過去編「小学生時代」② 過去最悪の冬休み
☆★☆ 12月26日 病室 ☆★☆
私は火事で左腕と左顔面に広く火傷を負いました。
火事の時の事は全く覚えていなくて、気がついたらここ、病院のベッドで寝ていました。
顔はゼリーのようなもので覆われて、包帯でぐるぐる巻きにされていました。
話をしようとすると顔の左側が張り裂けるように痛み、表情を動かすことすらできません。
左腕も同様です。ピクリとでも動かせば張り裂けるような激痛が走ります。
こうなっては身動き一つできません。
私は今、生きているんでしょうか? それとも死んでいるんでしょうか?
もうすぐ死んでしまう状態なのかもしれないとも思いました。
私は絶望しました。 絶望していました。
でも、お母さんが私の視界に、一枚の布切れを広げました。
そこには
『谷山舞奈』さま
『守山小次郎』より
と書かれた下に、電話番号と住所が書かれていました。
名前の横に書かれていた「さま」と「より」の字が細く綺麗に書かれているので、後から付け足されたもののように見えますが、そんなことはどうでも良いです。
これは? これはもし、私が無事だったなら連絡をしてくださいって事なのでしょうか?
守山くんが、守山小次郎くんが、私を心配してくれているのかもしれないと思っただけで、涙が出てきました。
お母さんのバカ! 泣くと顔が痛いじゃないの!
でも、さっきまでの絶望が、希望に変わりました。
とりあえず、痛みには耐えられないので、目を瞑りました。
何かの薬が効いているのでしょうか? それとも体が疲れているのでしょうか?
私はそのまま眠ってしまったようでした。
☆★☆ 守山家 ☆★☆
『○○市の北消防署長だ』と名乗る人物が我が家を訪ねて来たのは、大晦日の昼過ぎの事だった。
「巡回中、ちょっと様子が見たくて寄らせてもらいました」
そう言って母親をビビらせた消防署長は「小次郎という坊主はいるかい?」と、随分馴れ馴れしい口調で尋ねて来たという。
母親に呼ばれた僕は玄関で、その消防署長さんと対面した。
「おお、坊主! よかったな! あのお嬢ちゃんから坊主に無事を知らせて欲しいって言付けを預かったぜ」
僕は目の前の靄が晴れたような気持になって、消防署長さんに感謝した。
「だがな、結構な火傷をしちまってて、入院が長引くって事も伝えて欲しいって頼まれて来た」
「え? 長引くって…… どれくらいですか?」
僕が驚いて尋ねると
「そこはまだ医者でもわからねえ状況だ。ま、そのうちお嬢ちゃんの母親あたりから連絡が来るだろう。その時に詳しい事は聴きな」
「そうですか……」
「俺から言えるのはここら辺だけだが…… どうでい坊主? 俺はお前との約束をちゃんと守って、一番にお前に知らせに来てやったんだぜ? へへ、偉いだろ?」
消防署長さんが得意気に、そして悪戯っぽい顔で笑う。
「ハハ、署長さんなんだから偉いに決まってるじゃないですか」
なんとなく可笑しくて僕も笑って答えると
「署長なんてもんはただの肩書だ、別に偉くもなんともねえ。それよりも坊主との『約束を守れる大人』ってヤツの方がよっぽど偉え。そうは思わねえか?」
この人は凄い! 凄くカッコイイ! こんなカッコイイ大人になりたい! この瞬間僕は、強烈にこの人に憧れた。
「ハイッ! 僕との約束を守るために、わざわざありがとうございました!」
反射的に僕は姿勢を正して、少林寺で教わった正しい『礼』を返す。
「いや、わざわざじゃねえ。ついでだ、ついで」
署長さんは、両手をブンブンと振って、勘違いするなと前置きしたうえで続ける。
「俺たちに救助された奴らがちゃんと元気で生きているか、ってのを確かめるのも俺の仕事のうちなんだよ。だからそれ確かめた帰りに坊主に知らせるってことはよ、ホンのついでだったんだ。だから勘違いすんなよな?」
「こんな田舎にも、こんな良い人がいるものなのね~」
署長さんが帰った後で呟いた母親の言葉に、僕も心から賛同した。
☆★☆ ☆★☆ ☆★☆
3学期が始まる少し前に、谷山さんの母親から電話が来た。
僕あてと言う事だったが、まずは母親が挨拶やら事情やらを聞かされて、その後で僕と交代した。
「もしもし、守山小次郎です」
「もしもし、舞奈の母です」
話の内容としては
学校に行くのは、退院しても3学期中には間に合わないだろうと思うわ。
行くとしたら6年生の始業式からになると思う。
結構目立つ火傷痕があるけど驚かないでやってちょうだいね。
あなたが心配してくれていると知って舞奈はとても喜んでいたわ。
消防署長さんからあなたの名前と住所が書かれた布をもらって、とても嬉しかったわ。これは舞奈だけじゃなくて、家族一同みんな感謝しているわ。
ホントはあの子、凄く絶望していたの。
でも、あなたのおかげで生きる勇気が湧いたって、今は治療を頑張っているわ。
あなたとは今まで、とっても仲良しだったって舞奈から聞いたわ。
学校でのことも、帰り道の事も。
家が無くなって、退院したら今までとは別の場所に借りたアパートに住むことになるから、もう帰り道が一緒って事も無くなるだろうけれど……
「本当に今までありがとう」
なにか不吉な予感がした。だから
「あの! い、一度、お見舞いに行ってもいいですか?」
僕は焦った。なにか繋がりが切れてしまいそうな気がした。
「ごめんなさい。まだ、面会できる状態ではないのよ…… たぶん、面会できるようになった時は退院する時でしょうから、お見舞いは遠慮しておくわね。でも気持ちはうれしいわ。ありがとうね」
今度は拒絶されているような気がした。
「舞奈さんとは、今、話せませんか?」
「それもごめんなさいね。火傷の影響で、舞奈はまだ口を動かす事が出来ないのよ……」
僕は不安を感じた。受け入れてもらえていないという気がした。
だったら待つしかない。待ち続けるしかない。
「そうですか……わかりました。舞奈さんに伝えてください。僕は元気になるのをいつまでも待っていますと」
それではまた。と、電話が終わった後で、母親が
「あんた、よほど谷山さんと仲良しだったのね…… 知らなかったわ」
母さんまで過去形で話している。
小学5年の冬休みは、過去最悪の冬休みとして始まり、良い事など一つもないままに終わった。
そして、三学期が始まる。