中学時代① 不登校の道
☆★☆ 3月25日 ☆★☆
本来ならば小学校の卒業式の日だ。
この日僕たちは、谷山お惣菜店の住居部分の居間の飾り付けをし、2家族合同で卒業式のまねごとをした。
卒業証書は後日郵送で送ってもらう手筈なので、今この場にはない。
だが、舞奈ちゃんの父が校長先生役で「以下同文!」と言い、僕たちに100円ショップで購入したという賞状をくれた。
賞状にはかなり達筆な字で『卒業証書』としか書かれていなかったが、意外にもそれで嬉しい気持ちになった。
在校生からの『卒業おめでとう』の言葉は、舞奈ちゃんの妹の詩歌ちゃんから頂いた。
まだ僕には人見知りしているけれど、お姉さんである舞奈ちゃんにはとても懐いている感じだ。
昼食は『谷山お惣菜店』自慢のオードブル。まるでパーティーみたいだった。
虐められて、お化けと言われて、怪我までさせられた舞奈。
舞奈を守り切れずに心が壊れて、暴力を振るった僕。
結局5人の男子からは、怪我をさせた舞奈ちゃんへの謝罪は無かった。
だからと言う訳でもないが、僕も5人の男子には謝罪も文句も言っていない。
学校からは『事情を聴きたい』と電話連絡が来たが『保健室の先生に全て話しました』で済ませた。
もう二度と『学校』というフィールドには戻らず、逃げることを選択した僕たち。
これから先『不登校』というレッテルを貼られて人生を歩んで行く僕たちと僕たちの家族。
けれども今の僕たちには『後悔』だとか『悲壮感』のようなマイナスの気持ちは全くない。
意気揚々と、そして正々堂々と、不登校の道を歩んで行くんだという意思に溢れていた。
☆★☆ 4月1日 ☆★☆
うちの父さんと舞奈ちゃんのお父さんが協力して整備していた『通信教育部屋』が完成したぞと、谷山家に呼ばれた。
行ってみると12畳ほどの長方形の部屋の中央に、お揃いの机が二つにお揃いのノートパソコンが二台。
椅子までお揃いでぴったりくっついて並んでいる。
さらに入り口から見て奥の方にはテレビとテレビ台もあった。
入り口から見て左の壁には巨大な本棚まで設置されている。12段×200冊は収納できそうだ。
「この部屋にはアンテナがないからテレビは見れないんだけど、その代わりに再生専用のDVDプレイヤーを繋げてある」
凄く広い部屋なのにちんまりとした印象を受ける。
「すごい……」
「だろ? 本棚は最初からあったんだけどな」
中古住宅だからだろう。前の住人が持って行かなかったようだ。
「いろいろ調べてみたんだが、真面目に通信授業を受けると、1日分の勉強って1~2時間で終わっちまうみたいなんだ。だったら勉強以外にも何か出来ることがあった方がいいと思ってな」
舞奈ちゃんのお父さんがニコニコしながらそう言った。
「うちの舞奈は基本的には真面目… と言うかクソ真面目過ぎるし、小次郎くんもかなり真面目な性格だとお父さんから聞いた。だから勉強が終わってもすぐに帰らずに、余った時間は色々とこの部屋を舞奈と一緒に上手く使ってくれよ?」
「は、はい、ありがとうございます」
ここで(マスクをしていない)舞奈ちゃんも合流し、通信教育の使い方やすでに本棚に入れてある書籍の説明、あらかじめ用意したDVDのタイトルなどの説明を簡単に受けた。
「それから、ここで勉強した日の昼食は『谷山お惣菜店』の日替わり弁当だ。出来立てで美味いもん作ってやるから期待してていいぞ」
「あ…… ありがとうございます」
「それでだな…… 実は小次郎くんに頼みがあるんだけど、いいかな?」
「はい、なんでしょうか?」
「午後の4時から5時までで良いんだがね? まあ、舞奈にも頼んでいるんだが、店の品出しの手伝いをして欲しいんだ…… いいかな?」
意外なお願いだったけれど断る理由はない。
「喜んで引き受けますよ」
「ありがとう。なんだか最近お客さんが増えてきて、ちょっと夕方に人手が足りなくなって来てな」
「勉強が無い日も来ていいんですか?」
「そうしてくれると助かるけど…… いいのかい?」
「もちろんです! 舞奈ちゃん、これで毎日会えるね?」
「えッ? あ? こ、小次郎くん!?」
「なあに?」
「……な、何でもない」
☆★☆ ☆★☆
僕たちの扱いは『不登校生徒』だ。
僕たちの学区の中学校自体は通信教育への対応はまだ出来ないらしいが、通信教材を利用して出席扱いにできる制度はすでに実施されているそうだ。
そのため特に問題も無く、安心して『不登校』のまま『出席』が出来る事になった。
但し、月に一回、中学校の校長先生が学習状況を確認しに来る。
また、学校の定期テストは自宅ででも必ず受けてもらう。
体育・音楽・美術・技術・家庭科などの授業がない分、何らかの活動をして、学期内に一つでいいから何らかの形で成果を出す。
といった条件が出された。
不登校でも出席扱いしてくれると言うのならその程度何とかする。して見せる。というか、割と緩い。甘い。
そしてついに、自宅学習教材による通信教育が始まった。
☆★☆ ☆★☆
僕たちの朝は早い。
日の出前に起きて、ジョギングと言うか散歩をする。体育の授業の代わりだ。
なぜ日の出前なのかって? それは、舞奈ちゃんの肌には直射日光が猛毒だからだ。
出来ればマスクも腕のサポーターも付けずに過ごしてもらいたい。
これは僕のわがままなんかじゃなくて、マスクもサポーターも結構蒸れるんだ。
通気性の良い素材を使っているとは言えマスクは白。紫外線を結構通す。
サポーターは黒いから紫外線はかなりカットしてくれるが熱が籠る。
火傷痕のケアは、実は乾燥対策だけじゃなくて、蒸れ対策もかなり重要なんだ。
だからなるべく舞奈ちゃんにはマスクもサポーターも付けてもらいたくない。
あ、やっぱり僕のわがままも少しは混じっているみたいだ。
☆★☆ ☆★☆
早朝から一緒にいるからか、とうとう僕の朝食は谷山家で摂るのが当たり前になった。
散歩から帰ると、舞奈ちゃんのお母さんに捕まり、谷山一家に混ざって僕も朝食を頂く。
もちろん妹の詩歌ちゃんも一緒だ。
詩歌ちゃんは学校に行かない僕たちの事をどう思っているのだろうか?
気にはなるが流石に聞けない。でも、悪く思っている様子はなさそうだ。態度や仕草で分かる。
詩歌ちゃんは僕たち…… というか、舞奈ちゃんの味方だ。
☆★☆ ☆★☆
そのまま僕たちは『通信教育』を始める。今日は7時30分スタートだ。
中学1年の一学期の勉強は結構簡単だ。30分程度で5教科が終わってしまった。
実に言いにくい事なんだが、僕たちは結構勉強は得意だ。
午後4時からのお手伝いの時間まで、何をして過ごすか、話し合う事になった。
「この『先取授業』って、もしかして明日以降の勉強も出来るのかな?」
舞奈ちゃんが『通信教育』の公式サイトを見て呟いた。
「そうみたいだね。『無学年式の先取授業』って言うのは、学年や学期に拘らずに好きなように勉強できるって事みたいだ」
「じゃあ、もう少し先に進もうか?」
そういう訳で、午前中は行ける所まで行ってみようという流れになった。
☆★☆ ☆★☆
昼食の日替わり弁当は、凄く、凄く美味しかった。これは夕方お客さんがたくさん来る筈だ。
僕たちは、食後の食器を返すために厨房に行って『凄く美味しかったよ』と舞奈ちゃんのお父さんを褒めまくった。
僕も、料理が上手になりたいと考え始めたことはまだ、舞奈ちゃんにも内緒だ。
午後は、読書をして過ごした。
巨大な本棚には20冊くらいのいわゆる『ライトノベル』が並んでいた。
舞奈ちゃんのお父さんの蔵書なのだろうか。ほとんどが「平成10年~20年」に発行された小説だ。
それでも、軽い気持ちで手に取った小説は、とても読みやすい本で、僕は夢中になって読んだ。
舞奈ちゃんも何かの本を夢中で読んでいた。
2時半頃、舞奈ちゃんのお母さんがおやつと野菜ジュースを持って来てくれた。
僕は野菜ジュースってやつを生まれて初めて飲んだんだけれど、案外美味しかった。
「勉強はどう? 捗ってる?」
舞奈ちゃんのお母さんに聞かれて、今日の状況を報告したらびっくりされた。
まあ、1日で1ヶ月分くらい進めちゃったからね。
僕たちの『不登校生活』は順調だ。
☆★☆ ☆★☆
5月になった。
普通だったら通うはずだった中学校の校長先生が、僕たちの学習状況を確認するために訪問してきた。
僕たちは、実は土日も祭日(GW)も関係なく通信教育を続けていたため、すでに1年生分の勉強は完了してしまっていた。
校長先生は、僕たちの学習の進捗状況に驚き「これだけ出来るんならもう、不登校はやめて学校に来てもいいんじゃないか?」等と的外れなお話をした。
あの時の…… 暴力事件の時ようにまた、僕の感情が真っ白で真っ黒な怒りに染まった。
だが、僕はこの頭が怒りに染まった感情を何とかして落ち着かせようと深呼吸して考えを整理する。
「……僕たちは、勉強が出来ないから学校に行けないんじゃありません。谷山さんを傷つけるクラスメイトを…… 僕がまた殴って、人生を棒に振りたくないから…… だから不登校してるんです」
「私も勉強が出来ないからなんじゃなくて、火傷の傷跡を揶揄われて『オバケ』と言われる事に、守山くんを心配させる事に心が耐えられないから不登校しているんです! 私はもう絶対に学校なんかには行きたくありません!」
僕と舞奈ちゃんは『学校には行かない』理由と決意を述べた。
「そうか、だが私は校長だ。全学年の、全クラスに、キミたちを揶揄わないように告知し、指導する事が出来る。時間がかかってもいいから登校する事を考えてみてくれないか?」
これも的外れなお申し出だ。全くお話にならない。
「あなたは、教師がいない場所で、僕たちが悪意に晒される可能性を全て排除できるのですか? たかが校長先生って言うただの人間に」
僕の質問に校長先生はいっそ堂々と答えた。
「それはキミたち自身の努力にかかっている。私は、キミたちにはそれが出来ると思う」
この校長は馬鹿だ。馬鹿すぎる。まるで会話になっていない。
「あの…… 悪意ってやつは僕の経験上、先生方が見ていない場所だけで発生します。僕たち自身の努力と言われるならば、それはすでにやっています。その上で選択したのが今の僕たちの不登校です。あなた方教師の目の届かない、認知することのできない所での虐めを…… あなたは本当にどうにかできるんですか? たかが人間の分際で!」
攻撃的な僕の視線と言葉に、校長先生は黙り込んだ。
「あんたが、どれだけの権力を持って指導しても、クラスメイトの悪意は抑えられない、と僕は思います。それを分からない人が上に立つ『学校』という舞台は、僕たちにとっては地獄でしかありません。分かって頂けないかもしれませんが、偉そうなあなたに僕が言いたいことは以上です。そろそろもう帰ってくださいませんか?」
「来月…… 中間テストのプリントを持ってまた来る」
それだけを言って校長先生は帰っていった。
そう言えば『通信教育』の指導者もコメントしていた。
『僕たちの目標は、キミたちを不登校状態から、学校に戻すための手助け』だと。
なんだそれは? 僕たちは、不登校状態でも中学卒業の証が欲しいだけだ! 手段が同じでも目的が違う!
僕たちは普通の中学生たちとは違うんだ。
普通の不登校生徒たちとも多分全然違う。
僕たちの歩く道のりは前例の無い、あるいは前例の少なすぎる道のりなのだと言う事を…… 僕は、今さらながらにハッキリと思い知らされた。