男、名は青木と言うらしい。
彼は独り言をいいながら、安達と田崎の後ろ姿を撮り続けた。
☆
「もう、いいよね?」
「いや、まだだ。俺の家に行こう」
「はあ?」
「家までは入ってこないだろ」
「うん。確かに」
腐れ縁の幼馴染の二人。
それぞれ一人暮らししていても、お互いの家の場所は把握していた。それは親たちが連絡を取り合い、それぞれ息子たちに情報を流しているからだった。
「入れよ」
「うん。お邪魔します。うわ。結構綺麗」
「なんだ。汚い部屋だと思ったか。俺は常に彼女がいるかさ。綺麗にしてもらってる」
「そうなんだ。便利なもんだね。彼女って」
「うん。まあ。俺の彼女だからね」
「あ、こんなバイトしてて大丈夫なの?彼女」
「今いないから。ちょうど振ったところ」
「振った?」
「なんか面倒くさくなってきて」
「ふうん」
「ふうん。だけ?興味ないのかよ」
「うん。ない。それよりなんか飲み物ちょうだい。喉乾いた」
「麦茶でいいか?」
「うん。ありがとう」
田崎は台所に行くと、冷蔵庫を開け、麦茶の入った容器を取り出した。コップ二つに麦茶を注ぎ、居間に戻ってきた。
「ほら」
「ありがとう。ああ、生き返る」
ごっくん、ごっくんと勢いよく麦茶を飲み、安達は声を上げた。
「本当、災難だったよな」
「っていうか、災難にしたのは田崎でしょ?僕は受けないって言ったのに」
「悪い悪い。だけど、ゲイカップルのフリをするだけだろ?」
「フリって言っても、キスとか嫌だよ」
「減らないだろ。別に」
「減るよ。僕、ファーストキスもまだだよ」
「………えっと、終わってるぞ」
「は?」
「お前のファーストキスの相手。俺。小さい時、女の子だって思っていたから、ちゅってキスしたの覚えてないか?」
「はああああああ?そんなの知らない。うわあああ」
安達は悲鳴をあげ、机に顔を伏せる。
「最悪だ」
「最高です!なんていう美味しい昔話!」
「あ、あんた!勝手に!不法侵入!警察呼ぶぞ!」
「どうぞ。お勝手に。まあ、警察が来る前に、あなたたちが先に死にますけどね」
「ひいい」
「なんで」
「それより、先ほどの話いいですね。ファーストキッスのお相手は幼馴染の男の子。ああ、ぐっとくるシチュエーションです」
「僕はまったくぐっときません」
「田崎くん。ファーストキスの感想は?」
「ああ、なんて言うか甘かったな」
「はあ?なんだよ。それ」
「ほら、誕生日で、お前ケーキ食べていただろ。その味がした」
「誕生日。ケーキ!あ、四歳の時!あの時、君は僕にキスしたのか!」
「うん、まあ。あん時までお前のこと、本当女の子だって思ってたのに。くそ親め」
「え?そんな話始めて聞いた。君、僕のこと本当に女の子って思ってたの?ズボン履いていたよ」
「だけど、めっちゃ可愛かっただろ?まあ、今もだけど」
「キタキタ!いいですね。可愛かった。今も可愛い。ぐっとですよ。田崎くん」
「あんたはうるさい」
「黙っていて」
「まあ、俺はこのバイト、別に嫌じゃないから。むしろ役得」
「え?だって嫌がっていたよね?」
「まあ、フリ?なんならキスの先までしてもいいぞ」
「ああ、なんて腰砕けなセリフ。いいですねぇえ。どんどんやってください。私は屋根裏にいますから」
「いなくていいから!」
「……なんて言うか、田崎。ちょっと気持ち悪い。僕は無理。絶対無理」
「安達くん。君には拒否権はないんですよ。死にたいですか?」
「死にたい」
「え?」
「は?」
「田崎とキスするくらいなら死にたい」
「え?そこまで」
「あれ?お二人は両想いじゃ?」
「どういう意味だ?あんた、初めから俺たちのこと知っていたのか?」
「当然ですよ。くっつきそうな幼馴染のお二人を探して、バイトに誘い込んだんです」
「くっつきそうとか、なんなんですか!僕は知りませんよ」
「まあ、意地を張るのはおやめなさい。あなたの部屋には」
「待って、言わないで。お願い!」
「なんだ?何があるんだ」
「だったら、フリ、続けてくださいますか?」
「はい」
「え?なんだ。俺抜きで何の会話だ」
「まあ、田崎くんは気にしないで。ほら、安達くんもやる気になりましたよ。この後はお二人でごゆっくり。私はそっと見ていますから」
「見ているんかい!」
「それは当然。撮影しないといけないですから」
「……田崎。五日だけの我慢だ。フリをしよう。フリ」
「あ、うん」
こうして安達と田崎のゲイカップルのフリは始まり、一緒にデートしたり、ご飯を食べたり。順調に思い出を作って行った。もちろん、黒服の男、青木も見えないように撮影をしてた。
「今日で最後だな。結局キスしなかったな」
「うん」
「最後にキスしようか」
「はあ?なんで」
「やっぱり、フリは最後までしようぜ」
「……うん。わかった」
二人は夕日を背後にそっと唇を交わす。
「やっぱり甘いな」
「……」
「ん?気持ち悪かったか?」
「ううん。それはない」
「お疲れ様でした!これ報酬です」
ちょうどいいタイミングで、青木が現れた。
そして報酬の残り十万円を二人にそれぞれ渡す。
「これ、あげる」
「え?安達?」
「……僕、本当は田崎のこと好きだったんだ。五日間ありがとう」
「はあ?なんだ、それ」
「キスも嬉しかった」
「サプライズですね〜」
「そこでのんびり感想語るな。邪魔だ。バイトは終わっただろ」
「はい、そうでした」
青木は残念そう、しかし、二人の視界から完全に消えた。
「本当は、僕、ずっと田崎のこと好きだったんだ。だから、このバイトは本当は嬉しかった。だけど、それ言うと気持ち悪がるだろ。だから、黙っていた。五日間楽しかった。言わないでおこうと思ったけど、言うことにした。もう、僕とは絶交してもいいから」
「なんでだよ。別に、お前が俺のこと好きってだけだろ。俺は別にいいぞ」
「え?田崎?」
「まあ、男同士ってよくわからんけど、楽しかったのし。俺たち付き合おうぜ」
「そんなに軽く?」
「うん。だめか?」
「だめじゃない」
「じゃあ、今日から本当にゲイカップルだな。よろしく」
「うん。
そうしてお二人は仲良く、夜の街に消えていかれました。
「お嬢様、いかがでしたか?」
「ああ、よかったわ。最高。やっぱり本物はいいわ。うん。創作意欲もまたぐんと湧いちゃったわ。青木、これからもよろしくね」
「はい。お嬢様!」
野々山コーポレーションの一人娘のボーディカードの一人、青木。彼はお嬢様の依頼を受けて、日々、生BLの撮影をしている。
最初はいがみあっている二人は、五日間フリをすると大概本当にカップルになる。
青木はまるで自分が愛のキューピット役になっているようで、この仕事が好きだった。もちろん、彼の趣味ではない。
それを間違ってはいけない。