最終話 ~顔に火傷痕の残る女の子と美しい物語を綴る~
☆★☆ 現在 高校1年 秋 ☆★☆
高校生になって僕は、アルバイトを始めようと思ったが、思っただけで止めた。
お惣菜店の常連さんや、たまに訪れてくれる元同級生との繋がりを切りたくなかったからだ。
それに、お惣菜店のお手伝いでもお駄賃と言うバイト料が結構もらえているし、何よりも通うための移動時間がゼロというのも捨て難かったからだ。
そして僕は、中学時代に一度頓挫した、小説を書く趣味を再開するようになった。
舞奈をモデルにした女性主人公は、僕にはまだ難し過ぎたので、自分目線での男主人公に変更した。
高校1年の秋。僕は、まるで『作文のような小説』を一旦書き上げた。
題材は『入院中のクラスメイトのお見舞いに行く話』
原稿用紙40枚。
小学5年生の3学期。舞台はLHRから始まり、千羽鶴作りや寄せ書きをする教室の風景、僕の心情、クラスメイトの雰囲気を綴り、会ってはいけないと言われていた僕と舞奈が看護師さんや受付のお姉さんの協力を得て無事再会を果たすと言うストーリーだ。
文章も読みにくく、話の繋がりも不自然で、おまけに風景やクラスメイトのくだりは邪魔なんじゃないか? などと思ったが、とりあえず書き切ってみた。
「なあ、舞奈」
「ん? なに?」
「これ、読んでみて」
取り敢えず書き上がった『入院中のクラスメイトのお見舞いに行く話』を舞奈に見てもらった。
本当は秘密裏に、アッと驚くような凄い作品を見せつけてやろうと考えていたんだが、始めて早々に修行が足りない事に気が付きギブアップしたのだ。
「へー。これって作文?」
「まぁ、そう見えるよな……」
「え? 違うの?」
「実はこれ、小説のつもりで書いたんだ」
「へー。小次郎くんが小説ねぇ…… とりあえず最後まで読んでみるね」
「お、おう……」
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「うん。なんか凄く面白かった。私が入院していた時のクラスってこんな雰囲気だったんだね~」
「まあ、ちょっと楽しそうに書きすぎたような気はするけど……」
「私の為に書いたのならこれでいいと思うけど、他人にも読んでもらうような小説を書くなら、このクラスメイト達の話は邪魔になるかも、だね」
「そうか?」
「そうよ。だって、主人公は小次郎くんで私のお見舞いに行くお話でしょ? だったら、この辺りのやり取りは物語と全く関係ない感じだから多分読者は『なにこれ?』って感じると思うよ?」
「なるほど…… じゃあ、ちょっと書き直すか~」
「待って待って!」
「ん? どうした?」
「書き直さなくていいから、今度はあの火事の日の小次郎くんの話を書いてよ」
「どうして?」
「あの日、小次郎くんが何を思って、どんな行動をしたのかを読んでみたい。それに消防士さんとのやり取りも含めて、特に小次郎くんの心情は細かく丁寧に書いてみてよ」
「う~ん…… わかった。なんか書けそうな気がする」
「楽しみにしてるからね!」
「おう! 任せろ!」
☆★☆ ☆★☆
数日後。
「舞奈。この間言われた話。『あの日の火事と何もできない僕』ってタイトルで書いてみた」
僕は原稿用紙を舞奈に手渡す。
今回は少し短めで20枚くらいだ。
「えへへ。じゃあ読ませてもらうね」
舞奈が何か楽しそうだ。
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「……」
「? 舞奈…… 泣いてるの?」
「ん…… ゴメン。なんかあの時の事思い出しちゃって……」
「あ~、思い出させちゃって悪い。ちょと瓦礫とかの背景描写が余計だったかも」
「ううん。そうじゃなくて、話の中の小次郎くんと消防士さんのやり取りがね、あの時現実に私の様子を見に来てくれた署長さんとの話と繋がってるからかな…… なんか凄く感傷的になっちゃったの…… 悲しいとか辛いとかじゃないから気にしないでね?」
「あぁ。そう言う事なら……」
「じゃあ今度は、虐められてる私をかっこよく守ってくれる小次郎くんの小説が読みたい!」
「ええぇ!? まだ書かせるの?」
「だって、小説を書くのが趣味になったんでしょ?」
「まぁ、そうだけど…… 虐めからカッコよく、か。自信ねえなぁ」
「じゃあ、かっこ悪くてもいい。私を守るお話読みたい!」
「わかったよ。でも、なんかイメージ湧かないから時間かかるかもしれないよ?」
「いいよ。ずっと待ってる」
やっぱり舞奈は楽しそうだ。
☆★☆ ☆★☆
今回は10日以上かかったかな?
「舞奈。これ『僕たちが選んだのは別の道』ってタイトル」
「今回は枚数多いね。……50枚くらい?」
「ああ、地味な話だし、なかなかかっこよく書き切れなくてさ、殴って勝ったとこで終わるのもなんか変だし、不登校決意した辺りまで書かないと、なんか納得出来なかったんだよ」
「ふんふん。とにかく一回読んでみるね」
「おう。ホントに地味な話だからな?」
「はいはい」
☆★☆ ☆★☆
「引っ越ししたこともちゃんと書いたんだね~」
「ああ、それがなきゃ一緒に不登校って不自然だろ?」
「で、2学期の話は完全に飛ばしたと」
「だって、僕たちが孤立してただけで、特に事件とか無かったしな」
「冬休みというか、クリスマスとお正月も楽しく過ごしてましたよね? なんで書かなかったの?」
「あ~、実はあの時、緊張しすぎてて何言ったかとかあんまり覚えてなくて、それに、かなり長くなっちゃったでしょ? 虐めから守る話からもずれてるとも思ったし……」
「ふむ。なるほど。わかりました」
「な、なんか口調が変ですよ、舞奈さん?」
「まだ途中なので、続きを読みます。お静かに」
「……」
~10分後~
「読みました。小次郎くんが言ってた通り、あんまりカッコ良い話にはならないんだね~。私の妄想パワーでも脚色は難しいっぽい」
「だろ?」
「でも、これはこれでイイ!」
「はぁ~、良かったよ……」
「じゃあ最後に、私たち二人っきりの勉強の話から想いを伝えあって付き合うまでのお話!」
「なるほど。何となくわかって来たぞ…… よし! 書く。その話は書いてて楽しそうだし」
「うん。私も楽しみ!」
「ただ、ちょっと長くなるかもだから、待っててね」
「大丈夫。いつも言ってるけど、いつまででも待ってるから」
「よーし、やるぞー」
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意外と言うか、思ったほど時間はかからなかった。10日はかかると思ったんだけれど、5日で書き上げてしまった。筆が乗ったと言うか、書いてて全然苦にならなかったからかも。
「出来たぞ~『キミだけの為の最強の盾』ってタイトルだ」
「今回も枚数多いね~。40枚くらい?」
「数えてないけど、早く読めよ」
「もう~。ゆっくり読むからねー」
☆★☆ ☆★☆
「アハハハッ。ちょっと斎藤君の癖強すぎ~」
「え? そうか? こんなもんだと思って書いたけどな」
「口調がね、なんか偉そうで強そう。人の話も聞かないイメージが伝わってくるよ」
「実際そんな奴だぜ?」
「ふむふむ。人によって、人の印象は違う。と」
「そうかもな」
「あと…… 私のセリフ…… 長いね?」
「まあ、実際長かったよ?」
「こんな長いセリフ、よく覚えてたね。小次郎くん偉い」
「いや…… 思い出せない所は自分で考えて繋げたんだ。だから正確じゃないとは思うよ」
「それでも、私が言いたかったことは全部押さえてあるからやっぱり偉い」
「実はそこ、書いてて一番楽しかった」
「私はそこ、読んでて一番恥ずかしかった」
「でも、僕もラストは書いてて一番恥ずかしかったから許してよ?」
「もちろん許します。ラストは読んでて一番うれしかったからね!」
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「これで大体の材料はそろいました」
「あ、やっぱり?」
「はい。小次郎くんが書いた今までの小説を一つにまとめて長編にしていきたいと思います」
「だよな。なんとなく舞奈の考え、読めてたよ」
「では、最初は火事の日からだね。文章とかセリフとかも直しながら新しい原稿用紙に書き換えていきましょう~」
「なんか時間かかりそうだけど…… ってあれ? もしかして舞奈も手伝ってくれるの?」
「うん。一緒に考えて、一緒に作りたい。私の心情とか足したりしたいし、ちょっと違う所とか消したり変えたりして欲しいからね?」
「そうか。そうだよな! よし、一緒にやろう!」
☆★☆ 高校1年 冬 ☆★☆
「出来た……」
「出来たね」
「原稿用紙140枚ってとこかな?」
「凄く時間かかったね~」
「でも、やり切ったな」
「だね」
僕たちは、火事になる前の『僕が舞奈を好きになった理由』を付け足すために大幅に改変をした。
余計な描写は出来るだけ削り、心情や会話はできるだけ丁寧に書き換えた。
暴力のシーンは特に描写を削り、長かったはずのお説教も3行で収めた。
サクサクと読めるように気を使い、なるべく難しい表現を使わず、使い慣れた文章で表現した。
誰かに見せる作品ではない。僕と舞奈が納得できればいいんだ。
その目標は、低く見えて実は意外に高い目標だった。
何故なら、僕が納得してても舞奈が納得しない場面。
舞奈が納得できていても、僕が納得できない場面。
そんな意見のすれ違いをすり合わせるのにお互い妥協を許さなかったからだ。
でも、そんな作業を続けた日々は楽しかった。
この物語は、僕たちが恋人関係になるまでを綴った思い出の物語だからだ。
☆★☆ ☆★☆
「今度、印刷機を買おうよ」
「うん。私も欲しいと思ってた」
「パソコンの…… Wordでいいかな? 入力しておくからさ、製本できるように印刷して手書きじゃない本にしてみたい」
「何ページか空白も作ってね? 挿絵を描くから」
「舞奈が?」
「そうよ? 小次郎くんが小説を書いてる間に、私は絵を描く練習をいっぱいしてたんだからね」
「まじ? 描いた絵ある? 見たい」
「いいよ。何十枚もあるからね」
「うわッ、すげーメルヘンチック!」
「むッ。今、馬鹿にした?」
「違う違う。予想外のタッチだったんで驚いただけだよ」
「むーーーー。じゃあ許す」
「(ホッ)と、ところでさ、タイトルまだ決めてなかったね? どうする?」
「う~ん……なんかしっくりくるタイトル無いかな~」
「僕と舞奈の物語とか?」
「でも、火事と火傷の事にも関係あるタイトルが欲しいな~」
「え? なんで?」
「だってさ? 火事になってなきゃ、私と小次郎くんって今頃ちゃんと付き合っていたかな~?」
「どうだろ? 僕が勇気を出して告白してるとか?」
「全然イメージ湧かない」
「舞奈から僕に告白って言うのもイメージじゃないね?」
「だよね?」
「もしかして…… 火事にならなかったら僕たちって普通に学校に行って、普通にすれ違って、今頃は全然別の人と付き合って…… は無理だな。うん」
「アハハ。私たちって恋愛には結構臆病だもんね?」
「僕は仲良しになるまでは結構積極的に行けそうなんだけどな~。告白ってなるとビビっちゃいそう」
「私、火傷痕が出来て良かったのかも」
「その考え方はあんまり賛成できないなぁ……」
「だって、小次郎くんと本気の恋が出来たのはこの醜い痕のおかげ……」
「醜くなんかないよ? 僕はそれ、模様みたいに見えてて結構好きだよ」
「小次郎くん、ありがとう。でもね、私、目を逸らしたくないの。小6の時『お化け』って言われた。そして田中さんにも『醜い』『ブス』って言われた。これからだって誰かに言われるかもしれない」
「……」
「だからね、私は『醜い』って事を一旦受け入れて『醜い』けれど、前を向いて生きていけるって言う強さが欲しい」
「舞奈……」
「決めた!」
「え? なにを?」
「この小説のタイトル!」
「なになに?」
「小次郎くんは綺麗で美しい物語を目指しているんだよね?」
「そうだよ。絶対にドロドロしたようなのは書きたくない」
「私は火傷痕が醜くて、でもそれを認めて乗り越えていく!」
「うん」
「だからね、この作品のタイトルは……」
☆★☆ 『顔に火傷痕の残る女の子と美しい物語を綴る』 ☆★☆ 完 ☆★☆
ここまで読んでくれた皆様! ありがとうございましたm(__)m