過去編「小学生時代」③ お見舞い
☆★☆ 小学5年 三学期 ☆★☆
ある日のLHRの時間。
谷山さんの入院が長引いているため、クラスを代表して誰かがお見舞いに行くという議題になった。
一週間以内を目標にクラス全員で『千羽鶴』を折る。
寄せ書きのメッセージを書く。
学校からは花束とフルーツをお見舞いの品として用意する。
お見舞い当日は、クラスの代表と担任の先生とで『国立病院』に向かう。と言った内容だった。
「火傷痕が酷いので、まだ面会は出来ないそうだ」
先生がそう言った瞬間、女子を中心にクラス全体から落胆の声が上がった。
「なんだー、それじゃー行く意味ないねー」
僕はいままで、谷山さんが入院しているのが『国立病院』と聞かされていなかったため、ここで初めて病院名を聞かされた訳なのだが、祖母が半年近く入院しているのと同じ病院だった。
「あ、そこばあちゃんが入院してる病院と同じだ」
うっかり声に出てしまったのを前の席のクラスメイトに聞かれてしまったために
「せんせー! 守山くんのお婆さんがその病院に入院してるんだってー!」
と大きな声で叫ばれてしまった。
「じゃあ、守山」と、有無を言わさず僕がクラスの代表になった。
「ついでにお婆さんのお見舞もしたらいいじゃん?」
さっさとこの議題を終わらせたいのだろう。
反対するクラスメイトは一人もいなかった。
会えもしないお見舞いで、ただ見舞い品を届けるだけの内容だ。みんな、時間の無駄だとでも思っているんだろう。
実際その時は僕も『会えないのに行っても無駄だな』とは思いながらも『たとえ会えなくても、少しでも谷山さんの近くに行けるのならば嬉しいな』などと言う複雑な気持ちではあった。
☆★☆ お見舞当日 放課後 ☆★☆
千羽鶴と寄せ書き、果物と花束を持って、僕は先生と病院に向かった。
受付で、学校名と来訪の目的、それに僕たちの名前を告げ、一応「やはり面会はまだできませんか?」と尋ねてみたが、予想通り「面会は無理です」と、にべもなく断られた。
そこで先生が受付の人にお見舞いの品を託すとすることも無くなったので、帰ることになったのだが。
「一応、入院してるばあちゃんに会ってから帰るので、ここで先生、さようなら」
僕はそう言って先生と別れた。
僕がばあちゃんに事情を話して、クラスメイトの見舞いのついでに寄った事を伝えると、ばあちゃんはとても喜んでくれた。
僕は谷山さんが火傷したことも含めて喜ばれているような気がして、かなり不機嫌になった。
ばあちゃんの長い話を何とか終わらせての帰り際、受付を素通りするのがなんとなく申し訳なく思ったので
「お邪魔しました」
と一応挨拶をして立ち去ろうとしたら、受付のお姉さんに呼び止められた。
「待って! キミたしか、さっきのクラスメイト君だよね? 谷山さんの」
僕は、慌てて話かけてきた受付のお姉さんに、なにか逆らうことのできない気迫のようなものを感じた。
「はい。そうですが」
「良かった~! ちょっと待ってて!」
「な、なんですか?」
受付のお姉さんは僕の話など聞かずにどこかに電話をかけ「まだいた、さっきのクラスメイト君。うん。うん。よし! 今からそっちに送る」などと興奮気味に電話を終えると
「こっち! こっちに来て! 早く」
と、僕の手を強く掴んで強引に引っ張って、早足で歩きだした。
僕は訳が分からないし、何となく怪しいと思いながらも、何故か断ることも出来ずに付いて行くと、エレベーター前で受付のお姉さんは立ち止った。
「これで4階に行って。出てすぐのロビーであの子が待ってるから」
そう言うとお姉さんは僕の手を放し、受付に戻っていった。
谷山さんに会えるのでは? と言う期待を持った僕は、言われたとおりに4階に行ってみると、すぐ目の前のロビーに、顔を包帯でぐるぐる巻きにした少女が一人、佇んでいた。
椅子に座ることもなく、エレベーターの方を向いて立っていた。
包帯で顔は見えなかったが、谷山さんだと僕はすぐに分かった。
右頬の一部と右目、そして口の部分の肌が少しだけ、包帯から覗いて見える。
「……」
谷山さんは僕に気が付いているみたいだけど、僕を見つめているだけで何も言わなかった。
「お、お見舞いに来たんだ……」
沈黙に耐えられず、声を掛けたのは僕の方からだった。
まさか『元気だった?』などと聞けるはずもなく、何を話したらいいのかも全然分からなかったから、とりあえず自分の状況を説明してみた。
「ありがとう。来てくれて」
谷山さんは小さな声で言った。
「面会は出来ないって聞いてたんだけどいいの?」
「お母さんがね、面会は全部断ってくださいって、病院の人に強く言っているの」
「え? じゃあ、僕が今ここにいるのってまずいんじゃない?」
「さっき、お母さんは帰ったからもう大丈夫」
その『全部断る』の中に僕も含まれていたことに、疎外感を感じてちょっとだけショックを受けた。
「そっか…… って、じゃあ、お母さんには内緒って事?」
「うん。内緒なの」
どうして会ってはいけないことになっているのかは分からないが、今ここで谷山さんに尋ねるのは何となく怖くて聞くことが出来なかった。
何となく話す話題を見つけられず、しばし沈黙の時間が流れた。
「も、守山くんがクラスの代表って聞いてびっくりした…… 自分から立候補したの?」
だから、谷山さんから話しかけてくれて少しホッとした。この時の僕は、何を話したら良いのか全く分からなくなっていたからだ。
「ああ…… いや、実はうちのばあちゃんがここに入院してて、それが先生にバレて『じゃあ守山』って感じで半ば無理やり…… かな?」
「そうだったんだ…… お見舞いを届けてくれた看護師さんが教えてくれた、先生以外の名前が守山くん一人だけだったから、急に『会いたいっ』て思って、相談してみたんだけど…… まさか本当に会えるとは思ってなかった……」
「ああ。先生には先に帰ってもらって、ちょっとばあちゃんに会いに行ってたからな」
「その間にお母さんが帰ったから会えた。うれしい…… イタッ!」
急に顔の左側を右手で抑えた谷山さんに僕は驚いた。
「あ! 大丈夫?」
「……うん。まだ笑ったり、表情を動かしたりすると顔の左側が凄く痛いの。一昨日くらいまでは喋るのも辛かったんだよ」
「そうなんだ…… 何も知らなくてごめんね」
「どうして守山くんが謝るの?」
僕はこの時、何故謝ったのか全然わかっていなかった。ただ、反射的に謝っただけだった。でも
「何をしてあげられるのかわからないから…… それに何もしてあげられないから……」
と、心の底からそう思って、頭ではわかっていない心情を告白した。
「今、会いに来てくれただけでも色々してもらってるよ? ありがとう」
「僕も、会ってくれてありがとう。会いたかった」
「でもね……守山くん」
嬉しそうだった谷山さんの声が、急に暗く沈んだ感じに変わった。
「なあに?」
それに僕は気付かない振りをする。どうせ気付いたってなにも出来やしない。だから、わざと間延びした声で反応した。
「私、もともと美人でも可愛くもなかったけど…… ホントに酷い顔になっちゃった…… 醜い、本当にお化けみたいな顔に……」
谷山さんの顔は、包帯に隠れていてその表情は全く見えない。そもそも動かせないんだから表情は変えていないはず。
でも、声だけはその感情を隠しきれてはいなかった。
暗く、悲しく、何かを決意した、僕に嫌な予感をさせる恐ろしい声音だった。
なにか気の利いた言葉を僕は探す。
慰められて元気が出る良い言葉は無いのか?
『そんなこと無いよ』とかではだめだ。そんな知ったかぶりな無責任な事は言えないし言いたくない……
ついに僕は、沈黙してしまった。
「……」
「……」
僕の沈黙に、谷山さんも沈黙した。
「……」
「……」
永遠とも思える長い沈黙になった。
「……」
「……」
やがて、何も良い言葉を見つけられない僕は、会話の流れを忘れてしまった。
だから、正直に思ったことを言う事にした。
このセリフを言うのには、かなりの勇気を必要とした。
けれども、言わずにはいられなかった。
「生きて……」
「え?」
「生きててくれて、良かった」
僕の気持ち。
あの日、パジャマにジャンパーを羽織っただけで駆け付けた火災現場。
消防士さんを捕まえて、真っ先に確かめずにいられなかった僕の希望。
「生きててくれて…… 死なないでいてくれてありがとう」
これは感謝だ。生きていてくれたことに対する、谷山さんと神様への感謝だ。
いつの間にか僕の両目から、涙があふれていた。
谷山さんの、鼻を啜る音が聞こえた。
もしかしたら、谷山さんの目からも涙は出ているのかな? でも、僕の目は涙で霞んでいて、それを確かめることが出来ない。
僕はぼやけた視界の中、彼女の気配だけを頼りに何とか近付いて行って、そっと抱きしめた。
包帯には触れないように気を付けながら、優しく、近く、そっと触れ合う。
僕の右頬と、谷山さんの右頬が微かに触れ合ったまま、僕たちは言葉を交わすこともなく、言葉を交わす必要もなく……
この時僕は、谷山さん以外の存在全てを無視した。
通りすがった看護婦さんの気配に気づいても
ロビーの時計が17時の音楽を鳴らしても
僕はずっとこのままでいたいという想いに逆らわず、離れようとも離そうともしなかった。
谷山さんも動かせる右手だけを僕の背中に回して僕を捕まえてくれて、離そうとはしなかった。