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中学時代③ 善意と言う名の毒

☆★☆ 6月12日(月) ☆★☆


 午後5時15分頃。


『谷山お惣菜店』の品出しのお手伝いが一段落した頃、男子2名、女子2名。計4名の『クラスメイト』と名乗る中学生たちが店を訪ねて来た。


「ここに守山くんと谷山さんがいると聞いてきたんですが、あ、小次郎くんと舞奈さんは居りますでしょうか?」


 僕たちは奥で小休止していたため、レジにいた舞奈ちゃんのお母さんが初めに対応した。


「あら? どちら様ですか?」


「ぼく達は○○第一中学、1年1組の生徒で、小次郎くんと舞奈さんの現在のクラスメイトです。小次郎くんと舞奈さんはここに居られるんでしょうか?」


 礼儀正しい言葉遣いに断る口実を見つけられなかったのか、それとも最初から断るつもりがなかったのかは分からないが、僕たちは、舞奈ちゃんのお母さんによって店先に呼ばれた。


「小次郎くん、舞奈さん、小学校ぶりだね。元気だった?」


 明るく活発な、ハキハキした話し方で声をかけてきたのは、小学校からの同級生で虐めも悪口も言ってこなかった優等生の『斎藤』という男子生徒だ。


 そのほかの3人も僕たちとクラス替え前にクラスメイトだった事がある、顔も名前も知っている元同級生たちだった。


「なんの用だ?」


 この時の僕には愛想と言うものが皆無であっただろう。一応自覚はある。


 だが、嫌な予感しかしない。こいつらは『敵だ』と僕の本能がそう告げていた。


「クラスメイトのみんながキミたちの学校への登校を期待している。ぼくたち、キミたちを学校に誘いに来たんだ」


 悪意は感じないが、だからこそ始末に負えないような気がする。迷惑千万だ。


 斎藤が話を続ける。


「今日、中間テストの順位が発表されてね、守山くんは1学年全体のトップだった。1位だよ? そして谷山さんは2位。そんな学年の1位と2位が不登校で学校をサボってるなんて、もったいないと思わないか? ぼくたちはもったいない事だと思うんだ」


 ああ、コイツ、この間の校長と同じだ。勉強が出来れば学校に来て当たり前。僕たちの事情や気持ちを考えての事ではないんだ。

 ウザい。目障りだ。吐き気がする。殺意が湧く。


「学校には行かないし、もったいなくもない」


 僕はぶっきらぼうに言い放った。もしかしたら目つきも悪くなっていたかもしれない。自覚はないが。


「いや、もったいないよ。今日クラスではね、臨時でLHRが開かれたんだ。不登校なのにこんなに成績が良いクラスメイトがいるって事。つまりキミたちの事なんだけど、そのキミたちがもし登校してきたら、うちのクラスにとても良い影響を与えるんじゃないかと言う意見が多く交わされたんだよ。だから是非考えてみて欲しい」


 確かにこいつからは悪意を感じない。これは間違いなく『善意』だ。それもとびっきりの独善だ。さっきは『迷惑千万』だと考えたが、独善もここまでくれば迷惑どころの話ではない『害悪』あるいはすでに『災厄』だ。


 この善意の手を振り払えば、おそらく僕たちは本当に『悪者』あるいは『敵対者』と見做されてしまうだろう。


 構わずに放っておいてくれていれば『悪者』にも『敵」にもならなくて済んだものを。


「結論は変わらないと思うけれど、一応考えてはみる。だから今日はもう帰ってくれないか?」


 無い知恵を絞って最も無難な言葉を選ぶ。これで正解だっただろうか? 分からないけれど『善意』に対して敵対することへの面倒さだけは感じた。拒絶は悪手だと。


「なあ、谷山さんの火傷痕も大分目立たなくなってきてるんじゃないのか? だからもう誰も谷山さんの事を揶揄ったりしないよ?」


 瞬間、僕の怒りが燃え上がった。 まただ! また、この事に触れられた! たとえ揶揄われてはいなくても、僕はこの事には触れて欲しくなどない。

 せっかくさっき抑えた殺意がまた湧き上がってくる。


「舞奈ちゃん。奥に隠れて!」


 本当ならば舞奈ちゃんの素顔は誰にも見せたくなかった。なんで僕は、彼女がここに来ることを止めなかったんだろうと、今さらながらに後悔をした。


「後でちゃんと理由を説明するから! お願いだから隠れてて」


 舞奈ちゃんの火傷痕を見ても良いのは家族以外では僕だけだ! そんな独占欲が僕を支配する。

 他の奴等なんかに見る権利などあるもんか!


「舞奈ちゃん、早くッ!」


 なかなか隠れようとしない舞奈ちゃんにもイライラする。


 キミの素顔を他人に見られるって事は、僕にとっては、キミの裸をみんなに見られているって事と同じ事なんだよ。


 耐えられない。


 心が、また、壊れていく……


「小次郎くん? 私は大丈夫だよ?」


 なにが? 何が大丈夫なんだ? 大丈夫じゃないのは僕の方なんだよ?


「斎藤君。久しぶりだね。せっかく学校に誘ってくれたのに、でもゴメンなさい。私は…… 私たちは学校には行きません。何度誘われても、どんな誘い方をしてくれても絶対に行きません。もう決めた事です。それにこれは私たちの家族も、学校も認めてくれています。それでも誘ってくれたことには感謝します。ありがとう」


「感謝って、だったら学校においでよ? もうキミに意地悪なことをするクラスメイトなんかいないんだから!」


「絶対に…… 誰も意地悪しないと、どうして言い切れるんですか?」


「ホームルームで話し合ったからだよ。みんなで絶対に揶揄ったりしないって結論を出した!」


「そうやってクラスで話し合うこと自体が…… 私たちを差別していると思いませんか?」


「そんなことは無いよ。みんな心からキミたちを受け入れたいと、話し合ってみんなで決めたんだ」


「あなたたちの意見はわかりました。でも、私たちの意見は変わりません。学校にはまだ行けない。行く勇気が出ないから…… 意地悪しない、揶揄わない。そうは言っても必ずその約束は破られると思います。断言できます。それに、偏見や差別は存在しますしこれも絶対に消えません。私はそれに耐えられませんし、小次郎くんはもっと耐えられません」


 舞奈ちゃんが僕の弱点を正確に理解してくれていた事に正直驚いたが、それよりも嬉しく思った。


「な、どうして守山くんの事をそこまで言い切れるんだい?」


「それはな、僕が、僕自身よりも舞奈ちゃんの事が大切だからだよ」


 斎藤の質問には僕が答える。さっきまで湧いていた殺意が、舞奈ちゃんの言葉のおかげでほんの少しだけ引いていくのが分かる。

 舞奈ちゃんの火傷痕を見られていても、先ほどのような独占欲のようなイライラは無くなっていた。


「斎藤以外の君たちはどうなんだ? クラスの結論とやらは何となくわかった…… だが、もしクラスの誰か一人でも僕たちに意地悪したり揶揄ったりしたら、公開土下座でもして全校朝会で謝罪するってくらいの約束が出来るか?」


「それは……」


「僕たちは不登校生徒だ。不登校ってやつをする為には、それなりに意地と覚悟を持ってやっている。半端な話し合いで決まった他人の結論なんかに簡単に振り回されたりなんかしねえよ。それにもう、僕たちには僕たちなりの将来の設計図が出来上がりつつある。まだはっきりとした形ではないけどな…… その為には今は不登校でいることが、一番僕たちに合っているんだ」


「でも、不登校ってのは世間から見たら……」


 最後の言葉を濁した斎藤にイラっと来た。


「ん? 世間から見たらなんなんだ? ちゃんとハッキリ言え」


「……」


「まあ、今は世間に何と言われてもいい。今一瞬だけ『良く学校に来てくれたね』なんて褒められても、いずれ僕は怒りに駆られてクラスメイトを殺し、犯罪者になってしまう……と思う。そんな馬鹿げた未来よりも、今は『不登校して逃げてる卑怯者』と罵られても我慢して、耐え抜いて、誰にも迷惑を掛けないように生き延びて、真っ当な人生を歩みたい。だから……ぼく達の事を今は放っておいてくれないか? お願いだ」


「……斎藤君? ここは引き下がろうよ。私は、クラスの全員が絶対に谷山さんの事を揶揄わないって言い切る自信がないよ?」


 ここにきて、一緒に来ていた4人のうちの、1人の女子が斎藤に言った。


「俺も、何人かはいつか揶揄うだろうなって奴に心当たりがある。もしそうなったら、今ここで言った綺麗事が、ただの嘘になっちまう気がするぜ」


 斎藤じゃないほうの男子も理解を示してくれた。


「でも! 不登校なんて許されることじゃないよ! 普通じゃないよ!」


 だが、もう1人の女子が反対意見を持っていた。


 許されない……? 普通じゃない……? なんだそれは? 僕に言ったのか? それとも()()()に言ったのか? クラス全体の意見という奴は? 揶揄わないって言うのは? 悪意を言葉にしないだけっていう事か?


 どす黒い殺意が…… イライラとした感情がまた僕を支配しつつあった。


「お前らなァ…… たった4人でもこれだけ意見が割れてんだ。クラス全員が結論を出したって言うのも実際『面倒くさいからそう言う事にしておこう』って考えが大半だったんじゃネエのか? 僕たちはそんなクラスに馴染めるなんてこれっぽっちも思っちゃいネエ。だからヨ…… そ ろ そ ろ 帰ってくれヤ!」


「も、守山くんッ?」


 斎藤が驚いてぼくの名を呼んだ。それさえもウザい。


「目障りだ!!! 今スグに消えろッ!!!」


 怒りが視界を狭くする。


 頭が、体が、感情が、暴力でこいつらを屈服させるべきだと僕を突き動かす。

 

 だがここで意外な人物が僕に声を掛けた。


「お兄ちゃん!!」




 あ……? 詩歌……ちゃん?




「ダメッ! お姉ちゃんまで怯えてるよッ」


 ハッとした。今、僕はまた、あのどす黒い怒りと殺意に取り込まれていた?


「舞奈ちゃん……ゴメン。それに、詩歌ちゃん? ありがとう」


 詩歌ちゃんに助けられた。今まで、僕には人見知りと言うか、懐いてくれていないと思っていたけど、これは一体どういう事だろう?


「守山くん…… 怒らせちゃってゴメン。その、今日は帰るよ。でも、いつかまた必ず来る。だから……またな」


 最後の挨拶は斎藤が締めた。


 もう来ないでくれよと切実に願う。


 たぶん、斎藤は悪い奴ではないんだろうとは思う。でも、その独善的な善意は、僕たちにとって毒になる。害になる。


 普通の生き方に、今のところはまだ順応できない僕たちの、脆くて汚れた心が、いつか強く綺麗になれる日まで、今はそっとしておいて欲しい。


 もしかしたら、僕よりも舞奈ちゃんの方がもう、心が強くなっているのかもしれない。


 ただ、今の僕は、クラスメイトがやっと帰ってくれた事に、ただただホッとしていた。

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