第五話:首に障る
「面白いと言ったら不謹慎かもしれませんが、なかなか興味深い話ですね」
事故現場に死んだ人の霊が出るというのは、別段珍しい話ではない。
ありきたりと言われてしまいかねないくらいには世の中に飽和している話だが、それでも怪談好きな人間にとってはニヤリとさせられるものも少なくはない。
「どういうわけか、同じ場所で事故が多発するみたいなことってたまに耳にしますよね。ああいうの、やっぱり最初にそこで亡くなった人が仲間を増やそうとして、次々にあっち側へ引きずり込んでいたりするものなんでしょうか。今の話も、ひょっとしたらそういう類のものかもしれませんよ。運転手さんの考えるように、自分を死に追いやったバスの運転手を探しているのかもしれませんけど、自分と波長の合う人間を物色していたとか」
「……それはまた、嫌なものですねぇ。万が一にも気に入られてしまったら、事故に巻き込まれると?」
俺の言葉に微妙な表情を浮かべ苦笑しながら、見越は問うてくる。
「巻き込まれるというよりも、その霊が仕掛けるんでしょう。突然フロントガラスに張り付いて視界を塞いだり、何かしらの霊的な力でブレーキを効かなくしたり」
以前購入したオカルト系雑誌に、そういうネタが投稿されているのを読んだ。
ああいった投稿が嘘か真実かを確かめることは、少なくとも俺にはできないが、誰かがどこかで語っている怪異であることだけは事実だ。
「車を運転する身としては、何とも恐いですねぇ。幽霊に呪われるかもしれないから、その道は通りたくない。なんて、子供みたいな言い訳はなかなか通用しないでしょうし。私も気をつけなくてはいけませんねぇ」
冗談のつもりででもあったのか、見越はクツクツと抑えるような笑い声を漏らして左へウインカーをだした。
「そうですよ。タクシーにも、幽霊を乗せてしまったなんて怪談がゴロゴロあるじゃないですか。気をつけておかないと、突然非日常が向こうから近づいてくることもあるんですから」
見越の笑いを助長するつもりも込めて、俺がおどけた口調でそう言葉を重ねて言うと、言われた見越は「ああ……そういうこともありましたねぇ」と、意味深な返答を呟き僅かに目を細める仕草をみせてきた。
「もう十二年くらい前でしたか、同じ職場に勤めていた仲間が、正に呪いのようなもののおこぼれをいただいてしまったことがありましてね。あれはどうにも、気味の悪いできごとでした」
「……? 何があったんですか?」
もったいぶるような言い方に、俺は先を促すよう言葉をかける。
「……昔、夜に隣町まで乗せてくれというお客を拾った同僚がいましてね。その指定された場所というのが、峠道を越えた先にある、ちょっと面倒というか、時間のかかる道程になってしまう場所だったんです。それでも、お客はお客ですしお金を貰う以上は断れない。同僚は覚悟を決めて、そのお客を車に乗せたんです」
窓の外はまだ人の姿がちらほら見受けられ、コンビニや何かの会社と思われる小さい建物が人の気配を滲ませるように白い明かりを夜闇に放出させていた。
「それで暫く進み、やがてその峠へ差し掛かると、峠の途中に一本の長いトンネルがあったそうなんですよ。で、そのトンネルに入った瞬間、突然首に鋭い痛みが走ったと、そう言っていたんですね」
自らの言葉に合わせるようにして、見越はそっと自分の首筋に手を這わせる。
「どうしたんだろうか急に。おかしいな。そう思いつつも、車を止めるわけにもいかずに痛みを我慢しながら運転を続け、トンネルを抜けて更に数百メートルも走った頃、フッと首の痛みが治まった。今の今まで首をまともに動かせないくらい異常な痛みに襲われていたのに、それが全て錯覚だったかのように一瞬で消えた。……よくわからないけど、治ったのならそれで良いか。そう単純に結論を出し、そのまま峠を越え目的地の近くまで来た頃、不意にずっと黙っていたお客さんが『そう言えば……運転手さんはご存じでしたか?』と、喋りかけてきたというんです」
意識的に抑えた見越の声が、車内を揺蕩い俺の鼓膜へ浸透するのに身を任せたまま、ジッと紡がれる言葉の先に意識を集中させる。
「何をですか? と同僚が訊ねると、お客さんは『先程、峠道の途中でトンネルを通ったじゃないですか? あそこ、大昔は処刑場があったという噂で、たくさんの人が首を撥ねられて殺されたんだそうですよ。正直、わたしも恐くてあの場では話題にだせなかったんですけどね』そう言って、悪気もなさそうに笑ってみせたそうで、同僚、それを聞いてまさか……と、直感のように閃いたんですね」
話を中断するように、そこで一度車が停止した。
何事かと思い前方を見れば、信号のない横断歩道を犬を連れたお爺さんが、ゆっくりとした足取りで渡り始めるところだった。
歩き方からして、犬の方も若くはなさそうだ。
そんなどうでも良いことを思いながらお爺さんを目で追い、横断歩道を渡りきるのを見届けると、車はまたゆっくりと前進を始める。
「同僚は、当時首を撥ねられて処刑された罪人の霊が、自分に襲いかかってきたのではないかと、そう思ったらしいのです。……まぁ、これだけで終われば、そんな想像もできるなというお話で済むのですが、お客さんを降ろして会社へ戻ってきたその同僚……鏡で自分の首を見たら、そこにはまるで細-い紐で締め上げたかのような赤黒い跡が一本、できていたそうなんですね。帰りに一人でトンネルを通った時は特に何も起こらなかったから、気のせいだったのかななんて思いかけていたところでそんなのを見ちゃったものだから、その同僚、翌日にすぐお祓いへ行って、その一週間後くらいでしたかねぇ、仕事を辞めてしまったんですよ。結局、それが霊によるものだったのかどうかまではわからずじまいですが、まぁ、そんなこともあったという話です」